PHASE10 リユニオン・スイーパーズ
真希奈は僕らを路肩に止めていたワンボックスカーに案内した。
運転席に乗り込む真希奈を見て有村が血相を変える。
「ちょっと! 運転できるの!?」
「もちのろんだよ。
これでも免許証3枚持ってるんだよ」
「アハハ……それって偽造ってことじゃん……」
エンジンをかけてすぐ車は走り出す。
喧騒から逃れるようにして必死に脱出したビルから遠ざかっていく。
もう、あの建物を使うことはないのかもしれない。
こんな事件があったら営業再開できない可能性も高いし。
「渋谷でもこんな感じだったのかな?」
僕がポツリと呟くと、有村は驚いた顔をする。
「渋谷でも……って!
同じような事件が他でも起こっているの!?」
「そのとーり。
マスコミ報道が一切無いだけで、割と起こってる。
ネットの連中も一次ソースが無ければ盛り上がることができないし。
半ば都市伝説扱いだし」
有村の問いに返したのは真希奈。
AMは気まずそうに声を発する。
「このゲーム……『リユニオン・スイーパーズ』のサービス開始は一週間前。
オープニングイベントとして『渋谷襲撃作戦』が決行されたわ。
ファーストプレイヤー200名が渋谷駅の地下にあるゲートからこの世界にはじめてログインしたの。
ほとんどのプレイヤーは初見だし様子見してたらしいけど、ひとりのプレイヤーがスクランブル交差点でド派手に人を殺し始めた。
それがこのゲームの方向性を決めたと思うわ。
ほかのプレイヤーも彼に続いて、片っ端から人を殺して回った。
このゲーム、最初の触れ込みは『史上最高のリアリティを誇るオープンワールドで自由を貪れ!』だったと思うけど、今では『史上最高の虐殺ゲーム』って呼ばれてるわ」
「何が史上最高だよ。
前回の渋谷と今回を合わせて何人死んだか……
本当にオマエら私たちのことをゲームの世界の住人って思ってんだね。
私たちを人間だと思ってたら史上最悪の虐殺事件と思うのが普通じゃね?」
AMを責めたくなる真希奈の気持ちは分かるが、話が進まないので僕は口を挟む。
「一週間前に始めたってことは毎日、日本の各地でこんなことをしてるのか?」
「ううん。大規模な襲撃イベントはこれが二回目。
サーバーの都合かよくわからないけど、新規プレイヤーを増やすのに慎重なのよ。
今日、セカンドプレイヤーとして300人余りがこの世界にログインしたわ。
でも、【デスペナルティ】、つまり死んだら失う物が大きすぎるから警察や軍との衝突は避けるようにファーストプレイヤーの失敗から学んで、ビルの襲撃はほどほどにして各地に散って潜伏しようとしているはず――――」
「待って。ここや渋谷以外でも狩りは行われているの?」
「ええ。むしろそっちがメインね。
私たちのアバターは基本的にはリアルと同等の能力しか有していないの。
だから強化するためには【インベーダー】つまりこの世界の人間を倒して【メメントカード】を奪って力を蓄えなきゃいけない」
「さっきから僕たちのことを【インベーダー】って呼んでるけど、僕らからすれば平和だった世界に侵攻してきたのは君たちなんだけど」
自分の語気が荒くなっているのを感じる。
運転席の真希奈は「そーだ、そーだ」と煽ってくる。
AMは困ったように眉を潜める。
「そういう設定なんだもの。
『50年前、どこからともなく現れたインベーダーたちは世界中の人類を殺し尽くし、この世界の支配者として君臨した。
彼らは姿を人間に変え、人類が作り出した文明をそのまま活用し生を謳歌している。
しかし、人類はわずかに生き残り地下に逃げ延びていた。
彼らは世界を簒奪したインベーダーを駆逐するため、異世界から戦える力を有した人間を呼び寄せる。
この計画こそがゲームタイトルにもなっている『リユニオン計画』。
私たちは人類を虐殺したインベーダーたちの子孫を掃除しにこの世界に来ているという設定」
「なるほど、な。
つまり僕たちは人間の皮を被った悪魔でそれを退治することは人類のためっていう正当化の論理が働いているわけだ」
ため息をついた。
「アハッ。悪いことしている奴には何してもいい、っていう奴結構いるもんね。
罪悪感のない暴力や蹂躙はやめられない娯楽だよ。
私らの世界に攻め込んできた連中は実に人間らしいじゃない」
真希奈が嫌味っぽく吐く言葉をAMは眉をひそめながらも受け止める。
「私も嫌々参加させられていたけど、そういう設定があるからあなた達が殺されることに罪悪感は覚えなかった。
中にはそういう設定のことは忘れて普通に人間を殺す快感に酔いしれているのもいるけど」
「ふーん。じゃあ、そんなAMちゃんに質問。
今まで何人殺した?」
真希奈は刃物を突きつけるように鋭く問い正す。
AMは俯いて声を震わせながら……
「殺していない……」
と答えた。
「ん〜? それはおかしくない?
基本的にはオマエは普通の人間で大した力はないんでしょ?
人の腹掻っ捌いてカードを奪わない限りは。
しゅーちゃん、どうだった?
こいつは普通の人間と同じだった」
普通の人間……むしろ非力な女の子だと思う。
基本的には。
だけど、ナイフを振り回した時にかかった軌道修正のような動き。
あれは間違いなくゲームのシステムアシストが働いているように思える。
「殺していない……直接は……
私はパーティの斥候役をやっていて、報酬の山分けの際にカードをもらっていた。
あと、登録特典でランダムに一枚もらえて……
だけど、今回のイベントはパーティ単位での駆逐数競走が行われていたから私も敵を殺すよう命令されていたの」
「へー……それで運悪くしゅーちゃんを襲っちゃったワケだ」
「……身のこなしからして常人じゃないと思ったわ。
基本的に強い敵からは強い【メメントカード】がドロップするの。
フジバヤシシュウヤがアリムラタマキを連れて逃げる身のこなしは常軌を逸していたから、強いカードがもらえるんだと思ったのよ」
……なるほど、だんだん読めてきたぞ。
僕はポケットから取り出したカードを見つめる。
『修復の果てにある創造』……一流の修復士だった爺ちゃんに相応しいカードじゃないか。
一週間前、おそらくゲームのサービス開始後に死んだ爺ちゃんの体内にはこのカードが造られていたんだ。
いや、もしかすると俺に遺言を遺したときにはもう自分の中でそんなことが起こっていることを悟っていたのかもしれない。
「あのー……私も質問していい?」
「もちのろんだよ、たまちゃん!」
有村は伸ばした脚の膝に手をしっかりと置いて口を開く。
「修哉くん。結局、あなた何者なの?」