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PHASE1 渋谷事変

 心電図のモニターが祖父が死んだことを告げる。

 モニターが無ければ分からないほどに安らかな死に様に、病室に詰めかけていた僕たち親族は悲嘆と安堵の入り混じった感情を抱きながら、自然と涙を流していた。



 祖父、藤林繕次ふじばやし ぜんじの死は国営放送の地域枠の片隅で放映される程度には大きな出来事だった。

 修復士と呼ばれる古い絵画や美術品の修復を行う仕事をしており、国内ではその道の第一人者として勲章まで授与したほどだ。

 学校の課外活動なんかで美術館に足を運ぶと爺ちゃんの作品に出会うことも度々あった。

 もちろん絵画は絵を描いた人の作品であるとは分かっているが、在りし日の姿を蘇らせ万人が愛でられるようにして現代世界に送り出しているのは爺ちゃんだ。

 声高に叫ぶつもりはないが僕はそれを誇らしく思っていた。


 爺ちゃんの葬儀はつつがなく執り行われた。

 というより、粗相があってはならないものだった。

 普通の葬儀とは比べ物にならない参列者の数に現役の大臣やら世界中の文化人から弔電、香典の類が押し寄せる大イベント。

 不謹慎な話ではあるが、入院することになった時点で喪主である伯父はその手筈を進めていたらしい。


 そんなこんなでお骨を墓に入れ、ひと段落した僕たち親族は主人の居なくなった爺ちゃんの家に戻った。

 大人組はこれからまだまだやることがあるようだが、子ども組は一足早く解放させてもらった。


 くれぐれも爺様に恥をかかせるようなことはするな、と言い含められ堅苦しい場に放り込まれていた子供たちはテスト明けの僕のようにダラけてスマホやゲーム機を手にして過ごしている。

 そんな中、僕は懐からあるものを取り出した。


「これ、火葬場に落ちていたんだけど心当たりないか?」


 僕の手にあるのはスマホ程度の大きさがあるカードだ。

 材質はプラスチックか何かだとは思うが曲がらない程には硬い。

 裏面は黒字に曇った金色の幾何学模様が描かれており、表面には文字や絵が描かれている。

 従兄弟たちの誰かの持ち物だと思って拾ってきたんだが、


「知らない」

「てかそんなカード見たことないよ」

「絵も可愛くないし、面白味もない。そんなのいらないよ」


 と持ち主が見つからないどころか貶される始末。

 キャラクターが描かれているわけでもなく抽象的な線画が中央に陣取っている。

 多分、手を表しているのだと思うけど、たしかにお金払ってこれが出てきたらガッカリするな。


 改めて、カードに書かれている内容を見る。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー


☆スキルカード レアリティSSR☆


修復の果てにある創造レストア・マスター


「修復とは直すことではない。

 元あった状態を想像して新たに創造すること。

 王冠級クラウンクラスの一人」


●効果:対象のステータスを戦闘開始時の状態に戻す。

●クールタイム:60分


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



 何を隠そう、このカードは爺ちゃんの遺体を焼いた棺の中から出てきたのだ。

 1,000度を超える高熱の炉の中で燃え尽きることもなく。

 奇妙な出来事に火葬場の人も立ち会った親族も一時大騒ぎになったが、こんなハプニングを知られればマスコミに面白おかしく書き立てられるに違いない、と隠蔽することにした。


 とはいえ、偶然、爺ちゃんの棺の中に入ってたにしては出来過ぎた内容だし、持ち主がいないのなら、この葬儀を記憶に紐づける思い出の品としてこっそり頂戴しておくことにした。



 爺ちゃんの死から一週間が過ぎた。


 ようやく自宅に戻ってきた僕は溜まっていた家事をこなし、明日からの学校の準備をする。

 我が家には母親がおらず、父親も転勤族という少々特殊な環境のため高校二年生ながら僕は一人暮らしをさせてもらっている。

 学友たちからは羨ましがられることが多いが家に帰ったら何もせずに飯が食えて風呂に入れて寝れる生活の方がよほど羨ましい。

 大学生とかなら彼女を連れ込んだり半同棲したり夢が広がるんだろうけど、高校生の僕にそんな甘いイベントはあるはずもなくただただ生活環境の維持活動に追い立てられるだけだ。

 まあ、部屋に連れ込めるような関係の女子が欲しいとは常日頃から思っているけど。

 僕も健全な男子高校生だし。


 一通りの準備を終えて布団に入ろうとしたその時、スマホに未読のメッセージがあることに気づいた。

 メッセージの送り主は……拓殖つげ先輩だ。

 珍しいこともあるな、と思った。


 拓殖先輩つげせんぱいこと拓殖嘉明つげ よしあきは去年まで同じ高校に通っていた二つ年上の先輩だ。

 色々と浮世離れしているというかミステリアスな人で学校であまり他人とつるんでいるのを見たことがない。

 だからといっていじめられていたり孤立していたのかというと全然違う。

 長い手足に嫌味のない涼やかな顔立ちと見た目だけで女子を魅了できる人だったし、文武両道を地で行く人だから男子や教師からも一目置かれていた。


 僕は幼馴染という立場から先輩には可愛がってもらっていたけれど、何かと不精なあの人がチマチマとメッセージを作成してきたことは珍しい。

 普段なら一方的に電話してきて用が終わったらガチャ切りするのに。


 布団から体を起こしてスマホの画面を見る。


『すぐに見ろ』


 とシンプルな命令と動画サイトのリンクが貼られていた。

 ますます珍しい、と思いつつもあの先輩がわざわざ送ってきた動画って何だ、という好奇心が湧く。


 動画サイトのアプリが起動して見慣れたインターフェイスが画面上に現れる。

 動画のタイトルは


『日本終わり過ぎで涙が止まらない……渋谷で起こった人類史上最悪の事件!』


 いかにも……なタイトルがついている。

 先輩、あんまりこういうの見ないから新鮮だったのかな?

 無視するのも気がひけるのでとりあえず再生ボタンを押す。


 画面に現れたのは渋谷のスクランブル交差点を上から見下ろしているような画。

 ニュースでよく見かける場所だけど、アングルは違うし画面が手ブレで揺れている。

 角に建っているビルから撮っているのだろうか……あれ?


 黒山の人集りが交錯する道路の中央になんか、目立つ色の人がいる。

 髪の毛は水色、着ている服はつややかな赤……なんか変な服だな。

 アメフトのプロテクターみたいな形をしているけど。

 てか、コスプレイヤーか?

 ファンタジーっぽい鎧と剣を持った――――



 あの瞬間が全ての始まりだった。


 人類史上最悪の事件?

 これが? そんなわけない。


 これは始まりに過ぎない。


 この世界で巨大なドミノ倒しを行おうとしていた奴らがその指で押した最初のドミノに過ぎない。



 赤いコスプレイヤーが身体を揺らしたように見えた瞬間、その側にいた若い男がコケた。

 全くの受け身を取っていない倒れ方をした上、ピクリとも動かない。

 大丈夫か? と思いながら見ていると男の周りに動揺? いや驚愕が広がっていく。


「え?」


 あまりにも非現実的で見たことのない光景だったから脳が受容を拒否していたが、周囲のパニックにより事態を受け入れる体制が整った。


「頭が転がってる?」


 倒れた男の首から下と頭が分かれており、アスファルトに描かれた横断歩道の白線を染めるように赤い染みが広がっていく。


 殺人事件を目の当たりにしたことを理解したとほぼ同時に動画に映っている人々もクモの子を散らす勢いで逃げ回り始めた。

 だが、赤いコスプレイヤーの男は人ごみのせいで思うように逃げられない人々を後ろから剣で斬殺していく。

 死体が増える程に群衆には恐怖が広がる。

 テレビで見慣れたスクランブル交差点にあり得ない量の血が広がっていく。

 映画か何かかと思った。

 自主映画のゲリラ撮影に出くわしたことがある。

 あの時もこんな風に周囲に迷惑をかけながら……いやそんなんじゃない。

 いくらなんでもやり過ぎだ。

 逮捕されてもおかしくない、てかされないとおかしい。

 ましてあんなショッキングなシーンを撮影したらどうなるかなんてわかり切っているし、そもそもこの動画に収められた混沌とした空気は作り物じゃない。


 やがて、スクランブル交差点から人はいなくなった。

 だが10人以上の人が死体となって転がっている。

 動画の撮影者らしき男達の声が聞こえる。


「やばくね? 逃げるか?」

「いや、下に降りる方がヤバいでしょう。

 ほとぼりが冷めるまでここにいよう」


 結果として、その判断は正しかったのだろう。

 この動画がアップされたこと自体が彼らの生存報告である。



 動画が終わる。

 コメント欄は阿鼻叫喚となっている。


『通報した』

『悪戯にしてもやり過ぎ。逮捕間違いなしだね』

『グロ動画上げんな』

『これマジ? ニュースになってないけど』


 ニュースになっていない?

 嘘だろ? 通り魔殺人、しかも渋谷のスクランブル交差点みたいな名所で最低10人以上死んでる事件がニュースになっていない?


 検索エンジンで「渋谷」「通り魔殺人」「コスプレイヤー」などで検索してみてもそれらしきニュースはない。

 報道規制という奴か?

 それともやはりあの動画は作り物か?


 再び動画のページに移ろうとした、が既に動画は削除され見れなくなっていた。


 現実感のない出来事に理解が追いつかないながらも、僕は拓殖先輩に電話していた。

 呼び出し音が何度も鳴るが一向に繋がらない。


 舌打ちしながら僕はスマホを置く。

 モヤモヤした気持ちは抜けないまま、僕は布団の中に入り、眠りに落ちた。

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