前世の推しが聖女になっていたので、うまいことやって愛を叫ぼうと思う 〜オタクだった僕がイケメン王子に転生。己を磨き、武術を磨き、どんな女に言い寄られても推しを愛する〜
「シエル様。指導のお時間です」
「分かったよ」
僕の目の前に現れたのは、システィーナという使用人。
彼女は恭しく頭を垂れたあと、僕のために剣を持ってきてくれる。
ただの剣ではない。
ローランド王国の王家のみが扱うことの出来る聖冰剣だ。
僕はローランド王国の王子、シエル・ルゥ・ローランド12世。第四王子なので王位継承権は低いが、おかげで自由に暮らすことを許されている。
「今日の相手は?」
「本日は公爵家のアストマリス様です。明日はシャリア家のバレッド様、明後日は──」
「はは、相変わらず絶えないな」
僕は聖冰剣を軽く振りながら、乾いた笑みを浮かべる。
システィーナは僕から剣を受け取りながら「当たり前です」とにっこり笑った。
「なにせシエル様は王国最高の剣舞祭を最年少で優勝した天才剣士。王族の身でありながら、かの聖ミラノ騎士団にスカウトされた逸材です。みながシエル様の威光にひれ伏し、尊ぶのは当然のこと」
「だから僕に指導してほしいって思うの?」
「シエル様の一挙手一投足を研究し、己の糧とするため。彼らはシエル様を崇めているから、ご指導を賜りたいのは当然です」
「システィーナは褒めるのが上手だね」
「事実ですから」
僕は7歳の頃から剣を習い、16歳で剣舞祭を優勝した。
学園を卒業した今では、王族としての仕事と騎士団の教育係の任務に就かせてもらっている。教師として日は浅いものの、業務時間外は毎日のように色んな貴族から指導を申し込まれている。
僕は基本的に断らない。
彼らの学びたい心に添いたいからだ。
「ほ、本日は剣のご指導の時間を賜り、あ、ありがとうございます!!」
思い切り頭を下げてきたのは、ガッチガチに緊張した少年だった。
としは14歳くらいで、まだまだあどけない顔をしている。
アストマリス公爵家は、有名な騎士を数多く輩出している名家だ。
「じゃあ始めようか。気楽にしてね」
「は、はい! よろしくおねがいします、シエル先生!!」
僕が行うのは、主に基本的な型の部分と今後どうやって稽古を続けていくのかのアドバイスだ。
一時間ほどの指導を行うと、少年は汗だくになっていた。
「本日はありがとうございました!! これから、シエル先生のアドバイス通りの稽古を行いたいと思います!!」
「お疲れさま。また指導してほしかったらいつでも言ってね」
「早めに予約しておきますね!!」
そういって、彼は去っていった。
僕はシスティーナからボトルを受けとる。冷たい水が熱い体に染み渡って気持ちいい。
すると、向こうの薔薇園に女性二人が現れた。
誰だろうと、思わず目を凝らしてみる。
一人は、身なりからして使用人だろう。
もう一人は、麗しい女性だ。
水色の髪が腰まで伸びており、可愛らしい大きな目が特徴的。
「ルーファ様ルーファ様! こちらの薔薇は大変美しゅうございますよ」
「まあ、素晴らしいわ。ありがとうね」
ルーファ様だった!!!
出自は平民でありながら、最高の回復魔法の使い手として王国に迎え入れられた女性だ。
この国には、主に白魔法と黒魔法がある。
黒魔法は攻撃、白魔法は癒やしと言われているが、王国にいるほとんどの魔法使いが黒魔法しか使えない。
白魔法は神秘の象徴とも言われている。
そのため、ルーファ様は聖女として言われている。
あぁ、今日もなんて美しいお姿。
彼女がひとたび笑えば、枯れた花すら瑞々しく咲き誇りそうだ。
正直に言うと、僕は彼女に惚れている。
そりゃそうだ、彼女は僕の推しにそっくりなのだから。
僕は前世では生粋のオタクだった。
根暗で引きこもり。いっつもギャルゲーやラノベばかり読み、3次元の人間とほとんど喋れなかった。でも高校生になったとき、地下アイドルの結城千景に出会ったのだ。
地方番組に出ていた彼女は、とてもキラキラしていた。
僕は彼女に会いたいがために、ひきこもりを脱した。
家の外に出ることが出来たのだ。
彼女に笑顔になってもらうために、地下劇場に通い詰めた。
そのための資金も、バイトで貯めた。
でも、バイトのやりすぎて死んでしまった。
転生して今の姿だ。
ルーファ様と出会ったときの衝撃は、今でも忘れられない。
「シエル様、いつまで惚けておられるのですか?」
「え? ほ、惚けてなんてないよ?」
「……シエル様が22歳になっても伴侶を決めないのは、そういう理由なんですね」
「やだなー。そんなことないよー? ほらシスティーナ、スマイルスマイル」
「惚れてるならさっさと話しかけて、射止めればいいんじゃないですか? 王子なのに」
「な、なにをバカなことを! 推しだよ、推し! 遠くで眺めるだけで元気になれるっ!」
「その割には言い寄ってくる数多の女どもを蹴散らし、孤高の優王子と言われているんですよ? 聖女以外の女に興味なさそうですもんね」
「う……さすが僕の専属」
「いったい何年使用人やってると思ってるんですか」
僕は転生しても、前世の記憶を持っていた。
前世の推しに励まされ、地獄のような英才教育に耐えてきたのだ。
そして5年前、僕が17歳のときだ。
王が招き入れたルーファ様を、初めて見る機会があった。
一瞬で引き込まれた。
彼女は今世でも、その笑顔で周りの人を元気にさせている。
「彼女は、僕なんかのような人間が気軽に話しかけちゃいけないんだよ」
「どうだか。あの女、意外とシエル様のことチラチラ見てますよ。気があるかもしれませんよ」
「え、そうなの!?」
「……鈍感王子」
システィーナの鋭いツッコミに、僕の心はえぐり取られていく。
「どうしようかな。僕さ、近づいたら彼女を独り占めしちゃうかもしれないんだ」
「まぁ。シエル様に振られた女に聞かせてたら即倒しそうな胸キュン台詞ですね」
「推しを独り占めするなんて、僕にはできない」
「話しかけるだけ話しかけてはいかがでしょう。恋愛感情抜きにして」
「そうだね、それなら…………」
推しに話しかけるのか……。
大丈夫かな僕、死なないかな?
尊さで死にそう。
◇
Side聖女・ルーファ視点
私の名前はルーファ・アスタート。
前世では地下アイドルをやっていた。
顔がそこそこよかったのと、歌が上手だったからの、とある趣味のために資金が必要だったから。
ただ、ガンになっちゃった。
地下アイドルはもちろん休止、入院と手術を繰り返したけど効果なし。
そのまま若くしてぽっくり死んじゃった。
でも目を開けると、私は小さな村で水色の髪を持った乙女として生まれ変わっていた。
しかも、この世界では珍しい白魔法を自由自在に使用できた。
王宮に召し上げられ、あれよあれよと言わんばかりに名誉貴族のポストに。
可愛い使用人のリリーチカちゃんと一緒に、聖女をやりながら気ままな貴族生活。
今日は、久しぶりの夜会。
綺麗なドレスに身を包んで、リリーチカちゃんと一緒に「標的」を見ている。
「あぁ。最高よ」
「何が最高なのですか?」
「だって、あの孤高の優王子ことシエル様がグリード侯爵の冷血漢たるノウマン様と談笑されているのよ!? こんなオカズ、じゃない最高の組み合わせ滅多に見れないわ!」
身長の小さいリリーチカは私を見上げてぽかんとしている。
同じ女なら、分かってくれるはずよリリーチカちゃん。
イケメンとイケメンの組み合わせは目の保養。
なぜなら私は、元オタクで生粋の腐女子だったから。
地下アイドルをやっていたのも、膨大なグッズを買うための資金集めだった。
「今まで何人ものイケメンを見たけど、シエル様ほど私の推しに似ている人はいなかったわ……」
「推しって、なんですか?」
「尊いと思っている人よ」
私が前世はまっていたのは、乙女ゲーム「剣と魔法の協奏曲」だ。
数多くのイケメンがいたのだが、そのなかでも白髪赤目で一人称僕、好きになった女主人公のために尽くしまくるロエル王子が大好きだった。
シエル様は、そのロエル王子にそっくりだった。
「でも不思議なのよ……」
「どうしてです?」
「あんなにイケメンでモテるのに、奥さんがいないってこと」
いつも穏やかな微笑を浮かべ、とろけるような美声で女性を魅了する孤高の優王子。
シエル・ルゥ・ローランド第四王子は、伴侶どころか婚約者すらいないという。
ずっと疑問に思っていた。
彼ほどモテる男が、なぜ女性に振り向かないのか。
「きっと、シエル様はノウマン様が好きなのよ……」
ぽっ、と私の頬が赤くなっていく。
「ルーファ様はシエル様に話しかけられないのですか?」
「え!? む、無理よ無理! 推しに話しかけるなんて尊くて死んじゃうわ。仰げば尊死よ」
「でも好きなんですよね?」
「そりゃ、あんな最高のイケメン……」
「あれ? なんて言ってたら、シエル様がこっちに来ますよ?」
「なんでよ!?」
「頑張ってくださいね、ルーファ様」
「ちょ、行かないで! リリーチカちゃん!!」
いつの間にかノウマン様と話すのをやめていたシエル様が、私のほうに近づいてくる。
「こんばんは。ルーファ・アスタート様。本日は変わらずお美しいですね。あなたの周りにいる殿方は、とても羨ましい」
「ごきげんよう。シエル王子こそ、周りの女性の視線を独り占めにしていらっしゃいますね。ふふっ、モテる男は辛いわね」
「お戯れを」
どうしよう、心臓バックバクしてる。
いっそのこと倒れたい。
シエル様が私だけを見つめているなんて、そんな。
────やばっ。
「……ぁ」
「大丈夫ですか? もしかしたら、会場の雰囲気にのまれてしまったのかもしれません。夜風に当たりましょう」
私はシエル様のたくましい腕に抱かれていた。
倒れそうになった女性の腰にそっと手を添えるなんて、なんて紳士。
あぁダメね、鼻血が出そう。
◇
side:シエル視点。
とっさにルーファ様の体を支えてしまった。
緊張のあまりすごい量の手汗をかいている。
あぁでも、こうしてみるとルーファは本当に美しい。
陶磁器のような白い肌に、サファイアのような美しい青の瞳。
同系統の青色の髪は腰よりも長く、絹のような触り心地で僕を魅了する。
ルーファ様の腰は折れそうなほど細いのに、白い双丘はこぼれんばかりに強調されている。
正直、ドキドキしすぎて直視できない。
耐えろ、耐えろ僕! 彼女は僕の推し、推しなんだ!!
なんとか自分の理性に訴えかけ、僕はルーファ様を夜風にあたる場所まで案内する。
「シエル様がルーファ様と一緒に外へ行かれるわ……!」
「ああ、なんてお似合いなの。美男美女とはまさにこのこと」
「悔しいけれど、ルーファ様ならシエル様に相応しいわ」
周りが何か言っているが、全部無視。
夜風のあたるベランダにつくと、ルーファ様は欄干にもたれかかっていた。
彼女は平民だから、こんなお酒臭い社交界の場なんて嫌いなのかも知れない。
このあいだのように、薔薇園で薔薇を愛でるほうが好きなのだろう。
あぁ、さすがは麗しの推し。
花を愛でるのが好きなんて、尊すぎる。
「ありがとうございます、シエル様」
「いえ、当然のことをしたまでです」
ふぅと息を吐いたルーファ様は続いて、くすりと笑った。
「ごめんなさい。私、ちょっと興奮しちゃったみたいで」
「興奮、というと?」
「だって、ここの人はみんなキラキラ輝いて見えるもの」
「へえ。ルーファ様でもそのようなことを言うのですね」
「どうして?」
「ルーファ様自身が周りを笑顔にしているじゃないですか。だから、会場の雰囲気にのまれるようなことも、あるんだなっと思って」
その瞬間、ルーファ様の顔が真っ赤になった。
そして、俯いてしまう。
「熱ですか?」
「あ、いえ! だ、だ、大丈夫です…………」
どんどん尻すぼみになっていくルーファ様の声。
本当に大丈夫だろうか。
「あの、シエル様」
「うん?」
「またこうやって、お話してもいいですか? 今まで、遠くから眺めるだけで精一杯でしたので」
え。
えぇぇええ。
推しからこれからも話してもいいですか、なんて言われたら。
「もちろん」
明日から毎日が楽しみすぎる。
お読みいただきありがとうございます。
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推しに話しかけられたら尊いですよね。