動き出す物語
「うぅっ……うぅぅ……」
「謝れよアルト!」
「そうだよアルト……」
「……………………」
揺れる馬車の中、アルトは外を眺めて泣き通しの一人と、二人の言葉を無視していた。外には見渡す限りの海が広がっている。今いるちょうどここはアルト達の住んでいる国、〈セントルム〉と、これから依頼を遂行しに行く〈ブリテン〉との国境である。
この2つの国は海を隔てて国境が別れているため、この2つの国を繋ぐ橋を渡らなければ入国出来ない。
因みに、今行くブリテンはセントルムの周りにある五つの大陸国の一つで、他にもパノティア、アトランティス、バン・フライン、イザナギの四ヶ国がある。基本的にこの世界、ローレシアは大陸ごとに国が別れていると言っても過言ではない。
一部の例外を除いてそうなのだから。
広大な大陸を中心としたセントルムのちょうど向かい側にその例外はある。
〈ルルイエ帝国〉。
元は緑の映えた普通の国だったらしいが、突然現れた災厄……クトゥルフによってその土地は荒らされ、生物なども全てが汚染され、眷属にされている。今やあの地にまともな生き物は居ない。更にはルルイエの眷属達はセントルムを攻めて来ている。クトゥルフがこの世界に現れ五十年の月日が経つが、こちらの劣勢は目に取れる程に明白だった。
しかし、どういう訳かクトゥルフは一気に侵略して来るという事は無い。僅かに進軍しては停戦し、を繰り返しているのだ。それでも人間が押されているのは明白。交戦しては下がって行く停戦ライン。そんなものはクトゥルフの前では間に合わせの境界線でしかない。
「アルト!!」
(うるさいな……)
アルトは、窓を見ていた顔をアルの方へと向けた。
「……何だ」
「お前、いい加減ニーナに謝れよ!!」
怒鳴り声が馬車の中で響く。その怒鳴り声に、アルトの隣りに座っている女性と、その膝の上で寝ていたおさげ髪の少女が、ビクッと肩を跳ねる。
この馬車は予約の馬車と違って多くの他の一般人も一緒に乗る定期便のため、ほんの少しだけ広く作られている。
まあ、今は隣りに座っている親子と、自分たちしか乗客が居ないが……
「……他の客に迷惑だからいい加減にその大声出すの止めろよ」
すると、彼は眉をヒクつかせながら更なる大声で反論して来た。
「何だと!?大体お前が謝らないから――」
「お兄ちゃん達うるさい!」
遂に隣りの少女が起きてしまった。小さな少女は、自分の母親にしがみつきながら、アルを睨み付けている。
「……ほらみろ。他所の人に迷惑をかけるな」
「ぬぅぅぅ……」
アルは唸りを上げながらも押し黙って行った。すると落ち着いて来たのか、それとも流石に泣き疲れたのか、ニーナも徐々に泣き声を漏らさなくなって来た。これで少しは静かになる。
「…………ん?」
しばらく海を見つめていたアルトだが、横から視線を感じる。何かと思いそちらに横を見ると、先程の少女が真っ直ぐにアルトを見つめていた。
(何だ?)
少女は興味津々といった様子で、アルトの目を見ていた。
そして……
「お兄ちゃん、眠いの?」
「ぶっ……!」
向かいに座っている3人が同時に吹き出した。不快に思いながらも、アルトはいつも通り――
「眠くない……」
と返す。
「でも眠そうな目して――」
「こら!お兄ちゃんに失礼でしょ?」
そう少女の母親が、彼女の頭をポンと軽く叩いた。
「すみません、迷惑かけてしまって」
少女を抱きかかえながら母親は軽く頭を下げた。
「いえ、こちらこそうるさくしてすみません」
アルトも小さく頭を下げる。
が、
「何だと!?どういう意味だ!!」
またうるさいのが怒鳴り始める。
(お前の為に謝ってやったんだろ……)
しかし、構うと更にうるさいのでアルトはアルを見つめるだけで何も言わなかった。
「何で無視すんだよ!!お前はいつもそうだ!!俺が何か言うと無視しやがって!!」
「……………………」
「大体何でそうやって無視するんだよ!!俺は無視されるのが大嫌いなんだよ!!」
「……………………」
「聞こえてるの――」
「アルさん……もう良いです」
弱々しい彼女の声がアルの大声を止め、彼女は俯きながら続ける。
「全部……私のせいですよね?……全部……ぜんぶ……うぅ……」
また泣き出し始めた……。
そしてどうせまた……
「ニーナがまた泣いちまったじゃねえか!!謝れよアルト!!」
やりきれたもんじゃない。
「お前、ここに来るまでの2日間何回それを言ったら気が済むんだ?」
ニーナも何回泣いたら気が済むんだ。そろそろ脱水症状が出るんじゃないかとアルトは本気でニーナの心配をする。
「お前が謝ったら何度も言わねえよ!!」
(何回謝ったと思ってるんだ)
アルトは先程のを除いてニーナが泣き出す度に最低一回は謝った。しかしそれで泣き止んだ試しなど一度も無い。
はぁ……と溜め息を吐きながらもう一度アルトは言った。
「悪かった……許してくれ」
しかし
「うっ……うぅ……」
ニーナが泣き止む気配など無い。
「アルト!!」
(……俺にこれ以上どうしろっていうんだ)
謝って泣き止んでくれない辺り、それは俺のせいでは無いんじゃないか?とアルトは思った。しかし単細胞には何言っても無駄だ。
彼は自分が全てであり、自分がそうだと決め付けたら頑としてそれを貫き通す。
正直このパーティーで最も問題のある人物だ。
と、
「ん?」
少女が隣りに来てアルトの制服の裾を引っ張っていた。
「ねぇ、お姉ちゃん何で泣いてるの?」
コラ!と少女の母親が怒るが「良いんです」と言ってからアルトは少女に言った。
「本人に聞いてみたらどうだ?」
すると少女は立ち上がり、揺れる馬車の中で揺すられながらもニーナの下までたどり着いた。
そして、少女はニーナの膝にもたれかかりながら彼女の顔を見上げて尋ねた。
「お姉ちゃん、どうして泣いてるの?」
ニーナは涙を払う手を止め、少女の顔を見た。
そして
「どうして、だろうね?」
少女の顔を見た瞬間ニーナは少女にニコッと笑顔を向けた。流石に子供の前では涙を流し続けていられないと思ったのだろう。
「おいで……」
ニーナは少女の脇に手をかけ、自らの膝の上に乗せた。
「あなたはどこから来たの?」
膝に少女を乗せ、抱くようにしながらニーナは聞いた。
「わたしドナウって小さな村から来たんだよ。お姉ちゃんは?」
「私は、バーミリオンから来たんだ」
「バーミリオンって、あの有名な学校がある所!?」
少女は抱かれたままニーナの顔を見上げる。
「うん。私達はバーミリオン魔法戦技学校の生徒で、これからブリテンで依頼を受けに行くんだ」
(雑用にされる為にな……)
そう思ったが、アルトは黙って2人の会話を聞いていた。面倒だったので適当に少女をニーナに引きつけさせる為に先程の様に言ったのだが、意外にもニーナは泣き止んでくれて、更に少女とも馴染んだ様子だった。
「凄い!お姉ちゃん達、バーミリオン学園の生徒だったの!?」
普通制服を見て気付かないだろうか?
「わたしね?バーミリオン学校に入学するのが夢なんだ!」
それを聞いた瞬間、アルトは無意識に自分の指先が動くのを感じた。
「ふふ、なれると良いね?」
完全に取り戻した笑顔で、ニーナは少女の頭を優しく撫でた。
(夢……)
アルトは窓の方へと顔を向ける。嫌いな言葉から目を背ける為に。
しばらくすると馬車は森へと入って行った。
それから馬車に揺られる事数時間。
馬車はやっと中継地点へと到着し、一同は馬車を降りる。
「じゃあねお姉ちゃん達!」
「うん。じゃあね!」
御者手綱を送り、馬車は動き出しす。
馬車の窓から顔を出し手を振る少女がどんどん離れて行く。その姿が見えなくなるまでニーナは馬車に手を振り続けていた。
そしてやがて馬車が見えなくなるとニーナは振っていた手をゆっくりと降ろした。
「アルト先輩」
アルトは並木の合間から見える次の宿への道のりから一旦目を離し、ニーナを見た。
泣きはらしだが先程少し明るくなった顔をこちらに向け、ニーナは言った。
「アルト先輩……いえ皆さん。すみませんでした」
そう深々とニーナは頭を下げる。
「に、ニーナ!何でお前が謝るんだよ!」
「そうだよ君が頭下げる事無いって!」
その行為に2人は戸惑っていた。アルトもそうだ。どう考えたって非は自分にあるのに、何故彼女が頭を下げる必要があるのかと。
しかし、同時にアルトは思った。
やはり自分が悪いのではなかったのではないかと。
「…………行くぞ」
沈黙の間にやはり自分は悪く無いと判断し、アルトは都市に向かって歩き始めた。
「アルト!お前待てよ!!」
アルの怒鳴り声が周りの林に響くが、アルトは無視して街へと歩む足を止めなかった。
「待てって言ってんだよ!!」
アルは走って来て目の前に出て来た。
「お前、あいつが謝ってるのに何とも思わないのか!!」
その問いに、アルトは足を止めて答えた。
「なら、お前は俺の後ろのを見ても何とも思わないか?」
「後ろ?」
アルはアルトの横に顔を出し後ろを見た。その後に自ら確かめる為にアルトも後ろを見た。すると馬車から降りた場所から動かず、ニーナが流れる涙を払っていた。
そんな彼女の肩にルイスが手を置いている。遠くて何を言ってるか知らないが、ルイスはニーナを慰めている様子だった。
再び前を向き、アルトはアルに言う。
「分かっただろ?あいつ俺の事で泣いてるんじゃない、お前が大声出して話を掘り返すから、それに泣いてるんだ」
さっさと行くぞ、とアルトは目の前に立つアルの横を通り過ぎた。
通り過ぎる際、彼の静かな唸り声が聞こえたが、アルトは気にせずにそのまま進んだ。
そして馬車を乗り継ぎ、ブリテンに入って7日目にアルト達は目的地にたどり着く。
「許可証を」
全身を鎧に包み、細長い円錐形の突撃槍を担いだ長身の門番に、アルトはぐちゃぐちゃになってシワだらけの依頼書と、入国許可証を渡した。
門番は、目を泳がす様に依頼書と入国許可証の内容を読む。
「ご足労かけた。通って良いぞ」
そう言って書類を返すと門番は街へ続く道を空けてくれた。書類を畳みながらアルトは歩き出し、その後ろを3人が並んで着いてくる。
歩きながら、後ろの空気が重いのをアルトはずっと感じていた。
先日からパーティーに会話が無かった。言い過ぎたのかもしれない。しかしそんな理由で謝るつもりなどアルトは無かった。
それにこの方が静かで良い。街に近付いて来ると、だんだん遠くから賑やかな声が聞こえて来る。
すると先程まで遠くにあった街を囲む様にして建っている白い壁がだんだん大きくなって来る。
近くまで来ると、遠目では想像も出来ない程にその壁は高く、軽く10~20メートルはあった。
バーミリオンもそうなのだが、魔物の存在するこの世界ではこの様にして街の外に壁を作り、魔物を侵入させない様にしている。
大抵は先程の様な屈強な門番が駆除するが、もしもの事を考えるとこういったものも必要になって来るのである。
巨大な壁の先に出て、アルトは目の前の光景に少しばかり驚いた。
人、人、人……
右にも左にも人だらけ。しかもその殆どが道端で立ち話をしている人達だった。
世間話をしているのか、何の話をしているのか知らないが、真剣に語り合っている連中が居れば、馬鹿笑いをして笑い話をしている奴も居た。これじゃまるでお祭り騒ぎだ。
「賑やかな場所ですね?」
そう最初に口を開いたのはニーナだった。
「ああ、まるで祭りみたいだ」
続いアルが。
「ブリテンって、こんなに賑やかな場所だったんだ……」
最後にルイスが。3人ともやっと口を開いた。
「……行くぞ」
再びアルトは足を進める。三人は周りを見渡しながら着いてくる。初めて来る異国に興味津々らしい。
正直アルトも少し興味があるが、右に左に目をやる程興味は無かった。
しかしそれにしても賑やかである。今歩いている大通りにも、何人もの人が立ち話をしている。そして道の両端には出店が広がり、客寄せに大声を出しながら手を叩いている店も少なくない。
毎日毎日この調子なのだろうか?だとしたら、ここには住みたくないとアルトは思った。
「おい兄ちゃん達!」
横で出店の肌が黒い小太りの男が声をかけて来る。しかしそんなものに関わるつもりは無い為、アルトは得意の無視で通そうとした。
しかし……
「俺達の事か?」
自分の顔に指を指してアルが男に聞く。
「そうだ兄ちゃん!あんた達だ!ちょっと寄ってきな!」
調子の良い大声で、男はアル達を引き込んだ。
「おい、お前等」
アルトは振り返り三人を見る。三人は赤いマットの上に並んだアクセサリーなどの小物を屈んで見ていた。
珍しい物に夢中なのか、3人はアルトの話など聞いてはいない。
「おい」
二度目の呼び掛けでようやく3人はアルトの方を向く。
「任務が優先だ。観光しに来た訳じゃないだろ」
すると、三人は顔を合わせる。
「おい兄ちゃん、あんたも寄って行かないか?」
男は手招きをするが、アルトはその場で、けっこうです、と言って返した。
「ほら、早く行くぞ」
そう言うのだが、三人は立ってはくれない。
はぁ……と深い溜め息を吐きながらアルトは続けた。
「観光だったら、依頼が終わってから好きなだけ出来るだろ?それに、依頼が成功すれば報酬だって貰える」
その言葉に、ニーナとアルの二人の顔がこちらを向いた。
「じゃあ、依頼が終わった後は自由行動ですか?」
「……ああ」
「何か買って良いのか!?」
「……好きにしろ」
やったぁ!!と2人が同時に声を上げた。
「ルイス先輩、早く行こ?」
「先輩!早くしないと日が暮れるぞ!」
2人がルイスの腕を引く。突然の心変わりにルイスは動揺していたが、2人の勢いには逆らえなかった。
「そうと決まれば早速出発だアルト!!」
「……ああ」
コイツ等が単純で良かった、とアルトは思いながら再び美術館へと足を進めた。
そこから歩く事十数分。アルト達はようやく目的地に着いた。
「まさか、ここの掃除をするのか?」
後ろのアル達が止まり、まるで遠くの空を見上げる様に顔を上げた。
「だろうな。依頼書にも2日かかると書いてあったからな」
腰に手を当て、アルトもアル達同様に顔を上げた。そこにはまるで城の様な建物が建っていた。
高さは先程街に入る時に見た壁よりも高い。目見当でも、30メートル以上あるのが見てとれた。
入り口には白い支柱が並び、そこだけ見れば城と言うよりは神殿の様だった。屋根にも色々と細工がしてあり、こんな物が美術館の様にはとても見えなかった。
「行くぞ」
アルトは後ろの3人に声をかけて足を進める。後ろで呆けていた3人だったが、アルトが足を進めると急いで着いていく。
白い支柱の横を通り過ぎ、アルトは大きな木製の扉を開いて美術館の中へと入った。
扉の先には広いロビーがあり、真ん中には受け付けか案内用のカウンターが、広間の端にはソファーなどがあった。
が、それより先に目に入ったのはロビーの前で並んだ黒い制服姿の生徒達だ。おそらく共同する事になる他校の生徒だろう。
「バーミリオンの方々、やっと参られましたか!」
入ってすぐ、黒いタキシードを着た年半ば程の男性が出迎えてくれた。
「すみません。お待たせしました」
そう聞きながらアルトは制服のポケットから先程畳んだ依頼書を取り出した。
「いやいや、ちょうど時間通りだ。流石はバーミリオンの生徒だ」
おちこぼれだがな……と胸の中でアルトは呟いた。しかしそんな事は間違っても口に出来ないので、代わりに「依頼書です」と折り畳んだ依頼書を男性に手渡しす。
「ん。ノーブルヒルの生徒達と並んでくれ、これから分担の説明をする」
そう言われ、アルトは後ろの3人に手招きし、地元の生徒であろうノーブルヒルの生徒達の隣まで行くと四人は横に並んだ。
「え~諸君にはこの度わざわざ足を運んで頂き光栄に思う。私はロンド、この美術館の館長だ。私が何故この美術館を開いたかと言うと……」
(前置きは良いからさっさと本題に入ってくれ)
するとそんな思いが通じたのかロンド館長は「おっといけない」と話を切り上げた。
「すまない。私の悪い癖が出てしまった」
ゴホンッと咳払いをし、館長は再び話し出した。
「では、私の秘書が君達に詳しい分担を書いた紙を渡す。細かい事はそこに書いてあるからそれに従って行動してくれ。尚、わからない事があったら既に掃除を開始している係員に聞いて欲しい。では」
そう言い残し、ロンド館長は美術館の奥へ消えていく。
手渡された紙には美術館の全体図が書いてあり、13部屋ある各部屋に、1~13の番号が振られていた。そして、アルト達バーミリオンの生徒は西側の1~7番の部屋、ノーブルヒルの生徒は7番以降の部屋を担当する事になった。7番がダブっている理由は、7番の部屋は古い本を大量に保管している書庫らしく、他の部屋よりも広い上に本棚一つ一つを掃除するのに手間がかかる。
だからノーブルヒルとバーミリオンの両者を必ず一人ずつ出し合い、優先的に掃除をして欲しいと紙には書いてあった。
なのでアルトは7番の書庫には手際が良さそうなニーナを行かせる事にした。
そして目立たず頼れないルイスは5番の武器展示室に向かわせ、一番心配なアルはと言うと……
「何でお前と同じ場所を掃除しなくちゃいけねぇんだよ!!」
後ろで聞こえる声を無視して、アルトは黙々とガラスを拭き続けた。
アルトは一番不安なアルと共に古代絵画展示場のガラス拭きをしていた。
この部屋はアルト達が担当する部屋の中では書庫の次に広い。
しかし展示物を隔てるガラスを拭くだけで良いと書かれていたので、これならアルでも出来ると思いアルトは彼をここに配置した。
だがそれでも彼を信用出来ない為、アルトは万が一に備えて彼の側での清掃を選んだ。
「おい、お前俺の声聞こえてるのか?」
「……………………」
「また無視か? おい! また無視なのか!?」
面倒な奴だと思いながらもアルトは一度手を止めて彼の方を向いた。アルはアルトと背を向けた側にあるガラスを拭いている筈なのだが、何故か体がこちらに向いていた。
「……なんだ」
「なんだはこっちだ! 何で俺がお前と同じ所の掃除しなくちゃいけねぇんだよ!!」
「……さあな」
どうでも良いと思うと同時に、もうコイツの話には付き合わないでおこうと思いながらアルトは再びガラスを拭き始めた。
「聞いてたなら答えろよ! 何で俺の事無視するんだ! 俺は無視されるのは嫌いだって言ってるだろ!?」
(それも馬車の中で聞いた)
「何とか言えよっ!!」
彼の怒鳴り声が部屋中に響いた。部屋が広いせいもあり、その声はいつもよりも大きく、何重にもなってアルトの鼓膜に襲いかかった。
(うるさくて仕方ないな)
係員がここに居ないためこの醜態を晒す事が無いの幸いだが、これでは掃除にならない。アルトは仕方なくガラスを拭く布切れを止め、今度は振り返って答えた。
「お前一人だと不安だからだ。ここは私有の博物館だからな。興味本位であれこれ触られて、展示物を壊されたら堪らないんだよ」
苛立ちをぶつける様にアルトはそう言った。紙にも書いてあったが、ここは国による国立美術館ではなく、あの館長の私有物らしい。なら何故ノーブルヒル美術館と言われているのか気になったが、そんな事はこの際どうでも良い。
「……そうかよ」
するとアルは意外な事になんの反発も無く背を向け、ガラスを拭き始めた。
(何だ?)
アルトは不可解な気分になった。あのうるさいのが反発して来ないだけマシな筈なのに、何かおかしい気がした。日頃と違う行動をされただけでこうも違和感を感じるものだろうか?
小首を傾げてからアルトは振り返って再びガラス戸を拭き始めた。
「……なあ」
しかし拭き始めてすぐに再びアルが声をかけて来た。その声にはいつもの張りが無く、暗い声だった。
「俺の事、そんなに信用出来ないか?」
「まあな」
アルトはその問いに間髪入れず即答した。するとガラスに反射して映るアルの後ろ姿がふと目に入る。彼はガラスを拭く布を止め、向こうを向きながら俯いていた。
こんなアル今まで見た事が無い。
「俺って、お前に嫌われてるか?」
「まあな」
再びアルトは手を動かし始める。
「どうせ…………」
「あ?」
アルが何か言ったが、聞き取れなかった。
アルトは振り返って聞いた。
「今何か言ったか?」
そう聞いた瞬間アルはいきなり布を握り締め、振り返りながらそれを床に叩きつけた。
「どうせお前も俺の事要らない奴だとか思ってるんだろ!!」
顔を真っ赤にし、アルが怒鳴り散らした。そしてこちらに踏み寄りながらも更に続けた。
「いつもいつも無視しやがって!お前はどうせ俺の事なんて見えて無いって、そう言いたいんだろ!?」
(何言ってるんだコイツ?)
アルは突然激怒した様子だったが、アルトはその理由が分からなかった。そもそもコイツはいつでも怒ってる。
「なにか言えよ……」
何かをこらえている様子でアルは震えていた。握り拳を強く握り、口を固く閉じていた。
「はぁ……」
溜め息を一つ吐いてからアルトは口を開いた。
「何だってお前は毎回そんなふうに怒ってるんだ」
アルは歯を噛み締め、拳を強く握る。
「お前が気に入らないからだよ。お前の態度もこの依頼も、俺を見下す奴も全部全部!」
「なら話し掛けなきゃいいだろ、周りの連中も無視すればいいだろ」
「だからってお前は俺を無視するのか!? それが気に入らねぇって言ってんだよ!!」
アルは拳を握り締めてアルトへ駆け出す。
それなりの速度の踏み込みでアルトへ接近し、拳を振るがアルトはそれを僅かに首を振るだけでそれを避ける。
しかし、アルは諦めずに返す刀で再びアルトに殴りかかる。しかしそれもアルトは一瞬頭を低くして回避する。
するとフルスイングを空振りし、更に無理やり返す刀を放ったアルはバランスを崩す。
そこをアルトが軽く手で押すと、アルは勢いを殺せず派手に床に倒れ込んだ。
「はぁ……」
ため息をつきながらアルトは手に持っていた雑巾をうつ伏せに倒れたアルの頭に落とす。
「俺や周りが気に入らないなら一人でやれ。いちいち他人に当たり散らすな」
そう告げてアルトは部屋を後にしようとする。
「待てよ!」
アルは頭に落ちた雑巾を握り締め、這いつくばったままアルトを睨み付ける。
しかしアルトは振り返る事なく口を開く。
「相手をされたいなら掃除ぐらいやってみせろ」
そう告げてアルトは部屋を後にする。しばらくして遠くからアルの叫び声が届くが、無視してアルトは武器展示室へと向かった。
流石私物の美術館という事もあり、展示室以外の通路も作りが凝っていた。
まず通路の横幅が広く、横幅だけで5メートルは有る。
更に床には赤い絨毯が敷かれ、延々と続く廊下の端まで隙間無く敷いてある。
おまけにピカピカに光りを反射する壁にも細工がしてあり、表面に埋め込まれた貝の殻が所々虹色に輝いている。
(それだけ金が有るなら俺達なんて雇うなよ……)
雇うのならハウスヘルパーでも頼めば良かったのだ。何だって学生を雇うのか。
(どうでも良いな)
延々と伸びていた廊下も終わりを告げ突き当たりの角を左へ曲がる。するとそこには先程掃除をしていた部屋より少し狭い部屋が広がっていた。
この部屋は先程の古文展示室と違って壁や天井が暗い色で、更に照明もあまり明るくなく部屋全体が薄暗い。そんな薄暗い部屋の隅で、ルイスはせっせと何かを運んでいた。
「ん?あ、アルト!」
アルトはこちらに気付いて顔を向けているルイスの方へと向かった。
「……手は足りてますか?」
「ははっ大丈夫だよ。僕一人で充分だ」
そう言っているルイスの手元を見る。ルイスが今運んでいたのは槍を立てる為の箱だった。
そのまま部屋の隅へ目をやると、そこには沢山の槍が寝かせてある。恐らくこの箱の中に入っていたものだろう。
「本当に手伝わなくても大丈夫ですか?」
「大丈夫だって!」
明るく振る舞いながらルイスは再び箱を持ち上げると、それを寝かせてある槍の近くに置いた。
(大丈夫って言われてもな……)
この人はアルと違って器用だから大丈夫だと思う。そう頭では分かっているのにどうにも任せるのに気が引けた。
確かにこの人は先輩で、面倒見が良い人だ。
しかし何故だかどこか頼りない雰囲気を醸し出しているのだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「ふふっ」
先輩は短く笑いながらこちらを向いて言った。
「珍しいね? アルトが人の心配するなんて」
「……心配なんてしてませんよ」
そう答えると、薄い照明を移した眼鏡の先でルイスは笑った。
「そっか」
その一言をだけ言い、ルイスはまた向こう側を向いた。
ルイスはその場に屈み、槍の一本を手に取って布で柄を磨き始める。
「所でアルト、アルは一人にして大丈夫なのかい?」
「…………………………」
アルトは答えられない。当然と言えば当然だ。正直に言えば全く信用できない。
そんなアルトの反応を見たルイスは若干の笑いを漏らしながらアルトに尋ねる。
「アルト、君はアルにどんな印象を持ってるかな?」
「うるさい奴です」
「ふっ……」
遂にルイスは吹き出す。若干不愉快になったアルトだが、すぐにルイスは「ごめんごめん」と切り出した。
「アルが言ってたんだ。あいつは俺の事はうるさい奴としか思って無いって。彼、それが気に入らないみたいだよ」
その事実を知り、アルトは思わずため息をついてしまう。そんなアルトを見てルイスが笑うが、今度はルイスが口を挟む前にアルトは尋ねた。
「何が可笑しいんですか?」
「いやだって面白いじゃないか。アルは君に憧れているんだ」
「悪い冗談はよしてください」
「いいや、これは冗談ではなく本当なんだ。アルトは僕らが同じ班に配置された時の事を覚えてる?」
アルトは腕を組み、過去を振り返る。
それは去年の夏期休暇に入る前だった。
初めてのギルドの招集があり、まだ学園にも慣れていないアルトは招集に遅れて到着する。
するとギルド内では喧騒が飛び交い、真ん中では生徒同士で殴り合いをしていた。
が、うるさい所でこういった場所なのだろうとアルトは自分の配属された13班を探す。
すると歓声とも悲鳴とも言えない声が上がり、より喧騒が激しくなる。するとその喧騒を掻き消すような大声がギルド内に響いた。
「まだ文句ある奴は居るか!!」
そうテーブルに乗って名乗りを上げるのは当時のアルだった。そんなアルと、当時のアルトは目を合わせてしまう。すると次の獲物とばかりにアルは机を蹴ってアルトの目の前へと飛び降りる。
「何だお前、眠そうな目して文句あんのか?」
そんな問いかけにアルトは答えない。ただ初対面でいきなりそれを言われて不愉快なのを隠そうせずにアルを見つめる。今も昔も無視が嫌いなアルはそこで拳を固めた。
だがアルが拳を固めた刹那。アルの体は宙を舞い、後ろのテーブルを破壊する。
吹き飛んだアルの先には拳を振り抜いたアルトがおり、拳を解いて辺りを見た。
すると皆アルトから目を反らし喧騒が嘘のように静まり帰ると、皆各々テーブルを探して班でまとまっていく。
伸されたアルは意識はあるがその目は点になり、呆然としていた。
そこまで思い出すが、この先はどうでもいいとアルトは過去を振り返るのをやめる。
「思い当たる節がありません」
むしろまるで通り魔のような諸行だ。憧れる要素などどこにもない。
すると、捕捉するようにルイスは言った。
「彼、上級生が気に入らないからって反発したんだ。そしたらアルは上級生よりも強くて、もう誰にも止められなかったんだよ。そこに君が来てアルを一撃で倒してしまった訳だ。聞いたらアルはそれまで喧嘩で負けた事がなかったらしいよ。だから学園でも気に入らない生徒は打ち負かして自分を認めさせていたみたいなんだ。きっと彼はプライドを傷付けるられただろうね」
「で、どこに憧れる要素が?」
「彼は今まで誰にも負けた事がなかった。それを圧倒的な力で捩じ伏せたんだ、今の彼の目標は君って事だよ。アルは君に認められたいんだ、ただその方法が分からないだけだよ」
(それは目の敵にされてるだけだろ……)
どうりですぐに当たって来る訳だとアルトはアルの行動を振り返る。大声を出すのも、何かと問題を起こすのも、全部見て欲しかったからだろう。そう考えると、アルトはため息をつかずにはいられなかった。
「アルトもきっといつか分かるよ、人に憧れる気持ちが」
「だといいですね」
適当に返事を返し、アルトは武器展示室を出た。
(憧れか……)
自分にとって憧れとは何なのかとアルトは考える。最初に思い付いたのはスティルだった。確かに強く、学園でも最上位の一人ではある。だが一度負けたからとアルトはああなりたいかと言えばそうは思いわなかった。
自分の目指しているのはもっと別にあるのだと。
「あっ!」
積んであった本の山がバラバラと崩れ落ちる。ルイスからニーナの様子を見ようと思ったアルトだったが、早速失敗を目撃することになる。
「……何やってるんだお前」
本を屈んで拾い集めるニーナを見下ろし、アルトは尋ねる。
「せ、先輩!?」
ニーナは驚いた様子で、持っていた本を再び落とした。
何年も放置されていたらしい本の山が、薄暗い部屋でもはっきり見えるほどに濃く埃を立てる。
その埃を吸ったらしく、ニーナはけほけほと噎せ始めた。
(どうしようも無いなコイツ)
噎せるニーナの代わりに、アルトが本を拾い集める。
「すみません先輩」
まだ落ち着かない様子のニーナは上擦った声で口に手を当てながら言った。
情けない姿だ。器用そうなのは見掛け倒しで、実は不器用らしい。
「……お前埃に弱かったのか?」
本を集めながらアルトは聞く。
「はい」
「じゃあ何で言わなかったんだ」
自分の位置から離れた本を取ろうとアルトは腕を伸ばした。しかし伸ばそうとしたアルトの手の先に、一粒の雫が落ちた。
顔を上げれば、ニーナが両手で顔を覆いながら、うめき声を漏らしていた。
「はぁ」
溜め息を吐き、集めた本を一旦横に置いてからアルトは中腰だった体を真っ直ぐに立てた。
「泣くな」
そう声をかけるが、彼女は顔を覆ったまますすり泣き続ける。
「ニーナ」
アルトはそんなニーナに彼女の姿を重ねてしまった。いつも笑顔で明るい彼女からは、想像も出来ない程弱々しいその横顔。そしてその頬に一筋の線を作りながらつらい過去を淡々語る彼女を。
泣かせてしまったのは自分なのだ。そして今も、あの時と同じ。ニーナを泣かせたのは自分だ。
「ニーナ」
アルトは、振り絞る様に言った。
「その、言い過ぎた」
悪かったと付け足し、アルトは顔を落とす。するとニーナは手で顔を覆ったまま首を振った。
「……違います」
震える声で言うと、両手の甲で涙を払った。
「違うんです、アルト先輩のせいじゃないんです……」
俯き、まるで小虫が鳴く様な小さな声でニーナは言った。
「私が……私が弱いから……」
ニーナは、再び涙を流し始める。アルトは辺りを見渡した。すると丁度今降りてきた階段の脇に椅子が2つあった。
「ちょっとこっちに来い」
そう言ってアルトは少し強引にニーナの手を引いた。
「ここに座れ」
彼女を椅子の前まで連れ、そう言うと、ニーナは素直にその椅子に座った。
しばらくニーナは泣き続けていたが座らせて様子を見ていると段々落ち着いて来る。彼女がしゃくりあげなくなった頃、アルトは中腰になりニーナと同じ目線の場所まで体制を落とした。
「泣いたって状況は変わらんだろ。どうしてそんなに泣くんだ?」
それを聞くとニーナの瞳はまた潤み始めた。
「分かった! 今のは聞かなかったことにしてくれ!!」
慌ててそう返すアルトだが、何で俺はこんなに慌ててるんだ? と自分でも疑問に思ってしまう。
が、今はニーナの事で手一杯だった為、アルトはあまり気にしなかった。
「すみません、迷惑かけてますよね」
潤みがちながらも、先程より大分落ち着いた声でニーナは言った。
「……ま――」
待てよとアルトは思った。このまま「まあな」といつも通りに言ったらニーナはまた泣き始めるのではないだろうか。そしたら話が進まない。
またニーナが落ち着くのを待つ事になる。
「ま、まあ気にするな」
言い直してニーナにそう告げた。するとニーナは膝に手を置きながら、俯いてしまう。
これでも駄目だったか、と思った時だった。
「……私は何も出来ないんです」
小さな声でニーナは語り始める。
「……何も出来なくて、変わろうと思っても変われなくて……苦しくて、苦しくて仕方がないんです。このままじゃ駄目だって分かってるんです。……でもそれを考えれば考える程身動き出来なくなって……」
……つまり自分に自信が持てないという事だろうか? アルトはそう解釈するが、ふと考えると要はアルとは真逆ということになる。
アルはアルで面倒だが、ここまでのネガティブ思考もまた面倒だ。そう面倒だ
「……面倒だな」
それを口にした瞬間、しまった!アルトはと思ったが遅い。ニーナは再びうめき声を上げながら、スカートの端を握りしめていた。
つい、いつもの調子で口走ってしまい、天を仰いで頭を押さえるアルト。
また泣き始める。話が全然進まない……
かに思えた。
「迷惑かけてるのは……分かってます」
ニーナは涙をポロポロと流しながら答えた。
「……どこに居ても私に居ていい場所なんてない。ずっと、ずっと迷惑かけて来ましたから。だったらいっそ私なんて居ない方が……」
はぁ……と溜め息を吐いてからアルトは口を開いた。
「ニーナ、落ち着いたらお前は絵画展示室に行け」
それを言うと驚いた表情でニーナは顔を上げた。ニーナが妙な思い過ごしを考える前に、アルトは続いて言いう。
「アルを一人置いてきた。お前は何にも出来ない気で居るだろうが、あいつはお前以上に何も出来ない。心配だから向こうに行ってくれ」
それと、と言いながらアルトは立ち上がった。
「お前がどんな風に育ったかは知らないが、お前を不要だと思った人間は今までいなかっただろ。簡単に諦めるな」
最後に「ここは俺がやる」と言い残し、アルトはニーナに背を向けた。
「ありがとう……ございます」
小さな声が後ろでしたが、振り返る事無くアルトは再び散らかった本を集め始めた。
(何やってるんだ俺…)
今更になって自分がしている事に疑問を抱くアルト。
嫌われようとしている筈なのに。何を言っているのだろう。ニーナに対して、他人の事なんてどうでも良い筈なのに。無関心で居られればと思っていた筈なのに。馴れ合いなんてしたくない筈なのに。
どうしてニーナに優しく出来たのだろうルイスに対してもそうだ。頼りないと分かっているのに、頼りたくないと思い続けていたのに、簡単に信用して、普通に任せて来た。
頼っているのだろうか。自分が……他人を。
(そんな事ある訳が無い……)
そう思いアルトは疑念を振り払おうとする。しかし払いきれない疑念が再び目の前にチラつく。いい加減苛立たしく思い、アルトは掃除に専念してそんな考えを振り払おうとした。
「はい」
ふと本を差し出される。アルトは差し出された本の先を追って行く。
うなじまで伸びた銀色の髪。そして琥珀色の瞳。天窓から射す昼前の日射しを浴びるその姿はまるで絵画から出てきたような、この世の者とは思えない少女がアルトの前に立っていた。
「………………」
思わず息が詰まり、アルトは無言で本を受け取る。
彼女は紺色のスカートに同色のブレザーを着ていた。その制服から彼女がノーブルヒルの生徒だと分かる。
(?)
彼女の黄色い瞳が、真っ直ぐアルトを見つめていた。
そして……
「眠そうな目」
また初対面で……。そんなに眠そうに見えるだろうか? とアルトは一瞬考えてしまう。
しかし、
「私もよく言われるわ」
そうクスクスと笑う少女。そうだろうかとアルトは彼女の目を見つめる。すると少女も真っ直ぐにアルトと視線を合わせる。
面と向かって見れば、確かに虚ろげな表情に見えなくもない。と、アルトはずっと少女と目が合っているのに気が付き、思わず視線を反らしてしまう。
それを見て少女はまたクスクスと笑いを漏らす。
「……眠そうな目だ」
せめてもの抵抗とアルトは少女にそう返した。一層楽しそうに笑う少女だったが、やがて笑いが治まるとアルトに告げる。
「私はレン。あなたの名前は?」
その名を聞いたら瞬間、アルトは胸に大きく脈を打つのを感じた。次いで頭の中が真っ白になり、地面が遠く離れるような感覚に襲われる。そして、遠くからどんどん声が近付いてくる。自分の本当の名を呼ぶ声が、少しずつ、少しずつ。
「どうかしたの?」
レンに呼び掛けられ、アルトは我を取り戻す。
「いいや」と首を振ってからアルトは答える。
「俺はアルトだ」
[解説]ブリテン
ローレシアに古くから存在している国。セントルムの西方に位置する大国で、海を隔てて全長3キロメートルからなる巨大な橋で両国の連絡をとっている。この大陸間の隔たりはもともとは存在しなかったが、200年前の大戦で魔族の一撃によって出来た。
またブリテンは200年前の大戦で人類を率いてエルフと戦った国である。当時の国王“アーサー”はローレシアで名を知らぬ者が居ない程著名な人物で、人類の英雄、人類史最強の魔術師とも称されている。




