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《物理無双》魔法学園の落ちこぼれ、魔術無しで成り上がる。  作者: 鴇天ユキ
第一章 盲目の異端者
3/16

退学へのカウントダウン

「………………」


 試験が終わって数日。アルトはいつも通り学校の展望台から手すりに両腕を重ねて街を見下ろしていた。


「はぁ……」


 後ろで溜め息が聞こえる……。振り返らなくても分かる。自分から話し掛ける事が無いアルトに、友人なんて出来る訳が無い。しかし後ろに居るのはその例外、ディオだ。


「お前、毎日そんな所に居てよく飽きないな?」


「……ああ」


 背を向けたままアルトは答えた。するとディオが横に来てアルトと同じ様に体を手すりに預ける。


「そう言えば、明日から夏季休暇だな?」


「……………………」


 アルトは黙り込んでしまった。明日からはこの学園の夏期休暇、生徒達に安息の時間を与えつつも、野外研修というものも付いてまわる年間行事だ。


 野外研修とは、この戦術習得コースなら誰でもが所属するサークル……ギルドが請け負う任務で、ギルドのメンバーを組み分けしその四~五人のメンバーで下級の魔物の討伐するのが主である。


 しかし……


「……俺には関係ないだろ」


 試験で合格出来なかったアルトは、単位も足りない為、退学は間違いなかった。単位不認定、もしくは試験で不合格だった生徒は夏休みに退学するのが決まりである。


 つまり今のアルトは退学秒読み状態で、明日には魔法戦術学校を中退する事になる。


「まだ退学を宣告された訳じゃないだろ?」


 慰めの様な言葉をディオは掛ける。


「……ラウド教官の事だからめんどくさくて俺に通告して来ないだけだろ?」


 冷たくアルトはそう返す。


「はぁ……」


 横で大きな溜め息がしたと思えば、ディオはそのまま続けて言った。


「お前どうしてそうやって希望をすぐに諦めるんだよ?」


(希望?単位が無い俺に何の希望がある)


 そうは思ったがアルトはディオの問い掛けに答えず、街を見下ろしたまま何も言わなかった。


「はぁ……」


 すると横のディオがまた大きな溜め息を吐く。一体何だと言うのだろう。何だってわざわざこれから退学する奴に、こうも話し掛けて来るのだろう。疑問に思わずにはいられないアルト。


「なあアルト。何も言わないのに俺がお前の考えてる事分かると思うか?」


(分かっちゃ困る)


「分かる訳無いだろ?」


(だろうな)


「思う事あるならちゃんと話せよ」


(うるさいな……)


 アルトは手すりから離れ学園内へと向かった。


「アルト?」


後ろでディオの声がするも、アルトは無視して暗い階段を下りて行った。


(何であいつ、俺に付きまとうんだ?)


 今まで思わなかった訳ではないが何故いつもディオは居るのだろうか、とアルトは考えてしまう。かなり性格の悪い方だと自覚している。口数が少なく、唯一話す言葉も相手を突き放す様な事ばかり。


 そしてオマケにおちこぼれ。


 なのに何故ディオはあんなに付きまとって来るのだろうか。不快に思った事は今を含めて沢山あるが、居てくれて良かったと思う事なんて数少ない。


 ひょっとしたらディオはおちこぼれの自分をからかい、歴然とした差を見せ付けて優越感を感じているのでは無いだろうか。はたまた、もし失敗した時があっても、こいつよりは大丈夫と開き直る為に一緒に居るのでは無いだろうか。


 マイナスのイメージしか湧いて来ない。こればっかりは、本人に聞かなければ分からない。


 と、アルトは階段を上り終え、角を曲がって廊下に出ようとした時だった。


 どん、と横から何かがぶつかった。


 何がぶつかったのかと横を見れば、そこには紅茶のような焦げ茶色の長い髪を後ろで一つに纏めた小さな少女が尻餅をついていた。


 別に転んだだけで複雑骨折する訳でも無いと思いアルトは無視して立ち去ろうとした。


 しかし……


「……どこを見て歩いてるんですかこの唐変木」


 そう後ろで呟きながら、少女はアルトの腕を掴む。


 流石のアルトも再び振り返る。


 猫のように大きな、黄色の強いブラウンの瞳は真っ直ぐアルトを見ていた。


「……謝罪の言葉すら無しですか。率直に言って、不愉快です……あなた」


 漆の様に黒く輝く手甲の様な物を着けた少女の手に力が加わる。


 指先の尖った小手の指が腕へと食い込み、アルトは痛みを感じて苛立ちを強くして、彼女に冷たく言い放つ。


「……俺はお前みたいにどこの誰かも知らないのに絡んで来る奴が嫌いだ」


 誰かさんみたいにな、とアルトは胸の内で呟く。すると彼女は目つきを鋭くし、掴んで手に更に力を入れて来た。


「……今の内に謝れば許します。謝らないと言うならこの腕へし折ります」


 やれるもんならとアルトは思った。どうせこんなチビは口だけだ。


 そう思っていた……


 しかし彼女の手の力が強くなるに連れ、その考えが徐々に覆される。最初は涼しい顔をしていたアルトだが、徐々に顔を歪める。


 腕からはミシミシと軋む様な音がする。強引に振り払おうとするがもう遅かった。


 少女の指はアルトの腕に深々と刺さり、もはやびくともしなかった。


 おかしい。彼女は見た所、身長一四〇~五〇程だ。それに体も細い。そんな華奢な体なのに、振り払う所か全く持ち上がる気配が無い。


 傷が更に痛み出したアルトは、余裕が無くなって来た。


「……放せ」


 アルトは彼女を睨んだ。しかし彼女は全く手を緩める気配が無い。


(仕方ない……)


 アルトは溜め息を吐いて痛みにこらえる為に食いしばった歯を緩め、口を開いた。


「……俺が悪かった。放してくれ」


 素直に謝ると、彼女は手を放し、はっ!と鼻を鳴らした。


「最初から素直に謝れ良かったんです。……これに懲りたら、今後は態度を改めて下さい」


(誰が……)


 心の内で反論しながら、アルトは左腕を見た。すると制服の上から血が滲み出ていた。


「……弱っちい体ですね?たかがあれだけで出血ですか?」


 アルトは左腕をまくり、腕の様態を見た。


「……情けないですね」


 腕に空いた穴は骨が見えそうな程に深々と穿たれていた。


「……悔しくて声も出ませんか?」


(さっきからうるさいな……)


「……私の言ってる言葉が聞こえてますか?」


「………………」


 突然少女は、アルトの右腕を掴む。


「……何だよ?」


「……無視ですか?まだ懲りて――」


 今度は握られまいとアルトは彼女の手を振り払った。そして彼女に背を向けて歩こうとするが、


「待って下さい」


 グイッと少女が制服の裾を引っ張る。


「……何だよ」


 振り返るのもめんど臭くなり、アルトは振り返らずに聞いた。


「わたしの話はまだ終わってはいません」


(しつこい奴だな)


 アルトは遂に苛立ちが頂点に達し彼女の裾を掴む手を払い除けながら振り返った。


「俺に話し掛けて来るな! しつこいんだお前は! 無視されるのが嫌なら、もう俺に構うな! 」


 そう言い放つと彼女はキョトンとしてその場に立ち尽くした。


 踵を返し、アルトは再び歩き始める。


「……言われなくたって、もうあなたとなんて口聞きません。安心してください」


 後ろで少女の声がするが、特に気にせずアルトは歩き続けた。






(たく……)


アルトは後ろでドアを閉める。無意識に歩いて見れば、たどり着いたのは自分の部屋だった。


(何でみんな俺に構う)


 おちこぼれをいじってそんなに楽しいだろうか?


 考えるだけで忌々しい。


「はぁ……」


 アルトは溜め息を吐きながらベットに倒れ込んだ。最近苛立ってばかりだ。多分試験に合格出来なかった時からだろう。


(全く通用しなかった……)


 努力すればある程度の差は埋ると思っていた。例え魔術が無かろうと、ここに居れば弱い自分を変える事が出来ると。今の自分を取り巻く環境を変える程に強くなれると。


 だが結果があれである。


 我ながら情けない結果だ。


「あと少し……だったのにな」


 アルトは天井を向き、左腕を掲げた。


 傷を負ってから何の手当てもしていなかった左腕の滲みが、更に広がっていた。


「はぁ……」


 しかし、手当てなんてする気分になれない。アルトは、掲げた腕をだらんと垂らした。


(今日で最後なんだな)


 明日からは夏期休暇。もう自分には関係ない夏休み……退学する日。


(そういえば、最近あいつの所行ってないな……)


 試験で不合格だった時以来、彼女に会っていない。


 アルトはベットから起き上がり、自分の部屋を出た。






 数日ぶりにこの扉に手を掛ける。


 何故だか分からないが、ドアノブを掴んだ手が震えていた。自分でも不可解に思いながらアルトはノブを捻りドアを開く。


 久しぶりに見る光景の筈だが、つい最近みた景色と同じである。


 たった数日でこの自然が激変する様なら困るが、森が全く変わっていない事に少し安心しながらアルトは山道を下る。


(あいつ、居るかな……)


 それが気掛かりであった。


 ひょっとしたら、彼女はもうあの湖には居ないかもしれない。彼女だって行きたい場所に行こうと思うはずだ。


 からかう生徒が居なくなれば、ここに用など無いはずだ。そんな事より、もっと気掛かりな事がある。もし彼女が居たとして、何と声を掛ければ良いのだろうか?


 試験が失格だった話をするにも、アルトは何故だかその話を切り出せそうになかった。


 それに、以前毎日来ると約束してしまったのに、その事を彼女はどう思っているだろうか。


 ひょっとしたら、もう口を聞いてくれないのではないだろうか。


 不安を募らせながらアルトは知らぬ間に青く澄んだ湖の前まで来ていた。


「……………………」


 青く澄んだ大きな水たまり。見渡せる程広いこの湖のどこにも彼女の姿は見当たらない。


(もう帰ったか……)


 何だか虚しい気分になり、アルトはその場に座り込んだ。やはり彼女はそこには居なかった。


(……それもそうか)


 無理も無い。性格が悪い事など自分でも良く分かっている。だがアルトはそんな自分の性格を直そうとは思わない。


 変わろうとすれば、少なからず人が寄って来る。人が寄って来れば話す事になる。話す事になれば親しくなる。親しくなれば、やがて他人を信頼する様になる。


 信頼。


 アルトはこの手の言葉がこの上なく嫌いだった。

 

 他人を信頼して何になるのだろうか。他人に期待して自分はどうすると言うのか。


 結局は全て自分に帰って来るのだ。自分に出来ない事を他人に期待すれば、その人が居なくなった時、自分一人では何も出来ないのだ。


 期待なんて、裏切られた時には辛過ぎる。


(そうさ。どうせ期待なんてしても無駄なんだ……)


 アルトは立ち上がり、寮へと戻ろうとする。もうここに来る事はない。そう思い、踵を返して足を進める。


 だがその時だった。


「約束守らない人は嫌いかな」


 後ろで声がした。


 アルトは無意識に振り返る。


 そこには、膨れっ面の彼女が居た。


 宝石の翡翠の様な鱗、透き通る様な白い肌、水色の胸の布、緑色の髪、そして、夏の紺碧の空の様な瞳。何一つ以前見たものと変わりない。


「どうして来てくれなかったかな?」


 依然として機嫌が悪そうな彼女は聞いて来る。


 一瞬心が踊る様な気分になったアルトだったが、自らそんな自分を落ち着かせて答えた。


「……悪かった」


 しかし彼女に言えた言葉はそれだけだった。面目無さにアルトは俯く。


(結局期待してるじゃないか……)


 悔しさにアルトは拳を握った。


 それを見た彼女は陸に上がり、体を引きずってアルトの近くに近寄る。


 そして


「えいっ!」


「!?」


 アルトは肩を押され体のバランスを崩し、そのまま湖の中へ転落した。


 突然湖に落とされたアルトは、水を大量に飲んでしまい、大きく噎せた。


「何の……」


 噎せながら上を向けば彼女が湖に向かって飛び込んでいた。


 彼女はアルトの横に着水し、アルトは飛んだ水飛沫を両腕で防いだ。


 水飛沫が止むとアルトは周りを見て彼女の姿を探した。


 すると沖の方で彼女がちょこんと顔の半分を残してこちらを見ていた。


「何のつもりだ!」


 先程言いそびれた事をアルトは叫んだ。彼女は水面から顔を出して答えた。


「約束守らなかったからその罰!」


(何が罰だよ……)


 来るんじゃなかったと思いながらアルトは湖から上がろうとした。


しかし……


「あ、待って欲しいかな!」


 いつの間にか側に来た彼女にアルトは左腕を掴まれた。


(何なんだ……どいつもコイツも……)


 再び苛立ちが込み上げながらもアルトは振り返った。


「なん……だ」


 彼女を振り払おうとしていたアルトだったが振り返って言葉を失った。


 彼女は血が流れるアルトの腕を見て顔を青くしていた。


「怪我してる……」


「だから何だ」


 そう言ってアルトは彼女の手を払い除けた。


「ごめん!私そんなつもりじゃ……」


 しかし、彼女は今度腰にまとわりついて来る。


(何なんだコイツは……)


 アルトは、彼女の腕を払い除けて振り返った。


「じゃあ何のつもりだったんだよ……」


 少し語勢を強くして聞くと彼女は肩を小さくして俯いてしまった。


(悪ふざけだろ……どうせ)


 アルトは再び彼女に背を向けようとした。


しかし


「……悲しい目をしてたから」


 アルトは振り返る寸前だった体を止め、顔だけを彼女の方に向けた。


「悲しい目をしてたから、元気付けようと思って……。迷惑だったかな?」


「迷惑に決まってるだろ」


 そう答えると、彼女は再びこちらの左腕を手に取った。


 しかし今度は逃がさない様に掴む訳でなく、傷口を抑える様にしていた。


「ごめんね。私、今までずっと一人だったからどうすれば良いか分からなくて。言い訳に聞こえるだろうけど、許して欲しいかな……。君に嫌われるのはイヤだから……」


 アルトは、息を吐きながら彼女と向き合った。そして自分の腕に被い被さる彼女の手を優しく退けて、アルトは腕を引いた。


「いつもの事だろ。ここに来ればいつも濡れてた。それにこれは今負った怪我じゃない」


「でも血が出てる……。私のせいじゃないかな?」


 アルトは首を振って答えた。


「ここに来る途中、変なチビにやられたんだ」


「じゃあ、大丈夫?」


「ああ」


「仲直りしてくれるかな?」


「……ああ」


 そう告げると彼女は良かった……と胸をなで下ろした。


「私、君に嫌われたかと思った。だって、あの日以来来てくれなかったんだもん」


「……悪かったな」


「ホント、悪いよ!君が居なかった間、寂しかったよ!?」


 それを言われ、アルトは自分でも自然と顔が落ちるのが分かった。


「どうしたのかな?」


「……何でも無い」


 アルトは彼女に背を向けて、再び陸へと歩き出した。


「どこ行くかな?」


「陸に上がりたいだけだ」


 そう告げ、アルトは先程落ちた腰位の高さの段差を登った。


「なあ……」


アルトは崖に腰を下ろし、こちらを見上げる彼女に聞いた。


「何でお前はここに居たんだ?」


「ん?」


 分からない様子で、彼女は首を傾げる。


「しばらく俺がここに来なかっただろ。その間どこかに行けば良かったのに、なんでまだここに居たんだ?」


「分からないかなぁ……」


 彼女はまた頬を膨らませた。


「分かったら聞いたりしない」


「自分で考えれば!」


 彼女は、プイッと隅を向いてしまった。


 訳が分からない。


 自分で仲直りとか言っておきながら、自分で仲を悪くしようとしている。


 一体何がしたいのだろうか?


「……ねぇ」


 しかし、しばらくすると今度は彼女が口を開いた。


「何であの日以降来てくれなかったのかな?」


 しつこい奴だ……と思い欠けたが、思考が停止した。


 彼女は今にも泣きそうな目でこちらを見上げていた。


 それはあの時アルトが脳裏に浮かべた姿と酷似していた。


「……………………」


 言葉が出て来ない。


 そのまま泣きそうな彼女の顔を見てられずアルトは顔を落とす。


「どうしたのかな……?」


 彼女の声のトーンが落ちる。


「試験で負けた。……悪い」


「謝らないで欲しいな。君が謝る必要無いんだよ?悪いのは私だから……」


(お前が何をしたんだ……。悪いのは俺だ。弱い俺だ……)


 そう思っても言葉に出来ないのがやはり自分の弱さだった。


 苦しくて言えない……


 言葉を出そうにも、胸で何かが突っかかり、喉まで出かかる言葉が出ない。


 出るのは……


「俺はもうお前の側に居れない。だから、もう俺の事なんて忘れてくれ」


 相手を傷付ける言葉ばかり。相手の目も見れない癖に、約束一つ守れない癖に、いつだって人を傷付ける事しか出来ない。


「……どうしてそんな事言えるかな?」


 震える声で彼女は尋ねて来る。


「君は……私の事やっぱり嫌いなのかな?」


(嫌いなのはお前の方だろ……)


どうせ心の底では嫌ってるに違いない。


 そうされる様に生きて来た。どこにも自分を受け入れてくれる者など居ない。居るはずが無い。


「どうして何も言ってくれないかな……」


(話したら……)


 ここで口を開いたら、彼女に縋ってしまう気がした。


「………………」


 しばらく沈黙が続いた。アルトは顔を上げない。


……いや上げられない。


 まるで頭の上に重石か何かを乗せた様な感覚だった。


 上がらない顔をそのままに、アルトはずっと自分の膝を見つめながら考えていた。彼女はまだ居るだろうか? 彼女はもう行ってしまっただろうか?


 頭の中が彼女の事でいっぱいだった。


 そのままアルトの中で永遠の時を数える様な時間が過ぎた。アルトは時間も経って少し頭の中を整理でき、ようやく顔を上げる事が叶う。


 目の前には、ただ無機質に広がる青さと、風に揺れる小さな波だけがあった。


(行ったか……)


 心にポッカリと穴が空いた様な気分だった。


 波を揺らす風がアルトの髪を揺らし、更には風穴の空いた胸を通り過ぎる様だった……。


 帰ろう。


 そう思った時だった。


 はっとした。


 背中に温もりを感じる。


 腕が前に回、制服を掴んでいる。


「うぅ……うっ……」


 追うようにして彼女のうめき声が聞こえる。


 聞きたく無い


 胸が痛い


 この痛みから逃げたい……


 一体どうしたら良いのだろうかと思考するも、アルトは答えを出せない。


「……ごめんね」


 上擦った声で彼女は言った。


「私が我が儘なせいで……君迷惑だよね? 私の事……嫌いだよね?」


(どうだろうな……)


 アルトは少しずつ自分が落ち着いて行く事に気が付いた。


 すると、不思議な感覚に陥った。鬱陶しいはずの背中の温もりが温かい。腕を前に回され、窮屈なはずなのに居心地が良い。


 アルトは制服の胸辺りを掴む彼女の手に、自分の手を添えた。


「……俺は嫌いじゃない」


「え?」


 知らない内に口が動く。


 意識してもいない言葉が、まるで溢れ出す様に出て来た。


「お前はどうなんだ……。俺はお前の事嫌いじゃない。けど、お前は俺の事嫌いなんじゃないか?」


 彼女の体が離れる。


 少し名残惜しく感じたが、やっと自由の利く体でアルトは後ろを向いた。


 後ろを向いたそこには、目を大きく開き、口を開き直っぱなしにした彼女の顔があった。


「俺は今まで嫌われる様に生きて来た。そんな俺が、お前は嫌いだろ?」


 もう一度問い掛けると彼女は口を元に戻し、再び口を開いた。


「嫌いじゃないよ……嫌いな訳無い!」


 そう言われた瞬間、アルトは何かに救われた様な気分になった。


 しかしアルトはそれでも彼女にすがる事が出来なかった。


「俺、お前に何かしてやれたか?酷い事もしたし、傷付けたりもした。そんな俺をどうしてお前は嫌わないんだ?」


 胸が軽くなるのを感じながらも、半場呆れる様にアルトは聞いた。


 すると彼女はゆっくりと首を振ってから答える。


「全然嫌う必要がないからかな。確かに酷い事言われたり、突然帰っちゃった事もあったけど……君は私の側に居てくれた。毎日ここに来て、毎日私と話してくれた」


(そうだったか?)


 アルトの記憶では、何日か行かなかった事もあった気がしたが。


 それに、別にアルトは彼女に会いに来ていた訳では無い気がする。


 初めは彼女の魔術を避けられなかった事が悔しくてここに来た。


 来る内に、段々ここの魅力に気付いて行き、トレーニングをするには最適な場所だと判断した。


 だから毎日来ていた……


 と、思っていた。


「でも……」


 彼女は呟き、再び俯いた。


「もう……来れないんだよね?」


 彼女は今にも泣きそうな顔を見た。


 再び、胸が締め付けられる。


(たく……)


 と、アルトは胸の中で呟き、口を開いた。


「……来てやる」


 彼女が顔を上げる。


「退学した後でも、湖には来てやる」


 そう言い放った瞬間、彼女の顔に笑顔が戻った。


 そして……


「ありがとお!!」


 彼女が勢い良く抱き付いて来た。


「なっ!?」


 しかし後ろが崖だった為、アルトは彼女と一緒に青く澄んだ水の中へ落ちた。








「…………たく」


 アルトはふてくされ、廊下を濡らしながら自室へと戻っていた。水に落ちた時に鼻の中に思い切り水が入り、今でも鼻の奥がズキズキする。


 彼女は謝っていたが、怒りが頂点に達したアルトはそのまま帰って来てしまった。


(調子に乗りやがって)


 眉間を抑え、鼻の痛みに暮れる中、アルトは自分のドアの前に到達した。


 しかしアルトはドアに差し掛かる前に、ある物が目に入った。


 腰まで伸びた茶色の髪に、それを結ぶ大きな黒いリボン。


 こんな印象的な奴を忘れる筈は無い。


 今日、今さっき会ったなら尚更だ。


「……おい」


 声を掛けるが、少女は目を瞑ったまま顔を反らす。


(無視か……)


 いちいち絡んで来るよりは良い……と思い、アルトは彼女が居るのを気にせずドアノブをひねった。


すると……


「へっ?」


 ドアごと、彼女の重心が後ろへズレて行く。するとどうだろう。ドアが彼女の体重で勢い良く開く。


 同時に彼女は背中から転んだ。


 そして勢い良く開いたドアが余力を残して彼女へ迫る。


「うッ……!」


 そして、ドアの角が彼女の頭へと直撃した。


 少女は頭を抑え、足をジタバタして寝転んだまま悶絶した。


(ざまあみろ……)


 アルトはそんな彼女の上を跨ぎ、部屋へと入る。とにかく、水浸しで最悪だったので、上着のブレザーを脱いだ。


「何をするんですか!」


 後ろで彼女にしては大きな声が室内に響く。


 耳の奥を突く様な大声ではなかったため、アルトは気にせずタンスから着替えのブレザーとワイシャツを取り出しながら答えた。


「二度と口きかないんじゃなかったか?」


「普通は一声掛けてからドアを開くものです。非常識も大概にしていただきたい!」


(掛けただろ……)


 そう思いながらアルトはタオルで頭を拭く。


「また無視ですか、もう良いですよ。……せっかく伝言を伝えに来たというのに」


 彼女は小声だったがアルトは聞き逃さなかった。


「……伝言?何だ伝言って」


「伝言の意味も知らないんですか?これだから無知は……」


 もう良い。相手にするだけ無駄だとアルトは気が付いた。


「………………」


 暫く黙り込んでいると沈黙の部屋で、はぁ……と少女の溜め息が広がる。


「……職員室に来いと、ラウド先生から伝言を授かりました」


「ラウド教官が?」


 アルトは頭を拭くのを一時的に止めた。


「それだけ言いに来ました……」


 そう最後に一声言い、少女は部屋から出て行った。


(ラウド教官が俺を呼んでる?)


手早く制服を着替え、アルトは部屋を後にして階段を上り続ける。


 職員室はこの学園の――山の山腹に有る為、上から行くにも下から行くにも少々時間がかかる。


 それより何故呼ばれたかだ。


 アルトの脳裏に真っ先に浮かんだのが退学の事だった。やはり退学を宣告されるのだろうか、そう考えると今にも足が止まりそうだった。


 しかし今更そんな事気にしていても仕方ない。最初から覚悟はしていたのだ、こんな所で立ち止まる訳には行かない。


 それにもし退学したとしても、また彼女には会え――


(何考えてんだ俺は!)


 アルトは頭を振り、今さっき考えた事を振り払った。


 何を考えているのだろうと自分でも思ってしまった。


 何だか顔が熱い


 喉が乾く。


 何故だか叫びたい。


 アルトは訳の分からない衝動に駆り立てられ、それをこらえながら階段を駆け上がった。


「はぁ……」


 そしてアルトは、自分の部屋のドアと違う、少し高級な感じの漂う黒いドアの前にたどり着く。


 分かっているとはいえやはり緊張する。


 しかし覚悟を決めたアルトは、手の甲で二回ドアを叩く。


 そして「失礼します」と言いながらドアを開いた。


 扉の先には、アルトがよく授業などで使う様な机より一回り大きい机が沢山並び、部屋の隅には棚が設けられていて、その棚からは溢れ帰りそうな程の膨大な資料が納めてあった。


 しかし沢山有る机には職員である教官達の姿は無かった。


 一つを除いて。


「おおアルト!遅かったな!」


 一番窓際の机から、ラウドがこちらに声をかけて来る。


 アルトはドアから離れ、ラウドの前まで移動した。


「……すみません。少しいろいろあっ――」


「まあ良いや」


 そうラウド教官はこちらの話を遮りながら、机にあった一枚の資料を手に取り、こちらへ向ける。


「ほれ、これお前のパーティーの夏期研修の任務だ」


 ラウドの言葉に驚き、それを受け取る前に聞いた。


「……俺、退学じゃないんですか?」


「ん?ああ。本当なら退学だったな。まあ今回のこの任務に成功しないと、退学だけどな?」


「どういうことですか?」


 まあまず受け取れと言われ、アルトはその紙を受け取ってからラウドの話に耳を傾ける。


「お前も分かってたと思うが、あのままだったらお前は退学だった。けど、スティルの奴が王族の名まで出してお前の退学を免除して欲しいって言ったんだよ。王族って事もあるが、何より上位成績者の言葉だってことでそれが認められてな? 特例で条件付きって事でお前の退学を免除する事になった」


「その条件が、任務に成功する事?」


「まあそういう事だ」


 アルトは手渡された資料を見た。そしてその内容に驚かされる。正確には驚くと言うより呆れた……。


 なのでアルトはラウド教官に尋ねる。


「……二つ聞いて良いですか?」


「何だ?」


「何でこの紙を俺に渡したんですか?普通は最上級生に渡す物ですよね?」


 普通こう行った任務の資料の受け取りは、パーティーのリーダーが務める。


 つまり本当だったら経験の深い最上級生がリーダーになり、受け取るものだが……。



 ラウド教官は「う~ん」と唸り、苦笑いを浮かべながら答えた。


「知ってると思うが、お前のパーティーの三年……駄目だろ? だから今回のその任務はお前がリーダーに適任って事だ」


「はぁ……」


 思わず溜め息が出た。確かにアルトのパーティーの上級生は使いものにならない。と言うより学年問わずまともなのが居ない。自分も含めるだろうが……。


 しかしもっと問題なのは次の質問である。


「二つ目の質問です……」


 アルトは紙を裏返し、それをラウド教官へ向けた。


「美術館の大掃除って何ですか……」


 紙には『ノーブルヒル博物館大掃除』と書いてあった。更に、その横には『E』とスタンプが押してあったのを、アルトは見逃さなかった。


 ギルドが受ける任務には、それぞれランクがあり、Sが最も危険な任務でそこからA、B、C、D、Eとランクが下がって行き、危険度が下がって行く。


 最も危険なSランクの任務は生徒では受けられない事になっている。


 基準として考えるならBランクだ。


 Bランクの任務は、平均的な生徒なら一人で倒せる獣の討伐や、捕獲などが主な任務だ。


 この任務は、2人以上で最上級生の同伴があれば受けられる。


 これが普通の野外研修で受ける任務。しかしそれに対してアルト達の依頼は全く異なる。


 Eランク任務は獣との戦闘などもっての他、留守番だの店番だの、まるで雑用の様な扱いを任されるのがEランクの依頼。


 因みにこちらは一人でも受けられる。


「Eランクって……。夏期研修はBランク以上のクエストじゃないんですか?」


 さっきの苦笑いのままラウド教官は答えた。


「ほらあれだ。お前のパーティー、去年の研修で任務に失敗しただろ?だから、今年は最低ランクのクエストを回したんだ」


「だからといってなんでEランクなんですか」


「正確にはE~Dの間の任務だ。広い美術館らしいから、お前等4人でも人手が足りないって、他校からも何人か雇ってるらしいしな」


「ですが――」


「アルト」


 ラウド教官が言葉を遮り、そのまま続ける。


「確かに気に入らないのはわかるが、今回のこの研修にはお前の在学も賭かってるんだぞ? そう思えば、これはチャンスだろ?」


 確かにそうだ。


 だが……


「あのパーティーで美術館の掃除をしろと?」


 アルトの脳裏に、去年の惨劇が再生された。


 それは去年の夏。まだアルトが入学してすぐの頃だ。


 その時の依頼は狼の番を討伐するというものだった。


 しかし最上級生は突然やる気を無くしてどこかへ消え、アルトを含む3人はそれに気付かずに狼を発見して戦闘を開始した。


 その時の狼の外見は今でも覚えている。


 灰色の毛並みで、口には鋸の様に鋭い歯が立ち並び、前足と後ろ足の爪が鋭く、いかにも素早そうな風貌をしていた。


 しかし、獣を見るのが始めてだったアルトはどう戦ったら良いのか分からなかった。


 かと言って遠距離魔法を使って様子見出来るなんて事も出来ないアルトは足手まといにならない様に後ろに下がって他の2人の戦い方を見る事にした。


 するとどうだろう。片方の同級生は何故かこちらに向かって怒鳴り散らし、獣にではなくこちらに食ってかかって来た。


 そしてもう片方の先輩はと言うと、怯えて尻餅をつき、怖じ気づいてしまっていた。


 こんな2人に任せられる筈が無い。と、そう思って前に出ようとした瞬間だった。


 ガサッと後ろの茂みで音がし、振り替えた時にはもう遅かったらしく、気が付いたら病院のベットの上だった。


 横を見れば、全身が絆創膏や包帯だらけになった2人が自分と同じ様にベットに横たわっていたその光景を覚えていた。


 後から聞いた話だと、2人は何も出来ずに狼にいたぶられた挙げ句、殺されそうになった寸前で先輩に助けられたらしい。


 まあ兎に角そんな事が去年あり、アルトは美術館の掃除すら彼等がまともに出来るか不安だった。


 片方はいい加減に掃除して美術館の展示物を壊しそうだし、もう片方は先輩としては随分と頼りない。


「まあ上手くまとめるのがリーダーの役割だ。退学しない為にも頑張れよ。今日の夕方、ギルドの招集があるから遅れるな?」


「………………」


 駄目だ。こうなったら最後、ラウドは面倒くさがって何も聞いてくれなくなる。


「……失礼しました」


アルトは諦め、職員室を出て行った。


「はぁ……」


 職員室を出て、アルトは再び溜め息を吐き、手に持った紙を再び見た。


(Eランクか)


 簡単なことこの上ない任務。なのだが、他の連中が何かやらかさなければ良いが……。こんな簡単な任務でさえ、足を引っ張られて失敗しかねない。


(注意しとかなきゃな…)


 Eランクの依頼。しかし、アルトの中ではAランク以上の依頼に感じて仕方なかった。






そして夕方。




「何!?これはどういう事だ!!」


 そう叫んでテーブルを叩いている赤い髪の少年が、アルトにとって、この任務とっての最大の障害だ。


 彼の名前はアルフレート。


 通称アル。


 普通にしていれば成績はまあまあらしいが、自意識過剰ですぐ勝手な行動を取り、減点行為を何度となく行って成績は水面下らしい。


 一言で言えばおちこぼれ。


「まあまあ。アルトに怒ったって仕方ないよ」


 そう言ってアルを宥めている青髪で眼鏡のかけている人の良さそうなのが先輩のルイス。


 見た目通り人が良く、後輩の世話を良く見てくれる。


 しかしアルと対照的で自己主張が乏しく、いざという時に全く役に立たない。


 オマケに扱う魔術は戦闘で全く使えないらしい。


 簡単に言うとおちこぼれ。


 そして、そんな2人の評価をしている自分もおちこぼれ。


 そう。このパーティー戦士ギルド第13班にはおちこぼれしか居ない。


 通称おちこぼれ予備軍。


 普通、ギルドのパーティーの実力は均等に分けられる。


 しかしその均等なパワーバランスを崩しかねない程のおちこぼれは、1からなる班から繰り上げられ10の位の班にあてがわれる。


 全く持って不名誉極まりない。が、それが現実なので仕方がない。


「おいアルト! おい聞いてるのか!?」


 アルがテーブルを乗り出して聞いて来る。ルイスは案の定無視されたらしい。


「これは何だって聞いてるんだよ!!」


 アルは先程貰った依頼書をちらつかせて来る。


 別にちらつかせて来るのはどうでも良い。だが先程から大声でうるさいとアルトもイラつき始める。


 確かにこの広い部屋で何人もの他の生徒が話し合っているが、普通に話しても聞こえる。


「……そんな大声じゃなくても聞こえる」


「じゃあ返事しろよ! 眠そうな目しやがってよ!!」


(それは関係ないだろ。それに眠くない)


 と、胸の中で突っ込みつつアルトは去年の事を話し出した。


「お前、去年俺達がどんな目に遭ったか覚えて無いのか?」


「覚えてるさ!だがあれは少し油断してただけだ!それなのになんだよコイツは!!」


 再びアルはテーブルに依頼書ごと手を振り下ろした。


 バンッ!と部屋の中に音が響き、一瞬辺りがシンとするが、いつもの事だと知っている周りは再び自分達の会話に戻る。


「お前、俺達がまともな依頼を受けられると思ってたのか?」


 まともじゃない連中にまともな依頼など来る筈が無いのに。


「ああ思ってたさ!何だってこのパーティーには俺が居るんだ!良い依頼だって回って来る筈なんだよ!」


 彼の後ろでクスッと笑い声がしたが本人は気付いてないので放っておこう。


「その根拠はどこから来る。それにどんなにお前が優れてても、俺達が居るのに危険な依頼なんて来る訳が無いだろ」


 大体優れていたならこのパーティーには居ないのだが。


「お前等が情けないから俺が居るんだろ!?」


 こちらの思考を読んだかの様にアルがそう言うと、今度はプッと吹き出す声が聞こえた。


 流石にこちらには気が付いたらしく、アルは辺りを見渡し始めた。


「今笑ったのはどいつだ」


 アルは険相を表にして辺りを見渡す。


 すると……


「俺だが?」


 ヘラヘラとした表情をしながら、ちょうどアルの後ろの男子生徒が立ち上がる。


(名乗るなよ面倒くさい)


 アルトは溜め息を吐きながら顔に手を添えた。ゆっくりとアルの方を振り返る男子生徒に対しアルは背後を睨み付けいた。


 今にも殴り合いが始まりそうな雰囲気だ。


「相手にするなアル」


 しかしそんな事されたらこちらまで被害を被る。


 他人事なのにこっちまで責任を取らなくてはならないなどと教官達に言われるなどごめんだ。


「お前は頭に来ないのかよ!?馬鹿にされてんだぞ!!」


こちらを向いてアルが叫ぶ。


馬鹿にされてるのはお前だ…と言いたかったが、アルトは冷静に答えた。


「……いつもの事だろ。いちいち気にするな」


「お前、悔しくないのかよ!!」


(……悔しいのはお前だろ。何で俺まで悔しい側の人間にする)


 そう思い、アルトは彼の問いに答えなかった。


「ちっ……お得意の無視かよ」


 アルが舌打ち混じりにそうボヤくと、再び彼の後ろの男子生徒が吹き出して笑いながら言った。


「救いようのない奴だなお前!くくっ……腹痛てぇ!同じおちこぼれにも相手にされないなんて、可哀想な奴だ!」


 男子生徒がそれを言った瞬間、今度こそアルは怒りが頂点に達したらしく、後ろを振り返ると同時に男子生徒の胸ぐらを掴んだ。


「……イテェなぁ」


 その瞬間男子生徒の顔は笑わなくなり、徐々に怒りが露わになって行くのが分かる。


 男子生徒は胸ぐらを掴むアルの手首を掴む。


「おちこぼれのお前が俺に勝てると思ってるのか?」


 男子生徒の目は鋭くアルを睨み付けている。


 知らない内に辺りが騒がしくなり、2人をはやし立てていた。


「はぁ……」


 もう止まらないなと悟ったアルトは、自然と溜め息が出た。


 もうどうにでもなれ。


 そう思っている内にアルが右拳を振りかざす。


が、


「あの……」


 弱々しい一声がアルの動きを止めた。


 右手を振りかざした格好のまま、二人は同じ方向を見ている。アルトも釣られて同じ方向を見た。


 するとそこには桃色の髪を肩まで伸ばした小柄な少女が立っていて、薄い青色の瞳が2人を見ていた。


「あの……戦士ギルド第13班って、ここですよね?」


 男子生徒とアルは顔を合わせ、お互い拳を降ろした後アルだけが振り返ってこちらを見て来た。


(何だよ)


 無言でこちらを見るアルと同様に、男子生徒もこちらを見ていた。


 2人が一体何を求めているのか分からない…。


そんな事より……


(誰だこいつ?)


 新入生がパーティーに加わるなんて話聞いてないが。何か知ってるんじゃないかと、アルトはルイスの方を見る。


 すると釣られてかどうかは知らないが2人も同様にルイスを見た。


「あれ、言わなかったっけ?」


 苦笑いを浮かべ、ルイスは指先で頬を掻いていた。


「……聞いてません」


 今言ってたんだけど、と言ってからルイスは答える。


「彼女は今日からこの第十三班に所属する事になったんだ」


 アルトは再び彼女を見る。


「ニーナです。よろしくお願いします」


 と彼女は皆に頭を下げる。すると再び周りが喧騒に包まれた。


 先程の騒動が嘘だったかの様に、再び皆は自分達の話し合いに戻って行く。


 興を削がれたアルは押し付けるようにしながら胸ぐらから手を離し、胸ぐらを捕まれていた生徒は舌打ちを一つついて自分の席に戻る。


「……くそっ!」


 白けたのが気に入らなかったのか、アルは乱暴に自分の席に座った。


「あの、ここに座って良いですか?」


「どうぞ、気にせず座ってよ」


 アルトとアルの間に座ろうとした彼女に、ルイス先輩が答える。


「失礼します」


 ニーナはそう一声掛けてから椅子に腰掛けた。


「僕はルイス。今喧嘩してたのがアルで、眠そうなのがアルト」


「アルさんとアルトさん、何か名前似てますね?」


(一緒にするな)


 クスッとニーナは笑い声を零している。


 何がおかしいんだ。


「因みにアルの本名はアルフレートで、アルトの本名は――」


「俺はアルトで良いです」


 わざと声を張り上げて、ルイスを睨みながらアルトは言った。紹介してくれるのは有り難いが、余計な事は教えないで欲しい。


「はは……ごめん。っとまあ、これが僕等のパーティー。何か質問はあるかな?」


「えっと、皆さん全員上級生なんですか?」


 ルイスは首を振って答える。


「いや、僕だけが最上級生で、他は上級生だよ」


 他は? とルイスは続いて聞いた。


「じゃあ、このパーティーのリーダーって誰ですか?」


「…………」


 ルイスは一瞬押し黙った。


しかし


「アルトだよ」


と、すぐに答えた。


 何だ今の間は、とアルトは思わず勘繰ってしまう。何か思う事があるのだろうかと。しかし、アルトはルイスにその事を尋ねられなかった。


 何故なら、自分を見ているニーナと目が合ってしまったからだ。


 何か興味深く彼女はこちらを見ていた。


 何なんだこいつ? そんな事を思っていた矢先、


「先輩、なんでいつも眠そうなんですか?」


 何だそれは。


「眠くない」


 どうでも良いと思い、アルトはそう言いきって彼女から目を反らした。


 アルトにとってはいつも通りのやり取りのつもりだった。だが突如三人は黙り込み、不穏な空気が漂う。


「うぅ……」


 彼女はうめき声を上げながら顔を伏せる。視界の隅にあった彼女の顔は下唇を噛み、しかめっ面だった。


 すると次の瞬間、彼女の目から頬に駆けて大粒の涙が流れ始めた。


 いやまさかと思い、アルトは再度視界の中心に彼女の顔を収め彼女の顔を見る。


 どこからどう見ても泣いていた。


「…………?」


 気が付けば、アルとルイスの2人が、細い目をアルトに向けていた。


(俺が悪いのか?)


 今までこう返して泣く奴なんて居なかった。むしろ今のは、毎回聞いて来るディオに対して返す時よりずっと優しく言ったつもりだった。


(と、言うより何で泣いた?何が悪かった?俺が何をした!?)


 もうアルトは何が何だか分からなかった。


 こんな時どうしたら良いのか分からない。


「と、とにかく落ち着けよ」


 そう言って啜り泣く彼女に最初に声を掛けたのは意外な事にアルだった。


 すると、彼女は徐々に落ち着きを取り戻し始める。


「大丈夫か?」


アルが彼女の肩に手を置きながら問い掛ける。


「はい。落ち着きました…」


 彼女がそう答えるなりアルはこちらを睨み付けて来た。


「おいアルト!泣かせておいて謝らないのかよ!」


「そうだよ……」


 アルに続いてルイスも何か言っていたが、声が小さくてよく聞き取れなかった。


 アルトは再びニーナを見る。


 彼女はこちらと目が合うなり、怯える様に小さくなってしまった。


 やはりさっきのが原因だったのだろうか?


「……悪かった」


 自に非が有ると思い、アルトは素直に謝った。


しかし……


「うっ……うぅぅ……」


 再び彼女は泣き始めた。


(何で泣くんだよ)


 もう意味が分からない。


 アルトはテーブルに肘をつき、頭を抱えた。


(何だこいつ。こんな奴が新しいパーティー!?)


「アルト!」


 ドンッ!とアルがテーブルを叩いた。肘から伝わった振動が、頭の中を揺らす。


「謝っただろ」


 アルトは顔を上げてアルに答える。


「泣いてるだろ!ちゃんと謝れよ!」


 ちゃんと謝ったつもりたが。


「そうだよアルト……」


 この人に至っては最後まで聞き取れない…。


「うぅ…」


 こいつに至っては突然泣き出すし。


「謝れよ!」


 こいつはうるさいし。


(最悪なパーティーだな……)


 こんなパーティーで大丈夫なのか?とアルトは顔を落とす。


 こんな滅茶苦茶なパーティーをどうまとめろと言うのだろうか。


(先が思いやられる……)


アルトは抱えた頭を上げられないまま、夕刻を過ごした。







「はぁ……」


 溜め息を吐き、アルトは再びベットに倒れ込んだ。


 結局あの後彼女が泣き止むまでアルトは謝り続けた。


 それなのに彼女は一向に泣き止まず、それどころか声を上げて泣く始末。


 最後にはルイス先輩とアルが何とか泣き止ませたが、おかげで時間をかなり食い、やっと依頼の話をし終えて帰って来れたと思えば、もう消灯時間間近だった。


(クソ。まだ飯も食って無いのに……)


 アルトは腹に手を当てた。


 何も入って居ない空きっ腹の胃袋は、グーと音を立てる。育ち盛りの少年にとっての空腹はこの上無い苦痛だった。


(腹減った……)


 しかし消灯時間になるとこの学園の食堂は閉まり、また運よく食堂で食事にありつけたとしても生徒の寮の出入り口の鍵は閉められしまう為、今度は入って来れなくなる。


 まあ、唯一鍵を掛けられない扉がある事をアルトは知っているのだが。


(そういえば……あいつっていつも何食べてるんだ?)


 思い浮かんだのはまた彼女だった。


 彼女はあの湖に居て普段何を食べているのだろうか。まさか何も食べて無いなんて事は無い筈だ。しかし、彼女が何かを食べている姿というのも想像出来ない。


「………………」


何だか気になって来た……。


しかし


(何だこの気分は……)


気になっているのはそれだけじゃない気がする。


気にすれば気にする程胸がざわつく。


そして


(……今何してるんだろうな)


会いたくて仕方なかった。






 辺りで虫の鳴き声がする。


 空腹で頭がボーっとしていた為か、気付いた時にはアルトは湖に来ていた。


 見上げれば漆黒の空からこちらを明るく照らす月が雲間から顔を覗かせている。


 月光が照らす小波が銀色に輝き、薄暗い湖を彩っている様に見えた。


 いつもは見ない湖の姿。


 そして幻想的な湖の脇で、人影が見える。


 その人影にアルトは近付いた。


 岸辺の上に魚の様な帯びれを腰掛けながら、彼女は向こうを向いていた。


 こちらにはまだ気が付いていない様だ。


 しかし、アルトは彼女の姿に息を呑んだ。


 湖もさることながら、彼女の姿は更に幻想的に映し出されていた。


 翡翠色の鱗は銀色を帯び、光を反射して艶を出している。


 それと今湖から出たばかりの為か彼女の全身はまだ濡れていて、髪の毛の先や体の至る所に着いた水滴が輝き、まるで彼女の周りが淡く輝いている様だった。


 そんな彼女の姿を見ていたら、何だか後ろから声をかけたくなって来る……。


 アルトは足を前に出し、彼女へと歩み寄った。


「ん?」


 すると草むらを踏む足音に感づいたのか、彼女はアルトへ振り返った。


「はぁ………」


 思わず溜め息が出てしまった。


 何故だか裏切られた気分になった。彼女がこちらに向けた顔の口元には魚の鱗や肉が沢山ついていて、手には食べかけの魚を持っていた。


「いきなり来て何かな……」


 眉間に皺を寄せながら彼女は言った。どうやら今の態度が気に入らなかったらしい。


「……口元拭けよ」


「え?あ!」


 アルトがそう言うと、彼女は水面で自分の顔を見て口元を手の甲で拭いた。


(汚い食べ方だな……)


 そう思いながらも、彼女に対する疑問が一つ解けた。


「な、何かな?」


 彼女は頬を少し赤くしながら聞く。どうやら先程のが少し恥ずかしかったらしい。


「何って……」


 アルトはそこで言葉が止まってしまう。何をしに来たのか自分でも分からなかった。


「……何で来たんだ?」


 何故そんな事聞いているのだろうかと自分でも思った。


「知らないよそんなの。私が聞いてるのにどうして聞き返すかな?」


「………………」


 アルトは言葉を失ってしまった。虫と僅かな波の音の中、無言で立ち尽くしていると……。


 グゥゥ~


 アルトの飼う虫も、また鳴き声をあげてしまう。


 腹の虫の音を聞いた彼女は、突然吹き出して笑い始める。


「ははははっ!!君ひょっとして私の晩御飯食べに来たのかな!?」


「ぬぅ………」


 恥ずかしくて仕方ない。一言でまとめるなら無念だが、恥ずかしいのに伴って怒りが蓄積すると更に腹が鳴りそうだったので、何とか怒りをなるべく貯めない様にアルトは堪えた。


「食べる?」


 すると彼女は背鰭の方から半分食べた魚を、アルトに差し出す。


「お前のだろ? それに食べかけだし」


「じゃあ、ちょっと待っててくれないかな?」


 そう言って、彼女は食べかけの魚を口にくわえ、湖の中へと飛び込んで行った。


 そしてしばらくすると、彼女は湖から這い上がって来た。


「はい!」


 出て来るなり、いきなり彼女は手に持っていたものを差し出して来た。


「………………」


 彼女が手に持っていたのは生きた魚だった。青く細かい鱗を持った魚は、かなり活きが良く、彼女の手から逃げ出そうともがいていた。


「どうしたのかな?」


 彼女は小首を傾げる仕草をする。受け取らない訳にも行かない為、アルトは彼女が取って来た魚を受け取った。


「………………」


 アルトはしばらく魚を見つめていた。


 確かに活きの良い魚なら刺身にして食べられると聞いた事がある。しかしそのまま食べるのは少し抵抗があった。鱗や小骨が気になりそうだし、何より生臭い。


 バリバリと音がしてアルトは顔を上げる。すると、彼女は満面の笑みで魚の腹に食らいついていた。


「……うまいのか?」


「何で?」


 彼女は食べるのを止め、また口の周りを汚した顔をこちらに向けた。


「何でって、生の魚なんて普通食べないだろ」


「私はいつも食べてるよ?」


(そんな事聞いてない。大体それはお前に限った話じゃないのか?)


 彼女は魔族である、人間ではない。


 だから食べる物も違っているのかもしれない。


 取った魚をそのまま生で食べる人間など、聞いた事はあっても見たことは無いし、実践しようなどと思わない。


 ただ食べられるという事しかアルトは知らない。そう思っている内に、彼女は魚の身を全て食べ終え、骨だけになった魚を湖に落とした。


「あ~美味しかった!」


 彼女は湖に向かって合掌し、拝む様に目を瞑りながら“ごちそうさまでした”と唱えた。


 その行動が一体何なのか分からなかった。


 が、今はそれどころじゃない。


 この魚をどう食べようか……?


「ひょっとしてお魚嫌いかな?」


 岩場に腰掛けながら彼女は聞く。


「いや、魚は基本的に好きだ。でも生でなんて食べた事が無い。正直、生臭くて食べづらい」


「じゃあ焼いて食べれば良いのに」


 最もな意見だ。


しかし


「俺にこの魚をどうやって焼けって言うんだ」


 苛立ちを隠さずにアルトは答えた。すると彼女は眉間に皺を寄せながら近くに転がっていた小石を拾い、地面に何かを書き始めた。


 どうやら魔法陣らしい。


 そして、周りに落ちていた小枝を数本集め、彼女が描いた魔法陣の中心に置いた。


そして


「はい」


 と、次の瞬間枝木は燃え始めた。


「どうぞ」


「………………」


 気持ちは嬉しい。だからアルトは何も言わずに袖からナイフを取り出し、慣れた手つきで魚の内臓を取り出してから皮を剥がした枝を魚の口から通し、魚を炙り始めた。


しかし、何だかやるせない気分になった。


 彼女は水の魔術以外使えないと思っていたのに、簡単に火の魔術を使って見せた。


「なあ……」


「何かな?」


「お前、他にどんな魔術が使えるんだ?」


 そう聞くと彼女は下唇に人差し指を立てながら「うーん」と唸った。


「分からないかな。使った事ない魔術とかもあるし、考えた事ないかな」


 それを聞いてアルトは更に気分を損ねた。


「良かったな……」


 吐き捨てる様アルトはそう返す。すると、彼女は眉間に皺を寄せた。そんな事も気付かず、アルトはもう一つ聞く。


「この火、枝がこれだけじゃ長く続かないんじゃないか?」


「大丈夫だよ。木は着火に使っただけだから、その火は私がその魔法陣に魔力を注ぐ限りは消えないよ」


「……良かったな」


 更に気分が悪くなる。もう忌々しくて仕方ない。


 これが才能の差とでも言いたいのだろうか、とアルトは勝手に不貞腐れていった。


「もう!どうしてそういう態度するかなぁ!」


 頬を膨らまして彼女は怒り始めた。


「どうしてだろうな」


 自分の胸にでも聞いてみろ、そう思いながらアルトは良い加減に焼けた魚を腹から食らい始めた。


 何の味付けもしていない魚だが、細かい鱗が焼けてパリパリとした食感を醸し出しつつ、意外に気にならない小骨と一緒に食べる身には旨みが詰まっていて非常に美味だった。


「おいしいかな?」


 先程とは打って変わり、ニコニコしながら彼女は聞いた。感情の移り変わりが激しい奴だと思いながらもアルトは返す。


「ああ。美味い」


 すると、彼女はやった!と手を叩いて喜び始めた。


 一体何がそんなに嬉しいのだろう。


 と、思いつつもアルトは先程の彼女の祈りの様な行為を思い出した。


「なあ」


「ん?」


 嬉しそうにこちらを見る彼女は、小首を傾げた。


「さっき、何か言ってたよな?」


「何かって?」


「ほら、魚の骨を捨ててた時に」


 何と言ってたのか、アルトは思い出せなかった。


 初めて聞く単語だし、突然彼女が言い出すものだから記憶が曖昧だった。


「ああ」


 すると、彼女はこちらを向いた状態で手を合わせ、


「ごちそうさまでした。かな?」


「それだ。そのごち……」


「ごちそうさまでした」


「ごちそうさまでした……って何だ?」


「食べ物に感謝するお祈りみたいな物だよ?私達が食べてるのは全部自然からの頂き物だから、それを食べられる事に感謝するんだ。食べる時には“いただきます”食べた後は“ごちそうさまでした”。知らなかったかな?」


「初めて聞いた」


 この国の風習にはそんなものは無い。


 まあ、食事の前にその日の食事は神からの贈り物だと教えられて祈りを捧げた時期がアルトにはあり、少なからず食べ物に感謝はしているつもりだが、わざわざ口に出してする事でも無いと最近になって思い始めていた。


 しかし改めて思うとそれは意外にも大切な事なのではないかとも思ってしまう。思いにして貯めていても伝わらない、口に出して初めて感謝の意が有るのではないか……と。


「ごちそうさまでした、か」


 それは自分にも当てはまるのではないか。


 そんな事を思いながらも、アルトは再び魚を食べ始めた。


 そしてしばらくしアルトは魚を食べ終える。


「………………」


 無言で腹をさすってみる。


 魚一匹では腹が膨れる筈も無く、食べ足りない気分だったが彼女にこれ以上迷惑をかける訳にも行かない。


 それに寝るまでの間だったら飢えを凌げそうだ。


 もし朝起きて腹が減っていたのなら食堂に行って好きなだけ食べる事も出来る。だから今は腹一杯食べる必要も無い。そう思いながら、アルトは湖に食べ終わった魚を沈めた。


(ごちそうさまでした)


 彼女の様に手を合わせる事はしなかったが、アルトは感謝の祈りを胸の内で呟いた。


 ふと、アルトは横に目をやる。


 すると横で腰掛けていた彼女が空を見上げていた。


「綺麗だね……」


 その言葉に釣られてアルトも空を見上げた。


 空は雲ひとつなくは晴れていて、黒い背景には、散りばめた様に点々と輝く星々と、銀色の月だけがあった。


「見飽きた」


 素直な感想をアルトは述べる。夜になれば毎日見れる様な光景である。飽きない方がどうかしてる。


「そうかな?私は……ふふっ」


 彼女は短く笑ってからこちらに顔を向けた。


「私もそうかも」


「それが普通だ」


 クスクスと笑ってから、でも……と彼女は再び空を見上げた。


「でも今日見るこの夜空は、今まで見た事がないくらい綺麗な気がするんだ」


(そうか?)


 別にそうでも無いんじゃないかとアルトは再び空を見上げた。


「二百年……」


 横で再び彼女が口を開く。


「二百年以上同じ空を見てたけど、こんなに綺麗な空は初めて見た」


「は?」


 アルトは聞き間違えではないかと彼女を見て尋ねた。


「二百年以上?」


「話した事なかったかな?」


「初耳だ」


 てっきり自分と同じ位の歳だと思い込んでいた。なんせ外見は十六そこらの少女だ。


 だが普通に考えればその筈だった。


 彼女達は誰かがまた造らない限りは増えないのだ。二百年前の戦争の副産物、それが彼女達だと知っていながら、彼女自身がそれに妥当するのだと考えていなかった。


「驚いたかな?」


「……いいや」


 アルトは彼女のすぐ隣に、彼女と同じ様に腰掛けた。


「ただ、自分に呆れた」


「どうして?」


「お前の事、長い事生きてるって分かってて、勝手に自分と同い年だと思ってた」


 すると彼女は顔を降ろし、アルトの顔のすぐ横で笑顔を作った。


「それ、ちょっと嬉しいかな」


 その瞬間、アルトはまた胸にざわめきを感じた。


 まただ。また胸がモヤモヤする。目を合わせられない。


「何がだ……」


 アルトは顔を伏せながら聞いた。


「それって君が私の事を身近に感じてくれてたって意味だよね?」


「精神的に幼いって意味で言ったんだ」


「もお!」


 彼女は膨れて向こうを向いてしまった。


「どうして素直じゃないかな……」


「今のが素直な意見だ」


「だとしたら傷付いたかな」


(悪かったな)


 すると、「もう……」と彼女は溜め息をついた。


 彼女の表情が徐々に真剣な顔になって行くのが、水面に鏡の様に映った彼女の顔から伺えた。


「ねえ……」


彼女はアルトと同様に水面に目を落としながら聞いて来た。


「君、昼間に言ってたよね? 嫌われる様に生きてきたって」


「ああ……」


 アルトは自分の目が水面から更に下へ落ちるのが自分でも分かった。


「どうしてそんな悲しい生き方するのかな?」


 悲しげな顔を彼女はアルトに向ける。


 そんな彼女の顔とは真っ直ぐ向き合わず、水面に映る彼女の顔だけを見ながらアルトは答えた。


「悲しいか?」


「悲しいよ。だってそれはずっと一人で生きていくって事だよ? そんなの……悲しすぎるかな」


 そうなのだろうか。


 一人は本当に悲しいのだろうか?


 そんな筈は無い。


 何故なら……


「人は生きてる限り一人だろ。完全に考えてる事なんて理解出来ないんだ。自分意外は全員が他人だ。……誰だってそうだろ?」


 周りに居るのはいつだって他人だ。吸ってる空気が違えば、考えている事も違う。どこまで行っても他人の全てを知る事なんて出来ない。


 だったら人は死ぬまでずっと一人の筈だ。


「そうなのかな……」


彼女は再び顔を落とす。


「もし本当にそうだとしても、私は……人は一人じゃないって信じたい」


(信じたければ信じれば良いさ。けど、それに裏切られた時が辛いんだ……)


 信じたいものをずっと信じて行けたら、それは素晴らしい事だろう。


 だが現実は違う。どんなに厚く信頼していても、そんなものは真実によって簡単に打ち砕かれる。


 例えるなら、ずっと親だと思っていた人物が本当の親ではなかった時。どんなに信じようとその人は本当の親にはならない。どんなに泣き縋ろうとも、その人と血が繋がる事は無い。どう努力したところで、その人と本当の意味で家族になる事など出来ない。


 現実なんてそんなものだ。


「どうしたのかな?」


 ふと顔を上げるとアルトは彼女と目が合った。


 悲しげに見える彼女の表情は自分の心配をしている様に見える。しかし同時に、アルトには何かに怯えている様にも見えた。


「私、何か悪い事言ったかな?」


 彼女の目の奥に悲しみの色が見え隠れする。何かを求めてる目だ。その目は今日の昼間に彼女がしていた目に似ていた。


 と、同時にアルトは彼女の昼間言っていた事を思い出した。


「お前はどうなんだ?」


「え?」


「ずっと一人だったってお前言ってただろ?」


「その事か……」


 彼女が暗い表情を更に暗くさせ、今にも泣きそうな目を湖に向け淡々と語り始めた。


「私みんなに嫌われてたんだ、他のマーメイドのみんなに」


何故と聞く前に彼女は続けて言った。


「私の鱗……。普通のマーメイドはね?みんな赤い鱗をしてるんだ。色が濃くて綺麗で、まるで宝石みたいだった。けど私は違う。私の鱗は緑色で、まるで藻みたいな色してる」


 遠い目で彼女は真っ直ぐ前を見ていた。


「憧れてた、あの赤くて綺麗な鱗に。私もあんなふうに生まれて来れたらって何度も思った」


彼女の頬に涙が伝い始める。


「ずっとずっと一人ぼっちで、ずっとずーっと居場所が無くて、ずっとどうしたら友達が出来るか、友達と何して遊ぶか考えて、でもどこに行っても友達になれそうな子は居なくて……気付いたら二百年も経ってた。けどね」


 涙を流した顔を、彼女はこちらに向けて来る。


「やっと、君に会えた」


 アルトは頭が真っ白になるのを感じた。涙を浮かべる彼女はそれでも笑みを浮かべていて、儚げで、健気で、これでもかという程に今が幸せなんだというのを伝えて来ていた。


「…………俺は」


 そんな笑顔に吸い込まれるように彼女を見つめながら、アルトは思考を真っ白に塗り替えられ、思いのままを口にする、


「俺は、お前は綺麗だと思うぞ?」


「えっ!?」


「あっ……」


 ハッと我に帰りアルトは急激に顔が熱くなるのを感じた。


(何言ってるんだ俺は!!)


 顔から火が出る思いをしながらアルトは顔を伏せる。


「今の本当かな?」


 彼女はアルトの顔を覗き込みながら尋ねる。。


「嘘だ!」


 慌ててアルトは彼女にそう返す。


しかし……


「嘘でも嬉しい!」


 上擦った声で彼女はアルトの右腕にしがみつく。


「お、おい!」


 引き剥がそうと思いアルトは彼女の肩に手を掛けた。


 しかしアルトはまた見てしまう。


 涙を流しながら、泣きはらした顔のまま彼女は嬉しそうに顔を笑みで満たしていた。


 息が詰まり、見惚れてしまう。


 二百年の時なんて感じさせない。今横に居るのは一人の少女でしかない。


 腕を通して感じる彼女の温もりが愛おしい。今まで彼女と居て何度か味わったこの気分。


 もどかしい様な


 叫びたい様な


 それでいてどこか落ち着く気分。


 アルトはゆっくりと彼女の肩から手を引いた。


「泣くのか笑うのか、どっちかにしろよ」


「泣いてなんて無いよ。だって私今とっても幸せだから……」


 彼女は、アルトの右腕に額を押し当てる様にして腕を抱き締める力を更に強めた。


 アルトは、腕に抱き付く彼女から視界を上に上げた。


「……綺麗だな」


 夜が深くなり、星が光を増す。


 いつも見上げていた空は、何故だか今だけ真新しいものに感じた。

[解説]ギルド


 ローレシアではギルドと呼ばれる組合がある。各国でそれぞれ管理され、バーミリオン学園の生徒もギルドのメンバーとして登録する事になる。ギルドでは産業から物流まで様々な依頼を取り扱っているが、学園では主に獣の討伐や護衛などの依頼を取り扱う。

 バーミリオン学園ではそれぞれ学生の戦闘スタイルと成績で組分けされていて、数字の少ない班程平均的に成績が良いとされている。また学園では全部で六種のギルドがあり、より上位の依頼を達成出来るように上位ギルドと通常ギルドに別けられていて、それぞれ上位ギルドは騎士ギルド、魔道ギルド、軽業ギルドに、通常は戦士ギルド、魔術ギルド、狩人ギルドに別けられている。

 また、学園のギルドはメンバーが5~6人揃え許可を得れば自らのギルドを立ち上げることも出来る。



[解説]ギルドの依頼ランク

 バーミリオンのギルドでは単純労働から戦闘まで取り扱っている事から、専門性と危険度に合わせてランク別けがされていて、それぞれ特AからEまでのランクがある。

 最も優先度が低く、留守番や清掃など専門性が問われない労働はEランク。荷物の運搬、倉庫管理、御者や製造などはDからCランク。害獣駆除、街道輸送護衛、賊の退治などはBからAランク。それ以上の危険度、また秘匿性を持つ極秘裏な依頼などは特Aランクにそれぞれ属する。



[解説]錬成術


 通常の魔術とは異なる魔術。通常の魔術は術者の精霊を仲介する事によって魔術を発現するのに対し、錬成術は精霊を介して出したマナで触れた触媒のマナに干渉し、触媒と術者の間でマナを繋ぐ事が出来る。

 これによって錬成術の術者は錬成術を使った対象の構成を知る事が出来たり、その対象のマナを操作して別の物に作り替える事が可能となる。

 しかしその錬成術を使って物質を分解、再構築するのには常人ならざる集中力と空間認識能力を要するため、一般的な魔術よりも扱いが難しく習得している人間は少ない。

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