ギルドトーナメント
次の日アルト達は謹慎処分になっていた。
理由は許可無く夜間に校内から出ていた事、及び許可された時間外での指定訓練場の使用、並びに魔術の使用に加え、森林地帯での爆薬を用いた危険行為。
ギルドのメンバーは全員が単位を減点され、その上で六日の謹慎期間が科せられた。
つまり予選当時まで一切何も出来ないという事である。
「良かったわね」
何一つ良くない状況。再び部屋に閉じ込められたアルトの部屋に以前と同じようにセレが診察に来て、不意に告げた言葉がそれである。
「何がですか」
最早隠す必要も無いと語気を強くしてアルトはセレに尋ねる。
「あなたの予選が上手く行きそうだからよ。もっとも、あなたは予選で戦えない訳だけど。ご愁傷さまね」
凄まじい性格の悪さだとアルトは感心してしまう。こんなにも性格が悪いのに医者を志したのも謎だが、人の頭の中が覗けていてこんな性格で居られる自意識の高さが常人のそれを逸している。
「どうしたらセレ医務官のようになれるんですか?」
皮肉を込めてアルトは尋ねる。
「産まれ持った才能に羨望の眼差しを受けながら、毎日楽しく過ごせる事を願っていればこうなれるわよ」
普段と違い、口元に笑みを浮かべて告げるセレは本気でそう告げている。童話に出て来る邪悪な魔王というのは実在したんだなと思ってしまうような笑顔に、アルトはセレを人として捉える事が出来なくなっていた。
「じゃあ健闘を祈っているわ」
そう残してセレは部屋を出て行った。
ーーーー地下戦士ギルド闘技場
「どうすんだ! どうすんだ! どうすんだよぉぉぉ!?」
分かり易く狼狽えるアルに、何も言えずに顔を青くしているニーナ。そして……
「大丈夫だよアル、何とかなるって」
能天気にそう言ってのけるルイス。
「先輩は何でそんなに余裕なんですか」
最初から余裕が無いのはアルトも同じだった。一番慌てると思っていた人物がその様子なので、開き直っておかしくなっているのかとアルトは疑うが……。
「最初から言ってたじゃないか、作戦があるから予選は絶対大丈夫だって」
絶対とまで言われると余計に不安を抱いてしまうアルト達。
「私今回の一件で単位足りなくなりました……」
青い顔のニーナがふと呟くと、「俺も……」とアルも呟く。
「アルトが戦えないのに、二人がそんな調子じゃ困るよ」
だから不安なんだというのが二人の表情から窺い知れる。アルト自身、今回は弾避け程度の働きも出来ない事を不安に思い続けているというのに。
「作戦って何するんですか」
聞いたら最期と思って聞きづらかった事を思わずアルトは尋ねてしまう。
「特に何もしないよ」
聞いたことを後悔してしまいそうになるアルト。だがその前にルイスが続ける。
「考えてみてもくれ。ここにヴァルバロイを単身で倒して、その上王族二人を倒した生徒が居るのに、それに挑もうなんて普通思わないだろう?」
そうルイスが言った途端にニーナとアルの表情が一変する。
「言われてみれば、今回アルト先輩が参加するのみんな知ってるはずですよね」
「なるほど、だから今年は予選の参加者少なかったんだな」
と、納得する二人を尻目にアルト本人は何も納得出来ない。
「参加者が少ないのは偶然だろ。大体から俺の噂なんて誰がしてるんだ。俺は聞いた事無いぞ」
「それはそうだよ。だってずっと療養してて部屋から出てなかったんだし。君今かなり有名人だよ?」
そう告げるルイスの言葉に頷く二人。
そんな馬鹿なとアルトは思う。
が、言われてから一つ、ずっと感じていた違和感の正体に気が付いてアルトは周りを見渡す。
するとこちらをコソコソとこちらを見るような目線が逸れていく。悪目立ちしているこの班は、いつも好奇の眼差しを向けられていたため、てっきりそれだと思っていたアルトだが、その反応を見ていつもとは違うのだという事に今更気が付く。が、
「だったとして俺はーー」
「アルト」
とルイスが口を挟む。
「その先は言っちゃ駄目だよ。本当に勝てなくなるかもしれない」
真剣な眼差しで語るルイスの表情に思わずアルトは言葉に詰まる。
「大丈夫、今回は君にも活躍して貰うよ。ただし試合前にね」
「?」
ルイスの作戦というのが理解出来ないアルト。するとルイスは三人に聞こえるよう、声を顰めてその全容を語った。
ーーー1時間後
ギルドに設けられた闘技場に戦士ギルドの参加者達が集結し、それぞれの班に別れて整列する。
「ではこれより、予選の組み合わせを発表する!」
そう声を上げたのは皆の前に立つギルドマスター、つまりは戦士ギルド第一班のリーダーの最上級生である。スティル程とは言わないものの、厳つく鋭い目つきでガタイが良く威圧感がある印象を皆に与えていた。
が、そこにアルトは手を挙げて割って入った。
「何だ」
話の腰を折るアルトにギルドマスターの表情が歪む。
だがアルトは全く意に介す事無く列から外れて前へと躍り出た。
「俺は強い奴と戦いたい。有象無象との勝負に興味は無い」
そう告げてアルトは背中の大剣を抜く。大袈裟に鞘から抜いた大剣は鈍い音で空気を切りながら、更にアルトは天高く掲げたそれを勢い良く地面へと降ろす。
振り抜いた大剣はギルドマスターの目の前に落ち、轟音と共に地面を陥没させてつき刺さる。
その振動と風圧に整列していたギルドメンバー達は皆顔色を青く変える。
「直接あんたの班と勝負がしたい。それとも……」
アルトは振り返りながら整列してるメンバー達の方を向き、鋭い目つきを向ける。
「この中に俺と勝負になる奴が居るのか。悪いが俺は誰が相手だろうと手加減しない。それに生憎と持ち合わせの武器はこれだけだ。何処ぞの第三王女の人形をバラバラにするのには多少手間取ったが、人間相手ならどうだろうな」
そう脅して見せると生徒達は皆顔を伏せてアルトに顔を合わせようとしない。どうやらルイス達の言った通り、本当に噂が広まっている事をアルトは認識した。
「調子に乗るな落ちこぼれが」
アルトの背にギルドマスターが告げ、アルトも半身を向けてギルドマスターを見返す。
「重症を負っておいて思い上がるなよ? お望み通り相手をしてやる。直ぐに戦闘準備だ!」
そうギルドマスターが告げると整列していたギルドメンバー達がそそくさと捌けていく。
ギルドマスターもアルトから離れた位置へと向かい、入れ替わるようにルイス達が駆け付けて来た。
「やり過ぎだよ!」
と来るなりルイスが告げる。
「そのまま殺すのかと思ったぞ」
「先輩もっと自分がどう思われてるか知った方が良いですよ?」
続けざまにニーナとアルの二人が口々に告げて来る。
「扇動しろと言われたからやったのに、その口ぶりは無いですよ」
そう苦言を呈すアルト。しかし
「限度があるだろう!? それにギルドマスターと戦えたらそれだけで良いって言ったじゃないか! 他の班の人達みんな引いちゃってるよ!」
「先輩と一緒に居ると友達が減りそうで心配です」
そこまで言うかとアルトは思ってしまう。むしろこいつらの方が言い過ぎである。
それによって戦う前から不機嫌になってしまうアルト。この苛立ちを試合でぶつけられないのを歯痒く思う。
「けど、そのおかげで作戦の方は上手く行きそうだ」
「本当に上手く行くんですよね?」
「ここまでは予定通り順調だよ。安心してくれ。君がそんな調子じゃ二人も不安がるからさ」
そう言われてずっと不安がっても居られないと思ってしまうアルト。しかし、「さて」とルイスが改めて切り出す。
「みんな魔障石の準備は良いかい?」
言われてアルトはルイスに首に下げたペンダントを見せる。銀のメダリオンの真ん中にはめられた空色の石が、魔障石と言われるものの本体である。魔術が命中した際にはこれが砕け、脱落判定となる仕組みだ。
アルト同様にニーナとアルも魔障石を見せる。
「よし。装備してなかったら失格なのは当然だけど、それ以上に、まともに魔術を受けたら怪我じゃ済まなくなるからね。今後もこれはちゃんと確認しておこう。それとアルト」
と、アルトはルイスから魔障石を投げ渡される。
「もう一つは君が持っててくれ。一番前線で戦うのは君だから、君が多くの魔障石を持つべきだ」
今回は必要無いのでは? という言葉をアルトは飲み込む。今回戦えない事はここでは伏せてなければならない。ならば本戦同様の仕様で挑む方が自然だと、アルトは無言で頷いて二つのメダリオンを首に下げた。
「両者準備は良いか!」
他の班の、痩身で茶髪の最上級生が場を取り仕切る。
アルト達は第一班との距離を十メートル程取り、両者がメダリオンを掲げて見せる。
「よし。両者抜刀!」
合図を聞いて皆が剣を抜く。アルトも地面に突き刺さった大剣を抜いて肩に乗せた。
「用意……」
仲介役が手を挙げる。そして
「始め!」
アルトはその身を低く構えた。すると同時に……
「来るぞ! 散開しろ!」
整列していた第一班の生徒達が距離を取って広がる。アルトが突貫した時の事を考えた布陣である事、そしてその対処をこの場で照らし合わせて全員がその指揮の意図を理解して行動出来る判断力。この一瞬のやり取りだけで第一班のレベルの高さが伺える。
だがアルトは気付いていた。ギルドマスターはアルトと相対した時点でその足が僅かに震えていた事を。
それを隠して冷静さを保ちながら戦う判断をする胆力は、正しく“戦士”としての素養をこのギルドの誰よりも備えている事を証明している、とアルトは胸の内でギルドマスターを評価していた。
しかし……それ故に敗れる。この時アルトはそれを察した。
「凍てつけ!」
ニーナが訓練用のショートソードを振るう。
「な!?」
その詠唱の速さにギルドマスターが驚く頃には、両脇に散開していた生徒二人にニーナの氷柱が命中し、メダリオンの魔障石が砕けていた。
「防御陣形! 一人でも詠唱を完了しろ!」
残った生徒達がギルドマスターの下に集まりながら詠唱する。指示してすぐにギルドマスターも詠唱を開始した。
ギルドマスターの判断の速さに驚きながらもそれ以上に、こうも上手く行くんだな、とアルトは更に驚愕する。
全てがルイスの言った通りになった。
「弾けろ!」
一瞬視界が真っ白になる。次の瞬間集まった第一班の生徒達が吹き飛び、地面に転げ回った。
「やりすぎたか?」
心配気味なアルの声を他所に、ギルドマスターはすぐその身体を持ち上げる。遅れて他二名の生徒も上体を上げた。
アルトは視線を審判役の最上級生へと送る。
「しょ……勝者第十三班」
信じられないという様子ので試合終了を告げられる。
しばらくの間場を沈黙が訪れる。だがアルトが大剣を背中の鞘に納める頃には、試合を見ていた生徒達がどよめき始めた。
「よっしゃー!! 見たか俺の魔術!」
だがそんな中喜んで飛び跳ねるアル。
「やりましたねアルさん!」
そんなアルと共に喜ぶニーナ。
「ほら、言った通りだったろ?」
アルトの背から歩み寄ったルイスが涼しい顔でそう告げた。今まで実力を疑っていただけに、ここまでの戦略が練れるとは全く予想していなかった。ひょっとしたら、これがこの人が本当に特待生として招かれた理由なのかもしれないとアルトは思う。
「何故動かなかった」
ギルドマスターがアルトにそう詰め寄る。
が、代わるように前に出てルイスが答えた。
「彼は戦えない。君の言った通り彼はまだ重症患者のままなんだ。こうして平気な顔して立ってるけど、まだ戦う事を禁止されてる。考えてもみてくれ、彼が背負ってる武器は本戦で使える訳無いのに、それを持ち出して来るのは不自然だろう?」
「図ったな……」
悔しさに顔を歪めるギルドマスター。思わずアルトはルイスの前に出ようとするが、ルイスが手を出してそれを止めた。
「アルト……お前に負けるなら今年の出場は諦めても良い。そう思って今回戦いを挑んだ。王族相手に引けを取らない相手なら後悔しないと。だがな……」
ギルドマスターは震える拳を握る。尚もルイスは手を退けようとはせず、アルトは何時でも飛び出せるように構えるが。
「あんなにも強い生徒が、他に二人も居たんだな。どうりで、ブリテンからも帰って来れた訳だ」
そう口元で笑みを浮かべてギルドマスターはアルト達の前から去る。
そして、闘技場の脇でどよめくギルドメンバー達の前へと立ち、声を上げた。
「今回のギルドトーナメント参加メンバーは戦士ギルド第十三班とする! 十三班の噂は皆知っての通りだろう! 今の戦いで、彼等はその噂通りの実力を示した事を認めるものとする! 異論ある者は居るか!!」
ギルドマスターの言葉に異を唱える者は居なかった。
それを確認してギルドマスターはアルト達の方へと帰って来る。
「お前の実力をこの身で受けられなかったのは心残りだが、本戦でその力を見せてくれ」
そうギルドマスターが右手を差し出して来る。
呆気に取られてアルトはルイスを見る。ルイスは顎でその右手を取る事を促した。
恐る恐るアルトはギルドマスターの右手を握る。
「俺の方も、失礼な態度を取ってすみませんでした」
二人は握手を交わす。
「所で良い剣を持っているな」
「メンバーからの贈り物です」
「よく見せてくれないか?」
そう言われてアルトは背中から鞘ごと大剣を降ろし、革ベルトを掴んでギルドマスターへ掲げる。
「えっ、ちょアルト!」
ルイスが止めに入るが遅かった。
「ぎゃああああ!!!」
次の瞬間ギルドマスターの悲鳴が闘技場に木霊す事になった。
―――医務室
「……………………」
最早言葉も無い。いつも以上に鋭い目つきでセレはアルトを睨み続けていた。
「……………………」
対するアルトも真顔のまま椅子にかけるセレを見下ろして無言のまま目を離さない。しかしその胸の内では(ざまぁ見ろ。やってやったぞ)と勝ち誇っていた。
「あの……セレ医務官?」
沈黙に耐え切れずにルイスが割り込んで来る。しかしそんなルイスをセレがキッと睨み付けて威嚇し、ルイスは短い悲鳴を上げて怯んでしまう。
「思うようになって満足そうね。オマケにまた怪我人を出して、私に迷惑をかけて、言うこと無しって気分かしら?」
「今朝のセレ医務官程ではありません」
アルトがそう告げると、セレは一拍置いて舌打ちをする。再び空気が凍るかと思われたが、「はぁ……」とため息をついてからセレは再び口を開く。
「まあ良いわ。この時期になれば怪我人なんて幾らでも出るし、今までのを考えたら大した事無いわね」
そう肩を竦めるセレ。
「申し訳ないとは思ってます」
「はいはい。もう良いわよ。本戦出場おめでとう。本戦への出場を許可するわ。ただし……」
と、セレはアルトの腕を指差す。
「左手の使用は当然禁止よ。まあ、流石のあなたでも使えないとは思うけど」
「ありがとうございます。ギルドマスターにも申し訳無かったと伝えておいてください」
そうアルトは医務室を後にしようと立ち上がる。その背をルイスが慌てて追い、ドアに差し掛かると……。
「……覚えてなさいよ」
ボソリと呟いたセレの言葉をアルトはハッキリ耳にするが、気のせいだと自分に言い聞かせて医務室を後にする。
ーーー夕刻
「みんなおめでとう!」
そうフィオナが湖で皆を出迎える。先に来ていたニーナとアルが、焚き火を囲んで魚を片手に手を振っている。
それに手を振って答えるルイスに対して、大したリアクションをすることなく、そのまま二人は皆と同じように焚き火を囲む。
「一時はどうなるかと思ったが、案外なんとかなったな」
「本当にです。危うく退学寸前でした」
俺は常にだがな、という言葉をアルトは飲み込む。良い気分の所にわざわざ水を差す意味は無い。
「あまり何も出来てない僕から言うのもなんだけど、君達なら予選突破は簡単だと思ってたよ。当然アルト抜きでもね」
アルトもそれを試合後に実感した。ギルドマスター達の本来の実力がどれ程であったのかは分からないが、その練度の高さは流石第一班なだけはあるというのは見て取れた。それをああも一方的に制圧出来てしまうのだから、戦士ギルド内の他の班で二人の相手は出来ないのは容易に想像出来る。
「じゃあ何でそう言わなかったんだよ」
ここで調子に乗らないのを意外に思いながらも、アルトは黙って耳を傾ける。
「そう言うとアルは調子に乗って、ニーナは緊張して実力を発揮出来ないと思ってたからだよ。そういう意味では、今回アルトが戦えなかったのは、二人の自信を付けるには良かったかもしれない」
それを告げて押し黙ってしまう二人。そこにアルトが口を挟む。
「実際相当な実力だったんだから今更落ち込む事じゃないだろ」
「けどよ……」
とアルがチラッと彼女を見る。
アルの視線の先には、焼いた魚を食べるフィオナの姿があった。最近人目を気にして生魚を直接食べなくなった彼女だが、相変わらず食べ方は下手で口の周りに魚の肉片が着いている。
そんな彼女を見てため息をつきながら、アルトは答えた。
「前にも言っただろ、俺とお前達じゃ求められてるものが違う。あいつの鎧は魔術そのものなのに、対する魔術師が魔術抜きで戦うってのがそもそも平等じゃない」
そう告げるが納得出来なさそうにするアル。そこにルイスが続ける。
「実際に彼女の鎧は本戦レベルの実力だったからね。みんなに伝えてなかったけど」
「そうだったの?」
それを産み出す当の本人が驚く。
「凄く手加減してるの分かったから言い辛かったんだけど、実はそうだったんだ。二人の自信が無くならないか不安だったけど、あれと戦える時点で予選突破は間違いないと思ってたよ」
「そこまで分析出来るなら伝えてやっても良かったでしょう。俺は初見でもっと手加減してやれと思ってましたよ」
「それこそお前から言えよ……」
アルトの指摘にアルがボヤくも、「とにかく!」と手を叩いてルイスは改める。
「みんな予選突破おめでとう! これからは一週間置きに本戦が始まる。本戦では今回のようには行かないだろうけど、僕も必ず勝てるようにしっかり作戦を練るよ」
本戦。果たして今の自分に何処までやれるか分からないアルト。脳裏に浮かべるのはスティルやクレアを始めとする強者達の姿だった。五体満足で苦戦した相手に、この状態でどこまでやれるか不安に思っていた。が、ニーナとアル、そしてルイスの作戦があればやれる所までやれるのかもしれないとアルトは僅かな希望を見出した。
「そういえばアルトの武器ってどうなるんだ?」
ふとアルがそう切り出して来る。
「……………………」
それに対してルイスは黙り込んでしまい、アルトの方へと目を向ける。
「アルト、何か無いかな?」
「は?」
思わず聞き返してしまうアルト。ここまで作戦やら何やら余裕だったルイスの表情が、一気に青くなる。
「拳で戦うのは駄目なんですか?」
「当たり前だろ!? 君を含めて僕らは魔術師なんだから、曲がりなりにも触媒となる武装が無いと出場なんて出来ないよ!!」
「でもよ、一週間あるから大丈夫だろ?」
とアルが口を挟むが。
「今年は開会式からそのまま初戦が始まる流れになったんだ! 一週間の調整期間が設けられるのはその後だよ!」
「どうすんだよ!」
「どうするんですか!?」
と急に皆が慌ただしくなる。慌て出すニーナやアル、ルイスを見てフィオナは笑っているが、アルトも内心どうにかならないかと思考を巡らせる。
そして……
ーーーそして翌日
「次」
ギルドトーナメント開会式の後、教官達が生徒達の武器を厳正にチェックして行く。この先使う武器は殺傷能力を極限したものでなければならず、また魔術に対しても負荷を持ったものとしなければならない。その為ギルドトーナメントで用いる武器のチェックは念入りに行われる。
「……本当にあれで大丈夫なのかよ?」
不安な声をアルが漏らす。それを背後で耳にするアルトでさえ不安になってしまう。
他の生徒達は、普段の訓練用の剣から更に威力を極限した木剣を装備していた。その一方でアルトは……
「何だこれは」
アルトが教官に見せたのは、黄色の毛布を紐で巻いた全長二メートル程のオールだった。さながらハムにも見えるそれに教官は当然口を挟む。
それは昨日どうにか彼女が湖で見付けて来たオールを、ルイスの魔術によって重量を減らし、威力を限定する為に手近な布を巻いた急造品である。なのでアルトは……
「訓練用の剣です」
と答える他無かった。
「剣……」
訝しげにアルトの武器を眺める教官。考え込むのも無理はない。アルト自身それを武器とは認識出来ないのだから。
「渡せ」
と手を差し出す教官にアルトはオールを渡すした。
四人に緊張が走る。
「殺傷能力が無いのは認めよう。だが重量がな」
「な!?」
とアルトの後ろでルイスが声を上げる、と同時に「そうか!」と一人納得して喋り出す。
「元々の重量を4kgにしたから、緩衝材分の重量が加算されたのか!」
「そういう事だそうだ」と教官にアルトはオールを突き返される。
「……」
黙ってオールを見ていたアルト。
「どうした?」
教官が尋ねた瞬間、アルトはオールの柄を握り潰す。
すると長かったオールの柄が折れてその全長がずっと短くなる。
呆気に取られる教官だが、アルトはそれを教官に渡して尋ねる。
「これで良いですか?」
力任せなアルトのやり方に教官はため息をついた。
「良いだろう。そこまでして出たいならその武器での出場を許可する」
程なくしてアルト達は装備チェックをクリアするのだった。そのまま流れで皆は闘技場の入口に整列して呼ばれるのを待つ。
「……この先こんなんがずっと続くのか?」
それまで緊張に口を閉ざしていた中、ふとアルが口を開く。緊張に耐えられなかったのだろう。アルト以外の皆が固くなっているのが見て取れた。
「私達いつもギリギリですね……。こんな事で本当に勝てるんでしょうか?」
「やれるだけの事はやって来ただろう?」
ルイスを含め、本番を前にして皆不安になっているのがアルトにさえも見て取れた。
しかしそんな中でもアルトだけが冷静で居られるのには理由があった。
「俺にとってはいつもの事だ」
そう皆にふとアルトは告げる。
「成績が足りなくて、実技試験じゃ失敗が許されなくていつも追い詰められてた。そう考えれば、今回のは幾分かマシだ」
「心強い限りだ」
そう告げるものの、ルイスは乾いた笑いしか出せていなかった。
皆がこうなるのも当然と言えば当然である。なんせ今まで陰口を言われる側だった人間がこんな表舞台に立つのだから緊張もしよう。
「先輩、一つ我儘を言って良いですか?」
そこでふとアルトが尋ねる。
「なんだい改まって?」
振り返って三人に向かってアルトは告げる。
「今回の試合、予選の逆をやらせてください」
「「「は?」」」
今まで散々三人を驚かせて来たが、その発言にいつもの如く三人が聞き返す。なので「その反応には飽きた」と告げてからアルトは続ける。
「一回戦は俺だけで片付けます。それならニーナとアルの温存も出来るでしょう?」
「……出来るの?」
恐る恐るという様子でルイスは再度聞き返す。
「やるだけですよ。どの道その程度出来なきゃ優勝なんて狙えない」
アルトがそう告げた時だった。
「戦士ギルド第十三班、前へ!!」
会場から教官が声を上げる。
それに従い、アルト達は一列に整列して会場へと入って行く。
開けた闘技場に出ると、ワッと歓声が上がる。……なんて事は無かった。
円状の観覧席から見下ろす生徒達の姿は少ない。お陰でやり易いとアルトは感じる。恐らくは他の会場の試合を見ているのだろう。
参加こそしなかったものの、アルトもギルドトーナメントの歓声はよく知っている。何せ遠く離れた湖の岸辺まで届いて来るのだ。忌々しい記憶だった為によくよく覚えていたのだが、今回はそれが無い。
つまりこちらも向こうもノーマークのギルドという事になる。だからこそアルト一人でも勝機はあると読んでいた。
「魔術ギルド第一班前へ!」
向こうのギルドも呼ばれて闘技場へと出てくる。
アルト達と違い、魔術ギルドのメンバーの顔色に緊張の色は見えない。ただ眼前の勝利を前に覚悟を感じさせる目に迷いは、恐らくは全員が最上級生であると察する事が出来る。
そのまま両者は十メートル程の間隔を空け、裁定者の教官を挟む形で横一列に並び、向き合う。
「両者、礼!」
教官の言葉に皆が軽く頭を下げて上げる。
「魔障石提示!」
教官の言葉に皆が胸のメダリオンを掲げる。前回と同じくアルトは二つの魔障石を持ち、それぞれ一つずつ。対して魔術ギルドは五人のメンバーがそれぞれにメダリオンを掲げる。
「戻せ。禁止事項を達する。頭部への攻撃、及び急所への意図的な攻撃、並びに開始の合図の無視、並びに裁定者の命令違反などは禁止とする。禁止事項に違反したギルドは減点を行う。以下先に達した通り。両者抜刀を許可する」
教官の言葉に皆が剣を抜く。そのまま教官は列から避けて手を振りあげる。
「用意……」
スッとアルトは息を一つ吸って溜め込む。そして……
「始め!」
教官の手が勢い良く降ろされる。
「散――」
一瞬の出来事だった。魔術ギルドのリーダーが言葉を発するよりも早く、黄色い何かが視界を掠める。
それは魔術ギルドの横一列に並んだ一番右側の生徒を捉えて、それをリーダーが視界に収める頃にはその生徒は後ろに吹き飛んでいた。
更に、それを追い越さんばかりの勢いでアルトが投げ放たれたオールの柄を握る。
そこから右に回転しながら距離を詰めてオールを振り抜く。
振り抜かれたオールは同時に二人の生徒を捉え、くの字に折れて後ろに吹き飛び、地面を転げ回る。
そのまま矢継ぎ早にリーダーへと向かうアルト。
「くっ……!」
リーダーは剣を構えてアルトを迎え撃つ。
肉薄した距離でアルトは左に抜けるように一瞬動く。瞬く速度のその踏み込みは、正しく瞬き一つで姿を見失う程の速さであり、リーダーはその動きを目で追うが……。
(消えた!?)
リーダーの見る先にアルトの姿は無い。目を離した訳でも、アルトが人間の動体視力を越えて動いた訳でも無い。幻でも見たかのように、アルトの姿は消えていたのだ。
その直後にリーダーの後ろで鈍い音がする。
慌ててリーダーが振り返るがもう遅い。
振り返ると同時にリーダーの首元にオールの先端が突き付けられていた。思わず、という表情でリーダーは持っていた剣を手放して尻もちをつく。
「試合終了!」
教官の合図でアルトはフゥっと息を吐く。
「勝者戦士ギルド!」
歓声すら上がらない。ほんの数瞬の出来事に皆唖然としている。そんな中、アルトは観覧席の中に一人の人物を見出していた。
アルトが真っ直ぐに見つめるさきにはギルドマスターと同班のメンバーが居た。
ルイスの時と同じく腰を痛めているというのに、恐らくは無理にでもここに来たのであろう事を察する事が出来る。図らずも約束を果たして見せた。
「本当にやってのけるなんてね」
遅れてルイスがアルトに駆け寄り声をかける。
「流石というか、無謀というか……先輩らしいです」
「そいつら大丈夫なのか? すげぇ吹っ飛び方してたぞ?」
皆アルトに駆け寄って口々に声をかける。
と、同時に医療班が到着して倒れた生徒をその場で介抱する。
「全く、こっちに来て正解だったわ」
と、聞き馴染みある声にアルトは顔を向ける。
「セレ医務官……」
嫌々ながらに名を呼ぶと、セレも眉間に皺を寄せる。
「何か文句が? 派手にやると思ってから、手間がかかる前にこっちに来たのだけど。どうせまた手加減せずに棒切れ振り回したんでしょう」
「加減はしてますよ」
そもそもアルトが全力で振れば、いくら緩衝材があってもオールは簡単に折れてしまうので必然的に加減が必要になる。そうでなくても出来れば怪我をさせたくないとアルトは思っているのだから自然とある程度の力は抜ける。ただ、本当に怪我をさせない範囲で抑える実力がアルトに無いだけだ。
と、セレの顔色が突如変わる。
「?」
黙ってセレの行動を見ていたアルト。真剣な眼差しでセレは慌ただしく動いて一人の生徒の脇に膝をつく。
「この子心臓が動いてないわ!」
「な!?」
アルトは思わず声を上げ、ルイス達三人も絶句する。
それはくの字に折れて転げ落ちた生徒の一人だった。が、
「うっ……」
と、その生徒が呻き声を漏らす。
「嘘よ」
「このっ……!」
涼しい顔で告げるセレに、アルトは思わずオールを振り上げて襲いかかりそうになる。
「駄目だアルト!」
「馬鹿何やってんだ!」
「落ち着て先輩!」
三人はそんなアルトに飛び付いて止めに入る。
「けど、肋骨が折れてるわ」
それを聞いてアルトは怒りを沈めてオールをゆっくり降ろす。
「このトーナメントじゃよくある事よ。安心しなさい、全員命に別状は無いわ」
心配すべきか、信頼すべきか、アルトの胸の内に葛藤が渦巻く。
「多少の無茶なら今回は引き受けるわ」
容態を見ながらセレはそう告げる。それを聞いてアルトを羽交い締めにする三人が離れる。
「ありがとうございます」
一言告げてからアルトは頭を下げた。
「戦士ギルド整列!」
と、裁定者の声に慌ててアルト達は従い、横一列に並ぶ。
「礼!」
まだ介抱を受ける魔術師ギルドのメンバーに頭を下げるアルト達。
そのまま踵を返して会場を後にする。敗者の目の前に勝者が長く居座るべきでない。潔くそれを受け入れ、余韻すらも残さずアルト達は縦一列に並んで再びくらい通路へと戻った。




