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《物理無双》魔法学園の落ちこぼれ、魔術無しで成り上がる。  作者: 鴇天ユキ
ギルドトーナメント
15/16

トーナメントへ向けて

 あれから1週間。アルトは部屋で大人しく静養に務めていた。アルトの経過を見て、診察も週に1度に落ち着く。ようやくあの嫌味からも開放されたと安心するアルトだったが、残念な事に今日はその週に一度の診察日だった。


「有り得ないわ」


 始まった。


「何がですか?」


 身構えながらアルトは尋ねる。


「あなたの回復速度以外に何があるの? 魔術無しでもここまで回復が早いのに、無理して怪我を悪化させてたのは私の気を引くためかしら?」


「ははは」と乾いた笑いで返すアルト。するとセレは「冗談よ」と返して来た。


 全く笑えない。何故この医療のセンスをもう少しは冗談に回せなかったのか。そもそもこの人物の場合、冗談だとしても八割本音の場合があるので全く気が抜けない。


「とはいえ、ここまで回復するとは流石に思って居なかったわ。そろそろ訓練を始めても良いわよ」


「……本当ですか?」


 予想外な回答に慎重になってしまうアルト。


「私が嘘を言った事があるかしら? 当然まだ無茶な訓練は許可出来ないわ。あの鉄の塊を振り回すなんて持っての他よ。あと二週間は許可出来ないわ」


 八割本音で冗談を放つ人間の何を信じろと言うのだろうかと思ってしまうも、後に頭を覗かれては取り返しがつかないと考えを取り下げるアルト。


 そこは素直に従い「分かりました」とだけセレに返した。


「あなたの焦りが分からない訳ではないけど、ここで我慢が出来ないならトーナメントにも参加出来ないわよ。今は簡単な訓練が出来るだけ光栄に思いなさい」


 そう釘を刺してセレは部屋から出て行った。





ーーー


 1週間ぶりに訪れる湖。


 しかし、たった1週間でその様子はガラリと変わってしまっていた。人の背丈まで伸びた薮が全て無くなっており、アルト一人にはちょうど良い広さのそこは大きく開けた場所に変わってしまっていた。


 そして何よりも……


「だぁぁぁぁクソ!!」


 アルが声を上げる。アルは何か水色の鎧を着込んだ兵士と戦っている様だが、バッサリ袈裟斬りにされていたのに傷一つ付いて居なかった。


 部外者はこの学園に入れない筈だ、それこそ完全武装のフルプレートメイル仕様で、あの格好では街を歩く事すらも叶わないのに一体どうやってここまで来れたのか……などと疑問は浮かぶが、アルトが何より気になるっているのが、


「何でここに居るんだ」


 アルトの一声で四人がそちらを向く。


「アルト、もう体は大丈夫なのかい!?」


「思ったより早く来たな」


「先輩、もしかしてまた無理してませんか?」


 ルイス、アル、ニーナの順でそれぞれそう声を掛けながらアルトに駆け寄る。


 アルトの問に対する答えになっていないのだが、三人はそんな問答などどうでも良さそうなので、問への回答を諦めて応える。


「ちゃんとセレ校医にも断りを得て来た。もう訓練しても良いそうだ」


「よっしゃ! じゃあ早速連携訓練しようぜ!」


 そうアルは喜んで見せるが……


「駄目だよアル。まずは魔術の訓練からって言ったろ?」


 そうルイスに諭されるアル。


「そんなの関係ねぇだろ!」


 と、いつもの調子で反発するアルだが。


「そんな事言わないで、魔術の訓練しましょうアルさん」


 ニーナがそう告げると、渋々と言った様子で「おう」と返しながらアルはニーナと共に畔の端へと向う。


「で、何でここに居るんですか」


 改めてルイスに尋ねるアルト。


 するとルイスは頬を指先で掻きながら答える。


「ははは……君に許可を取らなかったのは申し訳なかったとは思うよ。でもここを使うって言ったら君来なくなりそうだったから言い出せなかったんだ」


 それを言われて何も言えないアルト。確かに事前に言われたらここに来るのが億劫になっていた。しかしそうは言っても事前に言って欲しかったというのが本音だ。


 最も、ルイスは事前に意味深な事を言っていたので、全く伝えていなかった訳ではない。それが余計に反論しずらくしていた。


「別に俺だけの場所って訳では無いので良いです。でもここは立ち入り禁止区域ですが?」


「ああ、そこは大丈夫だよ。闘技場の使用許可は全部埋まってたから、代わりにってここを申請したら簡単に通ったよ」


 一体誰に頼んだのは知らないが、随分と雑な管理だとアルトは思ってしまう。それとも特待生は優遇されるという事なのだろうかと勘ぐってしまうが、どちらにしても雑な処理な事には変わりない。


「なら良いです。どの道訓練はしなきゃならないので」


 そうアルトが告げると、ルイスは若干驚いた表情を晒す。


「君にしては意外だね、もっと食い下がると思ったのに。逆に誰にここを聞いたとか訊かないのかい?」


「そっちは大体予想はついてます。ディオが教えたんじゃないですか? 俺なら展望台かここに居るって」


 逆にこの学園でアルトが普段何処に居るか知っていたのはディオ以外居ないので簡単に察しはついていた。


「久しぶりかな」


 と、ルイスの背から声がする。


 ルイスが避けると、その向こうには1週間ぶりの彼女の姿があった。


「久しぶりって程でも無いだろ」


「すぐそういう事言うー」


 そう彼女は膨れて見せる。アルトは口ではそう言って見せたものの、このやり取りも久しぶりだなと感じていた。もっとも、ルイスの前でそんな姿は晒せないが。


「それよりお前は良かったのか?」


「なにが?」


「ここが賑やかになるのは嫌じゃないのか?」


 彼女は人と関わる事を避けて来たと以前言っていた。だからここを訓練場とされるのは彼女にとって本意では無いのではと思ったのだが……


「「ふーん」」


 と、彼女とルイスがニヤけて鼻を鳴らす。その憎たらしい表情を思わず殴り飛ばしたくなるアルトだが、それ以上の気恥ずかしさにさっさと話題を変えたくなった。


「そんな事より早く剣を返せ」


「え? あ、うん」


 と、芳しくない反応を示して彼女は湖へと向かう。


 まさかな、と思いながらアルトは彼女を待つ。その間にルイスが話し掛けて来る。


「剣って、僕らのあげた大剣かい?」


「はい。1週間前に背負ってここまで来たら奪われました」


「あんな怪我してあれ背負って来たんだ……」


 ははは……と再びルイスは苦笑いを浮かべる。


 そんなやり取りをしている内に湖から彼女が帰ってくる。


 その姿を見て二人は驚愕する。


 ルイスは数百キロはある鉄塊を抱き抱えて悠々と泳ぐ彼女に。そしてアルトはその鉄塊がたった1週間で緑色の苔まみれになっている大剣にそれぞれ驚いていた。


「は……はい」


 申し訳無さそうに彼女が大剣を差し出して来る。


 それを受け取り、アルトは早速中身を確保しようと振り回す。しかし、以前はそれで簡単に抜けた鞘が抜けない。


 滑る大剣の鞘を両足で挟み、どうにか大剣が抜ける。


 その等身は錆に塗れており、見るも無惨な姿になっていた。


「お前、普通本当にこんな風にして返すか?」


「ぶー」


 と、彼女は膨れる。不服だが、言い返せないといった表情で。


「アルトそれ……」


 と、それまで絶句していたルイスが口を開く。


「すみません……まさかこんな事になるなんて」


 申し訳無さにルイスの顔を見れず、顔を伏せてしまうアルト。しかし


「そうじゃなくて、重くないのかい!?」


「?」


 言われて初めてアルトは気が付く。


 決して軽くはない。だが片腕で大剣を扱えていた。軽く振り回すも、簡単に扱えてしまう。


「おい」


 何か細工したのではとアルトは彼女に声を掛ける。


「それは私も分からないかな! 預かってたの忘れてたくらい手は何も加えてないよ!」


 と、必死に弁明する彼女が嘘をついている様子は無い。


「ちょっとそこに置いてみてくれ」


 ルイスに言われるまま、大剣を地面に寝かせるアルト。


 その大剣を持ち上げようとルイスが柄を握り持ち上げようとするが……


「ぎゃああああ!!」


 次の瞬間ルイスは悲鳴を上げて倒れた。


「先輩!!」


 慌てて駆け寄るアルト。


「腰が……腰が……」


 涙目で声を漏らすルイスの惨状に目も当てられないアルト。とにかく全く大丈夫そうでは無い。


 アルトはすぐさま大剣を戻して背負うと、そのままルイスの肩に首を通して横抱きにする。ルイスは悲鳴を上げるがアルトはそれを無視した。


「先輩は医務室に連れてく。二人にはそう伝えてくれ」


 そう告げてアルトは医務室へと駆けて行った。









ーーー医務室



「で、“重り”を背負ったまま、怪我人を文字通り抱えて来たと」


「………………」


 何も言えないアルト。あまりに必死でこうなる事を予期出来ていなかった。全てを察したのは医務室でセレと目が合った瞬間だ。ちなみに医務室で目を合わせた瞬間セレは不機嫌そうな顔と舌打ちでアルトを出迎えていた。


「ごめんなさい……今回は完全に僕が悪かったのでアルトを悪く言わないでください」


 診察台で寝かされたルイスが呻き声混じりにそう口を挟む。ルイスは他の校医の処置を受けて、腰の処置をされていたのだが、それがうつ伏せに腰を晒している姿なので何を言った所で説得力が無い。


 まあ最も、今のアルトの状況と相手的にどんな説得力も意味を成さないのだが。


「黙ってなさい半ケツ男。あなたには聞いてないのよ」


 辛辣なセレの言葉に心にまで傷を負うルイス。お構い無しにセレは続ける。


「あなたは絶対安静だと何度言ったら分かるのかしら? 訓練なんて特例中の特例だと理解出来ない? あなたがそんな調子だから、また特待生の怪我人まで出る事になるのよ!」


 と、セレはルイスの腰を叩いて医務室に悲鳴がこだます。


 さしもの他の校医達も「セレ!」と声を上げて止めに入ってしまう。


「……すみませんでした」


 と口にしつつもアルトの目は全く反省の色を見せていなかった。そもそもアルトは誉められるような事をしなかったにせよ、ここまで怒られるような事をした訳ではないと考えていたからだ。


 なので……


「ではルイス先輩をお願いします」


 そう告げて医務室を後にしようとするが、


「待ちなさいよ」


 セレがそれを制する。


 これ以上ここに居ても空気を悪くするだけだと言うのに、何故まだ留まらせようとして来るのかとアルトはより不機嫌になるが、素直に足を止めてセレを見た。


「それは置いて行きなさい」


 即断ろうとするが、その前にルイスが口を挟む。


「アルト、それは僕が元に戻しておくからここに置いて行ってくれ」


 アルトが納得しやすい言葉をルイスが用意する。そうするとアルトも断り辛くなり、素直に意見を受け入れ易くなるのだが、アルトはそんな簡単な人間ではなかった。


 アルトは医務室の真ん中まで歩いて行き、医務室のど真ん中に大剣を置く。更に


「先輩、どうせ直すならもっと重くて頑丈な剣にしてください。今のままじゃ軽すぎます」


 診察台の上のルイスは驚愕の表情を浮かべてアルトに訊ねる。


「本気で言ってるのかい?」


「ええ、実際片腕で扱うにしても軽すぎました」


「え……分かった。じゃあ代わりに僕の剣持って行って良いよ。僕はしばらく使えないし……」


 それを耳にし、ルイスの診察台に立て掛けてあった訓練用の剣をひったくり、そそくさとアルトは医務室を後にした。




ーーー湖


 医務室を出たアルトはそのまま湖へ戻ってくる。


 アルとニーナは湖の畔で彼女の指導を受けながら魔術の詠唱練習をしていた。二人はアルトの姿を見て手を止める。


「ルイス君大丈夫かな?」


「すげー悲鳴だったな」


「ルイス先輩に何があったんですか?」


 三人の質問にアルトはそれぞれ返して行く。


「ルイス先輩は大剣を持ち上げようとして腰を痛めた。しばらく医務室から出られない」


 「あー」と三人が呆れ気味に声を上げる。


「それより三人は何をしてたんだ?」


 今度はアルトから尋ねる。


「魔術の訓練だよ。見て分かるだろ?」


「悪かったな。魔術が使えない人間には全く分からなかった」


 そんな恨み毎を言うと「なにぃ!?」とアルが食ってかかるも、それを無視してニーナが改めて詳細を話す。


「私の魔術もアルさんの魔術も、普通に使うなら問題無いんです。けどこれが対人戦だと今まで通りに行かなくて、その為に今までと違った魔術の訓練をしていたんです」


 そんな事出来るのか? とアルトは思ってしまう。何故なら容易くそんな事が出来たら教官達もやっているはずなのだ。


 と、アルトは視線を彼女に向ける。すると、それを察した彼女が口を開いた。


「アル君は今まで剣先にしか発動出来なかった魔術を遠くまで飛ばす練習をしてて、ニーナちゃんは魔術の規模を抑えて直ぐに詠唱を完了する練習をしてるかな」


「お前そんな事教えられたんだな」


 流石は魔族とアルトは感心する。


「なぁ、それより連携の訓練やろうぜ」


 と突然アルが言い出すが、アルトはここに来た時の事をふと思い出す。


「お前連携訓練より魔術の訓練しろって言われてなかったか?」


「そんなの先輩が居なきゃ関係ないだろ」


「ダメですアルさん。言われた事ちゃんとやりましょうよ。それにアルト先輩は怪我してるんですから」


 そう言ってニーナはアルの手を引いて二人から離れて行く。


 いつもなら怒り出しそうなアルだが、ニーナには素直に従っている。そもそもニーナもこんなにハッキリ言う方ではなかったというのに、今では積極的にアルを引っ張って行く。


「で、あの二人の実力はどうなんだ?」


 改めてアルトは彼女に尋ねる。


「凄く筋が良いかな。特にニーナちゃんには驚かされたかな。この時代に二〇〇年前の魔術師と比べても遜色無い実力を持ってる子が居るとは思ってなかったかな」


 ブリテンでの一件でニーナの実力を知っていたが、それ程の力があるとは思っていなかった。


「アルの方はどうなんだ?」


「アル君は覚えが早いかな。特に魔術に関してはディオ君以上だよ」


「あのアルが!?」


 と思わずアルトは口に出してしまう。ディオは学年トップの優秀な魔術師だ。アルトでも簡単にあしらってしまえるアルがそんな才能を持っているとは思えなかった。


 が、アルトは思い出す。考えてみればディオの魔術を身に受けても絶命には至らなかった。もっとも、魔術の威力を極限する工夫がされた訓練用の剣での攻撃だったのだが。


 一方で考えて見たらアルの魔術は例え訓練用の剣だったとしても、そのまま受ければ人間ならまず助からない威力である。気が付いていなかったが、アルの魔術はニーナにこそ見劣りするも、他の魔術師と比べれば一回り以上の威力がある。


(アイツら本当に落ちこぼれか?)


 物覚えが良いアル、魔術の才能に溢れるニーナ、そして特待生のルイス。自分以外は皆才能に恵まれているのにアルトは気が付く。そう思うと、自分だけが残されたようで不安を覚える。


「ねぇ」


 っと悩むアルトに彼女が声をかける。その顔には若干の不安を覗かせていた。


「なんだ」


「君の体の事なんだけど……」


 と彼女は口篭る。良い話でないのはその表情から察する事が出来た。


「大丈夫だからハッキリ言ってくれ」


 アルトがそう告げると、彼女は意を決して口を開く。


「君の体、怪我した所が精霊のものに置き変わってるかな。だから普通なら動けない状態なのに動けたり、あの剣を片手で扱えたんじゃないかな」


 それを言われてアルトは色々なものに合点が行く。セレの予想より早く怪我が治ったのも、全身の骨が粉砕しても歩き回れたのも、精霊がアルトの体を補って居たからなのだろう。


「このまま置き変わって行ったらどうなる」


「君は……限りなく君に近い別人になるかな」


 それを聞いて不安を覚える。ある程度の事は覚悟していたが、予想よりも酷い自分の状態に俯きそうになる。


「けどね」と彼女が続ける。


「君の精霊、全部が置き変わらないように致命的なものに留めてる見たい。だから君の体の怪我も完全には治って無いかな」


「……そうか」


「だから、あまりその力には頼って欲しく無いかな。君の精霊もきっと同じ事を思ってるから」


「努力はする」


 そう告げてアルトは彼女に背を向けて告げる。


「二人の魔術を観てやってくれ。俺も自分の訓練をする」


「……うん」


 悲しげな彼女の返事を背に、アルトは離れて行く。


(俺が俺でなくなったとしても……) 


 今は他に頼れるものがなかった。無力な故に取れる選択肢が他にない、それが持たざる者の性だ。


 だったら前に進むしか無い。今までも、これからも、自分には引き返す道など無いのだから。









ーーー7日後 医務室


 あれから一週間が経ち、アルトは診察の為に医務室を訪れる。とても億劫な気分で。


 医務室に行かない選択肢も思い浮かんだが、セレとの約束を破ると後に何があるか分からないと思ったアルトは渋々ここに来る事になった。


 何よりも、ルイスや大剣を置いて来たままなので放置する訳にも行かない。


「はぁ……」


 しかし医務室の扉を開くのにはかなりの勇気が必要だった。1週間前にあんな行動を取ってしまったばかりに、余計にセレと顔を合わせ辛くなってしまっている。


 と、思っていると突然扉が開く。


「何突っ立てるの早く入りなさいよ」


 知ってましたと言わんばかりにセレは告げて来る。


 余計な事を考えると、後で頭を覗かれた時にタダで済まなくなる。と、アルトは無心になって「失礼します」と医務室に入った。


「あ、アルト久しぶり」


 と、医務室脇のベットに腰掛けたルイスが声を掛けてくる。笑顔で話すその様子から、腰はすっかり良くなっているようだった。


「久しぶりです。良くなったようで何よりです」


「君も、怪我が治って来たみたいだね」


「喋ってないで早く座りなさい」


 セレに急かされアルトはルイスの傍にあった丸椅子に座る。


 するとセレは薬品棚から救急箱を取り出してアルトの前で腰を落とし、いつもの様に処置を始める。


「……?」


 と、左腕の包帯を取ってすぐセレが今まで見せなかった反応をする。怪訝そうに腕を眺めるその目に、アルトは不安を抱かずには居られなかった。


「……………………」


 しかしここで下手に何かを言おうものなら、また恨み言を言われてしまう。が、


「普通どうしたか訊かないかしら?」


 何をしてもどうにもならない。この恨み言はきっと呼吸のようなものなんだろうとアルトは諦めた。


「どうかしたんですか?」


「ええ、どうかしてるわ。あんなに治りの早かったあなたの腕が先週と大して変わってないのよ。まあ最も、普通の人間程度の治癒はしているようだけど」


 そう言われてもアルトには心当たりが無かった。確かにトレーニングの負荷は増したが、左腕は一切使っていない。


「まあ良いわ。あなたの体が気持ち悪いのはいつもの事だから」


 そう告げてセレはアルトの腕を薬液に浸した脱脂綿で吹き、新たなガーゼと包帯を巻く。そんな事よりもアルトはいつにも増してセレの毒が強いのが気になっていた。まあ前回の一件が尾を引いているのは容易に想像出来たが。


 と、ふとアルトは思い出す。前回この部屋のど真ん中に置いて行った大剣が消えている。


「あの剣ならクレアちゃんに片付けてもらったわよ」


 辺りを見渡すアルトを見てセレが告げる。


「片付けた? 今何処にあるんですか」


「さあ?」


 なんで寄りにもよってそんな奴に渡したんだとアルトは勢い良く椅子から立ち上がって医務室を後にしようとするが……


「待ってアルト!」


 とルイスが止める。そして指をアルトの向こう側に向けた。


「クレアちゃんなら今そこに居るよ」


 ルイスの指差した先は休養室だった。おそらくはスティルの見舞いに来ているのだろう。


 そのまま部屋に乗り込もうと思ったアルトだが、見計らったように丁度扉が開く。


 扉を開いたのはクレアで、それに続いてスティルが、以前クレアと戦った時に気付いたらいた初級生に支えられて出てきた。


「あなたは!」


 アルトに気がつくとすぐさまクレアは睨んで食ってかかるが、そんなクレアに迫ってアルトは肩を掴む。


「な!?」


「俺の剣を返せ! 大事な物なんだ!」


 以前からクレアが自分に苦手意識を持っている事など思い出す余裕の無いアルトはそう言って無意識に凄んでしまい、クレアが怯えた表情を浮かべる。


「待ってよアルト」


 それを察したルイスが二人の間に入ってアルトを引き剥がすと、腰を落としてクレアに目線を合わせて言う。


「すみませんクレア様。この前“しまって頂いた”モノは我々から彼に送ったものです。再び出してもらえませんか?」


「あんなのを人間が扱えるとは思いませんが……」


 そう言ってクレアは床へ手のひらを向けて詠唱する。すると、何処からか現れた大剣がズンッと音を立てて床に落ちる。


 それを見て一旦安心したアルトは胸を撫で下ろす。


「?」


 しかし、安堵した途端アルトは何か既視感のようなものを覚える。


 その既視感はスティルを支える下級生から生じていた。あの時気が付いたら居たため初見ではないのだが、そういったモノとは違う。その名状し難い違和感は何かに似ているような感じた。


「グレン。行きましょう、立ったままではスティルの怪我が悪化します」


 そう言ってクレアは一瞬アルトを睨む。それに気が付いたアルトだが、腹を立てるでもなくそれを見送る。


 そのまま逃げるようにクレアは医務室を出て行き、それにグレンとスティルの二人が続いて行った。


「よくクレアちゃんに殴られなかったわね」


「どういう意味ですか?」


 まあ殴られる理由は幾らでもあるのだが、流石のクレアもこんな所で突然殴って来る事なんて無いだろう。そうアルトは思っていたのだが……


「王子様の怪我がトーナメントまでに完治出来ないのよ。だから、最上級生の彼は最後のギルドトーナメントに参加出来なくなった訳よ。誰かのせいでね」


 そう言われて気落ちするアルト。スティルの最期の機会を自分が奪ってしまったと。一体どうすれば許されるのか。


「あなたに落ち込んでる暇があるのかしら? あなただってトーナメントに出れるか分からないのよ?」


「どういう事ですか?」


「あなたの回復が突然人並みになったからよ。今のままのあなたがトーナメントの予選で戦う事は医師として認められないわ」


「予選?」


 アルトは小首を傾げる。そんな話は初めて聞いた。と、そこにルイスが口を挟む。


「ギルドトーナメントは、それぞれのギルドで代表を決めて出場するんだよ。その為の予選が今週にあるんだ」


 初耳である。しかし普通に考えたらそれを目指す生徒ならその程度知っていて当然なのだろうともアルトは思った。


「どうにかならないんですか?」


 それを聞いてセレが眉間に皺を寄せる。


「あれ程無茶をするなって言ったのに、無視して無茶苦茶な事してるからそうなるのよ。自業自得ね」


 そんな事を言われた所で、訓練もせずにこの学園の生徒達に勝てる訳が無い。まして魔術が使えないハンデに加えて怪我のハンデまであるのだ、寝ているだけで勝てる相手ならこんな苦労は無い。


 本当に、どうすれば良いんだとアルトは頭を抱えてしまう。


「予選の出場が出来ないんですか?」


 ふとルイスがセレに問う。


「出場自体は出来るわ。ただし一切の攻撃を禁止するという条件付きになるけれど」


「じゃあ予選自体は参加出来るんですね!」


 そう顔を明るくするルイス。対してアルトは何処にそんな喜べる要素があるんだと思ってしまう。


「そうと決まれば早く訓練しに行こうアルト」


 そうルイスは医務室の出口に向かう。


「待ってください」


 そうアルトはルイスを制してから床に落ちた大剣を拾い、鞘から伸びた革紐を肩に掛けてからルイスの後を追う。


「どうするつもりなんですか?」


「僕達三人だけで予選に勝つんだ。単純な話だろう?」


 簡単に言ってはいるが、そう上手く行くか? とアルトはルイスと共に湖へと歩を進めた。









「お、やっと来たのかよ先輩」


「先輩! 待ってましたよ!」


 そう言って出迎えてくるニーナとアルの二人。


「ははは……面目無い。二人の方は順調かい?」


「当然だろ! 俺もニーナも新しい魔術を完全にモノにしたぜ!」


「それでも、まだまだ課題が多いんですが……」


 明るい表情のアルと対照的に、不安気なニーナ。いつも通りの二人だが、そこに彼女が口を挟んでニーナの不安が正しい事を告げる。


「二人とも魔術は得意みたいだけど、戦うのは得意じゃないみたいかな」


 そう告げる彼女の背にはいつか見たフルプレートメイルの鎧が二体並んで控えていた。


「前から思ってたんだがあれは何なんだ」


 と鎧を指さすアルト。


「あれは私の魔術で作った人形? みたいなものかな」


「僕達は“召喚術”って呼んでるよ」


 とルイスが口添えする。何とも口に出し辛い単語だとアルトは思ってしまうが。


「それで、二人の何が問題なんだ?」とアルトは再び話を戻そうとする。


「魔術の詠唱までの時間が稼げないんです。私は戦えないから前線はアルさんに任せてるんですけど、アルさんでも二人を一度に相手にする事は出来なくて……」


 と、アルトは一瞬だけアルを見る。いつもなら怒り出しそうなアルだが、この時ばかりは浮かない顔で俯いていた。


「大丈夫だよ! 今からアルトも参加するから」


「ホントか!?」


 勝手に決めるな、と言い出す前にアルが声を上げる。


「じゃあ早速やろうぜ!」


 こうなっては仕方ない、とアルトはため息をつく。


 対してアルと同じくやる気に満ちた顔で彼女も声を上げた。


「じゃあまた数増やすね!」


 と気軽に声を上げる彼女の脇で、アルトはアルに寄り、尋ねる。


「あの鎧はどれくらいの強さなんだ?」


「相当強いぞ。クトゥルフの眷属より強い上に連携まで取って来やがる」


 なるほど手強そうだとアルトは思うと同時に、連携を取って来る相手に一人で挑もうというのが無理な話なのだが、何故アルはそれに挑み続けたのかと疑問に思ってしまう。


 しかしそんな疑問への答えを得る間も無く、三体目の召喚獣が湖から現れる。なるほどあれはそうやって出てくるのか、と別の疑問が解消されたと同時に彼女が声を上げる。


「何時でも来ていいかな!」


 そう彼女が声を上げた瞬間だった。


「よっしゃあ!!」


 と、声を上げながらアルが剣を抜いて駆け出す。


「は?!」


 思わず声を上げる事しか出来ないアルト。あまりにもアルの行動が唐突過ぎる。


 だが元々こういう奴だったと一瞬で気を取り直してアルトはアルに続こうとするが……


「!?」


 いつも通り踏み込めないのに遅れてアルトは気が付く。その原因は明白だった。


 歩くだけなら気が付かなかったが、大剣がそれまでとは比べ物にならない程に重い。


 異変に気が付くのに遅れたのは、ここ1週間トレーニングの負荷を増して簡単に持ち上げる事が出来てしまったからだった。しかし一方で上半身の強化ばかり行ってしまっていて下半身の強化までは出来ていなかったのだ。


 まさかここまで重くして来るとは予想していなかったアルトは、大剣をその場に降ろして腰からルイスの剣を抜く。


「くっ!」


 だがその頃にはアルは鎧の剣を受けていた。


 その両脇から二体の鎧が襲いかかる。


「ちっ!」


 舌打ちを打ってアルトは身を低く構える。形振り構う余裕など無かった。


 アルトは自分の内に集中する。すると脳裏にカチリ、カチリと時計の音が刻まれ始めた。刹那、世界の動きが緩やかになる。静止するが如くゆっくりになった世界をアルトは駆け抜ける。


 そのまま剣を受けるアルの襟を掴んで後ろに投げ飛ばす。そこから真正面の鎧を袈裟斬りにした。瞬間、鎧は水になって地面に落ちる。


 立て続けにアルトは左右に剣を閃かせる。瞬く間に三体の鎧は水に戻り、地面を濡らした。


 アルトは息をついて集中を解く。


「凄い……」


 最初に耳に入ったのは彼女の感嘆の声だった。いつもの様に子供の様にはしゃぐでもなく、ただただ目を丸くしてアルトを見ていた。


「イッテ! 何しやが……?」


 遅れて立ち上がったアルが状況を確認して言葉を失う。それはニーナもルイスも同じで、何も言えなくなってしまっていた。


「勝手に飛び出すな」


 そんな中アルトは平静のまま言い放って剣を腰に戻す。そのまま落とした大剣を背負い直しながら、腰に差した剣を抜いてルイスに差し出した。


「すみません、借りたままなのを忘れていました」


「あ、ああ……」


「なんですか?」


 何とも様子のおかしいルイスにアルトは疑念を抱き、若干苛立たし気に尋ねる。


「なにって、君重症患者のはずなのにここ数週間で強くなり過ぎてないかい!?」


「…………」


 何とも真を突いたルイスの疑問に今度はアルトが黙ってしまう。


「何か秘密があんのか? その方法教えろよ」


 とアルが詰め寄って来る。それによって気を取りなおす事の出来たアルトはアルに応える。


「そんな事より何でお前はすぐに突っ込むんだ。あれじゃ勝てる訳無いだろ」


「うっ……」


 と話題を逸らすアルトの問にアルが詰まる。そこにルイスがアルトの肩を叩いて耳打ちする。


「……ブリテンの時言ったろ? 彼は君に憧れてるって」


「?」


 言われて余計に分からなくなるアルト。すると……


「お前だってそうやって戦ってるだろ?」


 とアルが言い返してようやくアルトは理解する。


「お前まさか、俺があんなふうに戦ってるように見えてたのか!?」


 その言葉にアルは頷いて返す。ついでと言わんばかりにルイスとニーナも頷く。


 今度はアルトが驚愕してしまう。何故ならあれはアルトが苦肉の策で生み出した特攻であり、戦術でも何でもない。アルトにとってのあの戦い方は不意打ちをしているだけで初見にこそ有効だが、次には別の戦い方を強いられるものでしかないという認識だった。そしてそれは現にディオには通じず、一度は攻略されていたものだから尚更の事だ。


「はぁ……」


 と溜め息を再びついてしまうアルト。


「なんだ?」


 アルがあからさまに腹を立てるが、アルトはそれを諌めるように告げる。


「いいや悪かった。ただ、俺は戦術なんてものを考えているつもりは無い。大体から、俺は剣術が得意じゃないからあんな戦い方をしてるんだ。お前が俺を真似る必要無いだろ」


「俺はお前みたいにはなれないって言いたいのかよ?」


 今にも食ってかかるように尋ねるアルに、アルトはすぐさま応える。


「違う。俺は本来だったらお前みたいに戦いたかったって意味だ。剣術で凌ぎ、魔術で戦う。そんなお前やディオのような戦い方が出来たら、俺はこんな限定された戦い方なんかしてない。お前は俺に憧れてるか分からんが、俺から見たらお前らの魔術の方がずっと価値がある」


 それを告げてアルは俯いてしまう。何とも複雑そうな表情で、自分の中で気持ちが整理出来ないという様子だった。


「だったらさ、アルト」


 とルイスがアルトに剣を返す。


「アルに教えてあげたら? 君の戦い方」


 ルイスの言葉を聞いてアルは顔を上げる。一瞬断ろうと思ったアルトだが、期待に満ちるアルの目に拒否の言葉を詰まらせる。


「……参考になるか分からんぞ?」


 そう言ってアルトは剣を抜いてアルと向き合った。


 アルト自身、理攻めで剣を振るうタイプでないので自分の戦い方に理屈など考えてはいなかった。常に前の事象に対してその場で行動していたが故に、人に教えられる事など無いと思っていたのだ。だから断ろうと思ったのだが……


(憧れか……)


 その感情は、最近になって少しずつ理解し始めたものだった。









「ぜぇ……ぜぇ……」


 アルが肩で息をする。対してアルトは息を乱す事無く剣を構え続けていた。


 朝から通して組手を続けた二人の周囲は、いつの間にか暗くなり始めていた。


「二人とも、もう良いんじゃないかい?」


 そう言われてアルトは初めて周りが暗い事に気が付く。対するアルは、そんなものを確認する余裕もない様子でその場に尻もちをついて倒れた。


「はぁ……はぁ……お前本当に怪我してんのかよ!?」


 限界だろうによく騒ぐ気力があるな、と感心しながらも「悪かったな」と短くアルトは返した。


 と、アルトは周りが暗い割には見渡せる程度には明るいのに気が付く。見ればルイスとニーナ、そして彼女の三人で焚き火を起こして囲んでいた。更には焚き火の周りには魚を刺した枝木が何本も立ててあった。


「お疲れ様」


 三人の元に戻ると、労いながらルイスが焼き魚を差し出してくる。アルトは魚を受け取りながらも、借りていた剣をルイスに返す。


「ありがとうございます」


 そう告げてから自然な流れでアルトは彼女の隣に腰を降ろす。それを見ていたルイスとニーナの表情が緩むが、アルトは気付かずに魚を食べ始める。


「美味しいかな?」


 と、彼女が尋ねて来る。


「……普通だ」


「むー」


 素っ気ないアルトの返答に彼女は膨れる。食事くらい静かにさせてくれと思うアルトはとにかく魚に集中したかった。


「俺にもくれ……」


 遅れて這うようにやって来たアルに「どうぞ」とニーナが魚を差し出す。


 座り直してアルは魚をかぶりつく。……すると


「美味い!」


 アルは声を上げてすぐさま魚を平らげて次の魚を食べ始める。


「ふふふ、アル君は素直だね。誰かと違って」


 棘のある言葉がアルトに刺さるが、当の本人は全く気にせず応える。


「俺は食べ慣れてるからな」


 そんな何気ないアルトの憎まれ口にニーナが口を挟む。


「アルト先輩、この辺りの出身なんですか?」


「ああ、そこの街の浜に住んでる」


 特に何を思う事も無く答えるアルト。するとその瞬間、空気が変わるのをアルトは感じた。


 違和感を覚えたアルトは食べるのをやめて周りを見る。するとあれ程勢い良く食べていたアルが食べるのを止め、ルイスとニーナも唖然とした表情でアルトを見ていた。


 何事かとアルトはあらゆる事を考えるが思い当たる節が無く、ひょっとしたら後ろに何かあるのかと振り返るがそこには森の暗闇しか無い。


「アルトが自分の事喋った……」


 と、ルイスが徐ろに口を開く。


「は?」


「だって君、今まで自分の事何も言わなかったし、何も聞くなって空気出してたじゃないか!」


「聞いておいてなんですけど……答えてくれると思ってませんでした」


「そもそもお前、本名だって名乗ってねぇじゃねえか」


 それはアルト自身自覚していたが、アルに言われて何となくだが、自分が人からの質問を無意識避けていた事に気が付いた。そしてその理由にも……。だが


「聞いて来なかっただろ」


 あまり会話をして来なかった事がそもそもの原因だが、このパーティは皆自分の事を話したがらないのにアルトは気付いていた。


「私は聞いてるのに、あまり答えてくれなかったかな」


 と、彼女が告げてアルトはバツが悪くなる。するとアルトも何も言えなくなってしまい、気まずいのを誤魔化そうと再び魚を食べようとする。


「そうだ、せっかくの機会だし一人ずつ改めて自己紹介しよう!」


 そしてルイスは立ち上がり、先陣を切って語り出す。


「僕はルイス・ローレン。出身地はブリテンとセントルムの境にあるヴィヴィアンって街だよ。セントルム魔法戦技学校には、本当は普通科で入るつもりだったんだけど、無理を言って特待生枠でここ戦術科に入ったんだ」


「質問しても良いですか?」


 とニーナが手を上げる。


「どうぞ」と快くルイスが応えてニーナは尋ねる。


「なんで戦術科に入ったんですか?」


「それは……」


 明るかった表情を真剣なものに変え、溜めるようにしてからルイスは改めて口を開いた。


「それは、憧れた人が居たからだ。その人の背を追って僕は戦術科に来た」


「それって誰だ?」


 アルが魚を片手に尋ねる。


「ヘレーネ・ガバリエル……」


 その名を聞いてアルトはハットする。それは、ブリテンの一件で絶体絶命だったアルトを救った者の名前だった。本来他人は記憶に残さないアルトにも、あの時の、剣を片手にポニーテールを揺らす彼女の後ろ姿は目に焼き付いていた。


「どんな人かな?」


 と彼女が尋ねる。すると遠い様な目で、気恥ずかしそうにルイスは語る。


「常に人々の先頭に立ち、凛としていて、自信に満ちていて、意思が強くて自分の決めた事は絶対に曲げない。僕とは正反対の人物だよ」


 なるほど、とアルトは魚を頬張る。アルがニーナに好意を寄せるように、ルイスもヘレーネに惚れているのだろうと簡単に察する事が出来た。


 と、視線を感じてアルトは目を上げる。すると三人の目がアルトへと向けられていた。視線の意味を瞬時に察したアルトはため息混じりに答える。


「ヘレーネ先輩とはどこで会ったんですか?」


 不機嫌気味なアルトの質問に苦笑いを浮かべながらもルイスは答えた。


「ブリテンで十二歳の時親の集まりがあって、その時に偶然に顔を合わせたんだ。最も、彼女はその時の事を覚えてはいないだろうけど。でもその時の出会いは僕にとって衝撃的だった。今よりずっと引っ込み思案で、人と関わるのが怖くて家の書庫から出ようとしなかった僕を彼女は変えてくれた。だから、僕はもっと彼女の様になりたいと思った」


 改めて笑顔を向けてルイスは語る。


「アルトに協力するような事を言ったのに申し訳ないけど、本当はこの最後のチャンスに、トーナメントで勝ち抜けば彼女と対等な場所に立てると思ったんだ。だから僕は今回のギルドトーナメントは、優勝するつもりで挑むよ」


 強い意志で告げるそれは、以前のルイスからは全く想像もつかない姿だった。


 そのままルイスは腰を降ろす。


「次は私ですかね」


 と、膝を抱えたままニーナは淡々と語る。


「私はニーナ・ホルシャンスカ。アトランティス出身です。私はその……ハーフエルフです」


「ホント!?」


 と明るい声を上げたのは彼女だった。


「噂には聞いてたけど、私初めて見たかな! ハーフエルフって珍しいから! 早く言って欲しかったかな!」


 と興奮気味の彼女を他所に、アルトはニーナの表情を伺う。


 ブリテンでその事を打ち明けた時、ニーナは卑屈になり切って暗い顔を浮かべていた。しかし今は彼女の言葉に頬を赤らめて照れている様子だったので一旦アルトは安堵する。


「でも、ハーフエルフは迫害されていて、私も小さい頃はずっと虐められてました。常に暴力に晒されて、ずっとずっと痛い思いをしていました。けど、蹴られたりするよりも、そんな私を見て悲しむお母さんを見るのが私は辛くて……。だから、だから立派になったんだってお母さんに言えるようになりたくて、私はここに来ました。私もトーナメントで結果を残して、立派になったんだってお母さんに報告したいです」


 涙ぐんではいるが、ニーナはそう最後まで告げる。それもまた以前の彼女からは想像出来ない姿だった。あんなにも泣いて何も出来なかったニーナが、自分の過去と向き合い、人に語れる程にまで強くなっていた。そんな姿を三人は見守りながら静かに見守り、しばらくしてから次の者が口を開く。


「俺はアルフレート・メクレンブルク。セントルムの外れの出身で、ここには……」


 と、アルは言葉に詰まる。


「特に理由も無くここに来たのか?」


 と魚を食みながらアルトは尋ねる。


「んな訳ねぇだろ! ここには成り上がろうと思って来たんだ!」


(ここに入学した時点で充分成り上がってないか?)


 この学園は名の知れた名門である。ブリテンの道中で少女が憧れの眼差しを向けていた通り、小さな子の夢の対象なる程なのだ。何なら一つ夢を叶えていると言っても過言ではない。


「アルさん落ち着てください。この学園に来て何かしたい事があったんですか?」


 と、落ち着いたニーナが尋ねる。


「具体的なのは無いけどよ……とにかく有名になりたかったんだ」


(充分目立ってるがな)


 勿論悪い意味でだが、落ちこぼれとしてはこの学校に名を知らしめている。


「でもアルの家って名門だよね。確かメクレンブルク家って、セントルム王家の分家筋なんだから」


「……だから嫌なんだよ」


 と、やり取りを聞いていたアルトは一瞬魚を吹き出しそうになる。


「お前王族だったのか!?」


 驚きに声を上げてしまうアルト。


「そういう反応されたくないから黙ってたんだよ……」


 と頭を抱えるアル。そこで色々な事に合点が行くアルト。


 要はアルは常に焦っているのだろう。遠縁とはいえ王家の血を引く家に産まれながら、その名を知らしめるだけの実力が無いと、恐らくは本人は思っていたのだ。


 アルトに貴族の苦悩など到底分からない。しかし名を挙げられない貴族がその列席から外される事など昔からある事だ。察するにアルはその瀬戸際に立たされ、その責任を負う立場に居るのだろう。


 そう考えると、アルがこのような性格でいつものような行動を取ってしまう理由が想像出来る。


 と、そんな事を考えていると、再び皆の視線が自分に集中しているのに気が付く。


「………………」


 アルトは沈黙してしまう。いつもの様に無視を決め込むつもりは無い。だがアルトにとっての禁忌、自分の名前に触れる事がアルトには出来なかった。


「俺は……」


 だがそれは自分が向き合わなければならない過去なのだと、アルトはその先を振り絞ろうとする。心音が早まり、堪え切れない怒りがフツフツと湧き起こって来る。


「ねぇ」


 ふと、彼女がアルトの手に触れる。ハッとしてアルトは皆の顔を見た。


 すると皆、心配するような面持ちだったもののアルトの言葉を静かに待っていた。


「ねぇ、君の、この街での生活、どうだったのか聞いて良いかな?」


 たどたどしく彼女が聞いてくる。その継ぎ接ぎの助け舟に救われながら淡々とアルトは答えた。


「俺は……俺には親が居なかった。だから、俺は孤児としてセントルムの教会に引き取られたんだ。でも俺は自分の境遇に納得が出来なかった。だからその不満を街の連中に当たり散らして……俺は一ヶ月で孤児院を追い出された。それからは、もぐりの漁師として生計を立てた。正直浮浪者と変わらないような生活を送ってたが、食べる物には困らない程度の生活は出来ていた」


 そこで一区切り付けると、ルイスが尋ねて来る。


「アルトは、なんでこの学園に来たんだい?」


 それを告げるのにも勇気と気持ちの整理が必要だった。だが、せめてこれだけは本音を語りたい、とアルトは言葉を振り絞る。


「俺のあの街での生活はずっと喧嘩に明け暮れるものでした。首都とは言っても俺と似た境遇の人間は幾らでも居るから、相手には困らなかった。俺は……俺は自分の過去と今を忘れる為に戦い続けた。戦ってる間は、何もかもを忘れていられる。だから……だから俺は戦うのが好きなんです。だから、ずっと戦って居られると思ったからここを選びました」


 アルトの言葉に皆は沈黙する。それぞれがその胸中に何を抱いているのかは分からない。そして、その内に秘める物をアルトは知りたくないと思ってしまう。


 ずっとこれが怖かった。本音を語り、自分の本心を他人が知った時それをどう思うのか。普通に考えてアルトの考え方も、生きる目的も常人のそれとは逸脱している。それを自覚しているからこそ、他人にその事実を突き付けられるのが怖かった。


「先輩は今もそう思ってるんですか? この先もずっと戦い続けるんですか?」


 ニーナの鋭い質問が飛び、一瞬アルトは言葉に詰まる。しかし淡々と返答を返す。


「ああ。どの道俺に出来る事はそれ以外無いからな」


 だが、とアルトは続ける。


「自分の為以外の理由で戦うのは今回が初めてだ。三人にトーナメントで勝ちたい理由があって、俺がその役に立てると思って少し安心出来た。今回は俺だけの戦いじゃない。出来たら……この先も、誰かの為に戦いたい」


「きっと出来るよ、君なら」


 笑みを浮かべてルイスは告げる。他の三人も、皆アルトの言葉に笑顔になっていた。


 それを確認して急に気恥ずかしくなったアルトは、恥ずかしさを紛らわす為に再び魚を食べ始めようとする。が、そこでふとアルトは思い出した事があってルイスに尋ねる。


「そういえば先輩、俺の大剣なんですが……」


「ああ、やっぱり君でも重かった?」


 アルトが頷くと、ニーナとアルの二人が驚愕に口を開く。いちいち気にしていられないとアルトは話を進める。


「流石にそこまで重くなって帰って来るとは思ってませんでした。正直片手じゃ構える事も出来ませんよ」


「ははは……僕もそこまで重くするつもりなんて無かったよ。けど君がセレ医務官を怒らせたせいで、あの人が比重の重い雑多な鉱石を大量に発注したんだ。それを全部大剣の材料にしろって言われて……」


「断ってくださいよ。こんなの実戦で使うには現実的じゃありません」


「断れる訳無いだろ!? あの人怖いし、それにそれでも頑張って重量を減らした方なんだ。元々二〇〇キロあったのを半分にしたんだよ?」


 あの医師は人を治したいのか壊したいのか分からないと本気で悩むアルト。怒らせた自分が悪いが、やり口が陰湿過ぎる。人の壊し方を学ぶ為に医学を志したのではないかとすら思ってしまう。


「でも、代わりに色々面白い副産物も出来たよ」


 そう告げてルイスは立ち上がって上着のポケットを探る。


 ポケットの中からは小瓶が出て来て、ルイスはその中身を一摘みほど手に取ると、散らすように焚き火に降らす。


 すると、焚き火の周りでパチパチと、粉塵が弾けてオレンジ色に輝く。


「「「おおー!!!」」」


 アルトを除く三人がそれを見て声を上げた。


 声さえ出さなかったものの、初めて見る光景にアルトも胸の内では感動していた。


「他にも青色とか、緑色とか色々あるよ」


 そう言ってルイスが色々な粉を焚き火にふりかける。色々な色が混ざり合い、煌びやかな景色にアルトは不思議と肩の荷が降りたような気分になる。


「綺麗だね」


 喜ぶ彼女の横顔にドキッと脈打つのを感じてアルトはその表情に釘付けになる。


「?」


 と、視線に気が付いた中彼女がアルトの方を向く。そんな彼女からアルトは思わず眼を逸らしてしまった。そのまま勢い良く魚を食べるアルト。


 ニーナとアルが弾ける光に夢中になっている中、そんな様子を見ていたルイスが突然声を上げる。


「そうだ! これにアルの魔術を当てたら、きっともっと綺麗なハズだよ!」


「ホントか!? やってみようぜ!」


「あ、私も行きます!」


 三人はそう二人から離れると、広い場所に集まり準備を始める。


「君は行かないの?」


「ん」


 魚を口いっぱいに食べたアルトは何も返事が出来ない。


 段取りを一通り説明したのだろう。アルが詠唱を開始する。


「せーの!」


 するとルイスが三つの小瓶を空高く放り投げた。


「弾けろ!」


 次の瞬間、夕闇の中に花が咲く。


 七色に輝く光が次々に弾け、辺りを照らした。


「すごーい!!」


 彼女が感激の声を上げて手を叩く。こうしていれば本当に一人の少女なんだな思わせる無邪気な笑顔がアルトの胸を熱くする。


「レン……」


「え?」


「俺の名前だ。レン・フィオーレ。名乗ったんだからお前も名乗れ」


「ふふふ」と彼女が含み笑いをした後、満面の笑みで告げる。


「フィオナだよ。よろしくね、レン君」


 告げられてからアルトの胸の高鳴りが消え、俯いてしまう。


「出来ればその名前は呼ばないでほしい。代わりにアルトと呼んでくれ。結構気に入ってるんだ」


「分かった、アルト」


 対照的に彼女は笑顔を崩さず告げた。


「もう一回だアル!」


「はいよ!」


 再び空が輝く。夕闇は水平線の彼方へ消え、暗がりの中でいっそう輝く光が、五人を照らしていた。

[解説]ギルドトーナメント

 バーミリオン内のギルド同士による闘技場大会。予選参加予定のギルドは一ヶ月の自主訓練期間を設けられて自由に訓練可能になる。また、予選を突破してトーナメントに登録されたメンバーは成績に五点の特別単位を得る。六組A,Bの二ブロック参加の計十二組の班による対戦で、三回勝利する事で決勝を行う事が出来る。



[ギルドトーナメントのルール]

 対戦時に両対戦ギルドは五点の持ち点を持ち、相手の持ち点をゼロにしたギルドが勝利する。剣などによる攻撃によって行動不能になった場合、もしくは“魔障石”を破壊される事で減点されて行く。また魔障石を破壊された生徒は行動不能扱いとなり、戦闘から離脱する。

 その他にも反則行為は減点対象とされ、頭部及び急所を狙った攻撃、フライング及び裁定者の命令違反は危険行為と見なされて一点の減点となる。

 定員が五人に満たない班は、一名につき魔障石の複数所持が認められる。



[解説]ギルドトーナメントの使用可能武器

 主に学校指定で訓練用の剣を使用するか、訓練用の杖を用いる。その他武器も申請すれば使用可能ではあるが、基本的には重量が四キロを超えず、また刃引きが施されていて緩衝材による打撃の威力を極限する工夫を施さなければならない。



[解説]召喚術

 フィオナが思い付きで編み出した魔術。ある程度の意思を持たせて簡単な命令に従う事の出来る簡易精霊を、陣を介して召喚する。簡易精霊は現界するに当たって依代となる触媒が必要となり、今回の簡易精霊は水を媒介として召喚されている。

 ある程度の強度を持つが、その強度は依代に依存していて、依代の強度が増す毎に簡易精霊の物理的耐性が増す。




[解説]魔障石

 大戦期にエルフが編み出した防護兵装の一つ。四センチ程のひし形の青い石で、ネックレスとして首から下げるだけで効力を発揮する。

 本来はエルフが人間の魔術を防ぐ為に作ったものだが、一撃分しか耐えられず、その効果は即死する規模のものを致命傷に留める程度であり、更には魔術の規模の強弱に関わらず破損する。その上で複数所持しても一撃につき一つ分の効果しか発揮出来ない。この為戦場ではお守り程度の効果しかなかったものを、ギルドトーナメントでは魔術の命中判定を行うものとして用いていて、生徒の保護よりもこちらの意味合いの方が強い側面を持つ。



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