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プロローグ


「ーーーえ」


八城陽葵はぽかん、と目の前の光景に圧倒された。

ついで見間違いか? と後ろを振り向く。


そこには見慣れた和風扉がある。陽葵が先ほど開いた玄関の扉だ。

そして見上げれば『八城工房』と書かれた看板が掲げられている。間違いない。ここは陽葵の家であり、職場だ。


「え、え? これってどういう……」


戸惑い、目を何度も擦る。そうすれば現実に戻れると信じて。

これは夢、これは夢、と繰り返し再び目を開けるが、見ているものは変わらない。しかし到底受け入れられないものは受け入れられないのだ。


陽葵は出来事を遡る。

いつも通り朝五時に起きて、顔を洗って歯を磨いて身だしなみを整えて。それからエプロンを身につけて工房の様子を見に行った。

相変わらず陽葵の作ったものたちは美しく……そうじゃない。振り返りだ。

ともかく様子はいつも通りだった。工房に入り浸ろうとしていたら、事務員の菱川芳樹に学校に行きなさいと叱られたり。これもいつもの事だ。

そして芳樹の妻で、同じく事務員として働いている菊乃が作った朝食を三人で食べた。ついで陽葵の亡くなった両親への挨拶。お供えを取り替えて、手を合わせる。

制服に着替えて荷物を確認して、菱川夫妻にいってきます、と声をかけて。


そして玄関扉を開けたらこの状況。

特別変わったことなどしていないので、陽葵はさらに戸惑った。


(ここ、どこ……?)


少なくとも、陽葵の見知ったご近所の景色ではない。


道は灰色を塗り固めたコンクリートではなく、黄と赤茶の石畳。『八城工房』の正面にある建物は、瓦屋根。扉は格子戸で、紺青色の暖簾が下がっている。

その隣も、またその隣も、果ては『八城工房』の隣まで和式の建築物。それがかなり向こう側まで続いているようだ。

この工房の周りは全て洋風建築の住宅街だったはずなのに。

和風の工房は確かにご近所から浮いてはいたけど。まるで町並みに溶け込むかのように、『八城工房』はそこにある。違和感を感じなくなってしまうのが恐ろしくて、強引に辺りを観察する。


人はまばらにいた。しかしこれもおかしい。なにせ頭から獣耳を生やしたり、尻尾があったり。目が一つだったり、腕が4本生えていたり。

ーーー人ではない。限りなく人の形をしてはいるけれど。


陽葵は青ざめた。そんな陽葵を彼らは不思議そうな目で見てくる。

彼らは皆着物や袴だったりと和服を着ていて、もしかしたら制服姿の陽葵が面妖にうつったのかもしれない。そうだったらいい。陽葵が彼らと違う所なんていくらでもーーー。


(私、家からでたよね?)


外観はまごうことなき我が家だ。今は何より外の目が痛かった。冷や汗を手で握りしめ、家に戻った。


中は陽葵が知る通りだった。安心で力が抜けそうになるが、確かめたくて震える膝を懸命に動かす。

『八城工房』は一階に商品の展示スペース。その少し奥に客の要望を聞く応接室と、その正面に事務室がある。二階は陽葵と菱川夫妻の部屋。他に亡き両親の部屋と物置が一室。ダイニングやキッチンもあり、職員たちの生活スペースだ。

地下は商品を製作する工房の要。材料が痛まないように常に室温や照明を調整している。陽葵にとっての楽園だ。


一通り見て、声をかけた。嫌な考えばかりが過ぎる。

懸命に探したものの、菱川夫妻はどこにもいない。工房として広く建てられているものの、探し人が見つからないなんてあり得ない。そもそもあの優しい夫妻は根が真面目で、冗談はいっても本当に陽葵を驚かせることはないのだ。


(こわい…こわいけど)


もしかしたら菱川夫妻は外に出かけているのかもしれない。二人して外に出るとか、工房の管理を任せているからないと思うけど。もっといえば書き置きとかメールくらいしていてもいいはずだけど。


(そうだ! 携帯!)


やはり頼るべきは文明機器だ。スクールバックの中から携帯を取り出す。期待して電源ボタンを押すが、反応はない。何度試しても画面が光ることはなかった。


軽く絶望して、もうこれしかないのかと玄関口まで行く。

扉に手を添えて深呼吸。先程見たものも変化があるかもしれない。例えば元に戻っているとか。


(女は度胸……!)


勢いよく扉を開ける。

しかし状況は全く何も変わっていなかった。

いや、正確にいうと、景色は何も変わっていなかった。そこを往来するあやしげな者たちも変わらずいる。


変化があったのは陽葵が一歩踏み出そうと勇気を出した瞬間だ。

前しか見ていなかった陽葵は、足になにかをぶつけた。

柔らかい感触だったため、陽葵は無傷だ。だがぶつかった方はそうではなかった。


ぽーんと陽葵に蹴られ、後ろへ飛ぶ。あまりに軽く飛ぶため、陽葵は恐怖など忘れてそれを凝視した。

蹴った物体は少しの間地面にへばりつくと、そのままよろよろと起き上がろうとした。陽葵は思わずかけて行った。


「ご、ごめんなさい! その、前しか見ていなくて……どこか痛いところはある?」


駆け寄ってみるとそれは幼い少女だった。淡い浅紫の着物をきちんと着た、おかっぱの少女。


(……あれ、でもゴムみたいに柔らかかったんだけど)


みれば見る程日本人形のような少女だ。蹴ってしまった感触は柔らかかったのに、こうして少女が起き上がる補助をしていると、ちゃんとした人の肉質がある。

少女は陽葵を見上げて、数度目を瞬いた。


「……陽葵さま」

「……え」


少女はたしかに陽葵の名前を口にした。一度も名乗ったことはない。それに初対面だと思うけど。

少女は起き上がると着物についた土汚れをはたき落した。そして陽葵にガラス玉のような目を向ける。

身長は陽葵の腰くらいで、陽葵が立ち上がれば結構な身長差だ。だから陽葵はそのままかがんだ姿勢でいた。


「お待ちしておりました、陽葵さま。ようこそ、白蓮宮へ。あなたさまの訪れを心から歓迎いたします」


そう、心が込められていなさそうな瞳で、幼げな少女は陽葵に告げたのである。










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