無限迷宮と採掘 その4
試験採掘の前日の朝、中央のエネルギー資源庁の官僚がやって来た。
竜騎兵に乗って来たのは2名の女性であった。
出迎えたケインと副局長、イリスにハルは少々驚いた。リュディニア王国は男性社会である。女性は夫を支え、一歩下がってついていくというのが、美徳であった。それが当たり前の社会で国家事業の担当者が女性だけというのは驚きなのである。まぁ、今の王は女性だから社会の風土が変わって来たのかもしれない。
竜騎兵から降りた二人を見たとき、一人はケインの知っている人物だった。
挨拶をした。
「久しぶりね。ケイン。」
微笑んで優しく語るのはセシナ・イルムである。
ケインはセシナをハルたちに紹介した。
「こいつはセシナ・イルムだ。一応知り合いだ。」
「セシナ・イルムです。エネルギー資源庁から出張してきました。これからしばらくこちらに厄介になります。どうぞよろしくお願いいたします。そして、こちらがジュリアーノ・オルスターです。」
「ジュリアーノです。今日からよろしくお願いいたします。」
ジュリアーノは手短かな自己紹介であった。
ケインはそれを見て苦笑した。何だかハルに似ているなと思ったのである。堅物そうなところがである。年も近いのではないだろうか。
「まぁ、とりあえず会議は昼食後にしよう。それまで手配した旅館で休んでくれ。」
「そうしてもらうと助かるわ。夜通し飛んで来たからくたくたよ。ジュリアーノ。」
「はい。」
冷静さを感じさせるジュリアーノの反応である。
「行くわよ。」
「わかりました。」
二人はそう言うと町の方へと向かった。
残ったケイン、ハル、イリス、副局長の四人は局長室へと入った。
「何かすごい仕事できそうな人達ですね。」
イリスは正直に感想を述べた。
「何かあのジュリアーノとかいう人は気難しそうだったな。」
「何かハルさんに似ている感じがしますね。ふふ。」
ケインの感想にイリスは口元に手をやり笑った。
「私は好感持てますね。仕事に真面目なのでしょう。ジョンとかみたいな軽薄な人間とは仕事したくないですからね。彼女と仕事するのは楽しみです。」
いないところでけなされるジョンであった。
「そうだ。会議の時に研究所と資源管理課から出す人とクエストを受ける冒険者たちとの顔合わせもするからな。ハル、ちょっとクエスト課と資源管理課、研究所にその旨を伝えて来てくれ。」
「わかりました。」
ペコリとハルはお辞儀をして伝えに行った。
「さて、俺は昼寝でもするか。」
「そう言うと思いましたよ。」
イリスに呆れられる。頭の鈍いイリスでも分かることであった。そもそもハルに行かせたこと自体サボっても怒られないようにするための作戦なのである。もう、私では止められないと思ったイリスはあまり遅くならないようにお願いしますと言って局長室に副局長と一緒に残った。
一人になったケインは中庭でまた昼寝を始めたのである。
どのくらい寝ていただろうか。時計を見ると昼前だ。そろそろ戻らないとハルが戻ってくる。
重い腰を上げたケインはだるそうな足取りで局長室へと戻った。
局長室に入るとイリスと副局長が飯を食べていた。二人とも弁当である。美味しそうな匂いがする。イリスは自分で料理するらしい。しかもそういう時に限って失敗しない。謎である。ケインはコーヒーの砂糖と塩を入れ間違えるのはわざとなのではないかと疑ってしまう。でも、まぁそういうところが可愛いとも思える。
「イリス、ハルは?」
「まだ、戻って来ません。」
「そうか。」
ケインは来客応対用のソファのイリスの隣に座った。鞄から朝、ウィルに作ってもらった愛妻弁当である。
「奥様の愛妻弁当ですか?」
「ああそうだ。」
「ラブラブですね。」
「はははそれが自慢だからな。」
「いいなぁ。私も結婚したいなぁ。」
「彼氏いただろう。まだ結婚までは行かないのか?」
「そこまで行ってないんですよ。」
「早くしないとセシナみたいになるぞ。」
「セシナさんって、結婚してないんですか?」
少々イリスは驚いた。
「セシナさんって綺麗だし、仕事も出来そうだから恋人ぐらいいると思ってましたよ。」
「それがな。あいつは昔からデートまでは漕ぎ着けるんだが付き合いだす前に色々と条件言って逃げられるんだよ。最近は会ってなかったが、多分今も彼氏いないだろうな。」
「へぇー。」
ぷい。
イリスは咄嗟に顔を横に向けた。
なんだろうかと思ったケインは後ろを見て誰もいない。ドアの方を見るとセシナがジュリアーノを連れて仁王立ちしていた。まぁ、ご立腹なのだろう。
「何か失礼な会話が聞こえたけど?」
「そうか。世間話してただけだが。」
キッと鋭い目つきでケインを睨む。
「そうかっかなさるな。皺が増えるぞ。」
「あんた本当に性格変わったわね。」
顔をひきつったセシナにイリスは怯えた。
イリスから見てもセシナがイライラしているのがわかる。イリスは副局長の裏に隠れた。
「はは、お褒めに預り光栄です。」
「この野郎!」
「大人の女性がこんなことで怒るのですか。」
「んっ!?」
「冴えない男の戯言にいちいち反応するのか?」
「しっしないわ。」
「なら、ご寛大な処理をお願いします。」
「あんたは腹立つことをいちいちと。」
「仕事のできるセシナさんなら華麗に返しができると思いまして。」
「くそ、ああ言えばこう言う。ああもう外の空気吸ってくる。」
そういうとセシナは局長室から出ていった。
残ったジュリアーノは眉間に指を当てて溜め息をついた。
「ケインさん。」
「何だジュリアーノさん。」
「あまりセシナさんの怒ることしないでください。後で不機嫌になったセシナさんを相手するのは大変なんですから。」
「ははは。あいつは変わらんな。」
「セシナさんとは昔からの知り合いなんですね。」
イリスが不思議そうに言う。
「騎士団時代からの知り合いだ。」
「あの頃からああなんですか?」
「そうだな。恋人が欲しくてしょうがなかったな。」
ソファに寄りかかり目を細める。中央に顔を出すとよく飲みに行ったものである。懐かしいなとケインは思った。
「さて、食べるか。」
「そうですね。ジュリアーノさんは昼食はもう食べましたか?」
「はい。セシナさんとちょっとおしゃれなレストランで食べました。」
「もしかしてビューノですか?」
「そうです。」
「あそこ美味しいですよね。」
「はい!美味しかったです。」
「彼氏と二人で行ったんですよ。」
二人がおしゃれなレストランの話に入るのも聞くのも嫌なのでケインは黙々と弁当を食べた。この会話(特にイリスの彼氏について)をセシナが聞いたら機嫌が悪くなるだろうなとも思った。
昼食を終えたケインらはそろそろ会議の時間になるので会議室へと向かった。セシナはジュリアーノに呼びに行かせた。
イリスと副局長を局長室に留守番に置いとき、ケインは会議室へと直行した。途中、ハルと合流し会議室に入った。会議室にはすでに資源管理課、研究所、雇った冒険者とクエスト課、民間の採掘業者の者がいて、メンバーは全員揃っていた。最後に来たのはケインとハルだった。
ケインとハルはボードの前の椅子に座った。
それを確認したセシナが立ち上がった。
「責任者である局長が来たところで会議を始めましょう。」
そう言ってセシナは座り、代わってハルが立ち上がった。
「まずは自己紹介しましょう。無限迷宮管理局職員、エネルギー資源庁職員、民間、冒険者の順番に名前を言って下さい。私は無限迷宮管理局職員のハル・コゼットと言います。」
「ミルキー・イーストです。無限迷宮管理局研究所所属です。」
「ヴィイール・オーランだ。彼女募集中だ。よろしく。」
ヴィイールは上手いジョークを言ったつもりだったが、ある人は軽蔑し、ある人はこっちが恥ずかしい気持ちになった。ハルがこほんと咳するとヴィイールは居たたまれない気持ちになり、静かに座った。
「ナナ・フォールズです。無限迷宮管理局資源管理課所属です。」
そして、最後の一人であるケインが気だるげに立ち上がった。
「無限迷宮管理局局長のケイン・マッカツィオだ。今回の仕事は無限迷宮内でも比較的に楽なエリアだが、気は緩めず引き締めて作業に当たってくれ。」
その後もメンバーの自己紹介が続いた。
会議は滞りなく終わった。
会議終了後、セシナがやって来た。
「ちょっと話がしたいんだけど。」
「すまん。俺既婚者なんだ。妻と娘を愛しているだから浮気はできん。」
「んなこと話さないわよ。大体あんた地方役人じゃない。給料も安いし。」
「そんなんだから結婚できないんだよ。」
「うるさいわね。私はできないんじゃないしてないだけ。」
「…………。」
「そんな哀れな人を見る目で見ないで!じゃあ、後で局長室に行くからね。」
そう言うとプンプン怒りながら会議室から出ていった。
怒りっぽいのは昔から変わらないなとケインは思った。あんまりいじめるのも悪いから話はちゃんと聞いてやろうとも思った。
ハルがやって来た。
「局長、お疲れ様です。」
「まったく、眠いよ。ちょっと休憩させてもらうよ。」
「駄目です。」
「何でだよ。」
「どうせ会議が始まるまでサボっていたでしょ。」
気付いたかとケインは思った。しかし、否定することにした。
「そんなことはしとらん。」
「まぁ、局長が口を割らなくてもイリスに聞けばはっきりしますからね。」
ケインはイリスが嘘を吐いてまで庇ってくれないと思い観念した。そもそもイリスはハルに逆らわない。しつけされた犬のように。
「しゃあね。真面目に働くか。」
「始めからそうすればいいのです。局長は楽しようとして失敗してるんですから。」
「それもそうだ。」
笑いながらケインは立ち上り、会議室を出た。
ハルの生真面目な話を聞くことは最初の頃は煩わしかったが、今ではこれがないと働いた気がしない。昔と少し違う感覚を持ち始めたのだろうかとケインは思っていた。
ケインの後ろにハルは付いて歩いた。その眼光には警戒の色があった。
「なぁ、逃げないからその目やめてくれよ。」
「こういう時に御約束といった感じで逃げるのが局長ですから。」
否定のできないケインは頬をかきながら溜め息をした。本当に逃げようと考えていたからである。