無限迷宮と採掘 その1
「女王陛下。」
「どうしました。エルリック。」
シワが目立つリュディニア王国女王ラティス・リュディニアは厳しい顔で反応した。エルリックが上奏する時は決まって難解な問題が持ち込まれるのである。でも、すぐに穏やかな顔をした。臣下には母親のように慈愛に満ちた態度で接するのが、彼女のモットーである。
「旧法派の貴族どもが無限迷宮第12エリアで金が発見されたことに気づいたようです。」
「また、火種が増えたのですね。」
女王は溜め息した。
旧法派とは伝統的な貴族が、王室より与えられた土地を独立国のように支配する体制をよしとする派閥である。最大の特徴は昔ながらの慣習に即した法でもって政治を行う点にある。リュディニア王国地方の税金は貴族の所領の場合、そこを支配している貴族に税金が入る。軍隊もそれぞれの貴族の私兵である。
彼ら自身は自分たちのことを護国派と言っている。なぜなら彼らと対立する新法派は官僚中心の中央集権国家樹立し、軍隊は王直属のみとし、税金は国に納めるようにしようとしている。そうすると地方の実情に合わない、地方を省みない国政が行われるだろう。それでは国が混乱し地方対中央という深刻な対立を生む。そこにリュディニア王国を侵略しようという外国の介入を許せば国は簡単に滅びるだろうという主張し、そうした彼らからすれば秩序を破壊する新法派から国を護るということで護国派と名乗っている。
新法派と旧法派の対立に女王は頭を悩ませていた。女王としては新法派の意見の方が国をより豊かに出来るのではないかと考えていた。しかし、露骨に新法派に肩入れすると旧法派の貴族たちが激しく抵抗し、国が混乱するのではないかと危惧していた。
「女王陛下。おそらく旧法派の貴族たちは無限迷宮第12エリアでの採掘権の売却を求めて来るでしょう。」
「鉱山開発の優れた技術を持つヘルミア候が先頭になって要求してくるでしょうね。はぁ。」
女王はシワを寄せた眉間に指を当ててまた溜め息をした。
一応、王家と貴族は主従関係にあるが、実態は軍事力とこれまでの功績により王家に対して横柄な態度を取ることがままあった。茶会の時に恥じをかかされたこともある。いつ外国と密通して反旗を翻るかもわからず不安の種であった。裏切りに遭うという恐れが新法派の改革案の採用を躊躇う理由となっていた。
「ヘルミア候だけなら抑えられますが、ナイルブルク大公が出てきたら抑えられません。女王陛下に味方する騎士団をかき集めても勝てないでしょう。」
「ほとんどの諸侯もナイルブルク大公のやることに賛同するか黙認するかのどちらかですからね。」
「女王陛下。」
「なにが言いたいかわかるわ。」
「はい。旧法派の貴族たちが金の採掘に本腰をいれる前に国家事業として無限迷宮第12エリアでの金の試掘を開始するべきです。」
「でも、邪魔されないかしら。」
「それならご安心を。無限迷宮は王家の所有物です。発言力のあるナイルブルク大公とて王家による国家事業をあからさまに妨害することはできないでしょう。」
「そんなに上手くいくかしら。」
女王の不安は尽きない。回りくどい手で妨害してくるのではないかと思うのである。以前、新法派の官僚たちの立案で国民皆兵が提案された時には旧法派の貴族たちはこれ見よがしに王都近くの平原で大規模な演習を行った。新法派も女王も黙るしかなかった。
そういう人たちを相手にするのだ。恐怖感は強くあった。
しかし、エルリックは笑った。
「成否は時間です。早急に無限迷宮管理局の者を呼びましょう。」
「彼らを呼ぶのね。」
「変わり種が多いらしいですが、あの不確定要素の多い無限迷宮をしっかり管理しているので使えると思います。」
「それもそうね。」
「それにこれを機会に彼らが我々の味方をしてくれるか推し測ってみるのも良いのではないですか。」
「それなら大丈夫よ。」
「なぜです?」
エルリックの問に女王は優しい穏やかな顔で言った。
「ケインは私の第一の臣下ですから。」
確信を持った力強いその言葉にエルリックは笑った。嘲たともいえる。口では使えると言ったものの腐った騎士団出身の男になにができると思った。エルリックにとっては敵に付く可能性のある奴だ。女王陛下は信頼してるようだが、エルリックは当てにならないと考えていた。でも、女王陛下がそう言うなら、この期にケインがどんな奴か見極めようとエルリックは考えた。
「では女王陛下。早急に伝書鳥を使って呼びます。」
「そうね。旧法派の貴族たちが何か手をうって来る前に先手を打ちましょう。」
「はい。特にナイルブルク大公一派に調査が知られる前に。」
「それと、あなたがあなたが思うほどケインが無能ではないことを理解してもらうために。」
女王の鋭い指摘にエルリックは冷や汗をかいた。自分の考えていたことが見透かされていたのだ。流石は新法派と旧法派の激しい対立の中、難しい舵取りをされていることはある。その目敏さには感服する。
「会ってみてケイン・マッカツィオ局長がどんな人物か見定めます。」
「ケイン・マッカツィオがよく見ておくいいわよ。」
「では失礼します。」
そういうとエルリックは臣下の礼をし、女王の執務室から出ていった。
エルリックが退室するのを見送った女王は溜め息した。また、この王国は内乱の危機に瀕したのだ。今の女王には新法派と旧法派のバランスを上手くとって、破滅させないようにすることにしかできないのである。それが歯がゆく感じていた。もっと私に力があればと苦悩するしか今の女王にはできないのであった。
一方、エルリックは無能の塊の騎士団の団長だったというケイン・マッカツィオがどんな奴なのだろうかと考えていた。話しに聞くには団長時代は数々の戦功を上げていたらしいが、突然団長職をやめたらしい。会ったことはないが、所詮はあの野蛮な騎士団出身者だ。大した奴ではないだろうと見くびっていた。王宮の廊下を歩きながら含み笑いをしながらどんな奴か見てやろうと考えていた。
いつもの平日だった。
ハルが持ってくる資料に目を通し、イリスの持ってきた砂糖と塩を間違えたコーヒーを飲み、げほげほしていた。そういういつもの日常を過ごしていた。
しかし、ずっと座って資料に目を通していると疲れてくる。そろそろ休憩したいと思った。
「なぁ、仕事も大分片付いたし休憩でもしようか。」
「そうですね。」
「そうだよな。休憩しよう。」
珍しくハルが賛同してくれた。
イリスを見るとにこりとしている。
「はい。監視課の報告書です。」
「この紙は食べられるのかな。」
差し出された紙の束を見てケインは苦笑いした。
「何を言っているのですか局長。これは監視課からの報告書ですよ。さっき言ったじゃないですか。」
さも当たり前のようにハルは言った。
イリスを見るとニコニコしている。そうだ、イリスが何もないのにニコニコしている時は大体何か察して我関せずという態度を示している時だ。そして今回は、ハルが上司の俺を過労死させることに関り合いになりたくないということだろう。まったく普段は仕事できないくせにこういう時は聡。
「なぁ、疲れたよ。今日の仕事はほとんど終わっているだろう。」
今日の分の仕事がほとんど片付いているのは事実である。しかし、ケインがこう言うとハルがぎろりとケインを睨んでいた。そして、怒鳴る。
「局長!」
「はい!」
怒ったハルは恐い。とっさに背筋を伸ばした。
「私が休みを取っていたこの一週間、局長は何をしてました。」
「真面目に会議とか書類に目を通したりしてたよ。」
「ほう。私が聞いた話では会議が始まっても来なくて職員の一人が呼びに行ったら居眠りしてたそうじゃないですか。」
「うっ、だれからそれを。」
「あのですね。」
眉間に指を当ててハルは溜め息を吐いていた。さらに身体はぶるぶる震えていた。
それを見てケインはこりゃかなり怒っているなと察した。
これはまずいとケインは顔に出すと、ハルがまた睨んできた。
「局長がサボろうとした会議は全体会議ですよ。全ての部署の課長が知ってますよ。」
「そっそうか。ごめんねぇハル。」
「ごめんで済みますか!ところでイリスさん。あなたは局長が居眠りしている時に何をしてましたか?」
急に話を振られたイリスはかなり怯えている。
そういえばイリスはあの時何をしてたんだろうか。イリスは真面目だからサボろうとしたという訳ではないだろう。
しばし、ケインは思案しているとそうかとなった。俺を起こさなかったということは。
「局長を起こしに行った職員がソファーで誰かが寝ていたそうですね。」
「ぴゅー。」
イリスは下手くそな口笛で誤魔化そうとした。しかし、ハルに睨まれるとすぐに黙った。
「まったく、これで文句言われるのは私なんですからしっかりやってください。」
「そうだな。よし話が終わった所で休憩にしよう。」
ハルの説教も終わったし、少し休もう。
イリスにコーヒーを頼もうとした時、ハルは机を叩いた。
「私がいない一週間分の仕事が溜まっているのですよ。なんで休むんですか?」
優しい口調なのに恐怖しか感じないハルの言葉にケインはこりゃぁ働くしかないなと思った。
その後、ハルがいいと言うまで仕事は続いた。空は宵の口といった様相になっていた。
「仕事も半分は片付きましたし、今日はこれくらいにしましょうか。」
「よし!」
「いつもこれくらい働けば早く帰れるのに。」
ハルのぼやきつつのOKにケインは大喜びした。イリスもニコニコしている。
一週間分の仕事地獄からの解放は嬉しい。悪いのはケインであるが、それに関係なく悪夢から抜け出せた気分であった。
イリスはほくほくした顔でハルと今日の夕飯談義をしていた。無垢な可愛さを感じる。イリスと話していると何だか心が和むなぁと思えてしまう。仕事がもう少し出来れば文句はないのだが。
一方、ハルは疲れた顔をしていた。それもそのはずイリスのミスをフォローしていたのだから当然である。それでも無理して笑顔を作ってイリスと話している。律儀な奴だとケインは思った。
「じゃあ、今日は解散な。」
ケインの言葉で三人がいつもより早い帰宅をしようとした時、窓の外に一羽の鳥が飛んで来た。鳩であった。しかも王室用の白い鳩だ。これにはケインはただならぬ予感をした。
窓を開けると白い鳩が入って来た。
「局長。王室から何か。」
ハルが心配そうにしていた。
イリスも同様であった。
ケインは鳩が掴んでいた手紙を取った。
そして、読んだ。すぐにケインの顔色が変わった。
「ハル!出張の仕度を。」
「はっはい!」
「イリスは副局長と留守番を頼む。」
「はい。」
急にいつもの気だるさはどこへやら。機敏な指示を次々と出した。ハルとイリスも緊張した面持で指示に従った。 この二人も文面こそ読んでいないが、ケインの剣幕から何か大変なことが起きているのだろうと察していた。
「局長、何があったんですか?」
ハルが聞いた。心の中は不安だったのだろう。ケインのただならぬ様子にいつになく不安を持ったのであろう。
「女王から無限迷宮第12エリアの金について話を聞きたいから出頭せよとのご命令だ。」
手紙によると深夜に竜騎兵を派遣するからそれまでに必要な情報をまとめてくるようにとのことであった。
ケインはすぐに資源管理課に第12エリアの資源の状態についての資料を持ってくるようにイリスを遣わした。
ケインの顔は真剣そのものだった。
ハルにはここ最近見せてない様子だった。その様子にハルは不安を覚えた。
「政府は急になぜ第12エリアの金について関心を持ったのでしょうか。」
ハルは少し言いづらそうにケインに聞いた。
そのハルの言葉にうむと言いながらイスの背もたれに背中を預けながら言った。
「詳細はわからんが、また貴族どもが女王陛下に嫌がらせしているんだろう。」
「旧法派ですか?」
「ああ。大方第12エリアの金の採掘を委託しろとでも言ったのだろう。」
「旧法派の貴族がこれ以上力をつけたら王政府はもう貴族たちを抑えることはできませんね。」
「そうだな。今のこの王国は微妙なバランスで平和を保っている。一滴の雫で一挙にバランスが崩壊するかもしれん。」
「局長はいかがなさるのですか?」
「どうするって?」
ケインは惚けた顔をしながら言った。
「どちらに付くかですよ。今や地方の役人まで新法派か旧法派かに分かれているのですよ。我々もそろそろ態度をはっきりなさったほうが良いのではないですか。」
「普通はな。」
「普通はなって、いざという時にどうするつもりですか?どっちつかずの態度によって滅びた海洋国家もあるんですよ。局長は無責任ですよ。」
「そうなんです。僕、無責任なんです。」
「はぁ。では私は一旦家に帰って準備してきます。」
「付いてくる気?」
「局長もそのつもりでしょ。」
「わかってるねぇ。流石は僕のパートナー。」
「嬉しくないですよ。」
ハルはそう言うと局長室から出ていった。
一人局長室に残ったケインは身体を伸ばして立ち上がった。
「さて、俺も準備するか。どうすっかな。」
ケインはイリスへの置き手紙を置いて局長室から出て一路自宅へと帰って行った。
家に帰ってみるとウィルが出迎えた。
「お帰りなさいあなた。」
「ああただいま。」
「今日はいつもより早いわね。」
「ちょっと急遽出張に行くことになった。」
「まぁ、それは大変ですね。すぐに準備します。」
「頼むよ。」
ウィルはすぐに出張の準備に取り掛かった。出張の内容を聞くことはなかった。信頼してるからである。絶対に帰って来てくれるという信頼があるのである。
「パパ?」
玄関から上がろうとすると娘のエリーが出てきた。手にはフォークを持っている。夕飯を食べていたのだろう。なんとも可愛い。この可愛いさに対抗できるのはイリスくらいだろう。いや、イリスでもダメだ。そんな親バカなことを考えているとエリーは不思議そうな顔をしていた。それもそのはず普段ケインは夕飯の時間には帰ってこない。夕飯が終わり少し寛いでいる時に帰って来る。そして、ケインが夕飯を食べた後にエリーとケインは一緒に風呂に入る。そういう日課と違うことにエリーは不思議に感じていたのである。
ケインは屈むとエリーに言った。
「パパは何日か出張してくるから。」
「出張?」
「うん。しばらくママと二人っきりになるけど我慢できる?」
「はい!エリーはママと二人でお留守番します。」
「そうか。エリーはいい子だなぁ。」
そう言うとケインはエリーの頭をくしゃくしゃになでた。
「パパもお仕事頑張ってね。」
「ああ。」
娘にそう言われたら頑張るしかない。おそらく、かなり面倒なことに巻き込まれる可能性がある。でも、家族のために絶対この町を混乱に巻き込むわけにはいかない。まずは新法派の出方を見るしかないか。出来れば旧法派にも接触しておきたい。ただ、今回の王都での面会には旧法派には会わないほうが良いだろう。それこそハルの言っていたことになるだろう。まぁ、じっくりやるさ。
ケインがそんなことを考えていると奥からウィルが顔を出した。
「あなた。準備ができましたよ。夕飯はどうします?」
「軽食を二人分頼む。」
「はい。わかりました。」
ウィルから二人分のサンドイッチを受け取ったケインは無限迷宮管理局に向かった。
管理局に到着するとすでにハルが来ていた。辺りはすっかり夜になり少し冷えている。
「局長。準備は整っています。」
「資料は?」
「はい、必要な書類は全てここに。」
そういうとハルはバックを見せた。
「そうか。すまんなハル。急な仕事で。」
「なにを言っているんですか。あなたの許で仕えようと決めた時からこういうことになる覚悟はできてます。」
「そうだな。」
「らしくありませんね。いつもならだるいから早く帰りたいとか言うのに。」
「俺だって真面目にやる時もあるさ。」
そう言うとケインは遠くを見つめて物思いに耽った。
「時もではなくいつも真面目に働いてください。」
「はは。」
ハルのツンとした指摘にケインは苦笑いした。
この時ケインは少し気持ちが楽になった。普段を思わせるハルとのやり取りでいつもの気分になったのである。
「竜騎兵はいつ来るんでしょうか?」
「さあな。ここにいればそのうち来るだろう。」
そう言うとケインは立ちあがり無限迷宮管理局の建物に入ろうとした。
すかさずハルがケインの肩を掴んだ。
「どこに行くつもりですか?」
「いやぁちょっとトイレにてもと。」
「寝に行くのですね?」
冷たい視線の刃がケインに突き刺さる。
下手なことを言うと関節技をかけられる。ここは正直に上手くかわそう。
「これから難しい仕事をするから、その前に体力を回復させようと。」
「ほはう。部下に竜騎兵の出迎えをさせつつ、自分は寛ぐと。」
「ハルちゃんも一緒に寝るう?いたたた。」
ハルに関節技を決められた。
しくしく痛む腕をさすりながらケインは管理局の入り口でハルと座っていた。
「ああもうまだか。帰りてえ。」
「もうすぐ来ますから。」
「娘の顔が見たいよう。しくしく。」
「駄々こねる幼児か。」
「ナイス突っこみ!いたたた。」
ケインは腕をねじられ苦痛のあまりいたたたと言った。
「落ち着け!ハル!」
「次、駄々こねたら抜きますよ。」
「なにを。」
「さぁ。」
ハルは冷笑しながら言った。
こういう時のハルは本気でやる。これ以上はふざけないほうがよさそうだ。
しばらく二人で待っていると三騎の竜騎兵が飛んで来た。騎手も竜もまだ若そうだ。その様子からケインは今回の面会の流れを察した。
「若いですね。」
ハルがケインの耳もとで囁く。
「多分、新法派の使いだろう。大方女王陛下の近衛隊の竜騎兵だろうな。」
「とすると、女王陛下の肝いりですか?」
「いや、新法派が主導だろう。陛下は新法派に説き伏されたのだろうな。」
「あの人達って口では陛下のためというけど、実際は自分たちの意見を押し通したいだけですよね。」
「あまり言うな。」
「はい。」
竜騎兵の一人が竜を降りてケインとハルのところに来た。まだ、竜騎兵に成り立てといった幼さの残る可愛げのある顔の青年だった。
「準備はできましたか?」
「ああ。」
「そうですか。では、出発しましょう。」
ケインとハルは別々の竜に乗った。
竜に乗りながらケインは竜騎兵に言った。
「なんでこんなに急ぐんだ?」
大体察しはついているが、敢えて聞いてみた。
「あなたたちはそんなことを気にする必要はない。ただ、女王陛下とこの王国のために情報を提供すればいいのだ。詮索は無用だ。」
「それはすみません。」
「わかればいい。」
相変わらず中央の奴は尊大だなぁとケインは思った。近衛隊は地方で統治する騎士団を下に見ているところがある。こいつが俺が元騎士団員であることを知っているのかはわからないからそれが理由なのかはわからない。ただ、地方の迷宮管理をしている者を下に見ているのだろうというのはわかる。
ケインとハルを乗せた竜三頭は空高く飛んだ。
二人を乗せた竜たちは一路王都へと向かっていった。
ハルは不安にケインは気だるく思っていた。
日が昇る。
空高くから見る夜明はこれはこれでいいものである。とケインは思った。イリスの淹れた塩と砂糖を間違えたコーヒーを飲みながら見たら最高だろう。
「兵士さん。後、どれくらいで着くんだ?」
「もうじきですよ。」
「ふぁー眠い。到着したら寝かしてくれよ。」
「私たちはただ連れてくるように言われているだけなので、そこら辺はわかりません。」
「そうか。」
ケインが兵士とくだらない話をしている時、ハルはハルで竜騎兵と話していた。というよりも一方的に竜騎兵がしゃべっている。
ハルが乗っている竜を操る兵士はまだ若く、ハルよりも若いようであった。若いから盛んなんだろう。話していることは王都のおしゃれな喫茶店やブティックの最新情報であった。ハルの気を引きたいということがよくわかる。
しかし、ハルは引きぎみてあった。あまり露骨に気を引こうとする人は嫌いなのであった。もっと、あまりがつがつしていないのんびりした人が好きてあった。
ハルはひたすらどのように避けようか思案していた。
結局、適当に話を濁すしかできなかった。
「あっ見えてきましたよ。」
ケインを乗せた竜騎兵が言った。
周囲には小さな村があるだけのだだっ広い平野の真ん中に高い城壁に囲まれた王都はそこにあった。
久しぶりに来るケインは昔と変わらないなぁと単純にそうした感想を抱いた。
確か最後に王都へと来たのは無限迷宮管理局の局長に就任した時以来だ。
あんまり思い出したくないなとケインは思った。
一方、ハルは職場では見せない興奮をしていた。初めて見る王都は他のどの町よりも巨大である。高い城壁には見る者を圧倒させる。確かリュディニア王国一大きい教会があるという。見に行く時間はないかもしれないが、チャンスがあれば祈りに行きたい。
「ハルさん。どうです王都は?」
「すごい大きいですね。」
この若き竜騎兵はハルの反応を見て、悪くないなと思っていた。実際は評価は芳しくないが、女性経験がほとんどない彼にはわからなかった。
王都の門の前に着くと竜は着陸した。
王都の門前には門番の他に行商人が列を成していた。地方から様々な商品を持ち込むのである。王都に行けば全てが揃うと言われるほど王都は物に溢れていた。
ケインを乗せていた竜騎兵が竜から降りて門番となにやら話していた。
ケインやハル、他の二人の竜騎兵も竜から降りた。
しばらくすると竜騎兵が戻って来た。
「話は通した。王都に入ろう。」
ケインたちは竜を連れて王都の中へと入って行った。
きちんと並んでいる人たちを差し置いて先に入るのになんだか罪悪感を感じるハルだった。
王都の中に入ると商人と思われる人達が忙しく走り回っていた。そこらへんは無限迷宮のあるニューアースと変わらない。ただ、人の数が違う。運ぶ商品の量もニューアースよりも多い。流石はリュディニア王国の王都である。
レンガが積まれた家々はニューアースの建物よりも大きく高い。綺麗に整備された道路は石畳は古代帝国の道路を思わせる。
聞くところによれば王都は神聖ロマネスク帝国や大カーン帝国の首都にも負けないらしい。ちなみにアッティラ帝国の首都は季節ごとに移動するらしくその大移動の様は壮観であるらしい。ある旅を綴った本によると人生で一度は見たほうがよいという。
ケインたちは町の中心を通る大通りを真っ直ぐ宮殿に向けて歩いていた。
「僕の名前はロイ・フォルツといいます。」
「はぁ。」
ロイという竜騎兵に積極的に話しかけられハルはたじたじだった。ケインに助けてもらおうとちらりと見たが、ケインは眠たげな顔をのんびりと歩いていた。あれはこっちのことを気にしてないなとハルは察した。
しばらく歩いていると宮殿が見えてきた。
「着きましたよ。」
竜騎兵の一人が言った。
ケインにとっては久しぶりのハルにとっては初めて見るリュディニア王国の中心たる宮殿に到着した。
「大きいですね。」
ハルは感嘆した。同時に緊張もした。
ここで我国の政治が執り行われているのか。そう思うと今回の出張は責任重大である。そんな重いプレッシャーを感じ始めていた。
「ハルさん。大丈夫ですか?」
「大丈夫です。ええと。」
「ロイ・フォルツといいます。」
2回目の自己紹介。
興味のない男の名前はすぐに忘れるのである。
「ロイさん。私には役目がありますからそれを全うするだけです。心は大丈夫です。」
嘘半分本当半分といったところである。
一方、ケインはいつもと変わらない気の抜けた死んだ魚の目をしていた。何を考えているか読めないそんな様子である。
そういうケインをケインを乗せていた竜騎兵は不可思議に思っていた。一応局長の地位にあるからそれなりに威厳でもあるのかなと思っていたが、そういった様子は見えない。むしろやる気のない下っ端といった感じである。こんな大したことなさそうな奴をわざわざ女王陛下はなぜ無限迷宮管理局の局長に就任させたのかさっぱりわからない。いざという時に大活躍でもするのだろうか。
彼ら竜騎兵の若手はケインが元北面騎士団の団長だったことを知らない。リュディニア王国屈指の腕前の魔法騎士だったことを知るものは中堅以上の者であった。若い彼らにケインはしがない地方機関のリーダーにしか見えないのである。権力のない一目置く必要のない人であった。
「ちょっとここで待っててください。」
竜騎兵の一人が門番のところに行った。そこは王都に入る際と同じようなやり取りをしているようだった。しばらくすると竜騎兵が戻って来た。
「女王陛下がお待ちのようです。」
「わかった。」
ケインらは宮殿に入った。
宮殿の中は荘厳といった感じである。通路の天井は高く、扉の背も高い。綺麗な装飾品がちりばめられた壁や扉はこの国の豊かさを感じさせるものであった。
宮殿内に人はほとんど見かけなかった。警備の人や役人らしき人が時折通り過ぎるのを見かけるくらいである。ハルはそうした人が通る度にびくりとしていた。それを見てケインは可愛いところもあるなと思っていた。
ケインたちは宮殿の奥に行くと一際大きい扉を見つけた。
ここが女王陛下の執務室である。
ケインは懐かしいなと思いつつ、再びここに来ることになるとはとも感じていた。あの頃のことはあまり思い出したくないと思っていた。
こんこんと竜騎兵の一人が扉にノックした。
「入れ。」
男の声が聞こえた。秘書だろうか。
「失礼します。」
とケインは言って扉を開けた。
女王陛下の執務室の中はあの頃と変わらない質素な部屋であった。部屋の中央には高そうなソファがあった。
そこにはケインは見たことのない若い男が一人座っていた。女王陛下の姿はない。
「エルリックさん。無限迷宮管理局の者をお連れしました。」
竜騎兵の一人がエルリックという男に声をかけると、エルリックは立ちあがり、ケインとハルの二人に笑顔で握手を求めた。一応礼儀だろうということで、ケインとハルは握手した。
「ようこそリュディニア王国の中心に。とりあえずお座りください。」
にこやかに挨拶してきたが、どこか冷酷さも感じてしまう。そんな雰囲気を醸し出す警戒すべき相手とケインには映った。ケインとハルはソファに座り、エルリックもケインの向かい側に座った。
一睡もしてないケインとハルであるが、緊張からか不思議と眠くはなかった。
エルリックが口を開いた。
「すみません。早急に話を進めねばならぬので休むのはこの後にしてください。遠路はるばるお疲れでしょう。ですが、」
「女王陛下はご不在ですか?」
エルリックの言葉を遮ってケインは言った。あんまりエルリックのペースで話を進めるのは得策ではないとの判断であった。
ケインの発言にエルリックの眉がぴくりと動いた。
それを見たハルは私たちのことを見下しているなと思った。ケインもそう察した。大方地方の役人が女王陛下と面会するなど畏れ多いから、女王陛下のことを聞くのは尊大だと思ったのだろう。女王陛下にいくらかの忠誠心はあるようだ。そこらへんは旧法派の貴族とは違うようだ。
「陛下は忙しい方です。」
「では、今日のお相手はエルリック殿ですか?」
「いえ、陛下も話しをしたいそうなのでこの後いらっしゃいますよ。」
「そうですか。」
「無限迷宮第12エリアのことは私とエネルギー資源庁の者とで話しを聞きます。」
「エネルギー資源庁の者の顔が見あたりませんが。」
ケインがそう言うとああ失敬と言いながら竜騎兵に指示をだした。
「ロイ、トルマさんを呼んで来なさい。他の者は下がりなさい。」
「「「はっ!」」」
竜騎兵たちは出ていった。
しばらくは無言の空間となった執務室は緊張の空気が漂っていた。ケインとエルリックはこういう空気が平気なのか余裕の顔でいた。ハルは辛そうだった。この緊張感に耐えられないのである。どんな真面目な会議でもユーモアのある無限迷宮管理局とは違い中央は冷たい。今からここでは公共機関同士の駆け引きが始まるのである。余計なことを言うまいと思うほどハルには苦しい空気である。長い沈黙の後、ケインが口を開いた。
「エルリック殿は官僚になってからは長いのですか?」
「官僚に採用されてからは8年ですね。」
「ということは今年齢は…」
「30歳です。」
「いやぁ、若いですなぁ。」
「ケインさんはいくつですか?」
「今年で35となります。」
「そうですか。しかし、ケインさんもまだ若いですな。」
「そんなこと第一線から退いて今は地方の管理職ですよ。」
中々尻尾を出さないなとエルリックは思った。目つきも鋭さのないなんというか好々爺といった感じである。もう牙は折れているのだろうか。それとも見事な駆け引きのできる曲者なのだろうか。
エルリックがそんなことを考えているとこんこんと扉がノックされた。多分トルマだろう。
「どうぞ。」
トルマが入ってきた。
腰の低そうな細身の初老の男が入ってきた。
「トルマさん。こちらへ。」
エルリックに促されトルマはエルリックの隣に座った。座るまでの間始終申し訳なさそうに腰を折っていた。
ハルは本当にこの人で大丈夫なのだろうかと感じていた。面倒なことになりそうだ。