無限迷宮と鉱石調査
目を覚ました。
昔の夢を見るなんてあの頃にまだ未練があるのだろうかと思った。俺には妻も娘もいる。もう、あの頃を愛さないと決めたじゃないか。そう、心に決意して上半身を起こした。
上半身を伸びして大きな欠伸をした。
窓の外を見ると明るい日射しが入ってきていた。
横に目をやると妻はいない。もう、朝食の準備しているのだろう。代わりに娘のエリーが眠っていた。多分、起こしに来たが、寝てしまったようだ。
娘は今年四歳になった。可愛い盛りである。
ケインは優しく娘の頭を撫でた。
一体どんな女性になるのだろうか。彼氏を連れてきたら、彼氏を殴ってやると考えていた。反抗期はない方が、いいなと思った。職場の既婚者連中は反抗期に困っていた。
「エリー。お前は反抗期になるなよ。」
と娘への願望を朝から願っていた。
寝室からリビングに行くとテーブルには朝食が並べられていた。食パンにはイチゴジャムが塗られていた。コーヒーとサラダもある。
台所に目を向けると妻のウィルが料理の片づけをしていた。メガネをかけて黒い艶やかな髪が清楚な雰囲気を醸し出している。服は寝間着のままである。
ケインの視線に気付いたウィルがにっこり微笑んで言った。
「あなたおはようございます。」
朝から最高の笑顔を見れてケインは気分が高揚する。
「エリーはどうしました?あなたを起こしに行くと言って、嬉々として寝室に向かいましたが。」
「ああ、エリーならベッドで寝てるよ。」
「まぁ、そうですか。」
「もう少し寝かしてやれ。」
欠伸をしながらケインは言った。
コーヒーをすすり、朝届いた新聞を読んだ。
このコーヒーのブレンドはケイン好みの配分である。ウィルはわかっているなぁと思っていた。このコーヒーの豆はあの世界中のコーヒー豆を揃えている名店のものだろう。
「美味しいですか?」
ウィルは新聞を片手にコーヒーを飲むケインの顔を覗きこんだ。
はあ、可愛いなぁとケインは思った。
「最高の一杯さ。」
「ふふそうは見えない顔をしてるわ。」
「この顔は生まれつきさ。」
ケインはいつも怠そうなやる気のなさそうな顔をしている。やる気のない人だとよく思われる。ケインはそう思われても気にしない。実際にやる気がないのだ。というよりはのんびりしたかった。昔はやる気にみなぎっていたが、今は楽しようとする。そんなだが、意外と慕われている。
「このコーヒーは商店街で最近できた専門店で買ったのよ。」
「ああやっぱりそうか。」
「近所のバレンシアさんに教えてもらったんです。」
「そうか。職場にも通っている人いるみたいだからな。」
「そうですか。また、あそこで買いますね。」
そう言ってウィルはまた台所に行った。
ウィルが行くとケインは新聞に目を移した。新聞の内容は王都で起きた殺人や官僚の腐敗が一面に載っていた。さらに騎士団はお荷物との論評もあった。他の王国や帝国では政府の悪評を書くのは命懸けであるが、このリュディニア王国では表現の自由の名の許にかなり踏み込んだニュースが流れている。そういう国は民主国家でもないと中々いない。
パンを食べながら新聞を読んでいると妻のウィルが口を尖らせて注意してきた。その様を見ていると可愛らしくて愛しく思えた。
「あなた、食べながら別のことするなんてマナーが悪いですよ。」
「いいじゃねえか。朝の仕事前の自由を謳歌できる貴重な時間なんだからよ、好きにさせてくれ。」
「だめです。この前、エリーが絵本を読みながら食べていたのですよ。」
「いやーでも。」
ウィルに娘のマナーが悪いのを指摘されると確かにそれは良くないと思うが、一方で自分は朝食の時に新聞を読んでいる。
「くっわかったよ。」
少し逡巡してケインは負けを認めて新聞を畳んでテーブルの端に置いた。
ウィルには敵わないなぁとケインは思った。
いつもそうだ。何か口論になると言いくるめられる。穏やかだが、鋭い。認めたくないが、尻に敷かれている。ふと、娘はどうだろうかと考えた。多分いずれ娘にも尻に敷かれるだろう。そんな予感がする。
「わかってくれてありがとうございます。エリーにもこれでしっかり躾が出来ます。」
にっこりしたウィルにケインは勝てないなと思っていた。尻に敷かれている以上、抵抗は出来ない。したら、メシが食えなくなる。
穏やかな朝の一幕にこの夫婦は安らかな気持ちになった。しかし、その時間も長くは続かない。朝食を済ませるとケインは着替えて、出勤の準備をした。
制服を着たケインを見てウィルは微笑んでいた。
ケインに一番似合う服装は無限迷宮管理局の制服だと思っている。痩せ気味だが筋肉もしっかりついているそんなケインがウィルは好きだった。朝のこの一連の生活が、ウィルには今日一日頑張ろうという気持ちにさせるのである。
ケインは時計を見るともう家をでなくてはならない。
「じゃあ、行ってくるな。」
「はい。今日も一日頑張ってください。」
玄関でいつもの挨拶をすると、ケインはウィルに頬を向けた。
「なんですか?」
ウィルはにっこり微笑んでいる。
「いやぁ、行ってきますのキスでもと」
「ふふ、エリーを起こしに行かないと。」
ウィルはスルーしてエリーが二度寝している寝室に行ってしまった。
「はぁ、これで今日の仕事のやる気はなくなったと。」
そのようなことがなくてもいつもやる気はないが、今日はこれを言い訳にすることにした。
朝の街は忙しい。
みんな開店の準備に忙しいのである。
慌ただしく店頭に品物を運びだし、店内と店頭の清掃をしている。
無限迷宮のあるこの町はニューアースと呼ばれている。初めて無限迷宮を発見した人が、無限に拡大する迷宮を見て、地球とは別の空間であろうと思い、これは新しい地球だと考えた。この地をニューアースと名付けてその名がそのまま町の名前になった。
歩きながらケインは空を見上げた。今日の天気は晴れのようだ。雲一つない晴天である。
時計を見ると時間にはまだ余裕がある。夜明け前から朝の早い店の人向けの惣菜店がある。そこでちょっとコーヒーでも買おうと考えた。
店に行くと店長がニコニコと話しかけてきた。
「局長さん。早く行かなくていいのかい。」
「ああいいのいいの。ハルがいれば仕事は終わるから。」
「そんなこと言って、ハルさんにまた折檻されても知らんぞ。」
「もう行こうかな。」
ハルことハル・コゼットはケインの秘書をしている。というよりもお目付け役といった感じである。黒髪で髪は束ねてアップにしている。つり目でメガネをかけており、身長はケインほど高くはないが、まぁ、一般的な女子の体格といったところだ。
クエスト課の金髪碧眼の色男ジョン・マートン曰くツンだけのただただ怖い秘書だとのことである。
この男は以前ハルを口説いたことがあるが、罵詈雑言を浴びせられ、肩に手を置いたら関節技を決められ、痛い目に遭った。
それ以来、ハルを見かけると恐怖にかられ、すぐに隠れるのである。
「その方がいい。税金で飯食ってるんだからちゃんと働けや。」
「ハルと同じこと言うなよ。」
「どうせ仕事せずに居眠りしていたんだろう。」
「ちょっと休憩していただけだ。」
「そのちょっとがどのくらいかは知らんが、仕事中に居眠りしてたらそりゃ怒られるだろう。」
「店長まで説教かやだね。この世には鬼ばかりか。」
ケインはやれやれとした。
「いや、常識を話しているだけなんだが。」
店長は呆れていた。
これでよく無限迷宮管理局の局長を務められるなと思った。
今、思えば急に配属されてきた。噂では元魔法騎士らしい。何があったかは知らないが、退っ引きならぬ理由があるのだろう。まぁ、仕事への意欲はないが、彼が局長に就任してからはトラブルがだいぶ減った。有能なのだろうなとこの店長は思った。
「さぁ、さっさと仕事に行きな。」
「へいへい。」
ケインはいやいや店を出て職場へと向かった。
局に着くと受付の女性局員が挨拶してきた。
「おはようございます。局長。」
「うーん。おはよう。」
「朝からやる気がありませんね。家に帰った方が、いいのではないですか?」
「おう。朝から罵倒されるとは。帰ろうかな。」
「身から出た錆ですよ。また、ハルさんに怒られますよ。」
「そんな恐ろしいことを言わんでくれ。」
ケインはため息をした。あの冷血は気だるげにしているだけで、脅迫まがいのことをしてくる。見た目はメガネが知的さを醸し出し可愛いのだが、肝心の性格がきつい。あれでは結婚は当分先だなと思われる。
「ほら、急がないと遅刻ですよ。」
「はいよ。」
受付の娘と朝の会話をしてケインは局長室に入った。もうすでにハルはいた。
「おはよう。ハル。」
「おはようございます。」
「イリスはまだ来てないのか。」
「この時間になっても来てないので恐らく遅刻かと。」
「そうか。遅刻してきてもあんまりきつく言うなよ。」
「いえ、社会人として遅刻は最悪な行いです。ここは厳しく躾するべきです。」
「躾って。犬じゃないんだから。注意ぐらいでいいじゃないか。後でフォローするのは俺なんだからな。」
何が嫌かというと、フォローするのが面倒なのだ。ハルはイリスを叱る時はかなりきつく言う。そのため、毎度かなり落ち込み仕事で取り返そうと張り切るのだが、仕事を与えるとそこでさらに失敗する。そしてまた、ハルに怒られる。これの繰り返しである。なんとかハルを宥めたり、イリスを励ましたりと大変である。
「俺からすればもっと穏やかにやろうとは思わんのか。」
「お言葉ですが、局長。局長はただ面倒なだけですよね。」
「ふぁ、わかった?」
ケインはハルに腕を掴まれねじられた。
「いたたたた!」
悲鳴を上げてようやく手を離してもらった。
相変わらずツッコミに容赦がない。でも、そこがハルの面白いところである。
「では、戯れるのはこれくらいにして仕事をしましょう。」
「腕をねじるのが戯れとは。」
「何か言いました?」
そう言うとハルは再びケインの腕を掴んだ。
「すいません。何でもないです。」
なんとか腕から手を離してもらった。
恐怖から解放された。
「分かればいいんです。では、今日の予定ですが。」
ハルがスケジュールを説明しようとした時、勢いよくドアを開ける者がいた。
イリスである。
彼女は汗だくで息切れしていた。身長が低く童顔なので遅刻しそうな小学生に見えた。遅刻しているが。
「すみません。遅れました。もう仕事は。」
「ああ、大丈夫。今から今日のスケジュールの話しするとこだったから。」
イリスは息を吐いた。
一安心といったところか。
しかし、無限迷宮管理局のお目付け役のハルは烈火の如くを叱責した。
「あなたは社会人としての自覚はあるのですか!?」
「あっあります。」
イリスは怯えながら言った。
また始まったかとケインは思った。こりゃ、またフォローしないといかんな。こんな面倒くさいことはない。
ハルに説教されるイリスを眺めつつ、窓の外を見た。
天気がいいなぁ。こういう日は昼寝にかぎるな。
来るときも思ったが、外は雲一つない青空である。
机に突っ伏して昼寝の態勢になった。
後は眠り入るばかりとなった時、肩を叩かれた。
「なんだよ。」
せっかく気持ちよく寝ようとしているのに邪魔するなとケインは思った。
「まだ、何一つ仕事してないのに何寝ようとしているのですか。」
ハルの顔を見ると蔑んだ目付きをしている。どうやら肩を叩いたのはハルのようだ。
机を挟んで向い側にはイリスが腕を組んでぷんぷんしている。可愛い。
「ハルもイリスくらい可愛く起こしてくれればなぁ。」
「何か言いました?」
小声で言ったこともしっかり聞いている。
腕を掴まれたので、答えは決まっている。
「何でもございません。仕事をしましょう。」
そう言うと腕から手を離してくれた。
そして、やっと一日のスケジュールの話しになった。
今日は午前に書類の確認。午後からクエスト課への手伝いというものである。
「よし、仕事前にちょっとお茶を飲もう。」
「早速サボりですか。」
ハルの侮蔑の目線に耐えつつ、イリスにコーヒーを頼んだ。
「イリス、コーヒー頼む。」
「はい!」
いそいそとイリスはコーヒーを淹れた。
「はい熱々のコーヒーです。」
「ありがとう。」
コーヒーをすする。
「ぐはっ。」
苦味の中にしょっぱさがある。一言で言うと不味い。
そして、どういうことか悟った。
おそらくこのしょつぱさは塩だ。大方、ハルが砂糖の他に塩も置いたのだろう。そして、イリスなら間違いなく塩を間違って入れるだろう。ドジっこなのだイリスは。なんという策略だろうか。
「ハル。お前というやつは。」
「まぁ、これで目が覚めて仕事に集中できますね。」
「恐ろしいやつめ」
イリスが持ってきた水を飲みながら恨み節を言った。
一息ついて面倒だが仕事を始めた。
すると、窓の外に一羽のフクロウが飛んできた。
「局長のフクロウじゃないですか?」
最初に気付いたハルがケインに言う。
「ああ、そうだな。家で何かあったのかな。」
窓を開けてフクロウを部屋に入れた。
手紙をくわえていた。
ある程度の稼ぎのある家では鳥に個人的な連絡手段として手紙を運ばせている。ケインの家でも一羽フクロウを飼って手紙を運ばせている。
受け取った手紙をケインは読んだ。この字はウィルだなと気付いた。仕事の邪魔になったらと滅多に手紙を運ばせてこないのに珍しいなと思った。
内容はこういうものだった。
「お仕事お疲れ様です。今朝、伝え忘れていたことがあります。来週、エリーが進級します。なので、今日はお祝いをしたいので、飲みに行かずに帰ってきてください。お仕事で帰りが遅くなる場合は連絡をください。」
それを読み終わったケインは立ち上がる。
ハルは目をみはった。そして、こう思った。今日の仕事は早く終わると。
イリスはまだ理解出来てなかった。
「ハル!書類を速く持って来い。急ぐぞ。」
「はい。」
ケインのやる気が出たことにハルは喜んだ。理由はどうあれ、尻拭いせずに済む。
イリスもようやく理解したらしく自分も何かしようとおろおろし始めた。それにケインは的確な指示を出す。
「イリスは承認のはんこを押したやつを仕分けしとけ。」
「はい!」
一生懸命やろうとするイリスはその小さく愛くるしい見た目も手伝ってなんとも可愛くいじらしい。
やる気になったこともあり、午前中の仕事はあっという間に終わった。幸いイリスはミスをしなかった。ハルは相変わらずよく仕事ができる。
「お疲れ様です。局長。」
「午前の仕事はこれでお仕舞いです。」
「コーヒーを淹れますね。」
そう言うとハルはコーヒーを淹れに行った。
イリスとしばらく雑談した。
「本当に局長は家族のことになるとなんていうか必死になりますね。」
「イリスも結婚すればそうなるよ。」
「いやぁ、局長のようにはそうそうならないですよ。」
「今は婚約者もいないから実感がないだけさ。」
「そうかなぁ。」
二人で話しているとハルが人数分のコーヒーをお盆に乗せてやって来た。
「ありがとうございます。」
「サンキュー。」
三人でコーヒーを飲み、時刻が昼食時にっなたので、三人で食べた。三人とも弁当である。
歓談しながら食べた後、いよいよ午後の仕事である。今日はクエスト課で資料整理である。無限迷宮管理局は慢性的な人材不足で、よく他の部署と応援を送りあったりする。局長もそういうことをする。
イリスとハルには別の仕事があるので、別々になった。
「よーし。さっさと終わらせるぞ。待ってろウィル、エリー!」
誰もいない廊下で大声で家族愛を叫ぶケインだった。
今日のケインはやる気がみなぎっており、早く仕事を終わらせて定時で帰ろうと考えていた。
そして、帰り道で何かエリーにプレゼントを買っていってやろう。やっぱり、ぬいぐるみかな。 いや、成長したし今使っているのより大きい食器でも買おうか。ニヤニヤしている。
ケインにとってエリーは目に入れても痛くないといったやつである。世の中の父親が普通どの程度娘を溺愛しているかは分からないが、少なくともこの父親は娘を愛してやまないのである。不真面目な男もこと娘のためとあらばどんな労苦も厭わないのである。
クエスト課の事務室に来ると騒いでいる声が聞こえる。何か揉めているようだ。嫌な予感がした。今日はもうサボって帰ろうかと思った。というより決定。そろりそろりと忍び足で逃げようとした時、大声で声をかけられた。これはまずい。そう思った。
「局長!良いところに来たのです。」
このしゃべり方で誰だか分かり、そして、どういうトラブルか大体察しがついた。
あいつだ。ミルキーだ。あのいい年してぶりっこやっているあのバカだ。
無視してこのまま逃げようとしたら服を掴まれた。
「局長ひどいです。こんな幼気な女子を置いて逃げようなんて。」
ミルキーは上目遣いで見てきた。
しかし、成人でそうして保護欲を掻き立てられるのはうちのイリスぐらいだ。ミルキーにぶりっこされても気色悪いだけだ。イリスは見た目が幼いが、ミルキーはそこら辺にいる中堅のOLといった感じだ。可愛い子ぶられると殴りたくなる。
「二十七才の女は幼気じゃない。あんまりやると減給にしてやるからな。」
「ひどいです。ミルキーはこんなに頑張っているというのに。少し局長を見つけてはしゃいだだけなのに。」
「ぜってえ面倒事を持ち込んだろ。」
「そんなことないです。ただ、未探索エリアでの鉱石調査を今すぐに行きたいだけです。」
はぁ、やっぱりなとケインは思った。
未探索エリアなんて何が出てくるかわからない。新種のモンスターを見つけることがあるが、どんな危険性があるかわからないのである。リスクがあるのである。昔、未探索エリアに行ったまま帰って来なかった冒険者もいた。
「鉱石調査なら明日でもいいじゃねえか。」
「思い付いた時が吉日ですよ。」
「本当は?」
「提出しないといけない報告書が。」
「このやろう。諦めて叱られな。」
まったく、呆れたとケインは思った。
ハルによく仕事で怒られているのにケインであるが。
「そうだ。局長!一緒に未探索エリアに行きましょうよ。お願い。」
そう言うとミルキーは上目遣いでケインを見上げた。
これがイリスなら可愛く思えるが、ミルキーだといい年して何をしてるんだと思う。痛々しい。
ミルキーの頼みだが答えはノーである。今日はエリーの進級祝いだからだ。
「悪いが今日はさっさと帰りたいから無理だ。」
「そこをなんとか。」
ミルキーは手を合わせて頼み込んだ。
「だからな。俺には家庭があるんだよ。」
「何かあるんですか?」
さりげなく聞いてきた。この時、ケインは軽率にも理由を言ってしまった。
「娘の進級祝いをするんだよ。」
「なら。」
いそいそと何か書き始めた。
「何してるんだ?」
ケインの問いかけを無視してミルキーは何かを書いた紙を自分の伝書鳥に渡した。そして、鳥を飛ばした。
「お前まさか。」
「ちょっと局長の家に連絡を。」
ケインは真っ青になった。
「何を書いた。」
「局長は私と一緒にすることがあります。朝までには帰ります。心配しないでね。と。」
「おい!浮気疑われるじゃねえか。愛人の嫌がらせみたいなことするんじゃねぇ!」
「そんな私と局長は。」
ミルキーはわざとらしくもじもじした。
対して、ケインは今にも殴りかかろうとしていた。
「たく、どうすんだよ。人の家の家庭を壊すようなことするなよ。」
ケインは悪夢を見ているような気持ちになった。あの手紙を読んだウィルはどう思うだろか。浮気を疑われ家庭は崩壊し、娘とは離ればなれ。どうしよ。
ケインの深刻そうな顔を見てミルキーは笑った。
「大丈夫ですよ。ウィルさんは気にも止めませんよ。」
「なんで分かる?」
「面識はありますから。だから、心配しないで未探索エリアの鉱石調査を手伝ってください。」
「はぁ、たくしょうがねえな。」
「やったー!」
いい年して子供のようにはしゃぐミルキー。
痛々しい。そうケインは思った。
ミルキーを連れてクエスト課の事務室に入ると何人かの職員がいた。
その中にジョン・マートンがいた。ケインに気づくと急いでオルドーの後ろに隠れた。多分、ハルが一緒に来ているのではないのかと警戒しているのだろう。細身で身長は程よく高いジョンは大柄なオルドーの背中にすっぽり入っている。
「ジョン、安心しろ。ハルは来てない。」
ケインがそう言うとジョンは安心したらしく、オルドーの影から出てきた。いつもの気障な態度が息を潜め、安心はしたがまだ少し怯えている。
「局長。」
「おぅ、ミイナ。」
ミイナ・ルーシー。
クエスト課の課長である。
変り者の多いクエスト課においてよくクエスト課をまとめている。
無限迷宮のクエストは基本的に彼女の指示のもとに行われる。他の部署からの依頼に基づいてクエストを作成し、他のクエスト課の職員とどの冒険者にクエストを受けてもらうか決める。
ただ、簡単なクエスト。難易度の低いエリアのクエストなどはボードに掲示してクエストを受けてもらう冒険者を募集する。
「局長、ミルキーと一緒ということは話は聞いていますね。」
「ああ。」
「すみません局長。だめだと言ったのですが。」
「気にするな。」
「ふふふ、ミイナさん。」
「何ですか?わがままは聞きませんよ。未探索エリアの調査は慎重にクエストの計画を建てて、選りすぐりの冒険者に受けてもらうのですよ。昨日今日の思いつきで行ける場所じゃないのですよ。」
「大丈夫ですよ。局長が一緒に行ってくれますから。」
ミルキーは屈託のない笑顔で言った。
ミイナはこいつ局長に何かしたなと思った。
「局長、断ってもいいのですよ。」
「まぁ、たまにはいいかなと思ってな。」
「局長ほどの魔法使いなら大丈夫ですよ。」
局長のケインの袖を掴みながらニコニコして言った。二十七才がすると痛々しい。本人は自覚がないのか、狙ってるのか、痛々しい振る舞いをやめる気配がない。ある時、同僚に指摘された際には「普通だよ」と言っていたらしい。
「でも、局長の腕前は知っていますが、二人だけで行かせるのは。」
「それは掲示板で冒険者を募集しようと思ってる。」
「しかし、まだ冒険者の人たちはいますが、掲示板で募集しているのは簡単なクエストだけですよ。」
「ああ、大丈夫大丈夫。それは単なる慣習だからな。ルール上は問題ない。」
「そうですか。」
まだちょっと納得のいってない感じのミイナだが、しぶしぶ了解してくれた。
早速、掲示板に冒険者の募集を貼った。
予め予想していたが、人が来ない。
それも無理はない。未探索エリアがフリーで募集するなど未だかつてなかった。危ないクエストかもしれないと二の足を踏んでいるのだろう。
小一時間ほど待合室で座っていると、一人の男が来た。身長はケインより少し高め、がたいはいいというほどではない細身だ。背中には大剣を背負っている。ちょっとやんちゃそうだが、中級くらいの実力がありそうだ。こっちに来ないかなぁとケインは思った。
大剣の男はキョロキョロと周りを見た。どうやら人を探しているようだ。そして、こちらに気付いた。のんびりと歩きながらこちらに向かって来た。
どうやら募集に応えてくれるようだ。
「局長さん。未探索エリアでの鉱石調査の護衛のクエストを受けたいんやけど。」
こいつ俺を知っているのか。
後、訛っている。北面騎士団に所属して地方の統治をしていた時に地元の住人と交流して以来だ。まぁ、昔に会った人と比べると何を言っているのかは分かるが。
「そうか。名前は?」
「ソルト・カルズと申します。」
「クエスト歴は。」
「まあ、中級の探索済みエリアでのモンスター狩りをやっとる。」
「うん、いいだろ。」
そのぐらいの実力があれば足を引っ張られることはないだろう。
ケインの見立てではこのソルトというやつは中級以上の実力があるのではないかと思う。確証はないが、そういう雰囲気を感じるのである。
「早速、出発しましょうや。」
「いや、後一人雇おう。」
「わいがおれば必要ないで。」
「えらく自信があるな。」
「ふふ、無限迷宮のソルトといえば泣く子も黙るで。」
「そうか。お前絶対に痛い目に遭うな。」
「なんでや。」
「そういう調子に乗っていると不幸な目に遭うのが鉄板だからな。」
ソルトは大笑いした。こんなんで笑うとは笑いの沸点が低いやつだなとケインは思った。
「安心してくださいな。わいいつもこんな感じやけど、まだ死にそうになったことはないで。」
こいつ本当に死ぬなと思った。
「とにかく、もう一人雇ってから行くぞ。」
「わかりやした。」
ソルトは納得したようだ。
できれば中級レベル以上の冒険者を仲間に加えたい。何故なら戦えないミルキーを守る役割の人が欲しいからである。
雑談しながら待っているとそこに綺麗さの中に冷たさを感じる美しい女性が来た。服装から冒険者てあることがわかる。武器はボウガンのようだ。
その女性はお腹を押さえている。腹痛なのだろうか。
「お前さんは希望者か?」
早速、ソルトが声をかけた。コミュニケーション能力が高いやつだなぁとケインは思った。
「ええ。」
近くで見るといよいよその美しさが際立つ。でも、何か顔色悪い。
ケインは心配して声をかけようとした。その時、彼女は倒れた。
「大丈夫か!?」
ケインは慌てて抱き起こす。そうすると彼女は一言言った。
「腹へった。」
その後、食事を与えると彼女は無我夢中で食べた。食事中は一言も発せず、ひたすら食べ物を口に運んだ。食べ終えるとようやく口を開いた。
「ごちそうさまです。私はミレーユ・ウッドといいます。冒険者をしています。」
真面目そうな人だなとケインらは感じた。腹を空かせていたことがきになるが。
ミレーユは言葉を続けた。
「今回、募集に応募しようと思って来ました。」
「冒険者歴はどれくらいだ?」
「3年目です。」
「そこそこ経験があるな。」
「いえ、私は探索済みエリアの採取クエストを中心にやっていたので、モンスター討伐のクエストはほとんどありません。」
「よし、君はクビだ。」
ケインのその言葉にミレーユは袖を掴んで懇願した。
「お願いします。金にならない採取クエストばかりやっていたので、お金がないんです。」
「じゃあ、金のなるクエストでも受けろ。」
「それは無理です。」
「なんでだ?」
ケインの問いかけにミレーユは立ちあがり、神妙な面持ちで堂々と言った。
「私は一緒に冒険する友達がいないからです。」
「「「はっ?!」」」
ケイン、ソルト、ミルキーの三人は同時に?マークが出た。
「そのなんていうか。私って真面目過ぎて疎く思われるみたいで、組んでも数日後には連絡が取れなくなるんです。」
「ちなみに一人でやったクエストは?」
「薬草集め。」
「他の人を待ちましょうや。」
「そうだ。モンスター討伐もしたこあります。」
「で、なんのモンスターだ?」
ケインが問いかける。
「スライム。」
前に座るケインらの目から顔を逸らしながら言った。顔は真赤であった。多分、超簡単なクエストしかやってないことが恥ずかしいのだろう。
その様子を見てミレーユはイリスの同族であろうと、ミルキーは思った。大方、クエストでへまして見放されたのだろう。
ケインらはため息した。他の冒険者にしたいが、もう時間的に集まらないと思われた。
そこでケインは決断した。
「よし、この面子で行くぞ。」
「ほんまてすか?」
「頑張ります。」
ソルトはぎょっとし、ミレーユは張り切っている。
多分、めんどくさくなったようである。さっさと帰りたいのだろう。目がいつもの気だるげな感じになっていた。
パーティーを組んだ四人は魔道具の抜け道のドアに来た。このドアを使えば予め設置されている所定の場所へと出れる。無限迷宮では探索済みエリアに設置されている。未探索エリアへは近くの探索済みエリアから入り、一通り探索した後抜け道のドアを適当な場所に設置される。
抜け道のドアに着くとケインが未探索エリアに一番近いドアを探した。ミルキーが後ろから付いてくる。
ケインがちらりとソルトとミレーユを見るとソルトは大人しくしていた。ミレーユの方は初めて来たと興奮していた。きっと、出入口近くの草むらで薬草を拾い、スライムばかりを狩っていたのだろう。奥には行ったことがないのだろう。
「ここだな。」
「そうですね。」
「おーい、ソルト、ミレーユ行くぞ。」
ケインに呼ばれてソルトとミレーユは駆け足で来た。
さっさと終わらせて帰ろうとケインは思った。
四人が入ったドアの向こうは森だった。迷宮の中なのに明るい。まだ、解明されてないが、無限迷宮の中は暗いところと明るい所がある。中には昼と夜とがある場所もある。
ここの森は背の高い木が生い茂っている。木には苔が生え背の低い草が生えている。木と木の間から光が射し込んでくる。
森の中を四人で進む。
全く会話がない。まず、ケインは面倒で話そうとしない。ミルキーはここら辺のエリアに来ることがあまりないのか、キョロキョロとしていて心ここにあらずである。ミレーユは緊張していて雑談する余裕がない。そして、ソルトはこの空気に耐えられない。我慢仕切れず口を開いた。
「何か話しましょうや。」
「ああ今日はいい天気だなぁ。」
ケインの投げやりな発言にミレーユとミルキーは笑った。その二人の様子を見てソルトも笑った。
そのまままた沈黙となった。
そして、またソルトは耐えかねて話始めた。
「そういや、ミレーユは武器はボウガンなんやな。なんでや?」
「まあ、あまり深い理由はないですが、スライムを倒すのに効率がいいんですよ。スライム自体は体力はそんなにないですから大剣とか威力のある武器じゃなくても戦えるんです。ボウガンで安全な距離から続けざまに放てばどんどん狩れます。」
「すごいな。今度から君はスライムスレイヤーと呼ぼう。」
話を聞いていたケインは振り向きスライム狩りに適応したミレーユにケインは皮肉を込めて言った。
「バカにしてません?」
「気のせいさ。」
ケインは涼しげな顔をして前を歩いていた。
「局長さんは何か武器を持って来ているんですか?」
ミレーユが質問した。
「ないよ。」
「えっ!じゃあモンスターが出てきたら?」
「お前らに頼むよ。」
気だるげに言うケインにソルトとミレーユはため息した。どうして雇うときあんなに偉そうな仕切りかたしていたのだろうかと思っていた。局長というだけど尊大になったりするのだろうか。
ミルキーが困った顔をしながら言った。
「局長は魔法使いなんですよ。だからいざという時のために温存しておかないと。」
ソルトとミレーユは驚いた。でも、危険な探索をする機関のトップはそれなりの力があるものでないと務まらないということかとも思った。
「もしかして魔法騎士やったんですか?」
ソルトの質問にケインは気だるげに言った。
「昔の話さ。」
「おっ!見えてきたぞ。」
気付いたら前を歩いていたミルキーが小高い山を見つけた。今いる森とはうってかわって山肌の見える草のほとんど生えていない山だった。
麓に着くとミルキーは振り向き言った。
「思ったよりそれほど高くない山ね。中腹まで行ってみましょう。」
四人はそれほど急ではない山登りを始めた。
しばらく登っているとミルキーが山から露出していた鮮やかなブルーの石を見つけた。
「なんか見たことのない石やな。」
「これは新種かもしれないわ。持ち帰りましょう。」
そう言うとミルキーは慣れた手つきでノミとカナヅチを使い鮮やかなブルーの石を少し削り取った。
それを見ていたミレーユはちょっとした感動を覚えた。職人だなと思ったのである。さすがは研究員といったところである。
「ミルキーさんはフィールド調査をよくやるんですか?」
「うん。探索済みエリアでよく冒険者と一緒に掘ってるよ。」
「そういや、よくクエストの募集掲示板にそんな感じなことが貼られとるな。」
「まぁ、あんまり報酬が高くないから中々人が集まらないんだけどね。」
「それなら私が手伝いますよ。」
「いや、スライムスレイヤーはいいです。」
「ひどい。」
「冒険者としての腕を上げたらね。」
「何年先になるんやろうなぁ。」
ニヤニヤとしているソルトとミルキーにミレーユは頬を膨らませていた。
それを見ていたケインは言った。
「みんなとの親睦は深まり、石も採取したから帰るか。」
気だるげにそんなことを言う。
「いや、まだ始めたばかりだぞ。怒るぞ。」
「可愛くねえんだよ。というより痛々しい。もういいだろ帰ろうや。」
「早く帰りたいだけやろ。」
「もう少し見て回りましょうや。局長さん。」
「俺は早く帰りたいんだよ。」
ミルキーがソルトとミレーユに耳打ちした。
「多分、早く帰って娘に会いたいんだよ。」
その話を聞くとソルトとミレーユは笑った。
「親バカなんやなぁ、局長さんは。」
「ミルキー。お前は余計なことを。」
「余計なことを言われたくなかったらもうしばらく付き合ってよ。」
「しゃあねえな。」
「口ではああだけど本当は面倒見はいいんだよね。」
苦笑いしながらミルキーは独り言をした。
その後、四人で未探索エリアを隅々まで見て回った。いくつか新種の石があり、ミルキーはほくほく顔であった。モンスターと遭遇したが、ソルトが難なく倒した。モンスターに襲われた際は戦えないミルキーをミレーユが焼け石に水で護衛し、ソルトが前衛、そしてケインは後ろで見物していた。
「いやぁ、ソルトくんは強いねぇ。」
「鍛えておるんで。」
「この調子で頑張ってくれたまえ。」
「ケインさんは高見の見物やな。」
「ふふ、私は切り札だからね。」
余裕たっぷりの口調で言った。
「まぁ、ただめんどくさいだけなんだろうな。」
「そんなことはない。いざという時に備えて待機しているだけだ。」
「ほんまケインさんはああ言えばこう言うといった人やなぁ。」
ケインは普段からハルの正論に口八丁で対抗しているので、もっともらしい御託を並べることができるのである。
「そういえばミレーユはどこ行った?」
ケインはそう言うと辺りを見回した。
ソルトがケインに声をかけ、しゃがんでいるミレーユの方に指をさした。
「あそこにおるで。」
ソルトの指の先を見るとミレーユがしゃがんでなにかを見ていた。ケインはミレーユに近づき声をかけた。
「何してるんだ?」
「珍し薬草を見つけたんです!」
「ここまで来て薬草か。」
「何を言っているんですか。薬草は冒険者には必要不可欠の道具ですよ。それに薬草は種類によって効果が少しずつ違うんですよ。」
「そっそうか。今度から君を薬草ハンターと呼ぼう。」
「スライムスレイヤーに続き今度は薬草ハンターですか。愚弄されてますね。」
「そんなことはない。二つ名なんてすごいじゃないか。」
「絶対にバカにしてますよね。」
「うん。」
飛びかかろうとするミレーユをソルトが羽交い締めにした。
「落ち着けミレーユ。二つ名なんてすごいやないか。」
「ああ、ソルトまで愚弄するのか!」
なんとかミルキーが来てミレーユを宥めたのでその場は収まった。
「ミルキー、もう十分だろ。」
「うん。十分採取できたから大丈夫。帰ろう。」
こうして四人は帰路に着いた。
元来た山道を下った。
後少しで抜け道のドアの所に到着するタイミングでモンスターに遭遇した。
「あれはオニグモや。これは厳しい。」
「ミレーユ!気休めにもならないがミルキーを守れ。」
「何か傷つく言葉が入っていたけどわかりました。」
「ケインはどうするの!?」
ミルキーの言葉に一言言った。
「見てる。」
「わいが何とかするしかないやないか。」
「頑張れ。」
「うるせえ。」
「さすがよい突っ込みだ。」
「行くでぇ。」
ソルトは大剣を振りかざして一刀両断にしようとした。
しかし、軽々避けられる。
オニグモは人間二人分の体躯であるが、かなりの身軽さを兼ね備えていた。力も強いので手強い。
「くそ。」
ソルトは続けざまに攻撃を放つが、オニグモは余裕で避ける。
オニグモの反撃にはソルトは大剣でガードする。
一進一退の攻防が続く。
「オニグモは速いで。くそ!今のわいでは勝てへんのか。」
ソルトは十分に強いのだが、相手が悪い。力押しタイプのモンスターなら叩きることができるが、素早いタイプのモンスターに対しては重い大剣は当てずらい。ここまで来る間は力のごり押しで勝てたが、ここでは頭を使わねば。しかし、名案が思い付かない。ソルトの戦い方は破壊力のある大剣で敵に抵抗させずに速攻で叩きることである。速攻が通じない相手にした時の長期戦は苦手なのである。
どうしようかと考えている間、ケインたちが何とかしてくれないかなと思った。ちらりとケインたちを見る。
「ふぁ。」
暇そうなケイン。あくびをしていた。余裕綽々である。
「だるそうね。」
ミルキーがちらりとケインを見ながら言った。
「こんな時になんて悠長な。」
「局長はいつもこうなのよ。面倒なことからはとことん逃げる。」
ミルキーは冷静に言った。それでいて余裕がある。何か確信を持っているようだった。
「そろそろ帰らなくていいのかな局長さん。」
ハートマークが出ていそうに全力で可愛い子ぶるミルキー。
それを見てそして目を逸らすケイン。
話を聞いているだけのミレーユ。
オニグモに押されぎみで早く援護してほしいソルト。
「局長さん。愛する妻子が待ってますよ。」
ぴくりとケインが動いた。
これは効果がありそうだとミルキーは判断した。やはり妻子のことになるとあのどうしようもないくらい仕事にやる気のない局長でも動く。ここはさらに畳み掛けよう。
「今頃、パパの帰りを娘さんは待ってますよ。いいのですか?このまま帰りが遅くなれば、仕事にのめり込み家庭を省みない父親の烙印を押されますよ。」
オニグモは瞬殺された。
オニグモの背中には光魔法のシャインセイバーが刺さっていた。
「そんな強いなら早く助けてくださいな。」
ソルトの恨み節を聞きながら四人は帰った。
帰り道。みんな疲れたのか会話らしい会話がなかった。元来た道を進み抜け道のドアに着き、くぐり、クエストを受注するクエスト課の部屋に行った。
「ご苦労様です。みなさん。」
応対したのはジョンだった。窓から見る外は大分暗くなっている。待っててくれたようだ。
「他の奴はみんな帰ったか?」
「いえ、奥であしたの準備している人が数人いますね。」
「そうか。よく働くねぇ。」
「局長が働かなすぎるだけですよ。」
「そんなこたぁねえよ。俺だって働くさ。なぁ、ソルト。」
「そんなに働いたのかい。」
「最後だけやでちゃんと戦ったのは。」
「それを言うなよ。」
「はは。思った通りだね。」
「「ふふふ。」」
ミルキーとミレーユに笑われ嫌な顔をケインはした。
「そろそろここを閉めないといけないので、ミレーユさん、ソルトさんこれが今日の報酬です。」
「初めてだわ。スライム狩りと薬草採取以外のクエストで報酬を貰うんなんて。」
ミレーユは嬉し泣きしていた。
一方、ソルトは不服そう。
「なんやねん。明らかミレーユより報酬少ないで。」
「ああ、ソルトさんは男性なので特別報酬となっています。」
「特別やなくてただの差別やろ。」
ソルトは怒鳴る。しかし、ジョンはどこ吹く風である。
「まったく、仕方ないですね。ソルトさんには特別に薬草を十個差し上げます。」
「いらんわ。そんなもん薬草ハンターのミレーユにでもやれや。」
「私はもう薬草ハンターではありません。今日、薬草採取、スライム狩り以外のクエストをクリアしたのですからもう卒業です。」
ミレーユはソルトに猛抗議した。
「話がややこしくなんねん!だまってろや!あっちで薬草でも食っとれ。」
怒鳴られたミレーユは隅のイスに座った。
「この薬草はごま和えにすると美味しい。」
何か小声でぶつぶつ言っている。
そんな光景を見ていたケインは少し笑みをこぼしてこんなことを言った。
「じゃあ、俺は帰るから。」
「はい、局長お疲れ様です。」
ソルトの抗議を華麗にかわしながらジョンはケインに挨拶した。
女癖が悪いが根は真面目なんだよなぁとケインは思った。まぁ、だから女にモテるのかなと思える。俺の若い頃とは全然違う。さじ加減が絶妙なのだ。
ミルキーにも挨拶してケインは帰路に着いた。
家に着くとウィルが出迎えてくれた。しかし、残念なことにエリーはすでに寝ていた。時計を見ると子どもは寝る時間なので仕方ないと思った。
「お帰りなさい。」
「ああ、ただいま。」
夕食を食べながらウィルと今日の話をした。
エリーの進級祝いが出来なかったことを率直にケインは謝罪した。
それに対してウィルはニコニコしながらこう言った。
「気にしないでください。お仕事なんですから。あなたと結婚した時から覚悟していましたから。」
その言葉にケインは救われた。
よし!記念日の日は急いで帰ってくるようにしよう。
ケインは硬い決意をした。
もちろん何もない日はどうやってサボろうかとも考えた。