06. 英語の授業
テストが返ってくる。
あれは二年生になって二、三回目の授業だったか。いきなり一年生の復習だとかで抜き打ちで行われた英語のテスト。
本当は先週返されるはずだったものだが先生の都合で採点が終わっておらず、来週の今日の授業に延ばされていた。
想良は正直勉強が得意ではない。全体的に平均点そこそこでこれといってとびぬけた教科もなく、かといって赤点をとるほど勉強をしていない訳でもない。だが嫌な予感がするのはなぜだろうか。
冷や汗が額を流れ落ちた。
思わずフレナを見ればこちらは屍のように固まっている。フレナも特別頭が悪いわけではないのだが、何せ英語は苦手中の苦手としている。それを抜き打ちでテストをされたらこうもなるだろう。
他のクラスメイトに目を向ければみな同じような様子で、手ごたえを感じている者は見るからにワクワクしているし、逆にフレナのように不安しかない生徒は呆けてテストが返ってこないのを願い、手を組んでいる。
中には開き直って「来るならこいっ!」と叫ぶ男子もいたりする。
こうした光景を目にすると普通の高校生だなあ、としみじみ思う。特殊な授業があると自分たちが特別で普通とは違うような錯覚をしてしまうが、やはり元をたどれば何ら変わらない高校生だ。
「ソラ……私もうだめ……」
ついに一人で屍になっているわけにもいかなくなったのか時間間際にフレナが席を立って隣に立つ。
暇で教科書を眺めていた想良はそれを閉じて苦笑を浮かべた。これは一年生の時からよくあることで、今ではもう慣れてしまったやり取りだ。
「大丈夫だって。何だかんだ言ってフレ、赤点免れているどころか半分は絶対行くんだし」
「ソラは六割じゃない」
「毎回そうとも限らないよー。今回は抜き打ちだったし、正直できた気がしないんだよね」
「……まぁでも、」
軽くため息をついたフレナが机を一つ挟んだ向こうを見る。視線の先には机にふて寝をしている天斗の姿があった。右の先が内側に丸まる癖っ毛は相変わらずだ。
「テンはできてるよね」
「うん……そうだね」
天斗は想良たちの班員では一番頭がいい。クラスでも上位に入る。
普段はこうして休み時間のたびにふて寝をする姿をよく見るのだが、一体いつどこで勉強をしているのか。こうして何もしていなさそうな人に限って勉強はしっかりしていたり頭が良かったりするものだから謎である。天斗の場合は夜にでもしているのだろうか。
「あの頭脳欲しいわ」
「ほんと……頭がいいって良いよねー」
「せめて英語だけでももらえないかな……魔法使って」
「アハハ、魔法ってあれこれできそうだけど実際そうもいかないからね……できればすごいけど」
この学校に入る前は、魔法は自在に操ることができ、自分の好きにどんなこともできるのだと思っていた。
でもいざこうして自分が使えると分かって学校に入り習ってみるとどうだろう。全然思い通りにいかない。
その上授業の内容は魔法をバンバン使うものでもなく、基礎として知識を詰め込まれるばかりだ。もちろん力を使って練習することはあるけれど自在に好きなように操るには程遠い。そもそも将来的にそんなことができるのかも疑問だ。
魔術法陣には七つの種類、効果がある。使い手はそれぞれどれか一つの効果を得意分野としていてそれは魔術法陣を描く際の光の色によって分かれる。
光、というのは厳密にいうと少し違い、確かに光った感じはするが元は誰の体内にもある幻力で、描かれる際に出るキラキラした線のようになるものを私たちは〝スクエア〟と呼んでいる。
スクエアの色によって得意効果は把握することができ、どのような魔法なのかもある程度把握することができる。もちろん中にはスクエアの色自体を変えられる魔法もあるだろうから思い切り当てにして失敗することもあり得るけれど。
スクエアの色は全部で七色、日本でいう虹色と同等だ。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫、に分かれ、効果は攻撃から操作、癒しなど、これも七種類存在している。
想良たちが通う羽根学園はこの種類に基づいて入学生の数を決めており、総合して上位者から穴を埋めていく形で生徒を決めている。
受験はあるものの入学希望者の得意効果がどれかによって競争率は変わってくる。どうしても数が合わない場合は最後のクラスでまとめられるが、基本は各クラス同人数で分けられた。
また、クラスごとの班員もこの得意効果によって決められており、あらかじめ効果ごとに班をつくりそこに生徒の性格などを考えつつ担任が的確に生徒を当てはめていく。
考えようによってはちょっと複雑な気持ちになるやり方だが効率の良いやり方、公立としての養成の質を念頭に置くと仕方がない部分もある。
もちろんこれはあくまでも羽根学園のやり方であり、他の学校はそれぞれの方法で運営されているだろうが。
「ほら席に着いてー、テスト返しますよー」
気づけば英語の先生が教室に入ってきている。
入って早々テスト返却を予告されクラスメイトはいろいろな思いを抱えているのかあれこれ言いながら席に着いていった。
この英語の先生は教え方が悪いわけではないけれど抜き打ちテストを頻繁に行うのが難点だ。
ちなみに去年もこの先生が担当だったが一年で三十回はやっている。単純計算で一か月に二、三回はやっていることになるからほぼ毎週抜き打ちテストがあると思って良い。
というか、ここまでくるともはや抜き打ちでも何でもない気がしてくる。
「うぅ……せめて赤点じゃないことを祈る……」
フレナもクラスメイトの例にもれずあれこれ言いながら席へと戻っていった。
想良は苦笑しつつ静かにため息をつく。
正直今回は全然できなかった。特段英語が苦手なわけではないけれど得意でもないため、時と場合によって成績は大きく変わった。
何らかの理由で勉強でもしてスラスラいくこともあれば全くやらずに挑んで痛い目を見ることもしばしばだ。……これに関してはちょっと話をもったか……自分の中では痛い目を見る、のである。
そして返却された今回のテストはというと。
「…………うわ」
過去最低点だ。やっぱり痛い目を見る。
赤点を免れただけでも良かったがそれにしてもこれはひどい。半分をきるのはさすがに危機感を覚える。
ちらりと周りの様子を窺うと誰もが同じ反応をしており今回はちょっと難しかったらしい。
フレは……。ん……?
喜んでる。どう見ても喜んでる。
あんなに嘆いていたのが嘘のようにニコニコと、いや、ニヤニヤと自分の答案用紙を眺めている。そんなに良かったのだろうか。気づかなかったけれどいつの間にか勉強でもしていたのだろうか。
まるでテンのようだ、と思いつつその本人を見ればこちらは相変わらずクールな表情。天斗を見たところで表情の変化が分からないのだから結果は不明。
しかし近くの男子が覗き込んでため息をついているところから今回もなかなかの点数をとったと思われる。
さすがだなぁ。
そのまま何となく瑢の方を見てみればこちらは絶望的な表情を浮かべている。見るからに悪そうだ。
瑢も英語はそこまで苦手としていなかったはずだが春休み中はどちらかと言えば魔法の練習を中心にしていたため学業がおろそかになったとしても不思議はない。
「では、付箋ついている人は明日の昼休みに追試を行うのでよく勉強しておいてくださいね」
え⁉ 追試⁉
今まで追試などなかったので油断していた。しかも返却された翌日となればクラス内もさすがに驚き、一気にざわざわと騒がしくなり始めた。誰もが慌てて返された答案用紙を眺め、ため息をついたりホッと息を吐いたりしている。
想良もドキドキしながら慌てて答案用紙を見るが点数が悪いものの付箋はついていない。どうやら赤点は免れているらしい。
先ほどの様子からフレナは心配ないだろう、けど心配なのでこっそり盗み見るが予想通り笑顔なので大丈夫そうだ。天斗は見るまでもないだろうが一応目を向けてみるとたまたまこちらを見ていたのか目が合った。
少しだけ弧を描く口元……うん、大丈夫だ。
こちらも追試は免れたけれど点数はよくなかったことを苦笑で表してみれば向こうも苦笑を返してくる。
そのまま視線をずらしてくるので追ってみるとその先には相変わらず絶望的な表情を浮かべている瑢の姿があった。
瑢は免れなかった……のかな。ドンマイ……。
内心慰めていると視線に気づいたのか瑢が想良の方へ目を移した。想良が見ていると理解した途端瑢は慌てて何かを答案用紙からとり隠すように紙をひっくり返し、何食わぬ顔で黒板に向き直る。
だが想良には付箋が見えていた。
その、追試の印である魔の付箋を。
フレナもたまたま瑢が気になって見ていたため追試があることを知ってしまっていた。
席が離れているとはいえ班が一年も同じだと互いに気になるようになるのか、他の人もそれぞれ自分の班員がどうなったか気にしており互いに聞きあっている。
瑢の口から追試があることを伝えられるのも時間の問題だった。
「……言ってなかったけど、追試の範囲は教えませんからね」
すでに授業へ移っていた英語教師が思い出したように全体に伝える。
追試があった人物はそう多くないためほとんどが関係ないとスルーしていたが、追試がある者にとっては酷な話だ。もし自分だったら……と考えると恐ろしい。
だが、そう言う、ということを考えると追試の内容はそこまで難しくないか今回の小テストと全く同じ範囲、と考えるのが妥当だろう。
時間はあまりないが瑢には一回で追試を合格してほしい。
それに瑢のテスト勉強に付き合いがてら自分も復習するのも悪くないよね、想良は授業のノートをとりながらそう考えていた。