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魔術法陣の使い手 square art sorcerer  作者: 兎月 花
第一魔術法陣 私たちの役割
5/21

03. それぞれの朝の準備




「……ねぇ、フレ」


「やっぱり、ソラも感じた?」



 この学校に通うようになってから敏感になった、あの嫌な感覚。誰かが、この学園にいる。


 幻力イルシオンを奪おうとする、奴らの気配。

 走っているときは特に気づかなかった。ヨウとテンと別れた辺りから誰かがつけてきているような、そんな嫌な感じがずっとしていた。寮の中に入ればそれは消えたが、やはり気になるものは気になる。



「でも未熟とはいえ、ブロッカーが大勢いる中にあの〝組織〟がウロウロ紛れ込むのもどうかと思うんだけど」



 とりあえず先にシャワー浴びてくるね、とフレナは制服とバスタオルを手に浴室へ消える。残された想良は朝ごはんの準備に取り掛かろうと台所へ向かうが、頭の中は先ほどフレナが言った言葉でいっぱいだった。


 〝組織〟が、紛れ込んでいる……。


 想良たちが言う“組織”というのは、もう一つの幻力イルシオンを使える集団のことだ。敵とも言える彼らの集団は〝無の組織〟という通り名がついているため、多くの者は略してそう呼んでいる。詳しくは知らないが、幻力イルシオンをあらゆる人から奪い、自分たちの力にしているのは確かだ。何が目的なのか、怪しげな魔術法陣を展開させては幻力イルシオンを奪い、奪われた者は体力や精神がすり減る。

 ちなみに最近の研究で分かった一番多い影響は足が遅くなることらしい。



幻力イルシオンって、何だろう……」



 ぼんやりと呟きながらテレビの電源を入れて今日のニュースを軽く聞き流す。どこだかで事件が起こっただの、ようやく火の元が消し止められただの、選挙候補が活動し始めただのありふれた出来事。その中でひと際目立つのは……



「昨日、山川地区で〝無の組織〟が現れ、十数人が襲われましたー…」



 十数人……。


 その数は普段あまり起きないほど多い、珍しいものだった。想良たちとはまた別の場所でここまでの被害が出ていたのだ。思わず手を止めて食い入るように見ていれば、ニュースキャスターのお姉さんは「直接被害にあった者はいないとのことです」と告げてくれた。

 ほっとして肩の力を抜くと早くも入ってきたフレナが軽くピン止めを直しつつ「良かったね」と話しかけてくる。それに対してこくりと頷き、その場をバトンタッチして今度は想良がシャワーを浴びに向かう。



「ごめん、ウインナーしか炒めてないんだ」


「まぁ、そうでしょうね。ソラってテレビ見始めちゃうと手が止まるもの。いいよ、続きやってるから早く入ってきてね」


「うん」



 パタパタと浴室へ急ぎながらも想良の頭の中は先ほどのニュースでほとんど埋め尽くされていた。幻力イルシオンを自分の中でコントロールできるようになって早一年。だが未だその力についてはよく分かっていない。



 幻力イルシオンは誰でも持っている力だ。ただし、その力を血液のように全身に流れるようにできるのは想良たちのように一部の者のみ。その理由はまだ解明されていないが、それができなければ〝魔術法陣の使い手〟にはなれない。これはまだ謎の多い中で確実に言える事実の一つだ。


 使い手たちはこの力を主に杖を介して使っている。杖の先端にある小さな突起物が人の中に流れる幻力(イルシオン)を集め、それを元に魔術法陣を描いて魔法を発動。杖がなければ使い手であっても力を使うことは不可能となってしまうのだ。故に使い手たちは常に杖を常備しており、それらを持ち歩くために想良たちの学校では〝アクセサリー〟が支給されていた。


 〝アクセサリー〟と呼ばれるそれは男女によって違うが用途は同じだ。女子は制服のスカートの上に軽く被せるタイプの布で、中に杖はもちろん、他にもちょっとしたものは入るようになっている。一部の噂だとお菓子を潜ませている人もいるだとか。

 一方で男子はというと、こちらは傍から見るとマントである。制服の肩に留め具が付いており、ここにマントをつけることでマントに杖や諸々(もろもろ)を入れることができる。どちらも取り外し可能だが普通の制服に追加で装着しているので慣れない一年時は違和感があって正直邪魔にも感じていた。だが一年以上つけることにより違和感は消えている。普段も装着する義務はなく、最悪杖さえなくさなければ良い。


 ちなみに想良はとある出来事をきっかけにほとんど装着するようにしている。フレナは動くのに邪魔だとかで極力着けていない。二人は班が同じのため自然と同室になり、行動も共にする故にフレナよりも想良の方がものを持ち歩くことが多くなっているのは否定できないことだ。だが想良としてはすぐに動けるフレナが動けないよりはずっといいし、人にものを借りることに多少の躊躇を覚えるためこの方法は否としていない。むしろ合理的だとさえ考えている。


 何はともあれ早く学校に行かないと……一時間目何だっけ……。


 ぼんやりと授業のことを考えながら風呂場を後にすれば手際のいいフレナがもう半分以上のおかずを作り上げていた。



「あー、やっと来たー…って、ソラ、まだ髪乾かしてないの? 弁当はいいから乾かしておいでよー髪痛んじゃうよ」


「は、そうだった……なんか忘れていると思ったら髪だ……。ごめん、フレナ、頼むね」


「オケー」



 のんびりと答えつつも手際よく野菜炒めを作るフレナは家事全般を得意としているため頼りになる。

 下に二人の弟がいるらしく、中学生の頃はよく帰りの遅い親を助けており、そのうちに自然と身についた技術だそうだ。一方で想良はそんな技術が身につくことなくここまできており、せいぜい髪を編み込むことが得意ということしか手がない。



「弁当できた!」


「さすがフレナ……!」


「ほら、ソラは終わった? 早く行かないと一時間目歴史でしょ、あの先生面倒くさいんだから」


「うわ、そうだ歴史だった……」



 想良たちの歴史の先生は遅れてきたり前回欠席したりすると授業中ひたすら当ててくる。授業に出る時間がマイナスになった分、当てて答えることにより穴を埋めようとしているそうだ。正直ほとんどの生徒にとっては余計なお世話とも言えることで、妙に過保護なところが窺える。


 急いで部屋を出て二人は教室へ向かった。瑢と天斗も準備を終えて向かっているだろう。ちなみに男子軍の弁当は瑢が作っているらしい。意外にもコミュニケーションが苦手な彼は妙なところで女子力を発揮してくる。天斗も料理ができない訳ではないらしいが、瑢が作った方が美味しいらしい。


 今度互いに弁当を作りあっても面白いかも、と想良は一人考え笑いをこぼした。




 一方でその少し前の男子軍、瑢はいつも通り二人分の弁当を作り上げていた。夕飯のハンバーグを作った時に弁当用を作り置きしていたため今日の弁当はそこまで時間をかけていない。

 だが部屋を出る時間が予定より十分も遅れているのはなぜだ。


 瑢は目の前の塊に青筋を浮かべながら拳を震わせた。



「いい加減……」


「……ん?」


「起きろ天斗ぉぉぉーーー‼」



 ガバーーッと力任せに布を引っ張り二度寝ならぬ四度寝をしている天斗をたたき起こす。軽いタオルケットの下から出てきた天斗はだらしなく背中が出ており思わずため息をついた。

 さすがにこうまでされると目が覚めるらしく、何事もなかったかのようにむくりと体を起こす天斗。朝が苦手なだけあって中々に面倒くさい相手だ。この時ばかりは瑢もリーダーがこれでいいのかどうか分からなくなる。



「おー、はよ ヨウ」


「あぁ、はよ…お前今何時だと思ってる訳?」



 あきれ返りながら挨拶を返し近くにあったデジタル時計をこれ見よがしに目の前につきつける。元々細めの目がさらに細められた。


「…………近すぎて見えないけど」


「八時だよ は・ち・じ‼ お前ほんと置いてくからな⁉」


「悪い悪い、もう起きた。今日の飲みもんおごるって」


「コーラな」


「了解」



 起きてからの天斗は行動が早い。朝の寝起きさえよければ何の苦労もしないのだ。


 天斗は天斗で最近は毎度同じようなことを繰り返しているため瑢の扱いが分かってきていた。余程のことがない限りジュースのおごりで瑢は許してくれる。懐が寂しくなるのは否めないが弁当を用意してくれるのだからこれは当然と言えば当然のことで、別段嫌だとは思っていない。だから毎度天斗は瑢にジュースをおごるようになっている。ちなみに一番多いのは今回のようにコーラ、次がサイダー、コーヒー、ときて、たまに牛乳が出てくる。



「ちょっと考え事していたらまた眠くなったんだよな」



 寮を出て校舎に向かって歩く中、天斗はそんなことを口にした。その内容に心当たりがあった瑢は一瞬周囲を見回し、声を潜めて口にした。



「奴らの気配か?」


「やっぱ瑢も気づいていたか」


「まぁな。多分ここにいる奴ならみんな気づいていたとは思うけどな」


「けど今は感じないしな……何だったんだ」



 宙を見つめながらそうぼやく天斗に、瑢も今朝方に想良とフレナと別れた後に感じた気配を思い返していた。

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