01. 恒例行事の〝振り返り〟
晴れやかな空のもと、学園の中庭一角からのみ行ける人があまり来ない花壇の迷路の先。そこに広がるテラスの奥ではいつもの〝振り返り〟が始まっていた。
「…でさ、ヨウが放ったから良かったけど外れた時を考えることも必要だと思うのね。例えば私はもっと早く動けるようにする、とか」
すぐ隣で膝の上に弁当を広げながらいち早く反省と改善方法が語られ、 桧水 想良<ヒスイ ソラ> は苦笑しながら同じ様に弁当を広げた。
昨日、想良たちは幻力を奪われそうになった少年を 瑢<ヨウ> の射撃で危機一髪助けた。ちなみに射撃と言っても本当に銃を使っているわけではなく、便宜上そう言っているだけで実際は瑢の魔法のことを指す。
〝魔法〟という言葉も略称で正式には〝魔術法陣〟と言い、想良が生まれた時にはもう既に当たり前となっていた言葉だ。
この魔術法陣という力は生まれた時から誰もが持っている力、幻力を体内で統一しなければ使えない。
もともと体内に散らばっている幻力を統一し、血液のように流れをつくることができれば魔術法陣を使える者として扱われる。そうすることで晴れて訓練を受けられるようになるのだ。
使い手(=魔術法陣の使い手)たちはそれぞれ杖を介して幻力で魔法陣を描き、力を発揮する。
魔法にも効果の種類があり、それぞれ得意分野が存在するのだが瑢の場合それが『攻撃』に当たる。瑢の『攻撃』は、威力は置いとくとしても命中率は百パーセントと言ってもいいほどずば抜けていた。
だから昨日もこちらの足が間に合わなかったのでヨウの『攻撃』に任せたんだけど……。
「外れた時…って」
「そうだよ! 外れる可能性があるなんて心外だ、俺は的当てだけは得意だってのに」
想良の前に座る男子が少し前のめりになって訴えてくる。
彼こそが 玻瀬 瑢<ハセ ヨウ> だ。ザ・爽やか系男子! でありスポーツも得意そうで誰にでもフレンドリーなよく見る中身もイケメンな男子。
……というのはあくまでも見た目であり、実際運動は大の苦手で知っている人でなければそこまでフレンドリーにもならない男子だ。
言ってしまうと悪いのだが正直隣にいる女子、 咲森<サキモリ> フレナ よりも運動音痴。
まぁ、フレが運動得意なのもあるから比較したところで意味はなさそうなんだけど。
「何よ! 的当てだけって、男子なんだからもっと動けないとだめでしょ⁉」
「それお前と比べてないか? お前はもともと運動が得意なんだから比較したってどうしようもないだろ⁉ 大体なんだよその男子だからってのは!」
瑢も同じことを思ったのか比較することに対して強く反対している。さすがに女子にこうまで言われると我慢しがたいのか握ったこぶしがブルブル震えている。
どうも瑢は相手との付き合いが慣れるとつっかかることが多いらしい。いつからこんなやり取りがされるようになったかは定かでないが、とりあえずこの二人の仲は良さそうだからそれでいいかな、と想良は思う。
見上げれば平和そうな空が広がっている。あの白い雲は本当にすっきりするほど真っ白で綺麗だ。
あれは立っているイルカみたいだな。その隣はフレの横顔に何となく似てるかも。
「ちょっとソラ! そんなぼーっと雲眺めてないでコイツ説得してよ! さすがに足が遅いのどうかと思うんだけど」
「へっ?」
フレナの声にそちらを見れば助けだけ求めて相変わらず言い合いをしている。これは止めに入るべきなのだろうか。
悩みながらもとりあえずウインナーを口に放り込んでから思ったことをそのまま口にしてみる。
「まぁ確かに足が遅いのは後々困るかもだけど…」
「おいソラ⁉」
「ほらー、私だけじゃなくてソラも言ってるじゃん。昨日だってたまたまアンタが近くにいたから速かっただけで私と一緒にいたら遅かったの目に見えてるんだから」
「くっ……」
「でもそれは私にも言えることだよ。確かにヨウも遅いかもしれないけど私の方が遅いんだし……朝、みんなでランニングでもする?」
さすがに爆弾を落としたままなのは可哀相なので励ましつつも提案をしてみる。けどこれは実際必要なことだと思う。行動の基本は歩く、走る、だ。車の運転はまだできないし自転車もパンクしたが最後、頼れるのは自分の足だけ。
想良も特段運動が得意なわけでもないのでそろそろランニングとかしたほうが良いのではないかと考えていた。瑢も自分の運動音痴さには嫌気がさしていたようだしいい機会だろう。ついでに言えばここまで言うフレナも運動が得意でも体力は普通の女子並で持久力があまりない。
ランニングは誰にとってもうってつけの訓練だ。
いやしかし……もう一人にとってはどうなのだろうか。
パクパクと箸と口を動かしたお陰か残り三口ぐらいになったご飯を眺めつつ最後のおかずであるエビフライに食らいつく。
やはり揚げたてが一番なのだがしんなりしてもエビの味はちゃんとするので普通に美味しい。ここで水気があると非常に残念なところだが今回は盛り付けが良かったのか大丈夫そうだ。
「ランニングねー……テンも誘う?」
ようやくお弁当の中身が半分になったフレナがぼんやりと呟く。
「いや誘うべきだろ」
テンを誘うべきかどうか、これは少し悩ましい。
あくまでもランニングの目的がそれなりに速く走れるようになる、ということであればテンを誘う必要はないだろう。彼は四人の中で一番足が速く持久力もある。
「絶対誘うべきだぞ、あいつは」
「そうかなー。ていうかそのテンはまだなの? お弁当食べ終わっちゃうけど」
「何してんだっけ、トイレか?」
サンドイッチを食べ終わった瑢はペットボトルのコーラをごくごくと飲み下し辺りを見回す。想良も包みを鞄にしまいながら見てみるが彼が来る気配はない。
トイレにしては長い。となれば……思い当たるのは二つだ。
一、彼は美形であり見た目のわりによく話すので女子からとても人気があり誰かにつかまっている。
二、彼はのんびりするところがあるのでどこかで日向ぼっこをしているうちに女子に囲まれた。
いやいや、さすがに選択肢がどっちも女子関係は悪いか。
内心少し反省をしながらそれにしても遅いな、と腕時計を見る。もう少しで昼休みも終わりだ。
ランニングの話とテンを混ぜた振り返りは放課後かな、なんて思っていると「あ」と瑢が何か思い当たったようにフレナと想良の方を見た。
「何?」
と聞いてみれば
「合宿の説明会」
と返された。
「「あー……!」」
二人で声を上げながらそういえば説明会は今日だったか、と思い出す。すっかり忘れていた。
現在高校二年生の想良たちは希望者のみの特別合宿に参加することにしており、テンはその説明会に班代表として出席している。あまり気にしていないが一応想良たちの班リーダーは彼なので当たり前と言えばそうなのだが。
この学園、〝国立使い手養成 羽根<ハネ>学園〟はその名の通り、〝魔術法陣の使い手〟を養成するいわゆる専門の国立学校である。
ちなみに羽根というのはこの学園がもともと羽根さんという方の私立学園だったことから敬意を表して名前に組み込まれているらしい。
養成学校は数十年前からあったらしいがここ最近になって動きが活発化し、それに合わせて国が支持する学校を作ろうとしたときに校舎として白羽の矢が立ったのが私立羽根学園だったわけだ。
その理由までは知らないがとりあえず国の傘下に入ったのは確かだ。
羽根学園は普通の授業にプラスし、使い手としての学ぶべき授業も組み込まれているため基本全寮制である。もちろん強制まではしていないので実家から通う人も少なくないが敷地内に寮があるので大体はそこに入る。
そして主な目標が各学年に設定されており、高校一年生は当然ながら『基礎』を学ぶところにある。二年生になると『基礎』は『特訓』へと変わり来年の『ひたすら実践』に向けて少しずつ実戦にも関わっていく。
想良たちが少年を助けたあの出来事も実戦の一つだ。
『特訓』の一つとして提示されるのは先ほどの合宿である。各グループに先輩が一人ずつついて色々教えてもらう、という内容。多くの情報を聞き出すチャンスでありながらアタリ・ハズレも大きいのが特徴だ。
実力の最低限度は決められているが上限は決められておらず、その上先輩の方も自由希望。グループによってはものすごく優秀な先輩に当たるかもしれないが運が悪ければ最低限度の力しか持たない先輩に当たる可能性もある。
そのため毎年希望する二年生はくじ運にうるさくなるのだとか。
ということでどの先輩が当たるのかは分からないので参加は強制ではなく自由参加、期間も夏休みとされている。
「お、 天斗<アマト> 来たぞ」
瑢が額に手をかざし、遠くを見るようにして伝えてくる。そちらを見れば軽く走ってくる一人の男子生徒。 胡沢 天斗<コサワ アマト> こと、テンだ。
「ごめん、思ったより長引いた。〝振り返り〟終わった?」
「しょうがねーだろ、説明会は長引くのが定番だし。一応したけどな、それより俺はそっちの方が気になる」
花壇の縁に立っていた瑢は飛び降りて天斗が手にしているプリントを覗き見た。
先輩が誰になるかは運しだい、という話は二年生の中では既に知れ渡っている事実なので気になっても仕方のないことだ。
そもそも知っている先輩などは特にいないのだが、とりあえず名前だけでも聞いておけばどこかで情報を仕入れることができる。ドキドキして瑢の反応を待ってみるがやがて上げられた顔はムスッとしたものだった。
「え、何、悪そうな感じ?」
フレナが不安げに聞けばフルフルと首が振り返される。隣で天斗が苦笑しながらその理由を教えてくれた。
「先輩が誰になるかはまだ分かってないんだ」
その言葉でほっとしたようなやれやれ、といった空気が流れた。
フレナが鞄を手にして身を翻しながら校舎への道を歩き出す。
「なーんだ、やっぱり説明会の時点では分からないんだ」
「まぁ、そんなすぐには決まんないよね」
「けど俺らなら誰になっても大丈夫だろ?」
天斗がニヤリと笑みを浮かべながら来た道を引き返すように歩いていく。瑢も鞄を手にそれに続いていく。そのまま少しだけこちらを振り返り、きょとんとした私に笑みを向けた。
「ほら行くぞ、ソラ」
「……うん!」
慌てて小走りで後を追いながら思う。
自分たちなら、誰になっても……。本当に、そうだと良いな。
桧水 想良<ヒスイ ソラ> 、
咲森<サキモリ> フレナ 、
玻瀬 瑢<ハセ ヨウ> 、
胡沢 天斗<コサワ アマト> 。
C組の五班、C―五ブロック……幻力を使える者の中でも 防衛完封隊<ボウエイカンプウタイ> と呼ばれる団体に属する彼女らはブロッカーと言われ、総称してそう呼ばれる。想良たちに与えられた班名だ。
そしてこの四人は一年生の時に同じ班になってからずっと共に活動してきた、互いに一番身近に感じている仲間である。