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魔術法陣の使い手 square art sorcerer  作者: 兎月 花
第一魔術法陣 私たちの役割
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19. 敵の侵入

 そこに立っていたのは走って来たのか、軽く息を切らした夢芽の姿だった。そのすぐ後ろにはたった今追いついた優貴と倖貴がいる。三人とも酷く慌てた様子で何かがあったのは一目瞭然だった。



「優貴さ……」


「しっ」



 近くまで来た優貴に天斗が声をかけるとすかさず唇の前に自身の人差し指を持っていき静かにするようジェスチャーをする。声すらも出せない状況とは一体どういうことだ。

 とにもかくにも異常事態には変わりない。想良たちは優貴ら三人について静かにその場から離れ、物陰に隠れる。そこでようやく周囲を注意深く見まわした優貴が口を開いた。



「悪いね、急に。君たちは〝連絡トラミス〟を聞いていないか?」


「〝連絡トラミス〟……? いえ、特には」



 班行動の基本の一つ、混乱を避けるためにこのような場合は特別な理由がない限り口を開くのは班リーダーのみとし、会話は最低限とする。ということで天斗が代表として優貴の問いに答える。


 〝連絡トラミス〟とは校内放送や魔術法陣など方法はいくつかあるが、それらを用いて全体的に教師から生徒、学生へ特別な連絡事項をされることを指す。これまでも訓練の意で集合するよう放送がかけられることなどはあったが、このように何か切羽詰まったものは初めてだ。それどころか今回は特に内容を聞いていない、どういうことだろう。


 優貴、倖貴、夢芽の三人は予想していたのか表情を軽く曇らせた。



「君たちの他にこの辺りに誰か来ていなかったか?」


「いえ、来ていないと思いますが……」



 天斗が答えつつこちらを見る。もちろん私たちも自分らの他に目撃した人はいなかったので揃って無言で首を振る。それを聞いた三人はホッとしたように軽く息を吐いた。



「それは良かった。実は組織の者がこの学園に入り込んでいるらしいんだ」



 そうは言われても現実味がない。つい先日も組織の一員ではあるものの想良たちの担任である加波の友人としてトケイが現れている。トケイのことではないか、と思ったがそれを察したのか優貴は首を横に振った。



「トケイさんではないよ、本当に組織の者だ」


「ユウ兄、来てる」



 詳しい説明がされる前にずっと黙って時折周囲を警戒する素振りをみせていた倖貴が小さな声で呟くように、でも想像できないくらい低く言う。何が、と思う間に想良たちも嫌な予感を感じ取る。ということは相手はすぐ側に来ているということか。



「実力は」


「……二人がかり」


「なら夢芽ちゃん、天斗君たちを頼むよ」


「分かりました」



 どんどん話が進み追いつけない。「走る準備はしておいて」と夢芽に言われ、少し腰を上げてそのまま待機する体制に。同時に優貴と倖貴は杖を取り出し二人の間でアイコンタクトを取るや否や立ち上がった。その瞬間、眩い光が向かってくる。相手に見つかり構えていた魔法を放たれたのだと瞬時に悟る。


 それを先輩二人は素早く魔術法陣を描いて放ち、相殺させることでかわす。ほぼ同時にそちらへと飛び出し、見守る暇もなく夢芽が「走って!」とその場から離れるように駆け出した。慌てて四人は夢芽を追って走る。背後では魔法の力がぶつかり合う音が響いていた。本当に、本物の対戦である。練習でも何でもない、そして先生たちが安全を確認したうえでやらしている『実戦』でもない。自分たちよりもいくらか上の力を持つ「敵」だ。


 私たちがいても相手にならない! でも、先輩方二人だけ残して大丈夫なの⁉


 走りながらも想良の心はさっきとは全く別の理由で落ち着かない。学園に通い始めて一年は経っているが、これまでそんなことはなく、ましてや過去に同じようなことが起こったとは聞いていない。何をどうすればいいのか全く分からなかった。


 寮の方まで駆けてくればようやく夢芽の速度が緩み、想良たちもそれにならって速度を落とし呼吸を整える。後ろを振り返ればまだ対戦しているのか紫の光と青い光が見える。一方で藍色の光が見えるから相手は『操作』効果を持つ使い手なのだろう。優貴と倖貴は紫と青の使い手だから『操作』効果を持つ藍の使い手とは相性が悪い。お互いに攻撃力はそう大きくないから元々持っている力によって戦いの勝敗が左右されるだろう。



「一体何が連絡されたんですか」



 いち早く落ち着いた天斗が尋ねる。何が起きた、という質問はもはや必要ないものだった。どう考えても何かあったからこうして逃げてきているのだ。


 天斗同様に既に呼吸を整えていた夢芽は相変わらずの無表情で告げる。



「見ての通りよ。敵の侵入が確認されたから力の及ばない高校生は全員寮に避難するよう言われている」


「敵の侵入……今までこんなことなかったよね?」



 明らかに不安げな声をあげるフレナに想良はさりげなく側に寄る。瑢も心なしか眉を下げて黙っていた。


 今後、同じようなことが起こるだろう。むしろ想良たちはそんな世界に飛び込もうと今訓練し学んでいる。ここでビビるようでは将来が心配だ、とは分かっているが力がまだまだ未熟なのも事実。ましてや相手は大学生並みの力を持っていると考えられている。恐怖があってもおかしくないと、思いたい。



「……怖がりなさい。十分に」


「え?」



 想良の心を察したのか、夢芽はそんなことをポツリと呟く。だがそれ以上の説明はなく結局何を意味しているのかは分からずじまいだった。



「敵は一人なんですか?」



 ここに送られた、ということは高校生である想良たちの安全確保を意味する。だがそれを分かってなお天斗だけは食い下がるように質問を続けた。夢芽もそれは分かっていたが無理に男子寮に入ってまで押し込むまではできず、その場で答えだけを口にしていく。



「いいえ、少なくとも三人はいるはずよ」


「そんなに…⁉」



 瑢も口をあんぐり開ける。



「でも確認された人数だけだから予想では五人ね。それも皆大学生以上。だから高校生であるあなた達のような者は寮へ避難するよう言われているのよ。その方が先生たちも守りやすいし、第一いなくても人数さえいれば何かしら対抗はできるでしょう?」


「そうですね……だから先生方もすぐに来ない訳か……」



 今は放課後。つまり帰宅している先生もいる。その上で高校生を集めて守衛体制を敷き、複数いる敵の使い手を探す。すぐに助けが入らない訳だ。



「あれ、でも何で私たちに連絡が来なかったんだろう?」


「運が悪かったわね、見たでしょう敵の使い手を」


「あ…!」


「藍色の使い手……そうか、『操作』効果!」


「何かしらの操作を得意とする力、だったっけ」


「うん。だから連絡の通信や電波系を操作して一部のエリアには届かないようにしていたんだろう。組織の目的は大体が幻力イルシオンの奪取だ。何も知らないところを襲って奪うやり口なのかもな」


「へぇ? なかなかの推理ね、班リーダーなだけあるわ。私たちも同じ読みよ」



 敵は複数人。そのうちの一人は現在も優貴と倖貴が相手をしており、紫の使い手で『操作』効果を得意としている。そして電波系の操作をスムーズに行うほどの力を持ち、これにより情報が来なかった何も知らない人を襲って幻力イルシオンを奪う。計画性が窺えるほどだ。このことから言えることが一つ、ある。



「敵は……慣れている」


「ええ、そうみたいね」



 想良の言葉に夢芽が頷く。


 いくら年上とはいえ学園を卒業していないのだから完全な一人前の使い手、とは言い切れない二人の先輩。このまま相手を倒すことができるのだろうか。


 不安を胸に光の方を見つめていればそれは不意に途絶える。まさか、と背中に寒気が走った。だがすぐに夢芽の携帯に着信音が流れ期待と共に安堵する。



「倖貴? ……ええ、こっちは大丈夫よ……そう、お疲れ様」



 どうやら会話からも無事に終わったようだった。案の定、通話を切った夢芽は軽く頷いてくれた。



「二人とも無事よ。先生方が応援に来たから離脱するようね」


「良かった……」



 どうやら先生方であれば軽く対応できる相手らしかった。




 後に聞けば敵は五人おり、全員が大学生で自分の力を過信して調子に乗って襲ってきたらしかった。

 敵の使い手も自分たちのように養成学校があって教えられているのだろうか。想良は話を聞きながらそんなことを考えていた。

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