16. 挨拶
大学のラウンジと呼ばれる広い空間の一角、想良たちは三人の先輩と向かい合って座っていた。
あまり真面目そうに見えない倖貴、と名乗った男子学生が気を利かせて飲み物を奢ってくれる。見た目の割に面倒見は良いらしく始終笑みを見せていた。その隣に座る女子学生は出会ったときから一切表情を変えずにクールビューティーを保っていた。かわいい、というよりは美しい、の言葉が合う感じで黒髪がサラサラしている。こちらは夢芽、と名乗り倖貴とは幼馴染とのことだった。
そして爽やかな笑みを見せるもう一人の男子学生。この人がずっと想良たちが探していた優貴だった。
「改めて、朝川 優貴だ。もう知ってると思うけど得意効果は『法則』、君たちの中には同じ人がいないけど俺が知っている限りのことは伝えるつもりだからよろしくね」
この三人の中では一番親しみやすさを感じる爽やか系。天斗のクールさを無くしたら同じタイプとも言える。性格は見た目そのもの、穏やかで名前の通り優しそうだ。
「班リーダーの胡沢 天斗です。よろしくお願いします」
天斗の言葉に他の三人もそろって頭を下げる。その息ぴったりな様子に大学生三人は目を丸くして誰ともなく笑みを浮かべた。夢芽は普段一緒にいる倖貴と優貴がようやく分かる程度にしか口角を上げていなかったが、それでもすごい変化だ。
もちろんそんなことはほぼ初対面の想良たちには分かるはずもなく、勘の鈍い女子二人はそもそも相手が微笑んでいたなど思いもしていなかった。
「えーと、確か『バランス』の使い手がいたよね? 特出したものがない代わりにどんなものも使えるから、君たち四人の中では一番『法則』の力が使えるはずだ」
「やったじゃん、ソラ」
ずい、とフレナが軽く小突いてくる。
「う、うん……」
「君がそうなんだね。桧水さんだったよね、よろしく」
「よろしくお願いします!」
自然に差し出された手に慌てて差し出すと軽く握られる。しっかりした温かな手だ。
う……なんか緊張……。
もともとスキンシップが得意ではないうえ男子とも頻繁に話すことがない想良にとって、握手は難易度が高い。だがこれは社交辞令の一つでもあり、そう思い込むことによって気持ちは少し落ち着く。顔が少し紅潮していることに関しては気づかないふりをしていよう。
「倖貴さんと夢芽さんも合宿に参加するんですか?」
互いに軽く挨拶が終わって天斗が気になることを口にする。想良たちには分かるはずもないが、植木に隠れてたまたま話を聞いていた瑢(バレていたけれど)には察することができた。
「そうさ、僕たちは今年初めて参加することになったのさ」
フフフ、と目を細めながらそんなことを言う倖貴に隣の夢芽は冷めきった視線を向けて呆れてみせる。
「あなた達、倖貴じゃなくて優貴さんのグループで良かったわね。腕は確かだけど余計なことまで教えられそうだわ」
「僕の腕はちゃんと認めてくれるんだね、嬉しいよ夢芽」
「……使い手としての力のことじゃないわよ」
「あ、そう……」
幼馴染とはここまで好きに言い合えるのか。そういう人がいない想良は変なところで感心する。
「ま、それにしてもわざわざ会いに来るなんてね。なかなかいないよ、そういう人は。何か聞きたいことでも?」
気を取り直した倖貴が尋ね、心なしか他の二人の視線が鋭くなる。大学では基本的に実践を行っているところから自然と身についたものなのかもしれない。そもそも実践をするほど奴らが出回っているのもどうかと思うが。
「そうだね。知らされるのが例年より少し早まったとはいえ直接訪ねてくる人はそんなに多くない。それも班全員はね」
特に深くは考えていなかった想良は相手が深読みをしていることに内心焦った。ただ事前に挨拶するのが普通だと思っていたがそうでもないらしい。そしてこうして会いに来る者は大抵何かを企んでのことだと思われているようだ。
確かにどんな人なのか分からないままで楽しみに会うのをとっておく、というのも考えられるが……それにしてもやはり顔を合わせる理由として何かを企んでいる、と考えられるのは不思議でしかない。自分が知らない何かがあるのか。
「まさか単に挨拶に来ただけじゃないでしょ?」
優貴のさらなる押しに息がつまる。と、ここであっけらかんにフレナがこちらを見る。驚いて目をぱちくりさせれば前に向き直ったフレナが口を開いた。
「えーと、その、まさしく挨拶しに来ただけなんですけど……」
「え?」
今度は優貴が驚く番だった。まさか本当にそうだとは思わなかったよう。
「え、と。ほんとに?」
「はい。ね、ソラ」
「う、うん……」
あれ、でも最初に挨拶行こう、って言い出したの誰だっけ……?
「……分かった、ごめんね俺の深読みだったみたいだ。わざわざ挨拶に来てくれてありがとう。事前に君たちのことを知れたらこっちも練習メニューが立てやすいよ」
「朝川先輩……いえ、優貴さん」
「ん?」
「俺たちの力、見てもらえませんか」
テン……?
天斗の急な申し出に想良たち三人は驚く。
そうだ、先に言い出したのはテンだった。ということは、こちらは何も意味を考えていなかったがテンは本当に企みがあってきたのか。もしそれを読んで優貴さんたちが聞いたのだとしたら? 答えが「挨拶だけ」だと言ったら? まさか、と冷や汗が流れる。
こんなところで、どんな人なのか、意欲はどの程度なのか、試されてるのでは……。
「なーんだ、気づいてたんだ?」
「それが本題だね?」
倖貴と優貴は口元に笑みを浮かべて天斗の顔を覗きこむ。なんとなく察した想良も気づけば目が真剣になった。それに気づいた夢芽が心なしか目を細め見てくる。フレナと瑢はまだよく分からずポカンとしている。
「はい。事前に見てもらった方が後々効率よく練習ができますし……」
最後の方を少し濁す天斗に違和感を覚える。だがそれはすぐに気にしない。次いで優貴さんが発した言葉に驚いてしまったからだ。
「うん、じゃあさっそく見せてもらおうか。今」
「い、今、ですか……⁉」
勢いで立ち上がるフレナに落ち着くよう腕を軽く引っ張る。本人が意識しているかどうかは怪しいが、重力にしたがってストンと椅子に腰が下ろされた。
だが今見せるのは急な話だ。心構えが全然できていない。魔術法陣は基本的に本人の体力によって幻力を使える量が変わる。しかしそれだけではない。ただ体力があってもこの力は一筋縄ではいかないもので、同時に知力と精神力も強くなくては最大限の力は発揮されない仕組みだ。簡単にいうと、単に体力がある人よりもそれより体力が少なくとも知力、精神力が強ければ総合的に後者の方が強いということだ。
心の準備がなくて緊張したままで魔法なんて……いつもの実力、出せる気がしないよー。
「そうだな……悪い、倖貴。手伝ってくれないか?」
「ん、いいよ。ごめん夢芽、寂しいだろうが少しのあい」
「倖貴は火だるまがお望みのようね」
「いや、何でもない……」
「じゃあ俺と倖貴で一人ずつ見せてもらっていいかな? 最初は胡沢君と咲森さん、で頼もうかな」
良かった、とホッとする反面フレナは大丈夫か気になる。だいぶ動揺していたようだし。
フレナは自分に白羽の矢が立って驚きさらに動揺を隠せずにいるがもともと魔法を使うのは嫌いじゃない。その緊張がどれだけプラスに働くかによる。一方の天斗は自分から言い出したこともあり動揺などは全く見せず頷いて肯定を示した。