14. 自分たちなら、できる
術文を入れる際、必ず円は二重だ。その間に術文が入るからであり、また円が一つだと威力が弱いからだ。最も線は多い方がいい、というわけではないのだが。
二重の円を描く想良は続けて二つの三角形を描く。
得意効果の関係性を表す図と同じ形のものだ。
これまでは五角形、いわゆる星形のものか、円が一つしかない魔方陣だけだったので外で観戦していたフレナと瑢は目を見開いた。
まさかここでそれを使うとは……!
「魔術……!」
天斗も思わず声をあげる。だがその直後、にやりと笑みを浮かべた。
それに気づかず想良はそのまま魔術法陣を放った。
〝ハーモウィンド……
「空気砲〟‼」
基本魔術を唱えず魔術のみで唱えるそれは二年生になって初めて習ったもの。もっと言えば二年時最初の到達目標の内容。通常三か月ほどの時間でクリアすべきとされているそれを想良はすでに自分のものとしつつある。
果たしてこれが成功するのか。
技自体は一年時とそこまで変わらない。より効率よく早く発動させるため、基本魔術を口にせず内心で唱え魔術のみ声に出して……言霊として魔方陣に乗せ発動させる。
「行った……!」
「どうすんだ天斗……!」
普通に考えて一年時に習ったものと二年時に習ったものでは威力が違う。
高度になる分威力も効果も大きくなるのが通常だ。もちろんその時の状態やそれぞれの体力などによっても変わってくるが、魔術法陣の使い手としての能力は同等。想良の方が上だ。
誰もがそう考えたその時、天斗の方から静かに、それでいて威厳のある声が響いた。
「〝大波〟」
「うそ……」
驚いて目を見開く想良。
予想していなかった、まさかテンも同じ手でくるなんて……!
持続させながら空気砲を押し出そうとしていた想良はそこで集中力を思わず切らしてしまい空気砲はまさに弾丸のように飛んで行ってしまう。天斗の大波は逆に勢いを増してこちらに迫ってくる。
「わっ、ぷ……!」
そのままザバンッ、と頭から波が襲ってきて全身びしょ濡れ。
いくら何でも女の子に頭から水かけるとか……いやでも対戦だからそうは言ってられないか。
プルプルと頭を振って軽く水滴を落とすものの完全に乾くわけでもない、これは一度何とかしなければならなかった。
「あーあ、ソラびしょ濡れじゃん」
「天斗もなかなかえげつないことするな」
この程度の被害はある意味想定内なので静観している二人は特に動かない。そもそも天斗の得意効果『浄化』は水が自然の力として発揮される。水を主に扱う以上は対戦の際に濡れてしまうことは想定すべきである。
「ま、これで勝負はついたね。どっちもどっちだったから総合したら引き分けかな」
軽く飛び跳ねるようにしてベンチから立つとフレナはびしょ濡れの想良に駆け寄っていく。そこにはすでに水を被せた張本人、天斗がいて一応謝罪をしている。
「ごめん、大丈夫? 思ったより威力の加減ができてなかったかも」
「ううん、しょうがないよ。でもまさかテンも魔術だけで発動させるなんて……」
「先に不意を突かれたからお返し」
少し笑う天斗はどこかいたずらっ子のような目をしていた。計画がうまくいったときの顔だ。
もしかしたらテンはわざと自分の扱いにくい効果の魔法を組み合わせて打ってきたのかもしれない。その上で想良が習ったばかりの魔術法陣を描いてくると踏んでいたのだろう。
「うーん、引っかかるなんてまだまだだなぁ」
「っていうか、ソラは毎回そうなんだよ」
「え?」
「習いたての魔法を使いたいのが見え見え。冬辺りから気づいていたけど、ソラだったらもう大体はできるしそろそろ魔術だけで打ってくるかな、って思ってたんだよね」
「えー……そこまで読んでたの……」
恐るべし天斗の観察眼。
もうちょっと自分のことも知った上で考えてやらないとな、と自分の中で軽く〝振り返り〟を行う。そこへパタパタかけてくるのはフレナだ。後ろから瑢も歩いてくる。
対戦は自然と終了となっていた。
「ソラ、乾かさないと風邪ひくよ?」
「悪いヨウ、頼めるか」
「任せとけって」
ひらひらと持っている杖を振って瑢は天斗の言葉に答える。
さすがに高校二年生ともなれば多くの者は七種類の基本魔術すべてを使えるようになるので誰かに頼むこともないのだが幸い想良たちの班は瑢が熱に関する魔法を得意効果としている。だから何かを乾かすときは大抵瑢に任せるのが想良たちの暗黙の了解となっている。
ちなみに水が欲しいときは天斗、光が欲しいときはフレナ、とそれぞれの得意効果頼みにしている。魔法を使えるとよくやるパターンだ。
「んじゃ、いくよ」
杖の先の透明なクリスタルがオレンジ色に輝きスクエアが精製される。
少し離れて軽く円を描き中心に星を描いて想良に向ける……と思えば二つの三角を組み合わせた六角形を描き始めた瑢。今までは普通に〝アクトヒート〟だけだったので三人は驚いた。
橙色に交じって見えるのは緑色。効果『バランス』と自身の得意効果である『攻撃』の合わせ魔法、熱と風だ。
「〝アクトウィンド〟」
魔術法陣から熱風が吐き出され想良に当たる。でもそれは服を乾かす程度に調整されており火傷するほど熱くはない。そのまま吹いてくる熱風は瑢が見事に威力を調整しており早く乾く。
「驚いた、威力の調整がうまいな」
「やるじゃない、ヨウ」
傍で見ていた二人は思わぬところで瑢の魔法のすごさが見れ感心した声をあげる。実際にその魔法を受けている想良もそれは同じだった。
まだ入学したころの一も二も分からないときは力の加減などできていなかった。ただ魔法を発動させては消してを繰り返し、時にはそれでけがをする人も出てくる。
誰かを助けるための力のはずなのに誰かを傷つける可能性もある。
そのことに気づかされたのも一年生の時だった。それでもこうして練習し続けるのは上手く使えるようになって困っている誰かを助けたいという気持ちがあるからだろうか。
でも中には幻力を奪う『ゼロシステム』を倒すためだと考えている人もいる。やはり魔法というものは使う人の考えによってその脅威を大きく変えてしまうのだろう。
「……っと、どうだ?」
軽く息をついた瑢が杖を下げる。先が平たい五角形の形になっている宝石は輝きをなくし透明に戻る。だがそれは夕日を受けてキラキラとオレンジ色にほんのり光っていた。
軽く服や髪に触れて想良は乾いたのを確認すると笑顔で頷いてみせる。
「ありがとう、乾いたみたい」
「よっし、これで誰が濡れてもすぐ乾かせるな」
「大体はテンが調整できなくてそうなるんだけどねぇ」
「なんだよその目は。フレは俺にも喧嘩売ってるの?」
「まさか!」
「あははっ、テンのその上から目線、久しぶりに見たかも!」
「ソラはまだやり足りなかったか」
「ううん、今日はもういいよ」
こぼれてくる笑いを抑えながらも答え改めて今のメンバーを見る。
調子の良いことを言ってはこうして笑う種を蒔いてくれるフレナ。
それにいつも乗っかって、でも相手のことをよく考えている瑢。
冷静に判断を下すも表情豊かに反応して相手してくれる天斗。
本当に加波先生はいい班を作ってくれた。
羽根学園は毎年百九十六人の生徒を迎え入れる。最終的な班分けは七つ作られるため一クラス二十八人の計算だ。将来的には一人で行動する者もいるが、基本は複数人で動くため今から班行動をしておこう、という根端らしい。
とりあえず新入生の担任は割り振られたクラスの中で得意効果が被らないよう調整しつつ中学校からの情報を元に人間関係も良好になるような班づくりをしなくてはならない。
本来は生徒に漏らしていい情報なのかは疑問だがあのペラペラ喋ってしまう加波のことだ、想良たちは最初からそう聞かされていた。
「さてと、じゃあヨウの練習に移ろっか。もう時間ないし」
「お願いします」
ぺこりと軽く頭を下げられ三人は杖の先端を合わせて瑢の方に突き出した。それに気づいた瑢も頭を上げ少し照れ臭そうにしながら同じように杖の先端を合わせる。
上から見ると十字架のように寄り添う杖たち。そしてそれを手にする者の顔には笑顔が浮かんでいる。
「絶対一発で追試受かってもらうからね!」
「頑張って、ヨウ」
「明日は自分で起きるよ」
「ぶはっ、天斗、それ今言うことじゃねぇ」
「そうか、悪い。よし、じゃあもうひと頑張り! 俺たちなら!」
「「できる!」」
「ファイト!」
「「おーーー‼」」
声に合わせて同じ透明の宝石が散らばる。それは夕焼けに溶けていきやがて彼女らの色に染まる。
日が沈むまで四人の活動は続いていった。
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「……仲のよさそうな四人だね」
「ユウ兄なら多少手ごわそうでも平気だったのに」
「何言ってるのよ。お互い面倒事は少ない方がいいわ」
それを近くで誰かが見ているなど、四人はまだ知らなかった。