11. フレナと瑢の対戦
その日の放課後、四人は例の場所で落ち合った。
しかし今日目的としていたクラスの把握は予想外なことに集まる前にすでに分かってしまい、やることがなくなっている。報告もそこそこに四人は何するともなく花壇の花を眺めつつ思い思いに時間を過ごすだけ。
想良は名も知らぬ花に夕日がかかって幻想的なものを感じ、ぼんやりと眺めている。
その横でフレナは携帯を操作しSNSを使って情報を収集。成り行きからして当然のことをしている。
一方で男子軍、特に明日の昼には追試が待っている瑢。こちらは教科書を開くのでもなく杖を手にして何やら考えており、花壇の縁に腰掛け軽く目をつむる天斗は寝ているのかもしれない。
「……なぁ」
沈黙を破ったのは瑢だった。
その声に想良は顔を上げ瑢の方に向け、天斗はうっすらと目を開く。視界の端でフレナが情報収集は終わったとばかりに携帯をポケットにしまっているのが分かる。
三人が話を聞く体制になったのを確認した瑢は杖を軽く振って「練習、しない?」と誰にともなく聞いた。夕日に照らされた杖の先の透明な宝石がまぶしい。
「いいね、やろうやろう! 私も練習したいし!」
ベンチに座っていたフレナがいち早く反応して勢いよく立ち上がる。想良と天斗もつられるように立ち上がりアクセサリーから杖を取り出した。
風によってふわりとスカートとマントが揺れた。
そろって構える杖。その先端には透明のやや平らな五角形の宝石がくっついており、日の光を受けてキラキラ輝いている。
これに幻力を通すと、想良はエメラルドのような緑、フレナはレモンのような黄色、瑢はミカンゼリーのようなオレンジ色、天斗は澄んだ空のような青色になる。
杖の先端の宝石、それこそが幻力をスクエアに変えるものであり、その色は使い手それぞれの『得意効果』によって変わってくる。
想良たちは緑、黄、橙、青、の四色だが今回教わるとされている先輩、朝川優貴は紫だと推測された。
「基本魔術がポンッ、と頭の中に浮かんでそれを描ければいいんだろ? なら基本魔術を使って実践した方が身に入るし練習にもなると思うんだ」
「なるほど……」
「アンタにしてみればいい考えじゃない」
「あのなぁ、今回はたまたまミスっただけでそこまで頭悪くないからな?」
「分かってるって! ほら、どうする? 魔法陣描くだけ?」
妙にワクワクしたフレナが先を促す。瑢も相変わらずのはっちゃけた感じに呆れを見せつつも魔法を使うとなるとやはり楽しくなるのか口元の笑みは消えていない。
軽い挑発ととったのかフレナの言葉に対し瑢は「お前ちょっと調子に乗ってるから対戦な」と軽く杖を向ける。その言葉を待っていたのかフレナもにやりと笑って杖を軽く振ってみせる。
「オッケー、相手になってあげる」
「負けたらその上から目線ちょっとは直せよな」
「え~追試のくせに」
「うっさい」
相変わらず言い合う二人だがどこか楽しそうだ。そして互いに杖を構えるとその雰囲気は瞬時に静まり代わりに真剣な表情が現れる。
その雰囲気に気圧されるように想良と天斗も笑顔を引っ込め二人の成り行きを見つめる。
最初に杖の先端が光ったのはフレナだった。透明な宝石が黄色に光りフレナの中の幻力が集まりスクエアとなっていく。
キラキラと月のように輝く光の線が杖の動きに合わせて引かれていく。大きく円が描かれ中心に五角形の一般的な星形が入り、続けて描いた円に向かって杖を突き付け
「〝ハートライト〟!」
フレナの得意効果である『精神作用』の基本魔術だ。
基本魔術のみの魔術法陣はただの力を集めて放つだけでそれぞれの効果はあまり関係ない。強いて言えば自分の得意効果を放つことで他の効果の力よりは威力が増すだけだ。もちろんそれなりに扱えるようになればそれだけで効果を発揮することも可能である。
瑢はそれを迎え撃つつもりなのか同じように円を描き一直線に杖を向ける。
「〝アクトヒート〟!」
二つの力が中心でぶつかり相殺される。どちらも単純な力のぶつけ合いでそれぞれの効果は発揮されていない。
もし効果を出していたら光と熱がぶつかっていただろう。
「さすがに自分の効果はすぐ出るみたいね」
衝撃によって砂ぼこりが軽く舞い、それが引くと楽しそうにフレナは笑った。
ここは花壇で迷路が作られるほど花が多く植えられているがテラスから少し離れたところには軽く手合わせができるスペースが設けられている。舗装されたコンクリート、まではいかないが比較的滑らかな地であり一見砂などはなさそうだがなぜだか溜まりやすい。
大抵はその影響で辺りがもわもわと覆われ魔法を使ったときの解放感が高まる。今魔法使ってる!、みたいな感じだ。
「ほんっとオマエって人を馬鹿にしてくるよな。次は違うのやるぜ?」
「いいよ、受けてあげる」
「今に見てろ」
少し余裕を見せるフレナは大丈夫だろうか。これまでの一年という付き合いからして余裕ぶっているときに不意を突かれるのがフレナだ。そのことについてはもちろん瑢も知っている。
果たして受けられるのかどうか。
「大丈夫かな、フレナ……」
思わず小声で呟くと隣に座って同じように二人のやり合いを見ていた天斗は少し首を傾げた。
「俺はまだヨウが心配だな」
「え、そう?」
「まぁ、見てよう」
「うん……」
どうやら天斗は想良が気づいていない何かを懸念しているらしい。どちらにせよ二人の対戦に介入する気はないので見守ったままだ。
続いて杖の先端の宝石をオレンジ色に光らせた瑢は二重になるように二つの円を描いた。その場にいた三人は驚く。
基本魔術から始めていたので次はそれを二つ組み合わせた魔術方陣をすると思っていたのだがとんだ思い違いだったようだ。
これはおそらく一年生の後半でやった魔法、初歩的な言い回しだが一応一般的に使うとされている形態の魔法だ。
「いきなりそっちいって大丈夫なの」
少しだけ警戒心を滲ませたフレナも同様に魔術法陣を描き瑢の攻撃に備える。
瑢はその言葉を無視し、二重の円の中に五角形の星を描いた。そのまま二重線の間をなぞってすかさず杖を向ける。
「〝アクトヒート・熱槍〟!」
「〝ハートライト・光線〟!」
今度は攻撃範囲が狭い一発勝負の術だ。瑢がこれを外すことは考えにくいがフレナもこの魔術法陣は我がものにしているので外れるのは正直考えにくい。これはまた相殺されてしまうだろう。
先ほどより威力が大きかったからかドカン、と激しい音が響く。砂ぼこりも増え想良は思わずむせた。
衝撃が収まり砂ぼこりが落ち着くとやはり攻撃は相殺されていたのか無傷な二人が立っている。どちらも得意げな顔で対戦を楽しんでいるようだった。
いいなぁ、魔法使うのって楽しいんだよね。
使い手のほとんどは魔法を使えることを喜び、そして楽しんでいる。友達同士でやる対戦は特にそうで、普通の高校生で言えば野球やサッカー、絵を描いたり歌ったりするのと似ている。もちろんやられたら悔しいし勝てば嬉しい、いわばゲームのようなものだ。
相手に攻撃が当たらないもどかしさ、ほぼ同レベルでやり合い互いを高め合える高揚感。そんな空気がその場を制していた。
再び瑢が魔術法陣を展開させ杖を向ける。フレナも同じように展開させ魔術法陣を飛ばした。
「〝アクト、レクト〟!」
「〝ハートウィンド〟!」
今度はさっきより一段階下の魔法だ。異なる二つの基本魔術を組み合わせて発動させる。
アクトレクトは熱と電気、ハートウィンドは光と風。自然の力そのものを見てもどちらが勝るかは考えにくい。
「負けたな」
ポツリと天斗が呟いた。
目を丸くしているところで「うわっ!」と瑢が叫び尻もちをついた。
どうやら今回はフレナの魔法が瑢に当たったらしい。ということは瑢が放った魔法はそれより劣っていた、ということだ。