09. 改めて報告しよう
「おっそーい! 何やってたのよヨウー」
教室から荷物を持って急いでやってきた瑢に対し待ちくたびれたフレナが少し頬を膨らませた。想良と天斗も昼食は食べ終えていて瑢が来るまで談笑していた風だ。
ごめん、と素直に謝罪を口にすれば当然追い打ちのように「何してたのよ」と再び尋ねられる。基本班員には隠し事をする気がない瑢はこれまた素直に「忘れ物取りに行ってた」と答えた。
もちろんこれは良しとされていることではないため聞いた三人は驚いた顔をする。瑢はそれを横目に食べ損ねかけている昼食の弁当を広げ口に放り込んでいく。さりげなく天斗がペットボトルのコーラを横に置いてくれた。触れると冷たくてまだ買ってきたばかりのようだ。朝のお詫びのコーラをありがたく受け取り、走って火照った体を冷やすように喉へ流し込む。
「取りに行くほど大事なもの忘れたの?」
「杖」
「「え」」
想良が尋ねると瑢は端的に一言答える。その素っ気なさはさほど重要ではない物言いだが実際はかなり大切なことである。杖は使い手が幻力を元に魔法陣を描くときに出すスクエアを具現化するための唯一の道具で、これがなければ使い手であれ魔法陣を描くことができず力を発揮できない。いつでもどこでも常に持ち歩きいざという時に素早く取り出す、これが当たり前でありどこかに置いていくことは原則あり得ない。あってはならない。
「それは……うん、取りに行くべきだね」
驚いた表情から苦笑する想良はあまり内容に触れないようにしつつ言葉を選ぶ。フレナもフォローのつもりなのか「今日の最後の授業、実技だしね」と呆れながらも瑢が取りに戻ったことを良くはないけど正しい行動だと認める。これに関しては天斗も同意見のようで「取りに行って正解だったと思うよ」と頷いた。
何気ない言葉だけどずっとこのメンバーできたからこその言葉で、そこにはきっと誰ひとり意識していない信頼と思いやりが奥深くに隠されているだろう。時々このメンバーでいると想良はそんな不思議な気持ちにとらわれることがあった。でもそれは嫌なものではなく、むしろ大切で大事なもののように思える、心地よさがある。
あっという間にお弁当を食べ終えた瑢は、今度はこっちの番とばかりに三人へ目を向けた。
コーラの減りが早い。さすが好物なだけある。
「で、天斗からの報告ってのは? 二人はもう聞いたの?」
「アンタ待ってたらお昼終わりそうだったからね」
「……なに、もしかして怒ってる?」
「まさか」
そっぽを向くフレナの顔はよく見えない。いつも一緒にいる想良でもこれに関してはよく分からず、気持ちを読み取るのは難しい。でも言い合いするくらいに仲が良いことは知っているので二人が付き合ってもいいのにな、とは常々思う。もちろん本人たちには何を言われるか分からないため口に出す気はないのだが。
まあ、怒ってはいないと思うんだけどね。
これもまたいつものやり取りのためか天斗は気にせず瑢の質問に対し携帯を取り出した。
「合宿の先輩が決まったんだ」
「え、ほんと⁉」
やはり瑢も先輩が誰になるのかはまだ先になると思っていたらしく驚いた顔だ。すでに知っている三人はその反応を見て面白そうに頷き天斗は先を続ける。
「名前は 朝川 優貴 先輩。大学三年生で得意効果は『法則』……うちの班じゃ誰もいないな」
少しだけ苦笑して天斗は携帯の画面を見せてくれる。覗いてみれば名前と学年、得意効果が書かれていた。簡単な情報は二年生におりてくるらしく、何も知らないよりは良い。
天斗の説明を聞いた瑢の中ではつい先ほど目にしたカップルらしき男女の会話が繰り返された。
ユウ……キ? 確かあの先輩方の会話の中でユウさん、みたいな名前があった気がしたけど……。でもユウヤさんかもしれないしユウスケさんかもしれないし……いや、そんな訳ないか。
悶々とした気持ちを持ち始めたが確率的に自分が見た二人と今回の合宿の先輩が兄弟なのは低いだろう。瑢は自分の考えすぎとしてこのことについて考えるのをやめた。
「大学三年生かー……ってことはそれなりに実力持ってそうだよね!」
「でも同じ効果の人がいないのはちょっと残念だな」
名前しか聞いていなかった女子二人はどんな先輩なのか想像を膨らませていく。実際大学三年生となれば卒業まで一年なのでかなり力を使いこなせるようになっているはずだった。すでに実践も多く行っているだろう。
四人の中で自然とアタリという言葉が出てくる。これで大学一年生となれば少しこわい気もするが三年生であれば色々学ぶことが多くありそうだ。
「まだ夏休みまで時間あるし、一度先輩に直接会って挨拶するのも良いかな、と思ったんだけど三人はどう?」
ワクワクしてきたのか天斗の声が自然と弾んでいく。それにつられて普段はあまり意気込まない想良も大きく頷いて賛成の意を表す。
「うん! 良いと思う!」
「私も賛成! 先輩のクラス探してみようよ」
フレナも話にのっかり当然のごとく瑢も話に加わった。
「早速明日回ってみようぜ」
そうだね、そう想良が返そうとしたところで目を丸くしたフレナがすかさず「昼、追試じゃ……」と追い打ちをかけた。その言葉に笑顔のままかたまった瑢はことを理解したのかその場にへなへなとしゃがみこんだ。テストのことを忘れていた想良は肯定の言葉を口に出す前でよかったと密かに安堵の息を吐いた。