ちょっとなに言ってるのかわからないです
武器名:コルト・パイソン(4インチモデル)
種類:拳銃
口径:.357口径(約9mm)
装弾数:6発
普段使い慣れた銃が心なしか重く感じる。訓練の時には決して感じない心の重み。
一歩大和軍事基地の敷地内から出て双眼鏡を覗けば、ローブを着た魔法使い、剣を携えた騎士、門番に中世風の街並み……どこからどう見てもファンタジー世界の風景だ。
かつて、新潟県の北知他市一色町だった場所は最早見る影も無い。
田んぼ、田んぼ、田んぼ、コンビニ、田んぼ、田んぼ。そんなのどかだが退屈な風景。そんな世界にいたことが、逆に違和感を覚えるくらいだ。
……本当に、帰還などできるのだろうか。誰も口には出さないが、誰もが半信半疑で不安げな表情が見て取れる……唯ひとり真野 桜を除いては。
「柴田、おみやげよろしく。おいしいもの食べないとやっぱ頭働かなーい」
見送りに来たと思ったら……
なんと言う女だろうか。いや、なんと言う悪魔だろうか。
「じゃあ、行ってきます東副長官」
桜を無視して、そう言い捨て草原を歩く。
横を見ると、庶務係の牧瀬さんがニコニコしながら歩いている。
「なんか、ピクニックみたいで楽しいですねー」
「は、はぁ」
女子新入社員として、すでに名を馳せている牧瀬久美さんは23歳。美人だが、超がつくほど残念な美人だ。
愛嬌はいいが、仕事は全くできない。世間知らずのお嬢様を絵に描いたような女性。コピーをしてきてとお願いすると、コピー機の暗証番号を忘れて一時間立ち尽くす。腹痛で休み……かと思いきや、愛犬の腹痛で三連休。愛猫の腰痛で5連休。しまいには、昔飼っていたインコの命日で休むという完全に空気が読めないっぷりを発揮。それでも、愛嬌がよくいつもニコニコした太陽のような子なので男臭さ際立つ基地内での評価は高い。
しかし、有事の際はやはり別のようだ。俺とタッグを組むことになるそれ即ち、戦力外通告のようなものだ。
「あの……とりあえず、これ持てます?」
そう言って、リュックを彼女に差し出す。
「うん! わかったよー。あっ、あと私のことは久美って呼んでね」
か、可愛い。年上でフワフワした笑顔。フワフワしてそうな胸。これは、中年男性がこぞってチヤホヤするのもわかる気がする。
「じゃあ、久美さん。お願いします」
ドサッ
うおおおおおおおおいっ!
「なにいきなり落としてんですか危ないでしょうが!」
「ええっ……だって重いんだもん。なにが入ってるの? 壺?」
な、なんで壺入れるんだよ。
「手榴弾にロケットランチャー、スタンガンに麻酔銃……」
「またまたぁ」
くっ……あんたみたいな女がいるからゆとり世代って言われるんだよ。
「とにかく! 気をつけてくださいね。本当に危ないんですから」
「でも、重いんだもん。そんなん言うんだったら、柴田くん持ってよ」
お、女って……
「それは、いざという時の備えです。そんなの持ってたらモンスターが出現した時に迅速に対応できないでしょう?」
そう諭すと、「わかったよー」とニコニコ笑顔を浮かべる。
可愛い……可愛いには違いないんだけど……なんなんだろう……とてつもなく不安。
「でも、なんで徒歩なんだろうね。車で行けばいいのに」
「……まあ、それも考えたんですけどね。駐車場なんかはそのまま残ってましたし、施設防衛用の戦車やジープ、ヘリ、戦闘機なんかありますしね。なのでそれらの移動手段を使用する案もあったんですが、町の人々をあまり刺激しない方がいいと言う意見が多かったんで、徒歩で行くことになったんです」
「ねえ、柴田君。あれ、見て見て。すっごーい。大きな岩」
き……聞いてない。自分から会話振ってきた癖に。
「そんなことより、久美さんはなんでCP400の実験に参加したんですか?」
とてもじゃないが、彼女は真野桜を崇拝しているようには見えない。どちらかと言うと、『早く逆タマ狙って結婚退職したーい』みたいな真逆のタイプに見える。
「えっ、だって氷室さんもいるって言うから」
「……そ、そんだけですか?」
「うん。でも、よかったぁ。氷室さん、ロシアもらえるんでしょう?」
あかん……別の意味で超ヤバイこの人。
もう、久美さんの方を向かずに北東に300メートルほど歩くと、息をきらして逃げている少女を発見した。後ろからモンスターが2体石斧を持ってその女の子を追っている。
緑色の肌。獰猛そうな顔。人より小柄な体格。
「あっ、あれゴブリンですよ。久美さん。ほらっ、雑魚モンスターの代表格。本当にファンタジーの世界に来たんですねー。俺、感激だなぁ」
まるで、ゲームの主人公になったかのような感覚。本当にここにきてよかっーー
「み、緑……きっ、キモい」
……もう、帰れよテメー。
――ってそんな事言ってる場合じゃないな。
急いで少女の前に立って、ゴブリン2体を睨みつけた。ゴブリンたちはその威嚇が通じたのか走るのを止め、鋭い眼光で睨み返してきた。
「アウデスッ、ノトリリリ。イノカッ! イノカッ」
少女は俺の後ろに隠れながら袖を掴みゴブリンに向かって叫んだ。
ちょっとなに言ってるかわからないです。
ゴブリン。人のように二本足で歩き、肌は緑色だ。牙は鋭く涎を垂らしており、獰猛な犬のように敵意をむき出しにしながら唸っている。
とにかく、気づかないようにジリジリ距離を取る。
石斧を振り回されて暴れられるのが、非常に厄介だ。
どれだけの腕力とスピードがあるかわからないが、先ほどの少女が逃げている様子を見るとそこまでの走力は無いようにも思う。
コルトパイソンを片手に握りしめた。恐らく当たるとは思うが、ゴブリンの肉体の硬さがどのくらいか不明なので一抹の不安は残る。
しかし、無情にもゴブリンが石斧を振りかざして襲ってきたので、即座にゴブリンの足めがけて、撃った。
「ウギャアアアアアア!」
大きな奇声を発して倒れ込むゴブリン。
実弾を二足歩行に向けて撃ったのは初めてだ。
今、流血をしながら呻いているゴブリンを見て辛うじて動揺せずにいられない。
もう1体のゴブリンは、何が起こったのか理解できずに怯えている。
無理もない。銃なんてゴブリンのような低知能のモンスターにとっては不可思議以外の何物でもないだろう。
やがて、足を負傷したゴブリンは緑色の血を流しながら、辛うじて立ち上がり仲間に何か会話らしきものをした。そして、仲間のゴブリンは負傷したゴブリンに肩を貸してスゴスゴと逃げて行った。
途端に、足の力が抜けて地面にへたり込んだ。銃を握っている手は汗で湿っぽくなっていた。
まさか、初めての実戦がゴブリンだなんて思わなかった。そうため息をつきながら立ち上がった瞬間、少女が目を輝かせて俺を抱きしめた。
小学校低学年ほどの歳だろうか、長いブロンドの髪、蒼く輝く瞳、スッと通った鼻筋。ヨーロッパの絵本の王女がそのまま出てきたような可愛いらしい子だ。
でも……
こんな人形みたいに可愛らしい子は稀有にも関わらず、何故か俺はこの子に懐かしさを感じずにはいられなかった。
懐かしい……なんでだろうか。自分でもよくわからないその感情は、やがて発する少女の言葉の衝撃の中で消えていくことになった。
「エルルルル! エルルルルルッ!」
ちょっとなに言ってるのかわからないです。