桜帝国建国宣言
「どうなってる?」
CP400の精製責任者である真野 桜を問い詰めた。
「……何が?」
何がって、ここがどこで、なぜドラゴンが飛んでて、上層部で異世界って結論が出たににも関わらず、貴様が絶賛ふんぞり返ってアイスティーを優雅に飲んでることだよバカ野郎。
「私、なにも知らないわよ」
こ、この女正気か? 知らんで済むかよ。
思えば、政府も随分こいつの我儘をまかり通らせてきたと思う。「寿司が食べたい」と言えば、板前がマグロの解体ショーを始め、「ディズニーランドに行きたい」と言えば、プライベートジェットでアメリカのディズニーランドに行く。
そんな扱いだったせいで勘違いしてしまったのだ。
「桜、いいか。お前はCP400の実験テストをやった。そしたら、辺り一帯が光に包まれて気がつけばここにいる。お前のせいでしかありえないだろうが」
「たとえ、1万歩譲って私がこの実験を行ったとして。これは、第一研究所のチームで行ったことです。だから、私だけのせいじゃありません。もっと言うならば、大和軍事基地の意向でこの実験をやったんだから、この大和軍事基地全員のせいです! だいたい上司が責任取るでしょう普通」
……この女には、まず人間性を叩き込むべきだったとつくづく思う。
「『一番あたしが仕事できるのに何であたしが一番偉くないの?』そう言って、大和軍事基地の長官になったのはお前だ! つまり、上司でありトップはお前なんだよ真野桜!」
「うぐぐぐ……あー言えばこーゆー。だから、柴田はダメなのよ」
お前にだけは、言われたくない。
「とにかく今すぐ元に戻す方法考えろっ!」
もう、誰もお前になど特別扱いしないぞ。
今は、幼馴染のよしみで桜を庇っているが、周囲も大分気が立っている。もちろん、失敗も納得してついてきた者たちばかりだ。実際に失敗した今、文句など言える立場ではないが人間なんてそう割り切れるものじゃない。
この不測の事態にいつ、暴力沙汰になるか分かったもんじゃない。
「……柴田、今から基地の全職員呼んできて」
やっと謝る気になったか。そう安堵して集合をかけた。
職員の数は護衛を含めて約300人。大ホールに一同会したが、泣いてる者、途方に暮れる者、怒ってる者、反応は様々だった。
……ほとんど全員、正気に戻っているようだ。
人は命を賭ける時、ある種の自己陶酔に陥る。そんな時、失敗の時なんて考えていないものだ。失敗する時は命がないから。あの時は確かに全体が異様な雰囲気だった。
しかし、もうその感情は冷え込みきっている。
桜は手馴れた様子で壇上に立ち、マイクのスイッチを入れた。改めて見ると、非常に絵になる女だ。つくづくその最悪な性格が惜しい。
「ねぇ、みんな。帰りたい?」
桜は天使の様な微笑を浮かべながら、神経を逆撫でする様な嘲った物言いを吐く。
「当たり前だろ!」、「貴様馬鹿にしてるのか」、「だいたいその態度は何だ」、口々に罵声が飛んだ。
「あら、あたしにそんな口聞いていいの? 帰れる可能性あるの、あたしの頭脳だけでしょ?」
一瞬にして、静まりかえった。
「いい? あたしが王女で、あんたたちは下僕だから。そこんとこ間違えないようにね。帰りたくないなら、好きにしなさい」
そう堂々と言ってのける女、真野桜。
とんでも無い女だ、やっぱり現世にいるうちに殺しておくべきだった。
桜は教壇の上に乗って、その長く細い足を組んだ。
「いい? 私はここに宣言します!本日この時を持って、真野桜は、『桜帝国』建国を宣言しします!」
・・・
ん?
「おまっ……一体、何を言って……」
「だいたい、あなたたちは暗いのよ。発想が貧困。どうして危機的状況と捉えるの? なんで、チャンスと捉えないのかしら」
桜の問いかけに、誰も声をあげない。
それは、誰もが桜に敵わないと思い知っているから。プライドの塊である大和軍事基地のエリートたちは桜の軍門に下ることによってその自尊心を満足できる節がある。
しかし、俺は違う。
「なにを言ってんだ! 誰がどう見ても危機的状況だろう!」
猛然とそう反論する。
これ以上好き勝手やられてたまるか。だいたい、桜帝国って……
「ふぅ……やっぱり、低能である柴田。あんたにはこの高尚な考えは理解できないようね。あなたのような低脳者にもわかるように教えてあげる。『努力』って、大切なことよね?」
「ま、そりゃぁ……」
そんなの俺だけじゃなく、誰でも知ってることだ。
「私たちのような学者はね。努力し続けたの。それこそ、何千年……いえ、何万年とね。いい? 一代限りの努力とは次元が違う、それこそ何百、何千世代にもわたって」
「……」
「そりゃ、人類の中でも突然変異的に才能がある人はいるでしょう。あるいは努力し続けて花開く人も。そ・の・場・か・ぎ・り・は・ね!」
「……」
「でも、学者は違う。それでは進歩はない。なぜか、学問とは積み上げを持ってこそ成果が上がるものだから。先人たちの叡智を借りながらそれを進化させていく。学者にはそういった厳かで慎ましやかな想いを持っている。先人の学者たちは、その弟子に、そのまた弟子に努力をさせ続けたの。愛よ。親が子に捧げる無償の愛を彼らは学問に注ぎ続けたの」
……お前のどの部分が厳かで、どの部分が慎ましやかなのか俺に小一時間かけて説明してほしい。同意を求めようと、周囲を見渡すがほとんど全員が桜の演説をウットリ魅入っていた。
こ……こいつら、マジか。
「……私はそんな先人たちを尊敬する。欲望のまま行動し続ける愚民とは違って、ただ純粋なる学問への愛のために、その知的探究心のために全てを捧げたそんな先人たちを……私は尊敬する。継続は力なりとはよく言ったものね。言わばアレは私たち学者のためにあるような言葉。継続は学者。継続こそ学問なのよ。伝統を重んじるなら、まずは学者を重んじるべきだわ。私は、そう思う。学者こそ、生きた伝統なのだから」
「……」
「私の……いえ、私たち学者の学問に対する愛を邪魔するものはなに!? そう、愚かな政府であり、小煩いマスゴミである。彼らは私たちの純粋な想いを『非人道的』とイミフな言葉で誤魔化し、私たちの邪魔をする。彼らこそが世界のガン細胞であるのに。私たちが純粋に学問に勤しんで、その結晶を、よく深き政治家が悪用しているだけに過ぎないのに。そして、その権力の犬であるマスゴミがその責任を私たちに転嫁しているに過ぎないというのに」
「……そうだ!」
1人の研究者が震える声をあげた。
「君、名前は?」
「間です! 軍事衛星の研究をしています」
「そう……間さん、ずいぶん辛い想いをしたでしょうに。政府が穏健派に変わってから、『軍用』と名付けられたものは随分批判されたわね。そして、その矛先を政府がかわすためにナイフである私たちがマスゴミの的になった。ナイフは使い方次第だというのに」
そう桜が優しく語りかけると、間さんは下を向いた。
「あいつら……俺たちを……『人殺し』呼ばわりするんです。俺たちは、国を守ろうと……しているだけなのに。ううううっ……」
涙が数滴地面に落ち、桜は間さんの近くによって、肩をポンポンと叩いた。
「辛かったわね……もう、安心よ。ここには、愚かな政府はいない。その犬であるマスゴミもね。いえ、むしろ私こそが政府となる。私監修の元で、マスゴミを作り上げてこの異世界の支配者になる!」
高らかにそう宣言する桜。