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こうやって異世界に、来た


 午後6時。大和軍事基地寮の自室の扉を開けた。


「……なんで貴様がいる」


 そこには、グータラとソファで寝転んでラノベを読んでいる真野桜がいた。


「超美人な私に対してその言い方はないでしょ。最後に顔見せに来てあげたのに」


 最後……何を言っとるんだこいつは。


 いや、やめよう。こんな奴のことはどうでもいい。いや、もはやこの世のすべてのことがどうでもいい。

 そうベッドにダイブした。


 こんなはずじゃなかった……今頃は秋生と楽しい時を過ごして、終電ギリギリまで葵ちゃんの話で盛り上がっているはずだった。


 それが……ナンデコンナコトニ……


「あ、あのね。柴田」


 つい先ほどの光景が何度も何度もフラッシュバックされる。


                        *



「イエス! アイム シット マイ パンツ! バット アイム ソウ ハッピー!

(はい! 俺はうんこを漏らしました! でも、俺はすごく幸せです!)

 イエス! アイム シット マイ パンツ! バット アイム ソウ ハッピー!

(はい! 俺はうんこを漏らしました! でも、俺はすごく幸せです!)

 アイム、ソー、ハッピ――――――――――――――――――――――――! HAHAHAHAHA!

(幸せ――――――――――――――――――――――――! ハハハハハ!)」


「オー……ジーザス」


                        *


「……うあああああああああああ、もー死にたいーっ!」


 こんな自分を殺したい。今すぐにお腹をかっさばいて切腹したいー。


「ど、どうしたのよ。柴田、それ本気?」


「本気だよ! もう、この世から消滅したい。今すぐにいい!」


「……なーんだ、よかったぁ」


 く、くそ女。だいたい全部貴様のせいじゃねぇか!


「なにがよかったんだよ!? お前俺がどんな気持ちでーー」


「いや、説得する手間省けましたわ。さっ、みんなー。入っちゃって」


 桜がそう言うと、部屋の扉が開いて職員たちが俺を羽交い締めにする。


「……えっ? えっ? どうしたんですか……なんですかこれ……」


 手錠。手首にはめて逃亡を防ぐ器具。なぜか、それが俺の腕にはめられた。


                ・・・


 数時間後、気がつけば大和軍事基地第一研究室にいた。

 ここは、大和研究所のエースであり長官である真野桜の研究が全て詰まっている、いわばトップシークレットの部屋だ。

 普段は、俺と護衛隊長である氷室さん、そして桜専属の研究員が数名しか入ることが許されていない。

 しかし、今日は研究に人がごった返していた。


「……おい、なにがどうなっている?」


 状況が全然つかめない。

 ただ、一つだけわかっているのは今、自分が有給状態にあるということ。そして、それが見事に潰されたことだった。


「今からやるから。CP400のエネルギー摘出作業」


 その言葉で心臓が跳ね上がった。

 CP400は、原子力の数万倍のエネルギーを持つと言われている物質である。真野桜が発見し長年研究を続けていたが、摘出出来ればノーベル賞どころの騒ぎではない。世界の情勢すら引っ繰り返せるほどの出来事だ。

 そうなれば、俺を呼び出したのも納得がいく。

 この世紀の大作業を桜のわがままに付き合い続けた最大の功労者である俺に見せてあげようと言うことか。

 なんだ、桜、優しいところもあるじゃないか。


「そ、そうか。いよいよ……か。緊張してるか?」


 極力、優しい声で語りかける。


「まーね。失敗したら、この辺一帯ぶっ飛ぶだろうし」


 ん?


「……よく、聞こえなかった。もう一回言ってくれるか?」


「だから、この施設ごとぶっ飛ぶの。ミニマムでもこのエネルギー量だもん。我ながら、とんでもない物質作り上げちゃったわ」


 ……ええええええええっ!


「死ぬってこと! ねえ、それって死ぬってこと!?」


「うん。さすがに事後報告は法律的に問題あるらしくて、会いに行ったんだけど。でも、よかったぁ。死にたいなら、別にいいもんね。説得する手間省けたわ」


 あ……あの時!? お前……ちょ……まっ……


「冗談! 冗談に決まってるだろう!」


 生きたいよ!バリバリ生きたいよ!


「ああ、そう言うのいいから。これ」


『……うあああああああああああ、もー死にたいーっ!』

『ど、どうしたのよ。本気?』

『本気だよ!もう、この世から消滅したい。今すぐにいい!』


 レ、レコーダー……だとっ。


「お前っ……それ……」


「これで、道連れにしても問題ないって。『成功して訴えられても勝訴できる』って弁護士の橋本さん言ってたから。あんたの意志とかそういう面倒くさいのは、もうこの際」


 く……クズ女。


「みなさんはいいんですか!? こんな、狂女に命を任せて」


 振り向いて大声で訴える。

 みんなでこの女を止めて絶対に中断させなければ。


 ――いけないのに、なぜかみんな覚悟を決めた表情で頷いた。

 なんでー!?


「みなさんはあんたみたいなチキンとは違って、キチンと今回の研究のリスクを踏まえた上で承知くださった人たちばかりよ。私に命を預けてくれるって。だから、極秘であるこの第一研究室にも招待したのよ」


 桜が胸を張ってそう宣言する。

 思わず、その場にひざまずいた。

 そうだった……この軍事基地で働く者の中には、我儘で横暴で暴君な桜だが、悪魔の頭脳と天使の容姿を持っている真野桜のことを心底崇拝している者がいる。このCP400のエネルギー摘出という大行事の前に命を投げ打ってもいいという者がいてもおかしくはない。

 むしろ、この場に唯一俺だけが、真野桜に賭ける価値はないと思っている。

 何が哀しくて桜なんぞ守っているのか? そう問われれば、答えは1つ。

 命令違反すると、半殺しにされるからだ。これも、どこぞの朝鮮的な軍隊並の規律と訓練による賜物であろう。もはや、自身の行動の目的など微塵も関係ない。ただ死にたくなくば、命令を遂行するのみ。

 でも……今回の件はいくらなんでも……


「まあ、そんなに落ち込まないでよ。99パーセント成功するから」


「ほ、本当か!?」


「うっそー。50パーセントだよーん」


 き、貴様……この場合にその嘘はあり得んだろう。

 膝から崩れ落ちた。膝から。


「フフフ……あーっ、やっぱ柴田はからかい甲斐があるなぁ。ってそんなやってたら時間きちゃったわ。さ、世紀の瞬間を見届けようではありませんか」


 そう言って、桜が軽快にパソコンのキーボードを入力しだす。

 えっ、嘘お前……そんなまだ心の準備が……

 そう怒鳴ろうとすると、モニターに数字が表示される。


 10……9……8……7……6……


 えっ、もーアレなの!? 下手すればあと6秒……5秒……


「ちょ……まっ……」


 時間が足りなーい! 何を言おう最後に何をってあとどれくらい!?


 キュッ


 その時、右手に小さな掌の感触を感じた。隣を見ると、桜が平然とした様子でカウントダウンをしている。

 しかし、その掌はすっかり冷たくなって震えている。

 いつも桜は辛い表情を出さない。どんなにいじめられても、困難なことに直面しても。その代わり、たまにこうして俺の手を握る。少女の時より大きくはなったが、その指先は細く今にも折れてしまいそうな繊細さを感じる。


 少し、強く……そして、優しく握り返した。

 たとえ、今日が最後の日になるんだったら。俺は、今までどおり、お前の隣で不安なお前の掌を握る。たとえ、それが最後だとしても。


 5……4……3……2……1っ……


「ゼ――」

 

 桜が『ろ』を言いわる前に、眩いばかりの光がはじけ飛ぶように拡がって、思わず目を瞑った。


                  ・・・


 ――再び目を開けると何事も変わったところは無い。

 少なくとも、俺は生きてる。

 周りの人も、問題なくいる……桜も……ってことは俺たち…… 


「あの……手……」


 桜が顔を真っ赤にして俺を見る。


「……っとごめん。ところで、桜。成功……したんだな」


 ゆっくり、そう尋ねる。


「……失敗した」


 嘘つけ! ここは、地獄だとでも言うのか! 地獄に落ちるのはお前だけだ。


「いい加減にしろよ!もう、我慢の限界だ。俺はやめる」


 こんな時まで最低女なのかお前は。

 愛想が尽きた……いや、愛想なんかそもそも持ち合わせちゃいなかったが、とにかくもう愛想がつきた。


「お疲れ様でしたー! やめますー!」


 と叫んで懐に常備している辞表を投げつけて研究室の外へ飛び出した。

もーあいつに付き合うのは沢山だ。あいつに関わらないで生きていく。今からでも高校に行って、学園生活を謳歌するのだ。気の合う友達を作って、文化祭、体育祭、修学旅行、気の合う話に華を咲かせてーーんん??


 外に出て一歩目で足が止まる。眼前に広がるのは見慣れぬ一面の荒野。見慣れぬ大きな岩山。そして、雄大に羽ばたく見慣れぬ……ドラゴン!?

 そこには普段見慣れた、駐車場や公園、木々などとは全く異なった世界が拡がっていた。


                  ・・・


 絶望の中、すごすごと玄関口へ入ると、すぐさま放射能防止用防護服を着た輩に拉致を受け、強制的に身体の至る所を調べられる運びとなった。


「放射値、ヘモグロビン値、その他諸々正常だ。御苦労」


 あらゆる検査をこなして抜け殻と化している俺に護衛隊長の氷室さんが肩をポンと叩いた。

 後から知ったが、どうやらこの地の環境が人体に影響がないかを確認させるため敢えて追ってこなかったらしい。パニクって、いたるところ走り回っていた俺は唯のお調子者のモルモットだったというわけだ。 

 道理で追手が来なかったわけだ……クズ野郎どもが!


 それはともかく誰も予想だにしなかった異常事態。直ちに調査隊が組まれた。

 数時間後、この大和軍事基地から2キロほど北東に向かった所に小さな町があるとの報告が来た。そこには、よく漫画や小説に出て来るファンタジーの世界が存在するとのことだった。


 それから、更に数時間の調査、何度も上層部で会議が設けられた。


 その結果、ここは異世界だと、結論が出た。



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