塩漬け
翌日、俺と涼子さんはカントの町へ来ていた。町を救ったことに加えて、先の防衛団を救った功績は、俺を英雄扱いさせるには十分だったらしい。
「柴田さん、さすがですね。これで、仕事がやりやすくなりましたよ。早速、ここを拠点に新聞社を作りましょう」
涼子さんはそう張り切って俺の手を握る。
こんな美人に手を握られて、嬉しい。めちゃくちゃ嬉しいはずなんだけど……なんだろう、この不安な気持ちは。
「あの……新聞社ってどうやって作るんですか?」
「気合いです!」
い、言いきりやがった。完全にノープラン。
白井涼子さんはバリバリのキャリアウーマンで超有能である。有能であるがゆえに、行き当たりばったりを好む。『私はいついかなる時も臨機応変に対応してみせます』新入隊員の抱負でそう言い放ち、現在も有言実行し続けている。
「……とりあえず、俺はアリーンのところ行ってきます。この前もお世話になったし、彼女の両親が何か助けてくれるかもしれないし」
離れなければ……一刻もこの人と離れなければ、すごく危険な気がする。
「わかりました! じゃあ、私は独自に進めていますので」
基本的にスタンドプレーを好む涼子さんは、そう言って町へと消えていった。
アリーンの家に行くと、近くで遊んでいたアリーンが嬉しそうに駆け寄って来た。
「シバータ、シバータ」
相変わらず、アリーンは人懐っこくて可愛い。家の中に入ると、彼女の母親であるテスラさんが食事を振る舞ってくれた。
食事はスープとパン。異世界にも、麦やトウモロコシに似たものがあるらしい。少し味は違ったが美味しかった。
異世界と言っても、今のところそこまで大きな違いは感じられない。衣服は中世だが、現代と同じような布が使われている。桜が言っていたように、この世界と現世とは大きく密接した関係にあるのかもしれない。
食べてる最中、しばらくここに滞在することを告げると、
「シバータが来てくれるなら心強いわ。大歓迎よ」
テスラさんがそう喜んでくれた。
「あっ、そうだ。この前シバータがやっつけてくれたあのゴブリン捕まえたのよ」
テスラさんがニコニコしながら言った。
ゴブリン……捕虜にでもしたんだろうか。
「でねっ、塩漬けにしてみたんだけど」
――えええええええええええええええええっ! ゴブリン喰うの?
テスラがニコニコしながら、緑色の肉の塊を持って来て大皿にドカッと置いて食卓に並べた。
瞬間、汗が噴き出て来た。
さすがに二足歩行の食べるのにかなり抵抗がある。
しかし、アリーンは美味しそうに食べている。
「シバータ、美味しいよ? 食べないの?」
瞳をキラキラさせながらアリーンが見つめる。
とてもじゃないが、食べたくないなんて言えなかった。
うわっ、クセ強いなこの肉。
思わずえずいて吐きそうになるのを堪えて、「おいしい」と何とかその単語だけ絞り出すと、アリーンとテスラさんが腹を抱えて笑い出した。
「シバータ、それゴブリンの肉じゃないよ。魚、魚だから」
――冗談じゃねーぞ、こらぁ!
そんなアリーンとテスラさんの異世界ジョークに戸惑いつつも、アリーンと一緒に外へ出た。大通りには、数多くの出店が並ぶ。果物を売ってる店、野菜を売ってる店、日用品を売ってる店、衣服を売っている店。
町の中は平和そのもの、絵本の中に出て来るような中世の街並みに図らずも感激してしまった。
「シバータ、これ似合うと思うわ」
テスラさんがそう言って、俺にポンチョのようなものを当てる。
ああ……これが、幸せって奴なのか。思えば、今まで生きてきてこんなに安らかな気持ちになったことがあっただろうか。
そんな風に幸せを噛み締めていると、
「ゴーガイ! ゴーガイ!」
……子どもたちが、何か羊皮紙をバラまいていた。
嫌な予感がした。
いや、でもそんなハズない。涼子さんと別れて、まだ数時間しかたってないじゃないか。
地面に落ちた羊皮紙を拾って、
「あの……テスラさん。これ、何が書かれてますか?」
恐る恐る尋ねてみた。
「ええっと……ええっ! これ本当? シナイザ大臣とアレド共和国のレイダー騎士団長が密会してるって。それに……えええっ、何この絵。めちゃくちゃリアル」
それは、紛れもなく、現世で写真と呼ばれているものだった。
なんで……数時間でここまで……どんだけ有能だよ涼子さん。




