あったかいのな
大量のゴブリンとオーガ3体を殲滅した。グリフォンは再び移動用形態になって地面へと落ちる。
振り返ると、呆気にとられていたカント騎士団が大歓声をあげてこっちに駆け寄ってきた。
「助けてくれてありがとう。すごいじゃないかお前」
そう俺の肩を両手で抱えながら、リーダーのマークが讃える。
「いえ、そんなことより……」
彼らの顔を見渡すと、葵ちゃんと瓜二つであるアリアも嬉しそうに両手を重ねている。
よかった……怪我はしていないようだ。
「すごいわ本当に。まるで、聖戦士が舞い降りたかのような戦い振りだった。ねえ、あなたって絶対に上位職でしょう?」
「上位職?」
「ええ、違うの?」
可愛らしくそう首を傾けるアリア。
「そういうんじゃないんだけど、とにかく守れてよかったよ。それじゃあ行くよ」
もう少し話したい衝動にも駆られたが、今はこの血塗れの身体をなんとかしたい。
移動形態用グリフォンに乗って、大和軍事基地まで戻った。
『精神的な外傷もないようですね。戦果としては申し分ない成果をあげられたかと思います』
セイレーンの淡々とした声が胸に疼く。
「なら、喜べと? 敵を殲滅させて、その場で酒を飲んで宴会でも開けばよかったか?」
『お好きになさればいいと思います』
「……」
それ以上はなにも言わずに、スイッチをきった。
大和軍事基地の研究棟入り口に到着すると、第一研究所のメンバーが集まってきた。すぐに、メッサーラを脱いで差し出すとアレやコレやと議論を始めた。
「柴田、ご苦労だった」
氷室さんの労いを聞くことなんて、この大和軍事基地に入って数回しかない。しかし、なぜか素直に喜ぶ気にはなれなかった。
とにかく……疲れた。
寮に戻ってシャワーを浴び、自室に戻るとなぜか桜がソファに寝転んで、ラノベを読んでいた。
「……今日はお前にかまう気分じゃないぞ」
「ふーん」
俺の方を振り向こうともせずに、桜はラノベを読みながら生返事をする。
そのまま、ベッドにダイブして天井を眺める。
「……銃だけだと思ってた」
気がつけば、話していた。それが、桜に向けてなのか、自分に向けてなのか。よくわからないまま。
「なにが?」
「……殺した感触がないのがさ。もちろん、嫌な感じだとは思うんだ。でも、それだけ。きっと、銃だからだって。遠隔だからだって、そう思ってた」
「……」
「でもさ。今日は剣でオーガを斬った。ゴブリンを斬った。これがまたスパスパ斬れてさ。生臭い血を浴びて、断末魔のような死に顔も見た。でも、なんでだろうな……全然殺した感触がないんだ」
「そう……」
「それに、俺はさ、それでも俺の手はーー」
そう言いかけた時、俺の隣にトスンと物音がした。隣を向くと、鼻に桜の胸があった。俺の頭に両腕を重ねてギュッとそれを押し付ける。ラベンダーのいい匂いと、桜の肌の温かい感触が顔に広がる。
「ちょ……おまっ……なにを……」
「貸したげる」
……
「それでも俺の手は、勝手に動いていくんだ。あいつらを殺すために、殲滅するために。もっと、罪悪感があるって思ってた。俺は、簡単に殺すことなんてできない。殺すことになんて慣れないってさ。そんなことを考えてたらーー」
「ねえ、柴田。あんたは、人間なんだよ」
桜は少しだけ、少しだけ強く俺を抱きしめる。
「……ん?」
「困った人を見てたら、つい守ってしまうような人間。怪我して動けない子犬がいたら、つい拾って介護しちゃうような人間。命の危険が迫れば、簡単に他者を傷つけるし、命も奪える。自分の欲を優先して他人を貶める人間。困ったことにさ、人間って自分の理想のようには動いちゃくれないのよ」
「……そうかもしれないな」
「でもさ。片っぽだけ見ないで。あんたは、他の人間たちを守るためにモンスターを殺したんだ。助けるために。殺した……でも、その事実だけみて悩まないで。そうやって自分のことを責めるのは……やめよ」
「桜……お前って……あったかいのな」
「……バカ。私はいつだって聖母だっての」
……嘘つけ。




