人工知能セイレーン
対戦闘用アーマー『メッサーラ』。詳しくはなにも聞いてないが、金属のはずなのに、ものすごく軽い。これなら、ほぼ通常の服と同様の動きができるのではないか。
先ほど桜に言われた通り、モニターのボタンを押してみる。
『初めまして。わたくしカーバンクルです』
急に音声が耳に入る。
人工知能搭載とは。さすがは、世界最高峰の軍事機関。
「挨拶してる場合じゃない。すぐに、機能の説明をしてくれ」
『その前にパスワードを唱和ください』
「ぱ、パスワード?」
そんなの、知らないぞ。
『初期ですと、ショルダーの上に貼られているはずですが』
ああくそ面倒臭いなこの状況で……あった。
【僕は世界で一番真野桜を愛している】
「……これ、言わないとダメか?」
『別にどっちでもいいです。でも、言わなきゃ何も教えません』
あーのーバーカーおーんーなーっ!
……って戻ってぶん殴る時間はない。
「ボクハセカイデイチバンマノサクラヲアイシテイル」
『……認証NG』
「なんでだよ!?」
一字一句間違えてないはずだ。
『気持ちがこもってません』
じ、人工知能の分際で……
「わかったよ! 僕は世界で一番真野桜を愛している!」
大声で叫んだ。どうだ、これで文句ないだろう?
『……認証OKです』
「よし、じゃあ機能の説明をーー」
『ただ、一つだけ。あなたは桜様を愛していても、桜様はあなたのことを好きじゃないと思います』
……うん、決めた。これが終わったらこの人工知能、ぶっ壊してやる。
「どーでもいいから早く移動する手段を教えろ」
『かしこまりました。プログラム【グリフォン】起動』
「……何にも起きな……いいいいいいい!?」
突然、金属の板が猛スピードで俺の方に飛んできたところを辛うじて避けた。
『避けなくても当たりませんよ。ビビリなんですね』
「阿呆か! 誰だってビビるわあんな鉄の塊飛んできたら」
平たくて先端が尖った板。スノーボード……いや、もう少し小さいか。
『スケートボードと同じ要領で乗ってください』
俺の抗議を無視した人工知能の声に従って、両足でまたがる。
スケボーは得意だ。これだけは、大和軍事基地のみならず世界でも有数の実力があると自慢できる……ただ、どう見てもこの鉄の塊に乗ってどうにかなるとは思えない。車輪すらないのだ。
まさか……この人工知能……またしても俺をおちょくるために……
ブシュン
おわっ!
急に浮き上がって猛スピードで走り始めた。
「は、はやっ」
2秒で50メートルは確実に進んでいる……ってか、このスピード……落ちたら死ぬだろ!
『対戦闘用アーマー【メッサーラ】には、慣性システムを搭載していますので急発進にも態勢を崩すことはありません。目的地途中の障害物も自動で避けるようにプログラムングされています。時速100キロを超えるスピードを誇りーー』
って自慢いいからもう、目的地付近でゴブリンひきそう……じゃねぇかっ!
ゴブリンの前でグリフォンを傾けて、上空に舞い上がった。5メートルほど上がっただろうか……突然、グリフォンの形態が変化し銃の形状になり指にトリガーが吸い付く。
『目標に打ち込んでーー』
ダダダダダダダダダダッ!
人工知能が言い終わる前に反射でトリガーを引くと、無数の銃弾らしきものがゴブリンたちに命中する。
地面に落ちるまでに、数体のゴブリンが動かなくなっていた。
『グリフォンは状況によって形態を変える武器です。あなたの脳波データをメッサーラから伝達し自動で最適な形態へ変化します。空気を超硬化させて放っているので、弾丸なしでマシンガンに近い性能を出せます』
ゆ……有能!
それに、5メートルの高さからら地面に落ちてもその衝撃はほとんどなかった。
恐ろしいものを開発したもんだ……
真野桜は性格が悪い。これ以上ないくらい性格が悪い。ただ、奴が名前をつけるものは、すべて特別な物だ。恐ろしいほどの性能、完璧さぶりをまざまざと見せつける。
しかし、派手な登場をした代償か、残ったゴブリン、オーガ全員がこちらを向く。
「カーバンクル、オーガはどうやって対処すればいい?」
『自分で考えてください』
……前言撤回、この人工知能セイレーンは腐っている。
銃はいつの間にか弾切れになっていた。ゴブリンには致命傷を与えられていたが、オーガにはそこまでの効果はなかった。
何か……致命傷を与えられる武器……できれば、遠距離から攻撃できれば言うことないが……
その時、突然グリフォンの形状が変化した。
「……剣……か? でも、思いきり近距離じゃねぇか!? おい、セイレーン。俺の思う通りに変化すんじゃねぇのか?
『私は【あなたの脳波データをメッサーラから伝達し自動で最適な形態へ変化します】とは言いましたが、【あなたの思い通りに変化する】とは言っていません……いえ、申し訳ありません。マスターからあなたは低脳だと伺っていたので、あなた用にレベルを下げて説明しなかった私が悪いんですねごめんなさい」
ああああああああっ!う、ウザい……
とにかく、今はクソ人工知能の戯言に付き合っている暇はない。すでに、オーガ3匹がこちらに向かって突進してきている。
オーガ。緑色の巨体で、力士の倍ほどの体つきをしている。その大きな手には大樹の幹で作られた棍棒を持っていて、こんな細い剣など一撃でヘシ折れそうだ。
動き自体はそんなにすばやくはない……回りこんで、斬りつけてみるか。
「ぐおおおおおおおおおっ!」
来た……敵を引きつけながら、横に移動してーーって読まれてる!
死んだ
そう思った。その瞬間、超スローな映像が流れる。まるで一コマ一コマを細切れにしているような光景。棍棒がゆっくりと、俺の脳天に振り下ろされる。
ああ……この剣じゃ防げないだろうな。そうは思ったが、他に防ぐものもないのでグリフォンをかざした。
あとは、メッサーラの耐久に賭けるしかないが……
スパッ
次の瞬間、棍棒はいとも簡単に、まるでゼリーのように斬れて真っ二つになった。
「ぐぉ!?」
斬られた棍棒を眺めるオーガの隙を逃さずに、首を切断した。
血飛沫が遅れてふきあがり、メッサーラは赤く染まった。
その恐ろしいまでの斬れ味に、初めてオーガとゴブリンの顔に恐怖の色が映る。
『超振動です。威力はご覧の通り。グリフォンでしたら、地球上で最も硬いと言われるウルツァイト窒化ホウ素も切断することができるでしょう』
セイレーンの淡々とした説明は、俺の耳にはすでに入っていなかった。
「……逃げるなら、見逃す」
恐れおののく、オーガとゴブリンに大声で言う。
『無駄です。彼らは低知能モンスターです。言語は解しません』
セイレーンの言葉通り、こちらに向かって狂ったように襲ってくるオーガ2匹とゴブリンたち。
大きく深呼吸をした。
先ほどまで高揚していた身体は、今は氷のように冷たい。
1匹目……ゴブリンの首を斬る。2匹目……オーガの腕を斬る。返す刀で首を斬る。3匹目……オーガの棍棒を切断し、胴体を真っ二つに斬る。4匹目……5匹目……6匹目……斬る、斬る斬る斬る。
やがて襲ってくるものがいなくなって、顔を上げた時、俺の身体が夕日のように真っ赤に染まっていた。




