対戦闘用アーマー『メッサーラ』
「味方だよ、いい人たちなんだよ。あったかい人たちだった。食料もくれたし、色々情報も教えてくれた。すぐに解放しろ!」
そう、桜に訴えた。これは、とんでもない暴挙だ。とてもじゃないが見過ごせない。
「柴田、あんた私にそんな口聞いて言い訳?」
そう睨まれたので、その悪意満載な顔を思わずつねってやる。
「いっいひゃひゃひゃ……あいふんのよ」
正直なところ、桜に意見できるのは俺だけだ。それは長い年月で培われた距離感であると言ってもいい。
「す・ぐ・に解放しろ、わかったか」
「うーっ、わかったわよ! 松っちゃん、後よろしく」
そう指示された営業部の鬼部長、松岡さんが肩を落としながらカント防衛団を収容している牢屋に行こうとする。
「松岡さん、俺がやりますからいいですよ。暴れられたら危ないですし」
そう言うと、松岡さんは乾いたような笑いを浮かべて去って行った。
大和軍事基地では桜は王女で他は全て下僕、俺に至っては奴隷だ。崇拝しているとは言え、年配の方々にとって桜の我儘はさぞやストレスだろう。
牢屋の近くに着くと、かなり大声で罵詈雑言を叫んでいた。
「あの……」
「おい! 貴様、ここから出せ! さもないと、未来永劫呪ってやるぞ」
さすがに、大和軍事基地の翻訳ソフト。イヤホンをつけてれば、細かいニュアンスまでバッチリ把握できる……まあ、内容を把握したいかどうかは別にして。
「ここから出しても、いいです。でも、わかっていて欲しいのは敵じゃないってことです」
小型マイクを通して異世界語が伝えられる。これで、大抵の意思疎通は問題ないだろう。
「信じられるわけないだろう! いきなり牢屋にぶち込まれて! いや、そんなことよりなんなんだここは!」
リーダーらしき人ががなりたてる。
なんとか気を静めないと。交渉どころではない。
「そんなこと言ったら、牢屋から出せませんよ。あなたたちはカントの町を守らないといけないんでしょう? 防衛団が不在の今、ゴブリンの襲撃にも耐えられないぐらいなんですから」
「お前らが俺たちの事を襲ったんだぞ! 信用なんか出来るか!」
話が平行線で進まず困っていると、1人黙っていた騎士が立ち上がった。鎧を纏っているが、俺よりは大分小柄だ。
「マーク。ここは、彼に従いませんか?もちろん罠の可能性はありますが、彼には私たちを解放するメリットはありません。それを、あえてすると言ってるのですから。それとも、まだここで罵詈雑言を続けますか?」
その騎士の声が柔らかく、なんとなく聞き覚えのある声質だった。
「くっ……仕方ない」
マークと呼ばれたリーダーらしき人が頷いた。
牢屋の鍵を開けて、いきなり襲ってくるかとレイズ製警棒型スタンガン30万ボルトを脇に備えていたが、そこは紳士的だった。
どうやら、全面的にこちらの話を信じてくれたようだった。
大和軍事基地を出る時、先ほど制止役を務めてくれた小柄の騎士が鎧の兜を取った。
……途端に、心臓が止まるかと思った。
「あ……葵……ちゃん?」
兜から出てきたその顔は、俺の初恋である初音葵そのものだった。
髪型こそショートカットで違うが、それ以外は彼女そのものだった。ブラウンの艶やかな髪もその目元にある小さなほくろも、青みの強い緑色の瞳も、ふわっとしたほっぺたも瓜2つだった。
「……誰だそれは? 私はアリアだが。そんなことより、君のおかげで助かった」
そう柔和な笑顔を見せて、彼らは去っていった。
しばらくあまりの衝撃にボーッとしていると、彼女たちが歩いて行った方がにわかに騒がしくなった。またしても町の外から音がした。
急いで階段を駆け上がって双眼鏡を覗くと……ゴブリンの大群とオーガ3匹がいた。
おいおい……こんなん勝てないだろ。
オーガ……何メートルあるんだよアレ。
「わ、わ、わ、我らカント防衛団の誇りを見せるぞー」
そうカント防衛団が勇猛果敢に隊列を組むが、明らかにビビってる。
無理も無い。見た所、オーガの体長は3メートルは楽勝に超えている。
と、言うよりよく今までやってこれたなカント防衛団。
戦ってる感じだと、こいつらは滅茶苦茶弱い。
やはり魔法使いか? 魔法使いのまだ見ぬ魔法が凄いのだろうか?
そう思ってローブを着た老人を注意して見ることにした。
「唸れ、豪炎……ファイヤー!」
そう老人が、魔法を唱えた。
すると、火炎の塊がオーガの方へ飛び見事に命中した――けど……アレ、全然、効いてない。
弱すぎる……何だその炎の魔法は。サーカスの火吹き並の火力。
なんか他に無いのか、なんか他に。
そう魔法使いの老人を見つめたが、汗びっしょりでぜえぜえ息をきらしていた。
「よーし、カント防衛団の誇りを見せよー!」
そう言って、カント騎士団はゴブリンたちの討伐に掛かるが、オーガについては明らかに逃げ腰だった。
とにかく、助けないと。オーガにはロケットランチャーが必要だろう。後はショットガンでなんとかなるだろうか。
「おい、柴田。桜長官が呼んでる。第一研究室へ行け」
ひ、氷室さん。
「なにを悠長な。あの状況見て言ってんですか!?」
「だからだ。心配ない。危なくなったら、蝶岷岷が狙撃で援護してくれる。早く行け」
くっ……なんなんだ、あのバカ王女は!
すぐに階段を降りて第一研究室の扉を開けた。
そこには、アーマー……だろうか。一式が真ん中に飾られていた。
「……これは?」
「対戦闘用アーマー『メッサーラ』。プロトタイプだから、大事に扱いなさいよ」
桜と第一研究室のメンバーが必死にチューニングを行っている。
「なんでこんな……銃火器で……」
「馬鹿! 相手が飛び道具使ってきたらどうすんのよ? 近距離の戦闘なんて、1発入れば即死になる危険だってある。あんたみたいな役立たずだって、数少ない駒なんだから」
桜が汗をかきながら、最終調整を行う。
「……悪い、使わせてもらう。信じるぞ」
「使いながら覚えなさい。早くここに背中合わせて!」
そう促されて、アーマーの前に立つと自動で装着された。
……軽い。白銀の金属なのに、羽のように軽く、関節部分は柔らかい素材でできている。兜も顔全てが覆われているのに、全然苦しくない。
「説明は、ここ。押せば全部わかる」
「お、おう……あの、桜」
「なによ」
「……ありがとうな」
「……」
てっきり、『ナンデタスケルノ? ミゴロシニスレバイイジャン』とか言うかと思ってた。
すぐに、第一研究室を出ようとすると、
「柴田! いい、皆殺しよ!」
……かなり、パンチのある励ましを背中で聞いた。




