打倒魔王
「桜様! あと、5分で大陸間弾道ミサイル、標的に命中します!」
第一研究室のメンバーがそう叫ぶ。
「おっと、こんな俗物に関わっている暇はないわ。さ、魔王の最後を見届けてやろうじゃないの。間ちゃん」
「はっ」
そう元気よく返事をして間さんはパソコンのキーボードを叩く。
『ふっ……いつ見ても星空は雄大だ』
こ、これは……魔王の……声?
「小型衛星の音声データも問題なし……っと。あんたの翻訳ソフトから情報受信して基地内で言語解析したの。どうやら人間と魔族は共通言語のようね。大分精度が高いってことは相当のサンプルを集めたってことね。クズにしては上出来よ」
そう言って、桜が俺の頭をいい子いい子する。
16歳の小娘にいい子いい子って……ちょっと嬉しいのは心の中にしまっておく。
『なぜ、このような雄大な星空の中、人と魔族が殺し合わねばならぬのだ……我がなんて微力なのだろう。それを止める術を持たぬ。あまりにも……我らの殺し合いの歴史は長すぎた。もはや、どちらかが滅びるしか……』
そう魔王は星空に向かってつぶやく。
「……おい、桜。お前、これ見てなんか思うところはないか?』
「ナルシスト」
き、貴様という奴は。
『おお星空よ。答えておくれ。この絶え間ない殺し合いの歴史に、血塗られた螺旋を抜け出す方法はないものだろうか?我の命なら、いくらでも差し出す。おお星空ーー』
チュドーーーン!
ええええええええっ!
「命中! 直撃です! ゼロ距離で当てました!」
そう、第一研究室メンバーたちは互いに健闘の握手をする。
あ、あんたら……
「さすがは桜様。6000km以上の射程で……10m以内だとは思っていましたが、まさかゼロ距離とはーー」
「……待って。喜ぶのは、まだ早いかも」
そう言って桜は鋭くモニターを凝視する。
爆炎がどんどん収束して行き、無傷の魔王が佇んでいた。周りの建物は多少爆風で吹き飛んでいたが、魔王の周りはまるで何事もなかったかのような状態が保たれていた。
「まさか……ゼロ距離で無傷とはね……」
桜が真面目な顔で唇を噛む。
『星よこれが……答えなのか?』
なんか、魔王が語りだしてるぞ。察するに、かなりの天然。
「この魔王だったら別に倒さなくてもいいんじゃないか?」
言語もわかるし、人間に対して友好的な発言も出ている。
「なにを寝ぼけたことを! 魔族は我が人類の敵よ」
俺は、お前こそが人類のがん細胞だと思っているよ。
「なんでそうやって決めつけるんだよ!」
「じゃあ、あんたは魔族と出会ったらどうするの? 交渉するわけ?」
そう言われて、思わず言葉に詰まる。
戦争の基本は先手を取ることにある。いや、戦争のみならず戦い全般にそれは言える。いきなり襲ってくるかもしれない相手に『まずは、話し合いましょう』などと、とてもではないが言える気はしない。
そんなに敵は都合がよくはない。
なにも言えない俺に首をすくめて、桜は第一研究室のメンバーの方を向いた。
「確かに、今回の奇襲は失敗した。しかし、収穫はあったわね。魔王は無傷。ということは、現状保有している戦力では勝てないということ」
冷静にそう言い放つ。
「身体が頑丈……と言うレベルではありませんね、アレは。普通、半径33m以上爆風で吹き飛ぶにも関わらず、何の効果もないなんて」
研究室係長の新島さんが録画データを何度も巻き戻しながら唸る。
「冷静にデータを分析したいとこだけど遠距離過ぎてデータ収集できんわ。当面は近場の魔族と戦って情報収集するしかないわね。武器の開発も急がなきゃね。とにかく、この異世界の情報はなんでも欲しいわ。柴田、なんか収穫は?」
「お、おう。さっきの音声データの他に食料も調達できたし、近くの町との交流も出来そうなくらいかな」
そう答えると、桜が鼻に突くような笑いを浮かべた。
「私たちはこの異世界の情勢のほとんどを調べ上げて、小型衛星飛ばして、魔王に大陸間弾道ミサイル食らわせると言う成果を出した。対するあなたたちは大和軍事基地内に潤沢にある食糧をおすそ分けしてもらって、最寄りの町の人々と世間話をしてきたわけね」
……一回でいいから、こいつを思い切りビンタしておくんだった。
「大変だったんだぞ! ゴブリンが出ているのに護衛がいないから、図らずも戦うハメになって」
「プププ……ゴブリンごときで大変だったとか……私たちなんて、魔王よ魔王よ。志からして違うわね」
……もう、なにも報告しない。
「それに、私たちなんて捕虜を10人召し取ったんだから」
「ほ、捕虜? ゴブリンの捕虜?」
「なんでゴブリンなんか捕虜にすんのよ。人間よ。異世界の人間。ほらっ、写して」
そう言ってモニターに映し出されたのは、大和軍事基地の捕虜収容用の牢獄に入っている異世界の住民だった。ローブを被った老人や、鎧を纏った騎士や……
「お前これカントの町の防衛団じゃないか!」
――俺たちのせいか! 門番がボコられたの俺らのせいか!
桜の話によると、昨日カントの町の騎士や魔法使いが異変に気づいて偵察に来たそうだ。彼らは町の場所の特定されるのを防ぐために、わざわざ直線の進路を取らずに迂回して来た。
無論、こちらには望遠鏡もあるので、手の内は読めていたらしい。桜はその光景を見て笑い転げていたそうだ。
見られていることも知らず、研究所の近くにある岩影に隠れた哀れなカント防衛団だったが、相手が俺の上司、氷室さんであったのは、運が悪いとしか言いようがない。
氷室遼、大和軍事基地の護衛長でありあらゆる戦闘術、サバイバルスキルを持った怪物だ。とにかく、この人にはいじ……しごかれた。36時間不眠不休マラソン。雪山キャンプ。地獄腹筋――思い起こせばキリが無い。よく、生き残れたと思う。
どうやらあらかじめ、その岩影に隠れることを予測していて落とし穴のトラップを仕掛けておいたらしい。
何も知らないカント防衛団はこちらの様子を窺い、手薄になった瞬間突撃を試みたらしいが、次の瞬間彼らは穴の中だった。
「あー、こいつらの穴に落ちた瞬間撮影しておけばよかったなぁ。いい落ち方だったんだから。うわーって! うわーって言ったんだから、うわーって!」
こ、この女、やはり内面なかみは最悪だ。完全に配分を外面がわに取られている。その愛くるしい笑顔で他人を見下すさまは、まるで悪魔そのものじゃないか。
気がつけば、楽しげに報告する桜の頭をどついていた。
「ったい! 何すんのよ!」
「何すんのじゃねーよ、何だって捕虜なんかにしてんだよ! 敵か味方かもわかんないだろうが」
「敵よ、近づいてくるんだから敵に決まってんでしょ」
この歪んだ考えは、小学校時代からの壮絶ないじめの経験からくるのだろうか。それとも、ただ桜の性格が腐ってるだけだろうか。
俺はもちろん、後者だと思う。




