大陸間弾道ミサイル
翌日、一度状況報告をすべく、アリーンの家族に別れを告げてカントの町を出発し大和軍事基地に戻って来た。
「柴田君、なんか……眠そうだね」
「き、気にしないでください」
夜中ムラムラして一向に眠れずに、身体をいじめ抜いていたことなんて……言えない。
第一研究室がある研究棟まで到着すると、桜が腕を組んで立っていた。
成果を示すために、親指を突き立てて笑顔を見せーー
バシュン
……ん?
なんだあの高速飛行物体は。
「たーまやー」
桜が雲に消えていった飛行物体を眺めながらつぶやいた。
「アレ……なんだ?」
「ああ、アレ? ポセイドン」
「……え?」
「知らないの?大陸間弾道ミサイルポセイドン」
ええええええええええええっ!
兵器名:ポセイドン
全長:5メートル
精度:CEP10m
射程距離:6000㎞以上
重量:4000kg
動力:ロケット
弾頭:TNT火薬1000キロg
「お前……正気か!? なにに向かって放ってんだよ!」
「そんなのラスボスに決まってんじゃない。魔王よ、ま・お・う」
ま、魔王ってお前……
「桜様! 成功ですね」
第一研究室の面々が桜の側に集まってガッチリと握手を交わす。
「さあ、喜ぶのはまだ早いわ。効果の確認に行きましょう」
そう言って、桜と第一研究室のメンバーは研究棟に入っていく。
第一研究室には大きなモニターがありそこを見ると、巨大な城と1人の男が映っていた。ワインを片手にロマンチックに空を眺めている。
「どーゆーことだ? てめー説明しろこの野郎」
「ふぅ。低脳にわかるように説明したげて、涼子ちゃん」
「はっ」
白井涼子さんが桜にひざまずく。
白井涼子、26歳。諜報部のエースで、バリバリのキャリアウーマンである。眼鏡をかけたモデル体型の美女だが、仕事ができすぎて大抵の男が敬遠してしまうという特性を持つ。彼女こそ、桜に心酔しており忠実な手足。『桜様のためなら、私はなんでもできる』と豪語するまさしく危険人物である。
「まずは、この映像。第3研究所衛生部の間さんが発明した超小型衛生『キャサリン』が撮影した映像です。この鮮明度、さすがでございます」
そう涼子さんが賞賛の拍手を送り、照れ笑いする間さん。
「そ、そんなのどうでもいーから!」
「わかりました、話を続けましょう。この場所こそ、魔族一の都市ヴォルフコートは『大陸の贅を全て集めた都』と称されております。
大陸からあらゆる種族が集まり、交易、劇場、歓楽に至るまでさまざまな交流が行われるまさしく魔族文化の中心だと言えるでしょう。
そしてこの城がガザージスト城。別名『魔王城』と呼ばれるこの城は、言葉通り魔王が住まう城です。人間の間で最も美しい城と謳われるシルサル城。こちらがその写真ですが、その佇まい、格、優美さ、全ての面で負けてはおりません。都市ヴォルフコートに住んでいるドワーフの職人に委託し、造り上げた巨城であります。
全ての外壁を最高級の黒曜石で固めており、防衛に拠点としても申し分ないまさしく帝王の城」
お、恐ろしい。その諜報能力。
この短期間でどうやって調べ上げたのか。常人の方法ではないことは確かだ。
「そして、あれこそが魔王。ラスボスであり我ら人類の敵、魔王デラストリアであります。大陸の魔族を支配していた絶対的権力者。その莫大な魔力に加え、鋼より遥かに硬く、屈強な肉体を持つ最強の生物」
確かに、その漆黒の鎧を纏ってその姿は明らかに異様なオーラを放っているが。
「でも……その情報って、本当に100パーセント信頼できるのか?」
「ええ! 私の情報に間違いなどございません」
きっぱりと、確信を持って口にする涼子さん。
その自信を持った口調が逆に不安を駆り立てる。
「あんた……もし、誤った情報だったら全く別人に大陸間弾道ミサイルぶっ放したことになるんですよ?その責任は取れるんでしょうね」
そう言うと、少し涼子さんの表情が曇る。
「……私も3年目の社員ですので。失敗は1つの過程かと考えております」
えええええええっ!?
「間違いないって言ったじゃん!」
「い、言いましたよ。間違いないです。上司承認も取りました。ほらっ!」
そーゆー問題か! そーゆー問題なのか!?
「そもそもなんで室長決済なんですか! 大陸間弾道ミサイルですよ! 大陸間弾道ミサイル! どう考えてもトップ決済でしょう!? いや、最低でも東副長官の決済ぐらいはもらわないと!」
「だ、だって……私は大和軍軍事基地のルールに従っただけです」
そう言って、動揺した涼子さんは俺に法務部が作成した資料を突きつけた。
ほ、ほとんど室長決済じゃねぇか。
大陸間弾道ミサイル発射までも……室長決済とは……なんなんだこのクソ要領書は。
「おい、桜。お前……なんでこの書類のほとんどが室長決済なんだよ!」
「ふぅ。これだからあんたみたいな低脳は。いい、社会の常識を教えてあげる。仕事の80パーセントはヒラがやるの。ヒラが、立案して、研究して、上司を説得して。物事の80パーセントはヒラが合理的に判断して決断を下す。それで、80パーセントは間違いない。後の18パーセントを係長がフォローする。客観的な意見をするために。まあ、これも必要ね。後の2パーセントが室長で決済。彼らの決断の背中を押すために。これがなければ流石に、ヒラ社員や係長では思いきった決断ができない。もう、それより上のレベルになると、ただ時間を浪費するだけ。はっきり言って、その承認は完全なる出来レース。迅速に仕事をこなすためには室長レベルの承認が最適なのよ」
な、なんだろう……絶対に違うはずなのに……この妙な説得力。
「な、なら長官のお前や東副長官とか室長以上はなにすんだよ?」
「まず、長官である私の業務は方向性を示すこと。私の方針はもう示したわね」
あ、あの『真野桜の野望』的な奴のことか。
「……副長官は?」
「まあ、東ちゃんは大まかな取りまとめ役ね。対外的な不始末などの処理や、折衝などもこれに当たるわ。まさしく、東ちゃんに適した仕事ね。永遠の2番手。決してエースになれない存在」
ほ、ほめてないだろう貴様。
「なら、東副長官が責任を取るってことか?」
「はぁ!? なんで東ちゃんが責任を取るのよ。副長官よ?」
「……長官のお前が取るのか?」
「なんで私が責任をとるのよ! トップよ、私が」
「……ちょっとごめん。まったく意味がわかんないんだけど」
「いや、この前あんたが『トップが責任とるでしょ、普通』とか言ってたじゃん。あれから考えたんだけど、私違うと思うんだよね」
……それ、言ったの、お前だけど。
「なんでトップが責任とらないといけないの? トップなのに。一番偉いのよ? 一番貢献してきた大功労者が、なんでそんなヘボい役回りしなきゃダメなの?」
「……ちょっと深呼吸させてくれ」
ふぅ……、殴っちゃダメだ。これでも、一応性別は女だ……殴っちゃダメだ。
「じゃあ、自己責任か? 涼子ちゃん、安心して。守るから。いい、柴田。私は責任はとりません。でも、守ってみせる。彼女が失敗をしたら、全力で守ってみせる。世間から非難されたら替え玉を雇って、室長に仕立ててクビをきらせる。東ちゃんに、『部下が報告を怠っていました。今後はこのようなことなきよう徹底します』と言わせて非難をかわすわ!」
す、清々しいほどの悪だな貴様は!
「……桜様、私、一生ついていきます」
前言撤回。清々しいほどの悪だな貴様らは!




