いいアプリあります
言葉のわからない少女の身振り手振りで、どうやらその子が目的の町の住民であることがわかった。もちろん、このままにしては置けないので一緒に向かうことにした。
1キロほど北には町の門が見える。レンガの外壁に囲まれており、中は見えないが双眼鏡を覗くと屈強な門番が立っている。
その風貌たるや明らかに中世の戦士の恰好。一方、バリバリの軍服。あちらにとっては第一印象では明らかな不審者だろう。
……やっぱり、言語は問題だ。
会議でも、懸念された事はまず、言語だった。ボディラングエジでなんとかなるんじゃないかと言う意見もあったが文化的なものが必ずしもあうとは限らないので、上手くいくかは五分五分と言ったところだろう。
翻訳ソフトはこの国の人と十分に話してからできるもので、会話の取っ掛かりは自分たちで対処しなければいけない。
「教科書も辞書も無いから覚えようも無いですしね。どうしたもんですかね」
そう弱音を吐くと久美さんが嬉しそうに携帯を掲げた。
「ふっふっふっ、いいアプリあるんですよー」
「……なんですか?」
ダメだとは思うが、一応その可愛らしい笑顔と豊満な胸に免じて聞くことにした。
「ほらっ、この翻訳アプリ。今って、辺境の地に行くってのがブームでそのアプリ。218言語対応なんだよ」
その豊満な胸をふんだんに突き出す久美さん。
「……ちなみに、そのアプリは異世界語対応なんですか?」
「そんなわけないじゃん」
嫌味だよ!
「まあ、ものは試し。ねえ、何か喋ってみて」
そう言って久美さんは少女に携帯を当てた。
「ロンソワナナケナナナナ、ケナナナナ。レイレイ、シイシイ」
ピッ……
『最近、ごっつだるいわ。あの上司ほんと死なへんかな』
「……ねっ!」
思いっきり誤訳してるじゃねぇか!
「そんなことこの女の子が言うわけないでしょう! だいたいなんで関西弁なんですか!」
「さ、最近の子ってこんな感じよ?」
嘘つけ! そんな荒んだ少女がいるか!
石を持って、少女に「これ、何?」と聞いて身振りでもわかるようにジェスチャーした。
少女は少し考えていたが、やがて「ブシ!」と答えた。
ピッ
『武士』
……やっぱり全然違った。
と言うより、あんたに聞いた俺がバカでしたよ。
町から500メートルほど離れた岩陰に一旦待機した。
まだあちらからの視界は捉えられないだろう。
「どうしましょうね」
言葉も通じない、理解できない。そんな中、友好を示す方法などあるのか。
そんな風に考えていると、その少女が陽気そうに鼻歌を歌う。
やはりキーポイントになるのはこの少女だろうか。
「シバータッ、シバータッ。パッソルトナタナタ。ベルサクヨシルサグ……」
よほど気に入られたのか、隣でよく話しかけてくれる。
まあ、一向に理解できないので、愛想笑いを浮かべて頭を撫でてやるぐらいしかできないのだが。
「この子いれば絶対に入れてくれるよ」
陽気に久美さんが笑いかける。
……ふぅ。
「そーですね。結局、勇気出して行くしかないかもしれませんね」
彼女の言う通り、考えていても仕方がない。情報が少ない今、多少のリスクは冒さなければ得られないものもある。逆に能天気な久美さんがいてよかったのかもしれない。
恐る恐る町に近づくと、屈強な門番が明らかな警戒心を向けてきた。
確かに自分たちの服装は明らかに異世界の人とは違っているので、誘拐犯にでも見えているのだろうか。何やら異世界語を叫んで襲ってきそうだ。
一筋の光明を託して、少女の手を離すと、彼女は猛ダッシュで門番のところへ行き何やら説明を始めた。
しばらく遠目で様子を窺っていたが、やがて門番がこちらへ来て町の中に案内される運びとなった。どうやら、その少女が上手く話してくれたらしい。
「アリーン! オオオアリーン!」
町へ入るや否や少女の母親らしき人が泣きながら少女を抱きしめた。どうやら、少女はアリーンと言う名前らしい。
「コラッタ! コラッタコラッタ!」
そう言ってアリーンの母親は何度も何度もお辞儀をした。
言葉が通じなくても『コラッタ』が『ありがとう』と言う意味だとわかった。




