World-Set
世界に終わるがくると知ったのは、33歳の誕生日の夜のことだった。
その原因は…、恥ずかしいことだが一年経った今でも何のことかさっぱり分からない。
多分、僕の頭が悪すぎるせいもあるだろうが。
ただたとえ良かったとしても、この事実を変えられないなら、世界が終わるという事実以上の何も必要ないのかも知れないけど。
恐ろしいほどの混乱と困惑と悲惨を見せた後、波が引いていくように世界は日に日に静かになっていった。
あれから1年が経った。
変わったこととして、僕はずっと宙ぶらりんにしていた恋人との関係にピリオドをつけた。
今は夫婦として日々を過ごしている。
そして昨日。ギリギリの線で国家としての品格を保っている政府から最後の通達が発表された。
いよいよ明日、世界は終わるのだという。
薄暗い部屋の中、妻が小さく、けれど楽しそうにバースデーソングを口ずさんでいた。
どこから調達したのだろう。おそらくは虎の子に違いない材料を駆使して、彼女は小さなホールのバースデーケーキを作ってくれたのだった。
「何作ってるとか絶対内緒!お台所に入っちゃダメだから!」キッチンに閉じこもった彼女のちょっとイタズラっぽい声を聞いて、一緒にいられない僕は
『最期の日を無駄遣いするなよ・・・』
とこぼしたのだけれど、それは申し訳ない愚痴だった。
もたれ掛かる彼女の頬が温かい。肩越しに見える彼女の横顔は儚いロウソクの灯に揺れて、微かな夕日に照らされているようにも見えた。
ふと、いつの間にか唄い終わった祝い唄に気付いて。ただ何となくもったいなくて、ロウソクを吹き消さずに僕は明かりをつけようと立ち上がった。
と、その腕にそっと彼女が指を重ねる。怪訝そうに伺うと、彼女はその瞳から、今まで…結婚したときでさえ…流したことのない雫を零して
「赤ちゃんが、出来たの」
と呟く様に言った。
「そっ…か」
彼女は目を伏せて、まだ小さなお腹に触れながら『ごめんね』と泣きながら詫び続けた。
「じゃあ明日は、この子と3人だな」
彼女の涙を拭いながら、ただ何も考えずに僕は彼女を抱きしめた。
後悔なんてしてほしくなかった。意味がないことだと、一度でも思ってほしくなかった。
「ありがとな」
彼女に。
「ありがとうな」
僕達の子に。
伝えたいことは山ほどあるけど。それを重ねるより、今はただ抱きしめたかった。
そのとき、僕らを照らして続けていた小さなロウソクの最後の灯火が消えた。
やがて夜を招く夕日が落ちていくように。
その黄昏の中、最期に彼女が微笑った気がした。
そんな風に今日も、僕らの一日が終わった。
いつもの通りに。