魔王に捧ぐは生け贄と花嫁
双子の女が産まれたならば
15まで育てよ
醜い女は生け贄として
美しい女は悪魔の花嫁として捧げよ
さすれば、生け贄の代わりに
この国の繁栄を約束しよう
さすれば、花嫁の代わりに
この国が憂うことがないよう約束しよう
この国の王家に伝わる古い古い言い伝えがある。双子の女が産まれた場合に、悪魔に双子の女を捧げるようにと。
リリス王国のリリム王家は、その言い伝えに乗っ取り、双子の女が産まれた場合、美しい女を花嫁として大事に大事に育て上げる。
しかし、醜い女は生け贄として捧げることから、美しい女とは違い、ただ生かされるだけの存在として、王宮の奥深くの塔に閉じ込められる。
美しい女、それは私の双子の姉で。名前をルーチェとつけられた。その名の通りに、光輝く美しさを持って産まれた。ふわふわのプラチナブロンドに、ぱっちりとしたサファイアの瞳、ほっそりとした身体は玉のように白くて。
醜い女、それは双子の妹である私のことで。名前はオスクリタとつけられた。その名の通りに闇にくすんだ醜さを持って産まれた。真っ黒の闇色の長い髪、目付きの悪いこれまた闇色の瞳、痩せぎすの身体は不健康そうに青白かった。
そんな私は産まれてからずっと塔に閉じ込められ、周りの人間とも隔絶された生活をずっとさせられている。
ご飯を食べて、寝て、家畜のような生活。トイレとお風呂も備え付けられているため、塔から出ることは滅多にない。
勉強をすることもなく、娯楽に身を興じることもなく、誰かと話をして笑いあうこともなく、趣味も特技も、何もかもないない尽くしだ。
ずっとずっと無視をされ続け、ただ生かされるだけの私が、齢15の朝を迎えることが出来た。ようやくこの地獄から解放される喜びと、明日を迎えることのない恐怖に身体が震えた。
「どうしたの、オスクリタ」
「ぼくたち、オスクリタの味方」
「オスクリタ、なんでもするよ、笑って、笑って」
粗末なベッドの上で、膝を抱えて声を殺して泣いていた私を、小さな黒い光が周りを飛んで励ましてくる。
その光の正体が何なのかはわからないけど、物心ついたときには側にいて、何も与えられない私に、沢山のものを与えてくれた親友だ。
「オスクリタ、大丈夫、ぼくたちがついてるから」
光がくるくると宙を舞い、それぞれが私の頬にキスをする。くすぐったくて身をよじれば、光達はいつものように弾けてキラキラと闇色に輝く燐粉を私に振りかけた。
そうして、私以外に誰も居なくなった塔の中で、私は自分の身体を抱き締めた。
怖くないよ。例え今夜、悪魔にこの身を引き裂かれようとも。貴方達が居てくれた、私の親友であってくれた、その思い出がある限り。
運命の夜が来た。
私は塔から引きずり出されたあと、王宮のどこかに連れ去られた。
そこが何処かはわからなかった。けど、今まで会うことの無かった家族の姿はわかった。
「ルーチェ、私達の可愛い娘。今までよく頑張りましたね。今宵からは悪魔の花嫁として頑張るのですよ」
「はい、お母様、ルーチェはきっと、きっと頑張ってみせます」
真っ白な婚礼衣装に身を包み、悪魔の花嫁として捧げる為に、その身をこれでもかと飾り立てた双子の姉が、母親である王妃に抱き締められ、キスの雨を降らされている。
「心配はいらないぞ、生け贄とは違い、花嫁は大事にされるからな」
「お父様、ええ、私は大丈夫ですわ」
父親である王により、最後の支度がすんだ姉ルーチェが私を見て嘲るように笑った。
私もルーチェと同じ血を引いているというのに、生け贄だからと、粗末な黒の喪服を着せられ、生け贄として捧げられる為に手足を鎖で拘束された。
・・・・・
「あー、オスタリク、お前も生け贄として、役目を果たせ」
「ルーチェの為にも、頑張るのですよ」
お父さんとお母さん、王と王妃に初めて声をかけられた。
でもね、私の名前はオスクリタ、オスタリクじゃないの。声を出したくても、いきなり喋っては可笑しいと思われるから、口をつぐんで黙って二人を見つめた。
「さ、準備は出来たな」
王様は私をもう見ることはなく、背中を向けてルーチェに問いかけた。
青ざめたルーチェの顔は化粧をしているからか、ますますその美しさを輝かせて、頷いた。
「生け贄と花嫁を捧げる」
王様の宣言が響き渡り、2拍置いて魔方陣が浮かび上がる。
眩いばかりの黒い光が私を包み込み、そして、真っ白な光がルーチェを包み込んだ。
大丈夫、怖くなんてない、怖くなんてないわ......
ぎゅっと目を閉じて、全てが終わるときを待った。だが、優しく抱き締められたことに戸惑いを感じて、目を開く。
目の前が闇色の何かでいっぱいだったことにが首を傾げ、視線を上にやれば、私と同じ色をした美しい顔が見えた。
闇色の髪は長く伸びているが、とてもさらさらで癖なんて無かった。闇色の瞳は切れ長で、瞬きの音が邪魔ならしそうな位、睫毛が綺麗に長かった。
また青白く冷たい印象の肌だが、とても滑らかで染みひとつなかった。それに顔の全てのパーツが、一番美しく見せる場所に収まっており、文句のつけようのないイケメンだった。
頭に2本の角と、背中の漆黒の翼がなければ、彼が呼び出した悪魔であるとは、思いもしなかっただろう。
「オスクリタ、私の花嫁......」
甘い微笑みを見せた男は、私の名前をいとおしそうに呼び、何度も何度も頬を撫でる。
こんなイケメンなんて私は知らないし、私は生け贄ではなかったのだろうか?疑問だらけで、混乱してしまう。
「なっ! こ、これはいったい、どうしたのだ!」
「ルーチェ! 何故ルーチェではないのっ?」
魔方陣の光が収まっていたようで、王と王妃がルーチェてはなく、生け贄が悪魔に抱かれている姿を見て、悲鳴をあげる。
私は視線をさ迷わせると、婚礼衣装を所々赤く染めたルーチェが息を荒くしてこちらを睨み付けていた。
「そんな生け贄をどうして抱いているのですか! 私が花嫁なのですわ! さあ、早く私を抱き締めて下さいませ!」
耳をつんざくような金切り声をあげて、ルーチェは腕を広げて、さあ抱き締めろと言わんばかりに、悪魔を見つめる。
私を抱いている悪魔は、そんなルーチェの姿を鼻で笑うと、私の頬にキスを降らせた。
「愚かな人間よ、私との約束を取り違えたな?」
「なっ、なな何をおっしゃるのですか! 美しい女は花嫁として、醜い女は生け贄として捧げているではありませんか!」
「では何故、醜い女に花嫁の衣装を着せている? 私の花嫁たるオスクリタをどうして生け贄として捧げたのだ?」
「ルーチェが醜いですって!? 光輝く美しさを持つルーチェが、何故醜い女なのですか?」
悪魔は、ルーチェだけを心配して駆け寄り、抱き締めながら反論してくる王と王妃の姿を、冷たい眼差しで見つめる。
私はただ黙って、事の成り行きを見守った。
「お前達が何を勘違いしているのか、知らんがな。私は悪魔だ。そんな悪魔がどうして、光輝く人間を美しいと思えるか、理解出来ないのか?」
「そ、そんなこと言い伝えには書いていなかったわ! 美しい女と醜い女、そんなの見たらわかるじゃない」
「人間と悪魔の間に、美しい基準の齟齬があるようだな」
悪魔はルーチェを睨み付ける。自信満々に私が花嫁よ! 私が美しい女! とアピールするルーチェがどうも気にくわないらしい。
そんなルーチェに同調し、王と王妃も口々に文句を言い始めた。
・・・・・
「オスタリクのどこが美しいのですか! 真っ黒の髪、真っ黒の瞳、対してパッとしない生け贄ではありませんか!」
「そうですわ! 私達の可愛い娘、ルーチェの方がとても美しく、花嫁としてずっとずっと相応しいです!」
「私のオスクリタを馬鹿にするなっ!」
悪魔が叫ぶと、凄まじい魔力の威圧が風のように吹き出し、見えない風の刃となって、私以外の人間に容赦なく突き刺さる。
誰も彼もが身体を切り裂かれ、息も絶え絶えになって地に臥せて、恐怖に怯えていた。
私はそんな目の前の惨劇に為す術もなく、ただ悪魔の腕の中で身動ぎすることもなく固まっていた。
悪魔は邪魔する人間が居なくなり、ようやくオスクリタに向かって、状況を説明してくれるらしい。
「オスクリタ、お前は我等悪魔の花嫁に相応しい美しさを持っている。闇色の髪、闇色の瞳、青白く不健康そうな肌は、悪魔にとって美しさの条件だ。光輝く色合いは、醜いだけでしかない」
「......っでも、そんなこと、言い伝えにはなかった」
「過去の花嫁と生け贄は、似たり寄ったりの色合いで、正直どちらがどちらであっても、我等には関係のないことだったからな。花嫁と生け贄を与えられた、それだけでよかったのだが、な」
「じゃあ、どうして、私のときだけ怒ったの?」
私は首を傾げて、悪魔を見つめる。悪魔は少しだけ、困ったような、けど恥ずかしそうに笑った。
「この黒い光に見覚えはあるか?」
「うん、私の親友」
「この黒い光はな、我等悪魔のもうひとつの姿なのだ。悪魔の花嫁を探す際に、この姿をとって人間界をさ迷う。そして、黒い光を見ることが出来て、またその光に恐れることなく受け入れられる者を、花嫁として迎えに来るのだ」
「それが、何の関係があるの?」
「オスクリタのことは、産まれた時より我等悪魔達の話題だったのだ。我等と同じ色をした人間が産まれたことはもちろんなのだが、花嫁ではなく生け贄として閉じ込められたことも......」
悪魔は私の頬を撫で、ぎゅっと抱き締めてきた。悲しそうな声音に私が戸惑っていると、悪魔は話を続け始めた。
「美しい女、醜い女、その詳しい条件を言い伝えに伝聞して無かったのは、私のミスだ。だから、人間にとっての美醜で花嫁と生け贄を決めることは、仕方のないことだろうと思っていた」
「うん、そっかぁ......」
「だが、言い伝え通りにオスクリタを生け贄とすることは我等には出来なかった。黒い光がその証拠だ。沢山の悪魔がお前を花嫁にしたいと、言い出したのだよ」
「なんで? 私はただ、寂しくて寂しくて、黒い光が何なのかわからないけど、ずっと側に居てくれたから、親友として一緒に居ただけなの」
「そもそも、黒い光を見ることが出来る人間は少ない。そして見ることが出来たとして、その存在が何であるかを本能的に畏怖する事が多く、実際に花嫁として迎えに行くことは少なかったのだ」
悪魔がふう、とため息を吐く。その表情がどうなっているのか窺うことはできなくて。
けど、寂しそうで悲しそうな雰囲気に思わず、そっと抱き締め返し、手でゆっくりと背中をさすった。
「お前は......恐れることなく我等を受け入れ、こうして優しさを与えてくれた。だから、我等はお前を生け贄としてではなく、花嫁として迎えに来ようと、思ったのだ」
「ルーチェはよかったの?花嫁として大事に育てられてきたもの、私は生け贄だから、何もわからないの」
「悪魔の花嫁として贅沢に暮らせて、蝶よ花よと大事にされ、甘やかされた生活を期待し、けれど内心では悪魔を忌避し、恐れて嫌悪するような女だ。それに、黒い光を見ることすら出来ぬ」
「でもでも、私は生け贄なの。黒い光が貴方達だったとしても、いきなり過ぎて、わからないよ」
沢山の出来事が一気に起こりすぎて、頭が混乱している。
生け贄だと思って、全て取り上げられてきた私が、いきなり花嫁として迎えに来たと言われても、受け入れ難い話だった。
自分はただの生け贄で、ルーチェが花嫁。刷り込まれた価値観は早々には変わらない。
「まあ、良い。オスクリタ、お前は我等の花嫁として、未来永劫我等と共に過ごすのだからな、今は分からなくても、いずれ分かるようになるさ」
「?」
「さあ、我等と共に行こう、愛しい愛しいオスクリタ」
美しい顔が目の前に近づき、唇が塞がれる。
目を見開き、驚きに固まっていると、悪魔が苦笑して唇を離した。
「フッ......あぁ、言い忘れていた。オスクリタ、私の名前はルシフェル、魔界を統べる魔王として、お前を迎えに来たのだ。安心していい、魔界はお前を歓迎しているよ」
ルシフェルが固まったままの私を横抱き......いわゆるお姫様抱っこをすると、背中の漆黒の翼が広がって、私を覆い隠すように包み込む。
「我等の愛しいオスクリタを傷つけた罪は重い。二度と我等の祝福を得られぬものと思え。今後、双子が産まれ、花嫁と生け贄として捧げようとしても無駄だ」
「まっ...待たれよ! どうか、話をさせてくれっ」
「恨むなら、約束を取り違えたその愚かさを恨め」
ぎゅっと強く抱き締められた途端、闇色の光が迸り、驚いて目を閉じた瞬間、シャボン玉が割れるような音がして、なにかを通り抜けるような感じがした。
ぱちっと目を開くと、そこは見たことのない、何処かの大広間だった。
ルシフェルの腕から降ろされて、おずおずと周りを見渡せば、歓迎ムードの悪魔達がそこに、待っていた。
「ようこそ、我が城へ。オスクリタ、紹介しよう、我等悪魔の花嫁よ」
私の名前は、オスクリタ。人間のときは生け贄として暮らしていたの。
今の私は、悪魔の花嫁。ルシフェルの手によって悪魔に生まれ変わった、オスクリタよ。
幼い頃からの親友だった黒い光の正体が、魔界の名だたる悪魔だと知って、何度か気を失いかけたけど、なんとか元気にやっています。
そうそう、私が生け贄として暮らしていたリリス王国についてだけどね。私が悪魔になって、ルシフェルやルシフェル以外の悪魔と、楽しく過ごしているうちに、何百年かの歳月が流れていたの。
気がつけば、リリス王国は滅亡していて、今は古い歴史の文章にその名を残すだけとなっていた。
リリス王国。今より数百年前に存在していた悪魔崇拝の国家。双子の娘を悪魔に捧げ、国の繁栄を願っていた。
ある日を境に、悪魔の祝福を得られぬようになり、天災による飢饉が頻発し、急速に衰退。隣国から戦争を仕掛けられた時に、為す術もなく滅亡した。
リリス王国の跡地には乾いた不毛の土地が広がっている。
けれど、塔の中で過ごしていた私には、滅亡する前の国がどうなっていたかなんて分からなくて。
戯れに訪れただけで、二度とその土地を踏むことはなかった。
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悪魔、生け贄、花嫁
この3つをメインテーマに、書いてみました
ルシフェルが、俺のターン!
と言わんばかりに活躍したため、ヒロインのオスクリタは若干空気でした、ごめんなさい
以後、設定
オスクリタ
名前の由来は、闇のイタリア語読みから
下手に教育されてない分、素直で頭が少しだけ弱い
塔の中では、黒い光がお友だちで過ごしていた為、発狂せずに済みました
生け贄として産まれたはずが、悪魔の花嫁だった
ルーチェ
名前の由来は、光のイタリア語読みから
大事に育てられてきた弊害で、傲慢な性格に
見た目の美しさは、国一番でした
リリス王国、リリム王家
悪魔の名前から名付けました
ルシフェル
ルシファー、サタンとも呼ぶ
魔界を統べる魔王様
オスクリタを迎えに行く際には、魔王だから、という理由で、他の名だたる悪魔達をはね除けて行きました
黒い光
悪魔のもうひとつの姿
この姿をしているときは、若干幼い言動になる
人間は本能的に忌避する
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