第一話
程よい涼風が吹く五月の平日の昼下がり、大学二年生の僕は、家でwhispper《ウィスッパー》をやっていた。
whisppaerとは今や世界でやっていない人はほとんどいないとも言われる大人気のSNSだ。
144文字以内であれば何でも投稿できて、これを通じていろんな人と交友することができる。
もっとも僕がこの時間にwispperをやっているのは本来おかしなことだ。何故なら本来であれば大学の講義がある時間帯だからだ。じゃあ何故僕がwhispperをしているのか、それはもちろん僕が学校をサボっているからだ。
去年の春大学に入学したころの僕は希望に満ちていたはずなのだが、いつしか学校をサボることが多くなり、2年になってもそのサボリ癖を治せずにいる。
一つ言い訳をさせてもらえば、サボりにも一応理由がある。それは僕が極端に朝が弱いことだ。大学に行く気はあるのに、朝起きることができないのだ。
毎日何重にもアラームを設定しているし、日付が変わる前には寝ている。それなのに、起きたころにはもう一時限目が終わっているのだ。そのまま学校に行くのが面倒臭くなり、残りの授業も休んでしまうということも結構ある。まさに今日がそれだった。
一時限目の授業を寝過ごし、残りの授業も自主休講することに決めた僕は、右手に持ったスマートフォンでwhispperを開いた。といっても特にwhispperに用事があるわけでもない、ただの暇つぶしだ。
「朝起こしてくれるかわいい女の子募集中、っと」
いつものように適当なささやきをして、僕はベッドに寝転がる。そういえば女の子と付き合ったことなんかもなかったよなあと考える。
残念ながら僕はさほどいい容姿でもないため、小中高と女の子と付き合うなんてそんなことは一度もなかった。淡い希望を抱いて郷里を離れて都会の大学に進学したものの、結局いい出会いなんてあるはずもなかった。せめてでも毎朝起こしてくれる女のことかいないかなあと叶わない妄想をする。
ピローンッ
右手に持っていたスマホから軽快な音が鳴り響いた。whispperの通知音だ。フレンドからレスポンスがあればスマートフォンに通知が来るようになっているのだ。
スマートフォンを開いて確認すると、レスポンスの主は「JADE」だった。
JADEはつい最近登録したフレンドだった。自分と趣味は多少異なるが、中のフレンドのフレンドだったし、何よりも「JK」ということで僕はJADEとフレンドになった。
「私が起こしてあげるよ(#^.^#)」
レスポンスの内容はこうだった。JKらしくかわいい顔文字なんか後ろにくっつけているが、どうせ冗談の「絡み」に決まってる。それでも僕は前々からJADEのことに興味があったのでJADEとこのレスポンスをきっかけに話せるのなら、この「絡み」に乗ってもいいと思った。
「それマジ?JKに起こしてもらえるとか最高じゃん」
冗談とはわかっているけれども、とりあえず確認のためレスポンスを送ってみる。もし本当ならそれはそれでとても嬉しいけれども。
ほんの数十秒後、またスマートフォンが通知音を鳴らした。JADEからのレスポンスだ。
「マジマジ!起こすよ!電話番号教えてほしいな」
どうやら彼女は本当に俺を起こしてくれつもりらしい。もちろん互いに離れてるから電話で起こすことになる。だから彼女は俺に電話番号を求めた。
基本的にSNS上で個人情報を晒すことはよろしくない。個人の特定の危険があるし、SNS上で個人情報を晒したことによって、その後の人証に支障をきたした人も大勢いる。それでも僕は彼女に電話番号を教えることを決心した。それは僕がJADEに好意があったとかそういうことではなくて、単なる女の子に朝起こしてもらいたいという欲求の表れだった。JADEが実際に僕を起こしてくれるかはわからないけれども、それでもお互いの電話番号を知ることによってJADEに近づけるかもしれない、そういう淡い下心も根底にあったことには間違いない。そうして僕はwhispperのダイレクトメール機能を使って、JADEに僕の電話番号を教えた。
6/14 微妙に加筆修正しました