初めての戦闘
アルヴ歴213年4月15日
フィンシオン領~テポート村付近
シアルグラスを旅立ってから約2週間、シン一行はテポート村付近まで来ていた。旅は順調とは言えず、慣れない野営と長距離移動に通常の倍程度の日程を費やしていた。野営は従士が交代で見張りを担当していた。途中シンやサーシャも見張りをやると手を挙げたが、従士たちに頑なに拒否されていた。道中幸いにも魔物や盗賊に襲われる事もなかった。
「もうすぐテポート村だな。今日は村長の所で一泊できないか頼んでみよう」
シンがそう告げると反対意見なく皆頷いた。
正直なところ、シンとルーシアはステータスが他のメンバーの数倍ある為、疲労はほとんど無かったが、周りのメンバーに合わせてあげていた。
その日の夕方、テポート村に着いたシン達は村長の家を訪問した。
「すみません。ソルト村長はいらっしゃいますか?」
奥から村長が出てきた。
「シ、シン様⁉︎ようこそいらっしゃいました。先日は我等に食糧を提供いただきありがとうございます。辺境伯様はご一緒ではないのですか?」
「あぁ、実は父から、旅に出るよう命じられまして、彼等と一緒に旅をする事になりました。本格的な旅はレティシアに行ってからになりますが」
「なんと!?まだシン様は5歳ではなかったですか?それは余りにも早過ぎるような気がしますが……なにか辺境伯様にもお考えがあるのですかな……」
「そこは、僕にもわかりません。ただ、私もこのフィンシオン領を見て回りたいとは思っていましたので、良い機会だと思っています」
「素晴らしいお考えですな。私も何かお力になれる事があれば何でも仰ってください。シン様には返しきれない程の恩を賜わりましたから」
「あ、ではお言葉に甘えまして一つお願いなのですが、本日この村で一泊させていただけないでしょうか」
「そんな事でしたらいくらでも!先日使われた家が空いておりますのでそのままお使いください」
「ありがとうございます。そういえば最近困った事とかないですか?何かあれば宿代代わりにお手伝いしますが」
「いえ、特には……。シン様に創っていただいた畑も収穫が進んで……!あ、一つありました。最近そのポテトの畑を狙って、ゴブリンが来る事があります。いつも2、3体で来るので、村人達で退治はできますが、大量にもし襲ってきたら耐えきれない可能性もあり、冒険者ギルドに依頼を出そうかと思っておりました」
「ゴブリンか……。ヨシュア、ゴブリンと戦った事あるか?」
「はい、あります。魔物の中では最弱です。村長が言ってるように村人たちだけでも退治できます。ただ繁殖能力が異常に高いので、1体見たら30体は近くにいるから気を付けろと軍で習いました」
「まるでGだな……。ゴブリンだしGでいいのか……」
「はっ?Gですか?Gとは何でしょう?」
「いや、何でもないよ。独り言だ。村長、ゴブリンはいつ頃からやってきて、今まで何体くらい退治したか覚えていますか?」
「大体5日前くらいからです。5日前から毎日の様に昼夜問わず来ています。今は村人が交代で畑の監視をしているので、被害は出ていません」
「シン様、おかしいです。ゴブリンはそんなに頭が良くありません。逃したなら兎も角、全部退治しても同じ場所に来るというのは恐らくはゴブリンリーダーの様な指示を出している者がいるも思います」
ロゼッタがそう教えてくれる。
「ロゼッタ、ゴブリンに詳しいのか?」
「え?いえ、そこまで詳しくはないのですが、旅をする者の一般常識ですよ。ゴブリンリーダーがいるという事は、集落が出来ている可能性が高いです。早目に手を打たないと集落はドンドン大きくなります」
「俺たちで倒せそうか?」
「シン様⁉︎お止めください!危険です。貴方様に何かあったら大変です。私共は大丈夫です。冒険者ギルドに対応してもらいますから」
「そうですね、今の内に冒険者ギルドに依頼をすれば1ヶ月程度で冒険者が来て解決してくれますし、私達が手を出す必要はないでしょう」
「そうか、わかった。ただ、見張りには協力させてくれ。ゴブリンと一度も戦った事がないのも恥ずかしいだろう?」
「そうですね、その位ならいいと思います。いい経験になると思いますよ。いざとなれば私共が盾になります」
「ありがとう、ヨシュア。村長、という事で、見張りは協力させて欲しい」
「そんな……シン様に見張りをしていただくなど恐れ多いです」
「今の俺は、冒険者だと思ってくれればいいですよ」
「いや、しかし……わかりました。ですが、村人も一緒に見張りをさせます。先程の従士の方と同じく盾としてお考えください」
「大袈裟ですよ。俺は誰も盾にするつもりはありませんよ。でもありがとうございます。」
実際には、ここにいる誰よりも強いシンであったが、好奇心と戦闘の実践経験もないことの恐怖心が相まった複雑な心境になっていた。
今日は旅の疲れもあるので、寝させてもらって、明日の朝から昼過ぎまでをシン達が見張る事に決まった。
夕食には、ポテト尽くしの料理が振る舞われ、従士達はここでも驚いていた。
ーーー
シン達が寝静まった頃、村の周辺には、怪しく蠢く者達がいた。ゴブリンの集団である。
ロゼッタの考えは概ね正かった。ゴブリンの集落があり繁殖していること、集団を指示するゴブリンリーダーの存在。だが一つ間違っていたのは、ゴブリンリーダーを筆頭にゴブリンアーチャー、ゴブリンマジシャン、ゴブリンヒーラーと言った亜種までこの集団には存在した事だった。これは、通常冒険者ランクC以上の緊急クエスト依頼となる。
畑の周りには篝火が焚かれている。その外側から見張りの村人5人は、畑の様子を伺っていた。
そこに2体の侵入者が現れた。ゴブリンである。村人はもう慣れた感じで、ゴブリンを退治しようと、5人で周りを囲みゴブリンに向かって攻撃を仕掛けた。
「ギギッ⁉︎」
「ギャッ‼︎」
ドゴッっと言う音と共に2体のゴブリンは簡単に倒れた。
「へへっ。今日も簡単だったべな」
「んだ、オラ達に掛かればゴブリン如きに遅れはとらねぇだ」
「畑も守れただな」
「よがった、よがった」
「……ん?あれは何だべか?」
村人達はゴブリンを退治して浮かれてた。その時には既に周りを他のゴブリン達に囲まれていたのだった。そして、今村人が見ているのは、ゴブリンマジシャンが出した火魔法だった。
「ぐぇっ!」「ぎゃあっ⁉︎」
火魔法が村人に当たり、火に包まれる。その後更にゴブリンアーチャーが放った矢が別の村人の足に突き刺さる。
「て、て、敵襲だぁ!みな気をつけろ!村長に何とか知らせるだ!」
「す、既に囲まれてるだよ!村長の所はここから少し離れてっから、声も届かねぇだ。誰か一人でもこの囲みを抜けて助けを求めるだよ。でないと村が全滅してしまうだ……」
「よし、ダリオ。お前さん何とか村長の所へ行け!オラ達が少しの間引き付けるだ」
「わかっただ!必ず伝えるだ!」
「よしっ!行くだ!」
合図と共に走り出す村人ダリオだったが、ゴブリンの数は既に100体に及んでおり、とても通り抜けることなどできなかった。だが、瀕死になっても村長の所へ行こうとした事で、シン達がその気配に気づいたのだった。
「はっ!まさか?みんな起きろ!魔物だ!」
シンの掛け声に皆一斉に飛び起きる。流石に軍に少しでも在籍していただけあって、従士の準備は速かった。
「シン様?魔物って本当ですか?」
「あぁ、俺の索敵スキルが敵を捕捉している、最低でも30以上だ」
「30?ゴブリンですか?今まではそんなにいなかったって、村長が……!」
「何回も斥候のゴブリンがやられたからだろうな。痺れを切らして攻めてきたんだろう。こうなったら俺達で戦うしかない」
「だ、だ、大丈夫ですか?シン様戦った事ないんでしょう?」
「サーシャ、無いけどこの状況じゃあ戦うしかないだろう。大丈夫、俺は死なないよ。それよりサーシャこそ気をつけろよ!」
「ウォレスとヨシュアは前衛頼む、倒すよりも俺たちに攻撃が来ないようにしてくれ。ルーシアとロゼッタは中衛だ。魔法でできるだけ敵の数を減らしてくれ。後衛はサーシャと俺だ。サーシャは防御に集中して自分とルーシアとロゼッタを守る事を考えろ。俺は魔法で、遠くの敵を倒していく。いいか?」
「「「お、応!」」」
シンの初めての戦闘が始まった瞬間である。




