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或る英雄の話

作者: 未読練
掲載日:2015/04/12

 これはどこか遠い遠い国の話。


 騎士。それは戦人。

 国と国とが衝突するのはいつもそこに住む者たちが望むことではない。農民は常に虐げられるもので、天気に伺いを立て、領主にこびへつらう。戦争とは、どこかで決まって誰かが強いているものだ。

 その戦場を駆け抜けて、しかし、民の憧れとなっている者達がいる。それが騎士だ。騎士は必ず命に懸けて指令を遵守し、武勲を立てることに誇りを感じる。それがこの時代の騎士というものだ。

 この国の騎士の格言にこういうものがある。「剣を持て、さもなくば死を」。

 いくつもの英雄譚が世に溢れ、そうした者に憧れる。大国ニブヘム、この国の人々の幼い頃の夢はみな、国のために刃をふるうことである。そして、ニブヘムの騎士になるということは、それだけでその大国の歴史を背負うということでもある。振るった刃は斬られた者の無念を載せる。振れば振るほどにその刃に、鈍く蓄積していく。大国とは無数の屍の上に成り立っているのだ。

 騎士というものは、強さに生き、武勲を誇る生き物だ。自らの意思で、己の命を懸けて殺し合いをする者だ。そして、騎士の誇りは強者の誇り。自分を限りなく磨き、そして、自分が最強でなければならない。自分より強い者を徹底的に許しはしない。自分が誰よりも強くなければならないからだ。

  大国ニブヘムは六つの州とそれに付随する四十六の郡がある。東の大森林地帯に隣接する郡、アレンセルリ郡は、しばしば、戦場となってきた。国境線が近いためでもある。ここでは、三つの国が互いににらみを利かせていた。大国ニブヘム、敵対国家アーロンクス、中立国家サヒフルク、この三国が常に互いを牽制していた。

 このアレンセルリ郡を治めていた領主は、戦争を嫌う者だった。そして、そのために敵対するアーロンクスに滅ぼされた。最後まで和解の場を求めて、のこのこと出て行った領主は何の苦も無く殺されて、帰らぬ者となる。瞬く間に、いつの間にか、この郡の全ての地区は制圧されていた。

 領主の一家は皆殺し。男達は奴隷に連れいていかれ、女は娼館に、子供は敵国へ再教育されるために送還された。元々存在していた悪党たちも次々と討ち取られていった。

 路地の裏まで隅々に渡って出された統率のとれた騎士の討伐隊の前では、無数の荒くれ者たちもなすすべなく死んでいく。

 国境線が完全に塗り替わったと誰もが思ったとき、ある精悍な男を隊長に国土奪還のための部隊が結成された。誰もが無駄なことだ、と思っていたが、その男だけは違っていた。名はザックスという。

 彼が率いた部隊は三日三晩国土を駆け巡り、あっという間に国土を取り返していった。徹底した騎士部隊の各個撃破と、情報が伝達しきる前に不意を衝いた奇襲を仕掛けること、この二点に重点を置いて、ザックスは部隊を動かしていく。味方の損害少なく、そして、じりじりと国境線を元のところまで後退させていった。

 彼は若くして称賛の声を浴びる騎士となった。ザックスは、数ある魔法の中で最も基本的で原始的とも言える強化魔法のみで数々の戦を縦横無尽に駆け抜けた。

 他国ではその獣のごとき荒々しさで恐れられ、本国ニブヘムでは異性に非常に人気があった。

 国土を奪還した報酬として、そのままアレンセルリ郡を貰い受け、領主となって城も構えた。そして、美しい妻をめとり、子も出来た。そうして幸せな日々を送った。

 それで終わるのがニブヘムの英雄譚というものだが、世の中は一度として腰を下ろすことはなく、常に動き続けるものだ。


 時は移り、ザックスが三十も半ばに差し掛かってきた歳の頃。

 父親であるザックスとその息子ノイルは、城内に設けられた憲兵の練習場で、お互いに尋常ならざる真剣さで向かい合っていた。

 この国の慣わしである、模擬戦だ。この国では、子供の歳が14になった頃、父親と模擬刀を用いて試合をするのである。儀式のようなものだ。

 ザックスは、まだ幼さの抜けきらない息子の顔を見て、あまり本気を出さずに適当にいなしてしまおう、と軽く考えていた。

 互いの距離が四間ほど離れたところで、一礼をして、呼吸を整える。この国の偉大な領主とその息子の神聖な試合のため、臣下は皆当然のごとく見守っており、また、今日は特別に農民たちも立ち会うことが許されていたから、その場には非常に多くの人間が詰めかけていた。

 やれやれ、ノイルも緊張で上がってしまわなければよいがな、そんなことを思いながら、試合の始まりの合図を待っていた。

 始まりの角笛が高らかに空に響いた瞬間、互いの距離を半分に詰めていたノイルがいた。いつ抜いたのかわからないが、もう既に腰の鞘から木剣を引き抜き、相手の喉元に向けて構えていた。凄まじく速い。

 向けられていたのは木剣だったが、数々の戦場を駆け抜けたザックスと言えどもこれほど肝を冷やしたのは実戦でも5回を数えることは出来ない。完全に気持ちの上で不意を衝かれ、さらに反応は遅れる。

 ようやく、こちらが木剣を引き抜くころには鋭い突きが繰り出されていた。

 狙いを定めさせないように体を軽く左右に振ってから、右方向に回避する。そして、引き抜いた木剣を、そのままノイルの胴体に打ち込む。

 ノイルの突きは途中で勢いよく強引に軌道を変える。腕は振り下げて、手首を上げることで、上方向に屹立する木剣に胴打ちが妨げられる。再び、間合いを取って、腰を下ろして相手を見据える。

 まさか、ノイルがこれほどやるとは、思わなかった。額を嫌な汗が伝う。本気でかからねば、俺が負ける。まさか、十四の子供に俺が負けるわけにはいくまい。

 完全に意識を入れ替えて、眼前の敵を見据え、そして、打ちあう。幾多の剣筋が避けられ、幾度となく剣が交えられた。時間にして数分も打ちあってはいないが、ザックスはまるで一時間経ったかのように感じていた。

 剣戟の中で、ザックスはノイルの中に弱点を見た。打ち合いになると、段々と着実にそれが覗き見えて、やがて、確信に至る。どんなに強くても、ノイルはまだ14歳だ。どうしても経験が浅い。

 利き腕の方向である右からの打ちこみは、上手い。文句の付けどころが見当たらない。踏み込みの足も大胆で、かつ、タイミングの見極めも天性のものを感じさせる。問題が左側、の特に上段。ノイルの攻め手には全く入っていないし、のみならず体に動作が染み付いていない。左上段に対する攻撃への反応がやや遅いし、木剣のぶれ等、動作の荒さがやや目立つ。

 再び離れて、呼吸を整える。敵であるノイルの顔をじっと見据える。次で決める。ノイルの呼吸と次の動きの意図を完全に読み取って、自分の最後の一手を用意する。

「鋭!」というノイルの掛け声とともに、自分の剣の持ち手に剣先が迫るが、左足を一歩引いて、代わりに左上段から最速の一撃を打ち込む。そして、勝負はついた。

 鈍い音が響き、ノイルの体が横転する。やがて、再び角笛の合図が鳴る。試合終了の合図だ。ノイルの世話役の召使いが倒れたノイルに駆け寄る。

 少々やり過ぎたかもしれない。つい本気になってしまって、あまり加減が出来なかったからな。予想を上回る力を持っていて中々侮れないが、まだまだ経験不足からくる甘さの残る男だ。

 ノイルが、視界の端で召使いの手を借りずによろめきながら自分の足で立ち上がる。打たれ強い、か。全く誰に似たのか。

 ノイルが上気した顔で、羨望の眼差しをこちらに向けながら近づいてくる。

「やはり、父上には、到底かないませんね、どんな攻撃も落ち着いて対処する。本当にお強い。僕などまだまだ未熟です」

「いや、お前も強くなったな」

 最近口の上に蓄えたひげをなでつつ、それだけ言って背を向けて去るとき。

「無茶し過ぎです、ノイル様、肩を見せてください」

 と、召使いがたしなめている声が聞こえた。

 ん?俺はノイルの肩を打ってはいないが?

 ザックスの後ろで召使いは機敏に動いていた。ノイルの包帯の巻かれた肩を出させて、そして、井戸の水を汲みに行くように指示を出す。召使いは入念に見て、触知して調べる。

「せっかく治りかけていたのに、はがれかかっています、酷くはれ上がっていますし早く冷やさなければいけません」

「骨くらいすぐくっつくって言ってるじゃないか、骨の一本や二本根性で何とかなるさ」

「そうやって自分の体をないがしろにしていると、後々困るのはご自分なんですよ」

 召使いはそうやってしかりつけているようだ。

 中央階段へと続くアーチをくぐるとき、ザックスはちらと横目でノイルの様子を窺った。顔は平静を装ったまま、中庭を後にした。

 ……、左が甘かったのは左手に全力を入れることが出来なかったから、か。左肩を骨折していて、俺と戦っていたと、そんな馬鹿な……。ノイルは俺より強くなる所の話ではない、いや、もう既に俺を超えているのではないか?

 背筋に寒気が走る。

 ノイルは俺より強い騎士だ。ケガが完治したら、すぐにでも俺を殺してこの領地を治めることが出来るほどには。俺はノイルがどういう人間か、良く知っている。そして、幼い頃から確かにその片鱗があり、天性のものを持っているということを知っている。

 そうだ、だから、俺はノイルを放置は出来ない。


 英雄ザックスの剣技は年齢とともにさらにとどまることを知らず磨きがかかっていった。今では昔のように戦に駆けだすことはないが、しかし、一流の騎士の強さを持っている。

 だが、ザックスの胸中の一抹の陰りは、小さくなるどころか段々と広がっていく。

 アレンセルリ郡で行われた豊穣祭の最終日、城内でも酒の席が用意された。どれだけ飲んでも酔うことを知らない豪胆なザックスだったが、ラム酒を飲んでいる最中ふと重臣に、ノイルは俺より強い、と漏らした。

 その重臣は目をパチクリと瞬かせた後、笑い始めてあっけらかんと言った。

「ザックス殿は血も涙も無いお方かと思っていましたが、これはまた、親ばかですな」

 こいつは馬鹿かと思ったが、しかし、どうやら本気で言っているようだった。そう、実際まだ誰も気づいていないのだ。誰も息子のノイルの方が私より強くなる、いや、もうすでに超えているかもしれないなんてことに、露ほども気づいていないのだ。

 親ばか、か。ただの思い過ごしであればどんなに良いことか。だが、見る者が見れば一目で気づくだろう。


 それから数年経ち、葡萄月の頃、ルクスはまだ何も武功を上げていないが、領地を与えられた。以前、太閤が領地を周遊していたときにルクスを見ていたらしい。やはり、見ている者は見ていたということか。その能力を存分に活かせ、それが上からの命令と言ったところか。

 そして俺は、何かと難癖をつけて、ノイルの領地と小競り合いを始めた。戦力を幾度も向けた。同じ国の中の内戦という様相を呈するが、戦闘を正当化する理由なぞはどうとでも用意できる。

 俺が何度も直々に赴き、時にはノイルの城であとわずかというところまで行ったこともある。

 ノイルからは何度も使いがザックスに親書を届けに来た。ノイルから父親に宛てるのはいつも疑問の声だった。何故なのですか、と。


 そんな小競り合いをよそに、突然、大きな戦争が始まった。今まで、どんな争いも無視して中立の立場をとってきたサヒフルクがニブヘムと戦争を始めたのだ。ニブヘムの前線はなすすべもなく圧倒間に蹂躙されて、国中に戦争の特別召集がかかる。

 ノイルは騎士の天性を持っている 戦争こそが彼が最も輝くことのできる檜舞台だ。しかし、彼本人はそんなことを自覚してはいなかった。だが、戦争がやってきたことを天が与えてくれた機会だと思った。

 父上にも召集がかかっている。だから、これは、私と父上との関係を修復してくれる良い機会になってくれるにちがいない。父に、私に対する何かの誤解が生まれたのかもしれない、だが、命を懸けて父上を守って戦うことで、父上の猜疑心も晴れてくださるだろう。一緒に戦うことでまた私を認めてくれるかもしれない……。

 一方、その当の父親は、戦争がやってくることを最も恐れていた。しかし、最も恐れているということは往々にして唐突にやってくるものだ。

 ザックスが戦争を恐れていたのは、息子が、自分よりも遥かに優秀な武勲を上げるであろうことがはっきりわかっていたからである。戦争の召集が来てから、ザックスはまるで熱病に浮かされたように、、強迫観念にとりつかれ、やつれていった。

 率いる部隊の準備は進むが、ザックス自身は、頭からノイルのことが離れないため、何一つまともに手に付かない。

 ノイルは俺を超えていく、俺は片隅に追いやられ、奴ばかりが称賛を得るだろう。

 心地よい疲労感のあとに、あの腹の底からわき上がる喜びを俺が手にすることはもうない。 全てノイルのものだ。

「剣を取れ、さもなくば死を」

 脳裏に浮かんだのは幼い頃から聞いてきた、騎士の格言。

 ああ、そうだ。剣を取るのだ、そして、死を、……与えるのだ。


 梨月の二度目の満月の晩に、最前線へニブヘム国の兵士達は集結した。天然の国境であったタクラカ川をもう既に数十キロ後退した街に、国中から集まった騎士たちが集っている。各々が装備の最終点検を行っている。そんな中を分不相応なとても生き残っていけそうにない者が歩いていた。所謂ノンフィクションライターである。彼らが直に見聞きして、英雄譚をまとめて発表する。この国の騎士は自分の英雄譚が書かれて読まれることが一つの夢であり、戦場にとって邪魔な存在でしかないはずの作家も邪険に扱われることは無かった。

 当然、この中に、ザックスとノイルもいた。ノイルにとっては、国と国との戦争は初めて経験することだが、しかし、落ち着いていた。

 もう、夜も明けてきた。ノイルは自分の隊を引き連れて、持ち場に着く。目に見える限り、横一列にずらりと兵たちが並んでいる。もう誰もかもが口を閉じ、奇妙な沈黙が場を占める。

 夜が明け、太陽が地平線を掠めたその瞬間、高らかに角笛が鳴らされた。兵たちが鬨の声を上げる。戦争が始まったのだ。

 サヒフルク国は、中立を守ってこられた理由の一つに、サヒフルク特有のある生物があった。サヒフルクの一部は岩場であり、そこに地竜が多く住んでいた。気性は荒く獰猛で、全長は三~五メートルにもなる竜で、サヒフルク軍は地竜を調教し、地竜騎兵隊なるものを作っていた。

 地竜は地脈の加護を受けている。皮膚は固く、対魔法特性も併せ持つ強力な戦力であった。

 今、ニブヘムから見て、地平線の向こうに見えるサヒフルク軍に、地竜は駒として最大限活きるように配置されている。

 地竜は、一か所に集めすぎると、互いに威嚇しあい、統制するのが困難になる。そこで、地竜は三体ずつのチームになるようにバラバラに配置されている。三体、というのは適切で、三体のうち一体が暴れ出しても残りの二体で抑え込めるようになっているからだ。地竜を抑え込むことが出来るのは地竜くらいということだ。

 ニヒフルクの突然の猛進撃は、地竜の強引な進軍力のなせる技だった。


 次第に二つの軍の距離が狭まり、まず、ニブヘムの国の騎士たちは怖気づいてしまった。いずれも武勲を立てんとして意気込んできた兵だが、凶悪な地竜に度肝を抜かれたのだ。ざわめきが広がり、騎士たちの足がすくみ、足並みが遅れ、やがて隊列が乱れ崩れるか、と思われたとき、一人の騎士が前に躍り出る。

 それはノイルであった。

 距離にして、二つの軍の間は、まだ七百メートルは残していただろう。ノイルは、体と同じほどの大きさの弓を左手に構えて、その壮健な二つの目で地竜を見据える。

 矢を引き出して、つがえ、引き絞る。弦が、ちぎれんばかりに、ギリリと音を立てた。

 すっ、と放たれると一瞬であった。矢は正確にノイルの狙い通りの軌道を描いた。彼の矢じりにこめた魔力が着火して、戦場の空白地帯に光と熱の線を引いて進む。そして、先頭の地竜の、厚い首筋の皮膚を貫いて刺さった。肉を貫き焼かれた地竜は苦痛にのたうち回って騎兵を振り落す。

 この一矢で、完全に敵の気勢に飲まれていたニブヘムの雰囲気がガラリと変わった。

 ザックスは、流れが変わったな、と呟いた。騎士たちの闘志が復活し、各所から威勢の良い声が上がる。

 ノイルというこの不世出の非凡な才能は、これ以上ないほど華々しく鮮烈に初舞台を飾った。


 やがて、両軍は激突する。ニブヘムの先頭の歩兵集団は、リーチの長い槍をメインに叩き付けるように戦う。また他に、機動力を重視して立ち回る部隊は長剣を持って戦場をかき回す。

 少し後ろでは、弓兵が敵の上に矢を放ち、また、魔力を操る力の強い者が敵に魔法を降らすなどして補助を務めていた。

 そして、地竜を止めるために、重騎士が出張っていた。複数人を媒介にして魔力供給を受ける重装備の兵士で、複数人の力を一点に集めて通らない攻撃を通すようにするための一発集中型だ。基本的にかなり効率は悪いが、地竜などに対しては有効でやむを得ず使う。

 このことからも、一人で相当遠くの地竜に弓矢で攻撃を通したノイルの優秀さわかるだろう。ノイルの優秀さは勿論技術面のみの話ではない。士気を取り戻すという芸当をあの一発でやってのけるのは生半可な度胸では無理だ。人を惹きつける天性のものを持っていた。

 戦況は目まぐるしく変化し、乱戦になりつつあるが、ニブヘムの騎士の多くは、勝ち戦になりそうだ、と肌で感じていた。


 そんな中、ザックスは、焦っていた。とにかく、功を欲しがるあまりに、無理な進行を続けて先陣を切っていた。相手の陣形を切り崩すのに確かに良い効果をあげていたが、しかし、それに応じてかかる犠牲も大きい。

 そんな無茶で危険な父親をノイルが無視するはずは無かった。ノイルが率いる隊も、先頭に向かってなだれ込んでいく。

 ザックスは自分の周りを目障りに動き回る息子の姿を眺めながらじりじりとその瞬間を待っていた。自分よりも強いものがいてはならないのだ、まして実の息子に後れをとることはあり得ない……。


 サヒフルクは、地竜頼みなだけの国では無かった。中央の隊を取り仕切るのは若手だが覇気溢れるハウント隊長だ。サヒフルクでも最も期待のホープで、名実ともに輝かしい実績を持っていた。

 ノイルとハウント、国の違う二人の逸材を、この戦争が出合わせた。

 ハウントは初めにノイルが矢を射たときに、ノイルという好敵手の存在を認めた。ハウントの国は中立が基本だったが、何を悠長な、というのが彼の自国への素朴な感想であった。彼にとって周りの人間は足の生えた木石と同じで、全く張り合いがいのないものだった。彼は自分の能力がいかに優れているか自覚していたし、また同時に周りの人間が凡才ばかりであることに退屈を感じていた。

 そして、ノイルを見たとき、ただただ、驚いた。自分と同じように傑出したものが他にもいたのか、と。そうだ、いるのだ、今まで行き場の無かった闘争心に火が付いた。ハウントはノイルを目指して進軍する。

 ノイルが中年の騎士を守るように動き回っていることが目に付く。

 あの騎士を落とすか、とハウントは決めた。アイツに俺の方が上だと思い知らせるには、目の前で守っているものを落とすのが一番だろう、そしてその次にアイツを俺の手で落とす。

 指揮さえ取ればいい部隊長をつとめながらも、彼は自身を前へ前へと押し出す。全方位にまるで目があるかのように、戦場を把握し、鋼のような肉体と恵まれた魔法の才能を駆使して、流れてくる矢も、魔法も全てかわし、時に敵兵を自ら斬りおとす。

 ニブヘムの重騎士に地竜が殺されて、敵兵が本隊へと分け入ってくる。

 止むことの無い怒声、土煙、血しぶき。敵味方が入り乱れて、場はかき乱されている。

「ククル、後の指揮を頼む」

 私ですか、と驚く部下をしり目に、ハウントは突撃する。

 分け入っていくハウントを見つけてニブヘムの兵が、気合を上げて斬りかかる。

「遅い」

 敵兵の振り上げた剣が振り降ろされる間もなく、ハウントは素早く接近して、喉を切り裂き、敵兵の頭と胴体が離れた。

 次々に流れるように切り裂いていき、彼がすり抜けた道には敵の死体が次々に出来上がっていく。


 ノイルがまだ遠くにいるハウントに気付いた。偶然か、必然か、天才同士は引き合うのだろうか、とにかくノイルは卓越した恐ろしい人影が着々とこちらにすり寄って来ていることを認めた。奴は何をするつもりなのか?と、ノイルは素早く思考を巡らせる。


 ザックスは兵を率いてとにかく強引に進み続けるように指示を出していた。獣のように進軍する。

 だが、ザックスはぼんやりと戦場を見つめていた。ザックスの無茶な進軍が成り立つような指示は全く出していない、だが、破綻していない。その原因を見つめていた。

 ノイルだ。

 無理だ。奴はどんな戦況もものともしない本物のリーダーだ。やはり……。ザックスは自らの剣に手を掛けて決意の眼差しを向ける。

 俺が殺すしかない、そう呟いた。

 ザックスは、馬から降りると、剣を引き抜き、一歩一歩、ノイルのいる場所へと近づいていく。あと少しだ、あと少しで、俺はこの最悪な状況を抜け出せる、と祈るように頭の中で繰り返す。

 周りの戦闘には全く目もくれず、自分のすぐ隣で凶刃が舞っているということも、全く意識の中に入って来ていないかのように、ただただノイルを殺すことだけを考えて動いていた。

 あと、数十メートル。

 そのノイルの顔は土や返り血や脂汗にまみれて肌は光を鈍く反射していた。

 もう戦闘が始まって数時間は経ち、太陽も高く上がっている。

 ノイルがまた一人斬った。


 ハウントは中年の騎士が不可解な行動を取るのをずっと見ていた。ふらふらとノイルの方へ近づいていく。どうして指揮官がそんなに前に出るのかわからなかったが、自分の行動を顧みて自嘲気味に笑い、理由について考えるのはやめた。

 アイツの目の前で、必死に守ろうとしてきた上官をぶち殺すのは、先ほど奴がニヒフルクの地竜を遠くから射殺した、良い意趣返しになるだろう、とほくそ笑んだ。

 直接斬り込むよりも、今ならこれがちょうどいい、とハウントは背中に手を回す。

 背中側の腰に付けた短弓のホルダーを外して、左手に構える。矢をポーチの中から引き出した。確実に殺せる距離までどんどん詰めていく。

 あと、数十メートルというところまで来た。

 その距離でも斬りあっている兵が視界を遮るが、乱れ動く兵の隙間から時折、目標の騎士が見える。ハウントが、弓を構えようとしたときに敵兵に斬りつけられるが、難なくかわして一蹴する。再度、弓を引き絞り、集中力を高め 魔力を練り込む。隙間が開くその瞬間を待つ。

 ノイルの顔が一瞬ハウントをを見た気がした。

「気付いても、もう遅いぜ?」

 今にも口笛でも吹きそうな軽い表情で、誰に言うでもなく囁いた。

 ザックスへと通じるわずかな隙間が開く。ハウントは、ぱっと手を離し、矢はその隙間を寸分たがうことなくすり抜けていった。


 ノイルが高まる殺気を感じたとき。ノイルは、先ほど見た人影を思い出していた。だが、その矛先は、自分ではないことも同時に理解した。何を狙っているのか、わからず、首を巡らして辺りを見渡した。そして、驚愕する。すぐ近くに、父親がいた。そして、敵の狙いを把握した。

 気付いた瞬間には、残りの魔力量に構わず、足に全ての魔力をつぎ込んで、獣のようにがむしゃらに走る。自らの体を、父を守る盾とするために。

 一陣の風となって戦場を駆け抜ける。

 猛烈な勢いで迫るノイルを見て、ザックスは一瞬不意を衝かれたような顔をしたが、一瞬で決意の満ちた表情となり、剣を握って持ち上げノイルに向けた。

 ノイルの中で、今まで否定し続けてはいたが心の片隅にあったある考えが首をもたげた。

 父上は、やはり、私のことが、嫌いなのでは?

 頭の中を疑念がよぎる。


 そして、ブシャッ、と肉を貫く音が響いた。



 ザックスがノイルを狙ってふらふらと近づいていたそのとき。

 ノイルは突然振り向き、ザックスは、俺が狙っていることに気付いたのか!?、と驚いた。ノイルは振り向いた瞬間には、獣のように猛烈な速さで近づいてくる。ザックスの目にもはっきりと映らない程の速度で接近した。

 ノイルの意図は、その必死な表情が、全てを物語っていた。そして、わずかな時間の間で、ザックスは全てを直感した。研ぎ澄まされた感覚は、自分の命を狙う別の者を一瞬の隙間に捉え、そして、その攻撃を自分が避けえないことを知らせていた。

 命を呈して、まだお前は俺を守るつもりか。

 ノイルのその速度ならば、確かにその体で矢からザックスをかばって守ることが出来る。

 なんだ、俺が望んでいた息子の死は、呆気なく向こうからやってくるのではないか。このまま矢の盾にすれば死ぬのだ、奴は。

 ザックスは息を漏らして笑った。

 しかし、ノイルのその心意気は誰に似たのか。俺ではないな。だが、その野性味溢れる走り方は、俺にそっくりだ……。

 ザックスに一体どんな心境の変化が訪れたのか、一転して、冷たい表情に変わり、ノイルを直視した。そして、最大の悪意を込めて、剣先をノイルの喉元に向ける。


 剣先を向けられたことで、ノイルはためらった。自分に父の刃が向けられていることで、今までわずかに持っていた父への疑いが首をもたげた。そして、全力で駆け抜けていた足の力を、ほんの少し弛緩させた。

 それだけで十分だった。矢は、ノイルよりも早くザックスの元へとたどり着き、胸を貫いた。胸に付き立った矢から、血がとめどなく溢れ、父の体が崩れ落ちる。ノイルの頭は真っ白になる。

「あああああああ!! 父上ぇぇっ!!」

 駆け寄り、体を抱え起こす。近くで見ると、一層絶望するものだった。急所に刺さっている。ノイルの絶叫に呼応するように、兵が集まり、二人を守るようにして戦闘を続ける。

 父はうっすらと目を開ける。

「……、うっ」

 ごぼ、と耳触りな音を発して父は口から血をこぼす。矢に込められた魔力が内側から体を破っているのだ。

 ノイルの目からはぼろぼろと大粒の涙が頬を伝っていた。僕がためらわなければ!! 父上は僕を、僕を来させないために……。父上のために、そう、僕が死ねば良かったのだ!! 

 絶対に助からないが、ノイルが我を忘れて治癒魔法をかけようとした手をザックスに掴まれ、止められた。

 しっかりと信じられないくらいしっかりと手を掴まれる。

 朦朧とした意識の中で、ザックスは伝えなければいけないことを必死で繋ぎ止めていた。顔は土気色でみるみる内にさらに蒼白になっていく。最後の力を振り絞り、口がゆっくりと動き始める。

 ノイルは耳をザックスの口元に近づけた。

「……、いま……まで、ごほっ……、すまな……かった……」

 ノイルは泣き叫んだ

「僕の至らぬせいです!!」

 もう、ザックスの握る手は本当に弱弱しい。

「……おま…………は…………お…………れの……………む…………………………………………………………………………………

 ………………………………………………」

 口元に微かに笑みを浮かべて、ザックスは息を引き取った。

 ノイルは大声で子供のように泣きたい衝動を抑えて、彼にとって決して負けられないこの戦争に、戦功を求めて立ち上がった。父親の意思をついで。

 野を雄々しく駆けて、敵兵をおののかせた。誰も彼が心の内で泣いていることなど気が付かなかったろう。彼が率いた兵たちは、その兵の数の数倍、敵を打倒した。


 結果を言えば、ノイルは驚異的な成果を上げて、そしてニブヘムは勝利した。

 彼は若くして偉大な英雄の一人として数えられるようになった。彼の英雄譚も作られてこの国有数の英雄譚として知られることになるが、それでも、或る英雄譚には及ばなかった。

 父ザックスの英雄譚だ。

『とっさの瞬間、騎士ザックスはノイルに刃を向けて、父親として息子を守ったのだ』

 ザックスの自分の命を懸けたこの行動は、世に稀に見る美談として讃えられた。そして、ザックスの英雄譚は、この国で最も有名な物語となり、長く長く語り継がれるのであった。


 そう、これは遠い遠い国の遠い遠い時代の話……。

 久しぶりに見たら重要なところで主要キャラの名前が誤字してて戦慄しました。ザックスがヘックスになっていたんですね。実は書いている途中でヘックスという名をザックスへ変えることに決めたんですが、ワードの使い方もいまいち知らず、一個一個手作業で直して、それで漏れがあったわけです。今なら一撃で直せる……直した、他にも何か所か間違ってた……。しかし、ちょっと前の作品だけど懐かしい。夜中のテンションで初めてネットに上げた作品です。割と気に入ってます。

 色々思うことがある作品ですが、読んでいただきありがとうございました。

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