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blood∀seed  作者: 伊織
1/1

**の世界

「アイツは馬鹿だ」



唐突に、前触れなく発せられた言葉に目の前の相手が怪訝そうな表情を浮かべた。咥内でお前もな、と続く筈の二の句を飲み込み、精緻だが一見では分かり難い装飾が施された長椅子へゆっくりと体重を預ける。


室内は落ち着いた色調で纏められた家具で統一されており、日除けに下がる窓掛けが少しだけ開いた窓から入り込む微風でふわりと揺れた。


退屈そうに左手に嵌めた腕輪を指でなぞる青年は彩度の少ない白金色の髪、目も同色で端正な顔立ちをしている。やや険を含む表情が青年本来の性分をあらわしている。

服装は簡素な白いシャツに飾り気のないゆったりとした黒いパンツ姿。

対面に座る相手は青年とは真反対の金銀入り乱れた一言で表せば華美。付け加えるならば見ていて落ち着きのない派手な服装をしている。



「馬鹿…ですか…」



青年が放った一言に漸く反応した派手な男が気の抜けた様に呟く。その態度も青年にとっては愚鈍に等しく脳内で盛大に舌打ちをした。



(どいつもこいつも馬鹿ばっかりだな、アイツはお人好しの馬鹿でコイツは)



知恵のない馬鹿。相手に対する侮蔑は一切顔には出さずに、無言でそうだろう?とだけ解る様に表情を作る。

本心を隠す事など青年にとって児戯も同然、だが相手は腹芸が苦手なのかまたも曖昧にはぁ…と頷くだけだった。


青年の言う馬鹿とは大まかに言えば彼の末弟にあたる者。ある失態により強制的に兄姉達からゲームと言う名の略奪を受けている最中だ。


青年は思う、アイツももう少し自分みたいに上手く立ち回れば今回の様な事態には陥らなかったのに、と。





事の発端は自分達の親にあたる者が催した宴の席で起こった。新しい娘の誕生。それを祝う席で皆が主賓である親を、ひいては誕生したばかりの娘を楽しませようと芸を凝らした。青年も派手さは無いが洗練された優美な術を使い彼と娘を楽しませた。宴もたけなわ、他の兄弟姉妹達が彼らの目を楽しませ、末弟も自分も贈り物を、と発言したのが切っ掛けだった。


末弟は掌から溢れんばかりの花を娘の周りに咲きほこらせ、彼も娘も顔を綻ばせて喜んだ。

そこで終わればよかったのだ、と青年は思う。過去をぐだぐだ言っても仕方ないがそれでも、と青年は心中で独り言ちた。

喜ばれてもっと、と考えたのか何も考えて無かったのか、青年には末弟の考えは解らない。

だが、もうひとつ取っておきを見せますねと微笑んだ末弟は純粋に彼と娘に喜んで欲しかっただけだろうと青年は思った。


すぐ後に出された取っておきは彼と同じモノ。

創生の能力で創られた新しい星。綺羅と輝くそれは力を使い果たして疲労を滲ませる末弟の手の上でくるくると旋回し、宴の会場を飛び回った後に天高く頭上に浮かぶ星の一つになった。


娘は綺麗なものを見た喜びと興奮で顔を輝かせたが、彼は温度を消し去った目をして末弟を睥睨していた。

この時点で青年は末弟の失態に気付いたが遅い。彼は何か思案する仕草をしてから曖昧に笑い、そして一言。



「お前が私の後継者となるか、それもよかろう」



と、火種を撒いた。

その言葉は彼の後継を狙う他の兄弟姉妹達にとって許容出来ない発言で、末弟の未来はこの瞬間決まったと言っても良い。


後継など青年にとってはどうでもいいが他は違った。自分こそが彼の跡目に相応しいと、醜い争いを水面下でしているのを青年は知っていた。


末弟も後継を狙う何て考えは無く、ただ喜ばせようとした行為が自らの身を危うくしたなど思いつきもしなかったのだろう。彼の言葉に末弟は優秀な兄様姉様達を差し置いて自分が後継なんてありえません、と言を返していた。

が、そんな発言で収まる訳もなく、程なくして末弟が他の者達にゲームと言う名の理不尽な略奪を受けていると他の兄弟達に送り込んでいる間者からの報告が届いた。


青年は思う、これは彼も一枚噛んでいる、と。

昔、末弟と同じように創生の力を持つ兄弟がいた。だがその者は彼に冷遇され今と同じ様に他から潰され、能力を奪われ、その力は巡り彼の手の内へ流れていったのを思い出す。そして力を奪われた者は……


青年は末弟の事が嫌いではなかった。他の兄弟達に似ず、地味な装いで周囲との和を大事にするお人好しの末弟は他の兄弟よりは好ましく見えた。

一方的に搾取される末弟を愚かだとも思う、彼の思惑に乗せられてまんまと道化師紛いに踊る他の兄弟達を心底くだらないとも思う。姉妹達も口さがなく末弟や他者の中傷を言い合う姿は醜悪に尽きる、とも。


今まで青年が静観していたのは末弟が誰かに助力を乞うまでは、と思い放置していた。が、末弟は一変した自身を取り巻く環境に文句も言わず、ただ兄弟達と交わされたゲームを忠実に愚直に勝とうとしている。一対多勢。勝負にすらならないゲームを、だ。

もう末弟は気付いているだろう、自分の置かれている立場を、他の兄弟達が自分を本気で排除しようとしていることを。

末弟の作った星、名前はグラナートと言ったか。今もそこで末弟は兄弟達の暴虐に耐えている。ギリギリのところで末弟が一手歩を進めたと先程戻った間者から報告を受けた。



青年は白金色の目を無意識で細め、眼前に座る自分より少しだけ若い華美極まる弟を見詰める。末弟が一手切り返して直ぐ自分の元に来た相手。コイツも末弟いじめをしている一人、そう思った瞬間青年の内から言い知れぬもやりとした感情が沸き上がる。

これは、怒りか侮蔑か、それとも…






◇◇◇






「兄様は何故参加しないのですか?」



青年の屋敷に先触れもなく来た弟は開口一番にそう告げた。

不快そうに顰めた眉根に弟はきょとんとした表情で、自分はなにか悪いことを言ったのかと面に出した。何故、と思案することもない、聞けば良いと言外に出す弟に尚更不快感を募らせる。そんな青年の様子に気づくことなく間者の報告で既知している末弟の状況を嬉しそうに語る弟。

不愉快な口を黙らせるために言ったアイツは馬鹿だ、の言葉に思惑通り疑問符で脳内を占め尽くした弟。

あぁ、やはりこの程度なのか、青年は落胆した様にそっと息を吐いた。目の前の相手に悟られることはなかった。

多分この弟が来訪した理由は末弟が自分の駒を手に入れたからだろう。たかが少数の駒に臆したのか、万全で叩き潰すつもりなのか、青年には解らない。ただどうしようもない不快感が迫り上がって今にも目の前に居る弟を自分の領域から叩き出したい衝動に駆られた。


彼の人の地位なぞ欲しくない、だが争いの火種を撒いた彼に対して少しばかり意趣返しをしたくなる気持ちが首をもたげる。勿論この愚劣な弟に対しても、だ。



「悪いが俺は参加する気は無い。お前たちで好きにやればいい」



一先ずこの弟を屋敷から追い出すことにする、青年は素っ気なく弟に不参加を告げると長椅子から優雅な所作で立ち上がる。


話は終わりだと態度で示せば弟は不満気に席を立ち、青年に一言だけ告げて踵を返した。



「では兄様は後継候補から外れるんですね、他の兄弟にも言っておきます」



心底、馬鹿だ。と青年は少し背の低い弟を見下ろして呆れはてた。下品な仕草で鼻を鳴らし、ちらりと此方に蔑みにも似た視線を寄越した弟にぷつりと何かが切れた。


弟の姿が扉の外に消えてから数拍置き、室内は充満した青年の怒気に満たされた。

室内へと吹き込んでいた微風が向きを変え室内から室外へ、ばたばたと音を立てて窓掛けが外へとはためく。青年を中心に風が渦巻き白金色の髪を揺らした。



ほんの少し末弟に助力したら後は放置しようと、考えていたが止めだ。



ぽつりと落とされた声は低く暗く、怒りを孕み落とされる。

後継争いなぞどうでもいい、他の兄弟姉妹、末弟を軽んじ嫉妬故に蔑み略奪することしか能の無い者風情が、自分をも軽視した。

自尊心の高い青年には耐えれない恥辱、故に青年は決意する。

末弟を彼の地位へ押し上げようと。



「最高の意趣返しだろう、なぁミルスティア」



優しくこの場に居ない末弟へと語りかける青年は聞く者の無い室内で更に言を紡ぐ。



「この俺がお前を主神にしてやる」



神の一柱、と呼ばれ幾星霜積り積もった鬱屈。神とは名ばかりの愚かな兄弟達、そんな兄弟を操る彼、主神も全て何もかも、掌の上で弄んでやろう。


暗く狂喜に燃える光を宿し青年は窓枠へと近付く、眼下には屋敷の外へ向かって歩を進める愚弟の姿。まずは末弟の駒を増やすとこから始めようかと心中に落とす。



「楽しみだなぁ、お前と俺を馬鹿にした奴らをどうしてやろうか」



まずは愚弟から陥れてやろう。暗い情念に捕らわれた青年の、蠱惑をはらんだ密やかな笑い声が室内に響いた。








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