ロリコン君と幼馴染ちゃんと、ときどき幼女。
誰かが言った。
ロリコンは病気である――と。
俺もそう思う。世の可愛い可愛い少女たちが、ロリコン共に狙われていると考えただけで吐き気がする。だから、俺は声を大にして言いたい。
ふざけるな、ロリコン共! 手を出していいのは、俺だけだ──と。
──つまり、俺も病気である。
「何をやっているの、平沢 虎太郎君?」
俺の視界を遮るように仁王立ちする女。俺の幼馴染、秋葉 羽月。
長い黒髪を揺らし、石みたいに冷たい目を俺に向けている。
クラスメイト曰く、うちの学校の大和撫子……だそうだ。
理解に苦しむ。
「見てわかりませんか? ハアハアしてるんですよ」
「ふーん。小学校の校庭で女児を眺めながら言う台詞がそれですか」
そう、ここは近所の小学校。
ランドセルの少年少女で溢れるこの場では、高校の制服を纏った俺らは若干浮いている。
「なにか文句でも? 邪魔なんですけど、オバサン」
羽月の眉が吊り上る。
そのまま胸倉を掴まれ、俺の体も吊り上る。
「誰がオバサンか! 君は私と同い年でしょうが!」
「同い年……つまり十六だろ?」
「そ、そうよ」
怒りながらも、たじろぐ羽月。
「立派なオバサンじゃねぇか」
鼻で笑ってみた。
「死ね!」
正拳突きされた。
「ぐはっ!?」
羽月の正拳突きは深々と鳩尾に突き刺さり、俺は膝から崩れ落ちた。
さすが黒帯。死ぬほど痛い。
「おい、本気良くない」
「黙れ、ロリコン! 私はね、死んだ君の両親と約束したのよ。立派に育ててみせるって」
……こいつは昔からこうだ。特に両親が死んでからは以前にも増して面倒臭い。
「保護者面するなよ。一人でも立派に育ってるだろが」
「えぇ、そうね。確かに育ったわ。立派なロリコンにね!」
ええ、はい。
返す言葉もない。
「高校に入ってからの君は特にひどくなった。小学生女児以外の女性を全てオバサンと罵り、連日小学校を徘徊しては子どもを眺めてハアハアしてばかり……ッ!」
悩ましそうに頭を抱える羽月。
悩ましくて頭を抱えたい俺。
俺と羽月を中心に、いつの間にか出来上がる人だかり。
まぁ、そりゃできるよね。
羽月、声でかいんだもの。
「おい、俺の恥ずかしい日常を叫ぶのやめてもらってもいいか?」
「君を犯罪者にするわけにはいかない! なにがなんでも、私が君のロリコンを治すわ!」
聞いちゃいなかった。
周囲にざわめきが広がる。
俺は騒ぎ散らす羽月を軽快に無視し、クラウチングスタートでその場から逃げ出した。
*
廊下を歩いていたら、探していた人物に出会った。
私を見て明らかに嫌そうな顔をする男。私の幼馴染、平沢 虎太郎。
伸びたボサボサの髪を面倒臭さそうに掻き、死んだ魚のような目を私に向けている。
友達曰く、ちゃんとしたらカッコいいであろう隠れイケメンランキング一位……だそうだ。
全くもって理解できない。
そんなことを考えているうちに、そそくさと逃げようとする虎太郎。私は叫んだ。
「逃げるな! 平沢 虎太郎!」
ついでに正拳突きしてみた。
「がふっ!?」
血ぃ吐いた。
しかも動かなくなった。結果オーライ。
私はピクピク痙攣する虎太郎を引きずって、生徒相談室まで移動した。
用意しておいた白衣に袖を通す。メガネを掛け、ボールペンとファイルを手に持った。
虎太郎と向かい合うように椅子に座る。
軽く深呼吸。
私はメガネをグイッと押し上げて、ボールペンを虎太郎へと向けた。
「今から君をカウンセリングします!」
「お好きにどうぞ」
【チャレンジその一。病気であることを自覚させ、治したいという意欲を駆り立てる】
「君はロリコンですね」
「そうですね」
むう、それはさすがにわかってるか。
「ご存知ですか、ロリコンは病気なんですよ?」
「そうですね」
おっ、既に自覚している。これならいけるかも。
「なら、もちろん治したいですよね?」
「いいえ。ロリコンであることに誇りを持っています」
だめだ。こいつ本当に病気だわ。
【チャレンジその二。幼女の良さを語らせ、その上で論破する】
「幼女の何がいいんですか?」
「全て」
「具体的には?」
「全部」
幼女強ええええ。
最強過ぎた。
「私たち女子高生はオバサンなんですよね?」
ちょっと話題を変えてみる。
「十二歳過ぎたら全員オバサンだな」
末期だった。
しかし、同時にある疑問が湧く。
「え、ロリ顔でロリ体型の女子高生は?」
「いるなら連れてこい」
ですよねー。
【チャレンジその三。ロリ以外に性的興味を持たせる】
「私を抱け!」
叫んでみた。
「断る!」
泣きたくなった。
カウンセリング終了――
診断結果。ロリコンは不治の病である。
*
私は困り果てていた。
幼馴染のロリコンが治らないからである。
「はぁ……。一体どうしたものか」
溜息を吐きながら、朝食のウインナーを口に放り込む。
その時、インターホンが鳴った。
「あら、もう着いたのね。羽月、あなたが出てちょうだい」
「……?」
出ればわかると言わんばかりに、母が顎で玄関先を指す。
事態をのみ込めないまま、渋々玄関へと向かった。
鍵を開けた瞬間、玄関の戸が勢いよく開いた。
突如、私の視界いっぱいに光り輝く白銀の帯が舞う。
「ハヅキィー!」
「リリア!?」
それは、イギリスに住む従妹のリリアであった。
飛び込んできたリリアを、びっくりしながらも抱きとめる。
抱きとめて更にびっくり。
「リリア……今、何歳?」 ※英語
「何を言ってるの羽月? 私たち、同い年でしょ」 ※英語
事実を確認して更に更にびっくり。
同い年と主張するリリアはどう見ても小学生にしか見えなかった。
最後に会ったのは確か七年前だったけど、その時と全くと言っていいほど変わっていない。
「リリア、あんまり昔と変わらないように見えるんだけど……?」 ※英語
「あのね、成長期来なかったの」 ※英語
え、なにそれ恐い。
すると、背後から母が現れた。
「久しぶりね、リリアちゃん。相変わらず天使みたいに可愛いのね」 ※英語
「えへへー」 ※英語
この時、リリア満面の笑み。悲壮感ゼロ。
思ったよりも本人気にしてないらしい。
こんなことがあるのだろうか……。俄かには信じがたい幼さ。
そんなリリアの姿をジッと見つめ、私は思わず息をのんだ。
サラサラの白銀の髪に、澄んだ藍色の瞳。
十六とは思えない幼い顔立ちと幼児体型。
邪気一つ無い無垢な笑顔。
母の言うとおり、確かに天使のように可愛らしい。
まさに神の産んだ奇跡の幼女。
少しだけ、虎太郎の言うロリの良さがわかった気がした。
って、わかっちゃダメだろ私!
「というか、お母さん。なんでリリアがここに?」
「あれ、言ってなかったっけ? 今日からリリアちゃん、家に住むのよ。留学ってやつね」
あっけらかんとした調子の母。
「聞いてないわよ、ボケてるんじゃないの?」
冗談で煽ってみた。
「覇ぁっ!」
腹部にめり込む母の拳。
膝をつき、うずくまる私。
「お母さんをババァ扱いする娘は死ねばいいと思います!」
母に煽り耐性は皆無だった。
顔真っ赤である。
どうやらうちの母は、年齢に敏感なお年頃のようだ。
しかし、その代償に素晴らしい案、閃く。
「ねぇ、リリア」 ※英語
「なぁに、ハヅキ?」 ※英語
「行ってみたくない? 日本の学校」 ※英語
「……学校? 行く! 学校行きたい!」 ※英語
私は思わずほくそ笑む――じゃなかった、笑みをこぼした。
脳内に蘇る、先日のカウンセリングでのワンシーン。
『え、ロリ顔でロリ体型の女子高生は?』
『いるなら連れてこい』
連れてこい──ですって?
お望み通りつれてってあげるわよ!
そして今度こそ、君のロリコンを治してやる!
*
俺は厄介事が嫌いである。
ちなみに厄介事は、出来事とは限らない。時に、それは人という形をとる。
今の状況はまさにそれだ。
家を出てみたら、玄関先で厄介事が仁王立ちしていたのだ。
「何か用ですか、オバサン」
「朝から随分なご挨拶ね、平沢虎太郎君」
俺は顔をしかめた。
おかしい。オバサンと言っても怒らない。
それどころか、どこか嬉しそうにすら見える……まさか?
「え、マゾにお目覚めですか?」
笑顔で言ってみた。
羽月も満面の笑み。
「朝から地面に這いつくばりたいの?」
トラウマになりそうな笑みだった。
「そんなことよりも、虎太郎君。君に会わせたい子がいるのよ」
「断る」
「ちょっと、説明くらいさせなさいよ!」
冗談じゃない。羽月と関わるとろくなことがない。
「悪いけど急いでいるんだ。遅刻しそうでね」
「どうせ小学生の登校姿を覗きに行くんでしょう?」
「訂正してもらおうか。覗きに行くんじゃない。ハァハァしに行くんだ」
「死ね、ロリコン!」
毒を吐く羽月。
溜息を吐く俺。
「それで、どこにいるんですか。俺に会わせたいっていうその相手は」
ニヤリと口もとを緩める羽月。気持ち悪い。
「会わせたいのは、この子よ」
羽月はそう言って一歩左に移動した。
瞬間、全身に電気が走った。手に持っていた鞄が、地面にボトリと落ちる。
「よ、洋ロリ……だと!?」
そこに立っていたのは紛れもなく幼女であった。どうやらずっと後ろに隠れていたらしい。
羽月の背に隠れるようにして、こちらを窺っている。
可愛らしいミニの花柄ワンピースに、真っ白いニーソックス。
そして、光輝く最強の絶対領域。
良い……すごく良い。
「ちょっと、如何わしい呼び方やめてもらえる? この子はリリア。私の従姉妹よ」
「従姉妹?」
そういえばこいつ、クォーターだっけ。
いやしかし、そんなことよりも──
「ハアハアハアハア。リリアたん、ハアハアハアハア!」
「んー、虎太郎君?」
笑顔の羽月。
「ハアハア。リリアたんリリアたんリリアたんリリアたん。ハアハアハアハア!」
気にしない俺。
「ハ、ハヅキィ……恐い」 ※英語
何故か泣きそうな幼女。
「大丈夫よ、リリア。今すぐ殺すからねぇ」 ※英語
謎の言語。
振りかぶる羽月。
轟く打撃音。
「うぐぅ……」
漏れ出る呻き声。
遠くなる意識。
倒れる体。
そして、視界に写り混む魅惑の絶対領域。
「嗚呼……ペロペロ……ペ……ぐふっ」
痛みに悶えながら、俺は地面に転がった。
*
「ハヅキ……もう平気?」 ※英語
今にも泣き出しそうな顔でリリアがしがみついてくる。
私は彼女の頭を優しく撫でてあげた。
「大丈夫よ、恐い変態ロリコン野郎は殺しておいたからね」 ※英語
「ぐすっ……ロリコンってなぁに?」 ※英語
「ああ、ロリコンっていうのは──」 ※英語
「ぐっ……痛てえな。なにするんだよ、オバサン」
殺すつもりで殴ったのに、やっぱり死んではいなかった。
さすが長年私の正拳を喰らい続けた男。タフネス。
「それはこっちの台詞です。あんなにハアハアして……変態行為だからね! 異常者だからね!」
「大丈夫だ、自覚している」
なぜ誇らしげなのか問いただしたい。
「そんなことより、俺をどつくためにその子に会わせたかったのか?」
そうだ、殴りに来たんじゃなかった。
虎太郎のその言葉で本来の目的を思い出した。
「ねぇ、虎太郎君。私はなに?」
「オバサンだが?」
ノータイムで言われた。
予想通りな回答のはずなのにイラッとする。
落ち着け、私。深呼吸だ。
私は大きく息をすって、ゆっくりとそれを吐き出した。
……よし、勝負!
「そうよね。君にとって、女子高生の私はオバサンよね」
私は挑戦的に言い放った。
そして、リリアの両肩を掴み、虎太郎に見せつけるように彼女を前に突き出した。
「ふぇ!? ハヅキ!?」 ※英語
「ごめん。怖くないから、少しだけじっとしてて」 ※英語
涙目のリリアを小声であやし、虎太郎をキッと睨みつける。
「なら、この子はなにに見える?」
「リリアちゃんマジ天使」
……本当にこいつ腹立つわ。
いや──でも、これで良い。
私は挑発的に鼻で笑った。
「天使……ねぇ」
「なんなんですか、さっきから」
「残念ながら、君はロリコン失格よ!」
「なんで?」
「リリアはね、女子高生なのよ。私と同い年」
「……は?」
「つまり、オバサンなの」
「はあああああ!?」
虎太郎は尋常じゃない程、目を見開いた。
「い、いやいやいや。嘘でしょ。さすがにあり得ません」
ようやく出てきた否定の言葉。
だが、これも予想の範疇だ。
「君のその反応が予想できないと思う? ばっちり、証拠も用意してるわよ!」
そう言って、私は証拠の品々を差し出した。
リリアの小さい頃の写真、イギリスの学校の顔写真付き生徒手帳、そしてパスポートである。
「……なぜしまおうとしてるの?」
虎太郎は自然な手つきで写真を胸ポケットにしまおうとしていた。
「なぜって……家でハアハアできるようにだが?」
「却下!」
私は乱暴に写真を奪い返した。
「いやしかし……この天使がオバサン……だと!?」
虎太郎の身体がワナワナと震える。
「そうよ。私をオバサンと呼ぶのなら、リリアのこともオバサンと呼んでもらおうかしら?」
勝ち誇る私。
ごめんね、リリア。でも、これもこいつのロリコンを治すためなのよ。
「好きです。付き合ってください」
「……は!?」
突如、リリアに向けて告白する男が一人。
他でもない虎太郎だ。
「……ふえ?」 ※英語
頭上にはてなマークを浮かべるリリア。
もちろん、私の頭上もはてなマークだらけ。
「君は何をしているの?」
単刀直入に聞いてみた。
「告白だが?」
さも当然のように返された。
「いやいやいや。君はロリコンでしょ? なんで女子高生に告白しているのよ!」
「どうやら、俺は今まで重大な勘違いをしていたようだ」
「勘違い?」
虎太郎は力強く頷いた。
「年は関係ない。要は見た目だ」
だめだ。やっぱりこいつ最低だ……。
「この子はロリだ! ロリで、幼女で、小学生だ!」
「最後のは違います」
「だから、俺はこの子を一生愛することを心に決めた」
私は胸を押さえた。
なぜか胸がチクリと痛んだのだ。
なんだろうこの痛みは……?
痛みの理由はわからなかったが、ふと名案が浮かんだ。
でも待てよ。虎太郎とリリアが付き合う?
絵面的には完全にタイーホでも、年齢的には合法だ。
それなら、虎太郎は犯罪者にはならない。
むしろ同世代の彼女を作ることで、虎太郎をロリコンから更正させることができるのでは?
よし、それでいこう!
「全く、しょうがないなぁ。うまくいくように協力してあげるわよ──って、こらぁ!?」
突如、私は声を荒げた。
「ん?」
「ん──じゃない! 何をやってるんだ君は!?」
「子作りだが?」
「アホなのか、君は!?」
虎太郎はこともあろうに、道の真ん中でリリアを押し倒していた。
私は思った。
こいつはロリコン以前に人としてダメなんじゃないか、と。
「た、助けて! ハヅキィ!」
「ハアハアハア、リリアたん!」
「死ねロリコンッ!」
リリアが虎太郎の魔の手に落ちる瞬間、私は虎太郎を殴り飛ばし、彼女を救いだした。
彼のロリコンが治る日は来世まで来ないかもしれない――