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朝食を食べた後、わたしとアルドは森の中へと入る準備をした。
アルドの生業は狩人。わたしはその弟子という名のお手伝い。昨日仕掛けたばかりの罠に何か捕まっていないかを確認しに行くのだ。
森の中には可愛らしい癒し系、とっても食べごろな草食系、食うか食われるかの肉食系まで、沢山の動物が生息している。
獣の肉って独特の臭みがあったりするから苦手だったんだけど、捌いたばかりの新鮮な肉はそんなに臭く無いと気付いてからは、大好物になった。
惜しむべきは、スパイスが手に入らないことだ。塩だけでなく胡椒を振ればもっと美味になるはずなのに。
「それにしてもお前、どんだけ肉食わせても細せぇまんまだな。」
よっこらせ、と中身は空なのにそれなりの重量のあるカゴを背負うわたしにアルドが呆れたように言う。
―――仕方ないっすよ、だってわたし女だもん。とは口が裂けても言えない。
アルドは初対面からわたしのことを男だと信じて疑っていないのだ。
行き倒れていたわたしを拾ったアルドはひとまず家へと担いで持って帰り、目が覚めたときには出来たて熱々の肉入りスープを与えてくれた。
わたしは状況を把握するよりもまず、そのスープに意識が釘付けになった。
無我夢中でそれを空っぽになった胃袋にかき込んでいるときに、アルドが哀れみを込めて呟いた言葉は忘れもしない。
『育ち盛りなのにこんなに細せぇなんて、一体どんな無茶な旅をしてやがったんだ?男のくせにまるで鶏がらみてぇじゃねぇか。』
目が点になるっていうの?まさしくアレ。
そこで改めて自分の恰好を思い出した。
薄汚れた衣服。泥と垢に塗れた肌。それに、ワケあって短く切り揃えられた髪の毛。
ぶっちゃけると、旅の途中でお金が無くなりそうになったんだよね。
寝泊りは極力野宿を避けて、街の中でも治安の良さそうな、つまりはちょっとお値段が高めの宿屋に泊まったりしてたから、3年かけてコツコツと貯めていたお金はすぐに底を尽きそうになった。
そこでわたしは背中の真ん中あたりまで伸びていた髪の毛を売ることにした。
まぁ、旅を始めてから長い髪の毛が鬱陶しいと思うことは何度もあったし、これ以上旅を続けるとどうしても治安があまりよろしくない場所を通り抜けないといけなくなるし、性別を偽ったほうが安全かなーという計算もあった。
でも、フードつきの外套を脱いで素顔を曝け出した時ですら性別が間違われるくらい自分の外見がヤバいことになってるなんて思いもしなかったのだ。
それにしても鶏がらって...ショックを受けて若干涙目になったわたしにアルドは勝手に何かを察して神妙な顔になった。
『こんな人の行き来もあまりない国境近くの小さな村まで流れ着くなんて、何か事情でもあるのか?』
アルドの言葉で、わたしは驚きの速さでショックから立ち直り、どうにかしてここに滞在することが出来ないかと考えを巡らせた。
だって、「人の行き来もあまりない国境近くの小さな村」って!まさにわたしがこの異世界での第二の故郷として捜し求めていた理想そのものだ。
『...まさか、誰かに追われてるのか?』
追われている、と言われると微妙に違う。勝手に「捕まらないように逃げ出した」だけだし。
多分、追ってくることは無いと思う。サイラスにとってわたしがそこまで価値のあるもののようにも思えない。
でも、ここは黙って頷いておくとしよう。
頭の中で必死に在りもしない過去を捏造しつつ、たどたどしく語りはじめたわたしに、アルドは真剣な顔で何度も小さく頷きながら聞いてくれた。
―――今では、その捏造話がわたしの良心をジクジクと苛んでいるんだけどね。
「兎が捕れたらいいのになぁ。」
罠の場所へ向かう途中アルドはポツリとこぼした。
「ユリアさんが好きだもんねー、兎肉。」
ニヤニヤしながら村一番の美人の名前を出せば、アルドは面白いように顔を真っ赤にした。
「バッ、そんなんじゃねぇし!オレが兎肉食いてぇだけだし!!」
まるで思春期に突入したばかりの男子のようなリアクションにニヤニヤが止まらない。
ユリアさんは村一番の美人だと言ったけど、多分どこにいっても一番の美人ともてはやされるくらいの美人だ。辺鄙な田舎に咲いた一輪の百合である。
その上性格もおっとりとしていて優しいし、アルドからしてみたら高値の花ではあるが、歳も違いし意識するなと言うほうが無理だろう。
「兎を差し入れしたら一緒に夕飯でもどうですか?って誘われちゃうかもねー。」
「一緒に夕食...」
うっとりとそう呟くアルドの顔は、どう見ても恋する男だ。
「その時は僕はお腹が痛いとか言って辞退させてもらうから、頑張って!」
「うぇああ?!おま、何言ってんだよ!」
そんなこと言いながらも満更でもない様子のアルドは、馬鹿正直者だと思う。
表情が緩みきっているし、正直見られたもんじゃない。
だけど、「そうかそうか、そんなに好きか」とほっこり姉気分になってしまう。
実年齢はアルドのほうが2歳年上なんだけどなー。
ちなみに今のわたしは「サウワくん、17歳」という設定で通っている。もちろん違和感は抱かれない。
ビバ童顔。
結局罠には兎はかかっていなかった。その代わり狐がかかっていた。
うん、狐も好きだよ。特に毛皮が最高だ。なかなかの高値で売れるし。
アルドは獣の毛皮を卸したりもしているのだ。
毛皮は3ヶ月に1度、一番近くの町まで売りに行く。その時に自分宛の郵便物を受け取ったり出したりも出来る。
アルドの故郷はここから遠いらしく、町へ行くときには必ず家族宛の手紙を送る。
家族への手紙をしたためているときのアルドはいつになく穏やかな顔をしていて、家族をとても大切にしているんだなぁと感じる。
―――やっぱいいなぁ、家族って。
出来るならばわたしもこの異世界で温かな家庭を、と思わずにはいられない。
男の振りしている間は絶対無理だけどね。
今はアルドが兄貴ぶって構ってくれるおかげでそんなに寂しいとは思わないけど。
でも、アルドが万が一ユリアさんと結婚することになったら、わたしはあの家を出ないといけない。
そうしたら、ユリアさんが暮らしている家を貸してもらおうかな。その頃にはわたしも立派な狩人として独り立ち出来てるだろうし。
小さな畑を耕して野菜を収穫し、森で狩りをして生きて行く為に必要なだけの肉と毛皮を手に入れる。
贅沢は決して出来ない暮らしだけど、それで充分だ。
近くの小川で早速狐を捌くアルドのお手並みを拝見しながら、平穏であることの幸せを噛み締める。
最も、そんなのんきなことを出来るようになるまで2ヶ月はかかったけどね。
前に居た村じゃあ獣を捌く工程なんて見たことなかったし、初めて見たときはそれはもう衝撃的だった。
最初の2、3回は直視すら出来なくてアルドに鼻で笑われたけど、今では獲物が多いときはわたしも手伝ったりする。
狐とか兎とか毛皮が取れるものはいまだにやらせてもらえないけどね。鳥なら楽勝だ。
狐を捌き終えた後、ついでに小川で魚も捕まえたりしてアルドとわたしはホクホク顔で村へと戻った。
村に戻った後、いそいそと浮かれた顔してユリアさんのところへ取れたての魚をお土産に持っていったアルドだったが、しょぼんと肩を落として帰ってきた。
どうやら夕飯にお呼ばれされなかったらしい。
「別にそんなの気にしてねぇし...」
弱々しい声でそんなこと言われても。不憫としか言い様がない。
わたしがお土産持っていったときはたまに誘われるんだけどな、なんてことは口が裂けても言えない。
紛いなりにもわたしは今「サウワくん、17歳」なのだ。この村でアルドに敵視され家を追い出されたらどうすることも出来ない。もしそうなったら開き直ってユリアさん家に泊めてもらおう。
...さすがに殺されはしないだろう、多分。




