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お気に入りが300越えたら続きを書こうと思ってました。
300越えたので、おっかなびっくり続きを書こうと思います。
―――身体がだるい。
瞼も錘を乗せられているかのように重い。
だけど、すぐ傍で聞こえる子猫のような泣き声がわたしの意識を繋ぎとめる。
「よく頑張りましたね。元気な男の子ですよ!」
ふくよかなおばさんが布に包まった何かをわたしの胸の上にそっと置く。
だるい腕をなんとか動かしてそれを受け取り中をのぞいてみると―――
「...赤ちゃん。」
うん、見紛うなき人間の赤ちゃんだ。
産毛のような頭髪は少ないながらもはっきり黒髪だとわかる。
わたしの腕に抱かれピタっと泣き止んだ赤ちゃんは、薄っすらと瞼を開いた。
その瞳の色は凄く綺麗な空の青だ。
生まれたばかりだと思われる赤ちゃんは、こんなに小さい存在のくせに将来それは美形に育つこと間違い無しだといわんばかりに可愛らしい。
...誰の赤ちゃんだ?
「髪の色は奥様譲り、瞳の色は旦那様譲りですねぇ。」
ニコニコと嬉しそうに言うおばさん。
...いや、ほんと誰の赤ちゃん?
おばさんはわたしと赤ちゃんを交互に見やって、またにっこり。
「それじゃあ早速外で待ってる旦那様を呼んできますね。」
ウキウキいそいそと足早に部屋の外へと向かうおばさん。
ねぇ、ちょっと待って。わたしまだ現状を把握出来ていないんですが?
それに、なんかとてつもなく嫌な予感がビンビンなんですが?!
バタンッと勢いよくドアが開いて部屋に入って来たのは、金髪の髪と赤ちゃんと同じ青の瞳を持つ、よく見知ったイケメンだった。
「サワ!!」
ベッドの縁に腰かけわたしと赤ちゃんをふわりと優しく抱きしめるイケメン―――
「さ、サイラス?」
「サワ...よく頑張ったな。俺たちの、初めての子供だ...っ」
俺たちの、子供...?
え?ちょっと待って。一体いつわたしとサイラスが結婚した?
っていうか、子供って何?!
「サワ?」
あんぐりと口を開いたままのわたしに、サイラスは少し首を傾げた。
「サイラス、わたし...?」
もう何て言っていいかわからない。
今現在に至るまでの記憶が全く無い。
確かわたしはサイラスが砦へと旅立った後、1ヶ月もしないうちに村を飛び出してしばらく旅をした。
そして、更に田舎の村にようやく腰を落ち着け平穏な日々を送っていたはずだ。
サイラスとわたしの間に立ったフラグはしっかりポッキリと根元からへし折ったはずなのだ。
「サワ、疲れただろう。しばらくはゆっくり休め。」
ポンポンと子供をあやすように優しく背中を叩かれる。
「...ありがとう、サワ。愛してる。」
イケメンヴォイスで耳元でそう囁かれ、わたしの中で何かがプチンと切れた。
「―――い、」
「イヤぁあああああああああっ?!」
叫ぶと同時に目を覚ました。
ワタワタと布団から這い出してベッドの周りを見渡すけど、にこにこ顔のふくよかなおばさんの姿も無ければ赤ちゃんの姿も無い。当然、サイラスの姿も。
「あ、え?ゆ、夢...?」
そっか、そうだよね。うん。静まれ心臓!
尋常じゃないくらい早まった心拍数を落ち着ける為に深呼吸をひとつ。またひとつ。
―――バタンッ
「どうした、サウワ?!」
「ぎゃあーーー!!」
予告なしに開かれたドアから現われた同居人の顔に、傍にあった枕を咄嗟に掴んで投げつける。
枕はボフっという音と共に同居人の顔に直撃し、その衝撃で枕カバーは破れ中の羽毛がブワっと物凄い勢いで部屋中を舞った。
「―――・・・」
わたしは同居人が呆然としている間にササっと布団を被った。
「ちょっとアルド!勝手に部屋に入るなって言っただろう?!」
厚手のシャツにベスト、細身のズボンに編み上げのブーツを履いてから居間に移動したわたしは、むっすりとした顔で頬杖をつく同居人・アルドに文句を言い放った。
「...叫び声が聞こえたから心配して来てやったオレに対しての最初の一言が、それか?」
「それはそれ、これはこれ!!」
間髪入れずに言うと、アルドはチっと小さく舌打ちした。
「あのなぁ、サウワ。お前、男だろ?寝起きの顔を見られたくないとか女々しすぎるだろ。」
触れられたくない話題を持ち出されてギクリとする。
諸事情により自分を「男の子」だと偽っているわたしにとって、その話題は非常にマズいのだ。
「...ごめん。今日はちょっとイヤな夢を見て気が動転してた。」
そもそもいきなり枕を顔面に投げつけるという暴挙を働いたのはわたしなのだ。ここは素直に謝っておくべきだろう。
「まぁ、別にいいけどよ。約束を破ったのはオレのほうだし。」
いきなりしおらしく頭を下げたわたしにアルドはばつが悪そうな顔をした。
アルドは口は悪いが、根っからのお人好しだ。
村の入り口で行き倒れていた正体不明のわたしを拾って食べ物を分け与え、その上余っている部屋を無料で貸してくれるくらいのお人好しなのだ。
今だって、完全にわたしのほうが悪いのに「自分も悪かった」と逆に謝ってくれている。
「...嫌な夢、ってのはあれか?例の...」
そして、嘘が混ぜ込まれたわたしの身の上話を信じて、時折こうして心配してくれる。
ズキン、と良心が痛む。
「う、ん...まぁ、そんなところ。」
「そっか。ったく、サウワはしょーがねぇヤツだな。ここにいりゃあ安全だって何度言わせりゃ気が済むんだよ。」
椅子から立ち上がったアルドはわたしの傍まで歩み寄ると、大きな手をポンと頭の上に置いた。そしてくしゃくしゃと短くなったわたしの黒髪を乱暴に撫でた。
「そう、だよね。こんな辺鄙なとこ、誰もわざわざ追いかけてこないよね。」
「辺鄙で悪かったな!って、オレもこの村の生まれじゃねぇんだけどな!」
ニカッと笑みを浮かべたアルドに釣られ、わたしも笑みを浮かべる。
「よし、じゃあ朝飯にしようぜ!」
「うん、ちょっと待っててね。すぐに作るからさ。」
「サウワの作る飯は美味いからなぁ。」
アルドの言葉で、さっき夢の中で会ったサイラスがかつて言っていた言葉を思い出す。
『サワが煎れてくれるお茶は美味しいからな。』
―――あの頃は、サイラスから逃げるためにこんな遠くの小さな村まで来ることになるとは思ってもみなかった。
普段は言葉少ないというサイラスが、一体どんな気持ちでわたしにあの言葉を言ってくれていたのか、もっと深く考えるべきだった。
もしあの頃にもっと注意深くサイラスに接していたのなら、未来は変わっていただろうか?
―――ううん、きっとそう大して変わらなかっただろう。
何故なら、わたしは異世界から突然こちらの世界へと放り込まれた「異物」だから。
恐らく異世界トリップに伴う補正が効いているからこそ、サイラスはわたしに興味を持つことになった。
でないと、あんなにイケメンなのに誠実で優しいサイラスが平凡なわたしのことを好きになるはずがないのだ。
―――自分で出した結論に、ちょっと凹む。
もし、サイラスの言葉に頷いていたら―――今朝見た夢のように可愛い赤ちゃんを産んで、サイラスと一緒に幸せに暮らしていたのだろうか。
「...無い。それは無い。」
思わず小さく呟く。異世界トリップ補正が一体いつまで持続するのか、保障はない。
それに、絶対自分の力だけではどうしようもない何かが起こるという予感しかしない。
「あぁ?朝食の材料足りなかったか?」
わたしの呟きをかろうじて聞き取ったアルドがいまだに自分の髪の毛に絡まる羽毛と格闘しながら聞いてくる。
「い、いや。なんでもないよ。あ、でも卵が2つしか無いや。」
「なに?オレは目玉焼きは絶対2つがいい!」
「ひとつで我慢しなよ。」
「ちょっと鶏小屋覗いて来るわ!」
言うやいなや、羽毛を頭に貼り付けたままのアルドは居間を飛び出していった。
その後姿を見送り、苦笑を洩らす。
「あぁ...本当に、こんな穏やかな生活がずっと続けばいいんだけどなぁ。」
わたしの小さな呟きは、今度こそ誰にも聞かれることなく朝の清々しい空気の中に溶け込んでいった。
相変わらずの佐和子です。