おまけ:「嘘と魔王と逃走開始」
思いついたまま書き殴ってます。
「あぁ、あの話?嘘よ、嘘!」
「は?」
キャシーがケラケラと笑いながら言った台詞に私は一瞬固まった。
サイラスが私のことをゴニョゴニョしようとして未遂に終わった後、私は自分の使命を思い出した。
なんとしてもフラグをへし折る。そう決意したことを一瞬たりとも忘れていた自分を恥じた。
そして、近いうちにこの村から旅立つことにしたのだが、やはりちょっと気になる異世界の婚活事情。
キャシーの言ってた「結婚できず引き篭もりになった女の人」のことがどうしても気になって手作りカップケーキを添えたお茶会へ招待したのだが、アッサリと明かされた真実に私は間の抜けた顔を晒したのだった。
「えぇっと、全部嘘だったの?」
異世界の結婚適齢期、村の結婚事情...
「全部じゃないわよ。嘘ついたのは結婚出来なかったって人の話。」
なんでも、その女の人は結婚出来なかったのではなく、しなかったのだそうだ。
理由は、王都を目指す途中に村を訪れた初恋の人が忘れられなかったから。
そして、成人しても村の中では結婚相手を探さずに、3年がかりで両親を説得して王都へ働きに出た。
もちろん、初恋の人を探し出す為にだ。
初恋の人は王都ですぐに見つかった。駆け出しの商人で、商店街で小さな店を営んでいた。
女の人は住み込みで働きたいと押しに押して初恋の人の相棒の座を手に入れた。
2人でじょじょに店を大きくして、王都でも名の通った商人になった頃、2人の関係は相棒から生涯の伴侶に変わった。
―――結婚出来なかった女の話は、地位も名誉も初恋の人をもゲットした女の話だった。
余談だが、王都の周りに多くある村の中でもこの村が比較的潤っているのは、その女の人が初恋の人と大きくした商会が今でもこの村を商品を王都へと運ぶ経路に組み込んでいるからだ。
今更ながら、どれだけ私が結婚という二文字に踊らされていたのかを自覚し激しく落ち込む。
キャシーの嘘も見抜けなかったなんて。
「だ、だって、あんたが悪いのよ?いつまで経ってもサイラスの気持ちに気付かないんだから。」
急に黙り込んだ私のことを嘘の所為で不機嫌になったのだと思ったのだろうキャシーが慌てだした。
そして、妙なことを言い出した。
「3年前にサワをこの村に連れてきてからサイラスは変わった。なんていうかこう、近寄り難さが無くなったというか。」
サイラスが、近寄り難い?
私の記憶が確かならば、サイラスは初対面から親切で話しやすかったように思う。
「それはサワ限定!サイラスは昔からあまりにも恰好良すぎて村に馴染んでなかったし、野良仕事なんて似合わなさ過ぎた。女の子は全員遠巻きに見るだけで近寄ることすら出来なかった。」
この村にいる同年代の女の子たちの初恋は間違いなくサイラスだった。だが、それは私が元の世界にいた頃にテレビに映るアイドルにキャーキャー騒いでいたのと同じようなものだった。
私が異世界トリップするまでに勇猛果敢にアタックして妻の座をゲットするという猛者が居なかったことが残念でならない。
「兎に角!あのサイラスが初めて興味を示した、ううん、初めて恋をした相手がサワってことよ。」
...なんだその乙女ゲームよろしくな展開。
そんな初期からサイラスが私のことを意識していたとは夢にも思わなかった。
思わず赤く染まった私の顔を見て、キャシーが悪戯っぽく微笑んだ。
「だから、ちょっとサワを嘘で焦らせて一気に2人の距離を縮めようと...って、なんでそんな怖い顔するの?!」
なんで?って、私がその思惑にすっかり乗せられて自らデッカいフラグを立てたからだよ!
「機嫌直してよ、サワぁ。そんなに悪い話じゃないでしょう?」
あのサイラスよ?美形で騎士のサイラスよ?そう詰め寄られてうっとのけぞる。
確かに、騎士で社会的地位があって高収入。性格も真面目で優しくて結婚相手としては申し分ない。
本来の私ならばあんな美形に言い寄られるなんて夢のまた夢だろう。
「だが断る!!」
「えぇ?!」
目の前のキャシーを押し退けて椅子から立ち上がる。
私はね、平穏に生きていきたいんだよ!
目の前にある美味い話にホイホイ乗ったところで、サイラスのこと好きな貴族の娘とか王様の娘とかが出てきたり、サイラスが実は勇者とかで魔王を倒すために旅立つとか、私には魔王の力を削ぐ特殊な力があるとかでその旅に同行させられるとかって展開になるんでしょ?
異世界トリップ舐めたらアカンってことを私が一番よく知っている。
そういう類の本を一体何冊読破したと思ってるんだ。
―――やはり、私はここから旅立つしかないようだ。
1年後、砦から帰ってきたサイラスとの戦いに勝てる気は全くしない。
あの夜のような強行手段を取られたら3日と持たない。本人が太鼓判を押すのだから絶対だ。
見ず知らずの私を受け容れてくれた心優しい人たちが暮らす村は大変居心地がよく、ここで一生を終えたいとさえ思っていたが、もはやここも私にとって安住の地とは呼べなくなってしまった。
つい数日前までは心の中で兄と呼びたいと思っていたサイラスだが、今ではこう呼ぶに相応しいと思う。
ヤツは、魔王である。しかも攻略不可能の。
なので、レベル1の平凡な村人である私は逃走しようと思う。敵前逃亡上等である。
キャシーが決意を秘めた私を見て訝しげに眉を顰めながら我が家を立ち去った後、早速荷造りを始めた。
ミゲルさんとライアスさんには感謝してもしきれないし、突然姿を消すのは申し訳ないと思う。
何年か経った後、サイラスが私のことなどすっかり忘れてお似合いの美人さんと結婚したと思われる頃に、手紙でも書こうかと思う。
さぁ、明日から異世界での私の生き残りをかけた逃走を開始するとしようか。
そろそろサイラスが不憫になってきたので、どうにかしてやりたいなと思います。
―――思うだけで終わりそうですが。