人間不信イラストレーター・裏
『人間不信イラストレーター』とつながっています。
口が汚くてすみません。
黒田のりかは一人、くらい廊下を歩いていた。
最悪だ、本当に。まさか、「あの」ファイルを置いてくだなんて。
もし、あれがすべて現実だと誰かが気づいてしまったらどうしよう……。ああ、やはり、一時の感情に任せて描くべきではなかったのかもしれない。
一枚目は、のりかが心酔する人だった。二枚目は、昔ののりかとミズキ。三枚目は――なんて、一枚一枚思い出す。すぐに思い浮かぶそれらに、のりかは自分の迂闊さが情けなかった。
もし誰かに見られたら、と考える。でも、本当は誰かに気付いて欲しがってるなんてことは自分でもわかっていた。
わざとらしく学年まで書いちゃって、バカみたい。この迂闊なミスだって、本当は無意識にその考えが出ちゃったのかも。
ああ、申し訳が立たない。……あたしたちを救ってくれた、あの人に。
だって、ファイルの中には、あの事件と深くかかわりのあるものが何枚かあったのだ。
本来書くべきではない物だって、誰にも何も言わずに書いてしまった。それをあの人は好きにすると良い言ってくれた。お前の絵は人を惹きつけるからと。
じゃあ、貴方も惹かれてくれますか? なんて、バカなことを思った。有り得ないことだ。あの人が書けば、あたしなんかよりもずっと素敵なものができるんだから。……だからこそ、あたしは必死に書き続けるんだけれど。
美術室、と雑に書かれたプレートを見つけて、のりかは足を止めた。どうやらカギはしっかりとかかっているらしい。点滅する赤い光をみて、鞄に入れたパソコンを取りだす。
絵を描くのは、所謂ただの「趣味」だ。
あの人の絵に惹かれて、あの人と同じことをしたくて始め、のめり込んだ「私的」なもの。
けれど、これは違う。
これは、あの人の為の、技術だ。
でも、ハッカーだなんて今時ちょっとベタかな……。
**
「Shit! ……あっ。……。な、なーんちゃって?」
ごまかしてももう遅い。……口が悪かった。ごめんなさい! せっかく綺麗な言葉を教えてくれたのに……。
あの人にそっと謝罪。
それにしても……ああ、もう! もっと早く気付けばよかった! って、終わったことを言っても仕方がないけど。問題はこの先だよね。
ファイルの中をぱらぱらとみて、なくなっている物が無いかの確認。コンテストとかに出すものじゃないのに、一体誰が見たんだか! こんなもの見たって、分からない奴はつまらないだろうに。絵と絵の間には隙間があって、すべて見たことが手に取るようにわかった。
ああもう、隅っこに置いてたのに、ご丁寧についてたであろう埃まで払ってくれちゃって! 埃まみれだったでしょ!? 何でわざわざ綺麗にしたし。目立ってるじゃん、バカか! てめー家まで殺しに行ってやろうか!?
Be cool,Be cool! 落ちつけ、あたし。
しばらく様子を見て、なんのアクションもなければ良いんだ。
行動に移すんだったら……あたしたちに関わるなら、詮索するなら、殺せばいい。昔みたいに。それはとても簡単なんだから。
やっぱり、そろそろこれに甘えるのもやめなければいけない。……親離れ、みたいなものだ。
そっと表紙の紙を剥がす。
名前と学年クラスつきのそれはびりびりにして破り捨てる。一応、ゴミ箱に入れておこう……。マサにばれたらめんどくさいし。あいつそういうところは意外と細かいんだから。
薄い紙の下には、昔のあたしたちの姿が描いてある。全員ぼろぼろの服を着て、傷だらけの体で。……「あの」事件の時の、あたしたちだ。
あんなふざけたことに巻き込まれるだなんて最悪だった。けど、おかげでみんなに会えたから。だから、始まりを表紙に描いた。あたしたちの、始まりだ。あたしたちはあの時、漸く生きてるんだって、そう思ったんだから。
あたしは昔、ぼろぼろになって、綺麗も汚いも関係なく必死に生きてきた。
別に、過去を恥じたことはないけれど、誇る様なものでもない。人をだまして利用して、あの時は信頼なんて言葉、聞いたことすらなかった。
でも、あの事件があってからは、違う。
……今ではもう、あの事件のことは誰も口にはしないけど。
でも。
もしも誰かが核心に触れた時の覚悟はもう、できてる。
窓を開けて、ファイルに火を付ける。
「可哀想」なあたしとは、ここでさよならだ。
あの事件から。これからは。
あたしは、黒田のりかなんだから。
過去なんて関係ないの。
きっとみんな、もう覚悟はできてるでしょ?
二月二十八日、小説タイトルを変更しました。
『改・人間不信イラストレーター・裏』→『人間不信イラストレーター・裏』
不手際申し訳ありません。