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恋姫†演義  作者: おまる
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第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-4

華琳や一刀達が撤退した後も、無論黄巾の乱は続いていた。

正確に言えば、これから開かれる広宗での戦こそが、この乱における一大決戦といえた。


太平道の聖地、鉅鹿の南に位置するこの広宗には、黄巾軍の糧食基地が在った。

三方を崖で囲まれた位置に作られたこの強固な砦には、兵士以外の信徒も数多く居住していた。

言わば黄巾軍の"本拠地"とも言えた。


しかしこれは、黄巾軍が篭城を選んだ、というよりは篭城に追い込まれた、と表した方が正しい。

ここまでの東進において、数度の野戦に連勝してきた魯植によって。

文人として名高い魯植だったが、彼女は軍人としての資質にも恵まれていた。


そんな彼女でも、この堅固な砦を落とすのは容易ではなかった。

何せ崖に囲まれるという自然の地形すら利用した要塞である。

側面や後方からの敵襲の恐れがない分、黄巾軍は正面に兵力を集中させることが出来た。

その重厚な陣を破ることは、いかに廬椊と言えど容易な事ではない。


そこで魯植は自陣を固め、攻城兵器の作成など、決戦への準備をじっくりと始めた。

これまでの野戦とは違い、打ち破るまでには多くの時を有するかもしれぬ。

しかし、黄巾の主力といえる彼らをここで討ち漏らせば、後に必ず大きな負債となり、漢王朝を苦しめる事となるだろう。

魯植は黄巾軍を甘く見ていなかった。

正確に言えば、その動員力を。

体勢を立て直す余裕を与えてしまえば、瞬く間にその勢力は再び盛り返すであろう。

多少時間がかかっても、ここで徹底的壊滅に追い込む必要があった。



——魯植が宦官の策略により罷免されたのはこの時である。



代わって派遣されたのが、東中郎将の董卓であった。

だが彼女は無謀な策を仕掛ける事はなかったが、積極的攻勢に出る事もなかった。

その様子は、只管に自軍の消耗を抑えているだけのようにも見えた。


膠着状態に陥った広宗の決戦。


東進を続けていた朱儁がそこに加わったものの、膠着状態は崩せず、悪戯に時間だけが過ぎていく。

これを打破する策が思いつかず、また董卓もあてにならない。

あるいは曹孟徳。彼女がいれば、違ったのかもしれない。

状況に苛つき、無い物ねだりの思考へ傾きつつあった朱儁の元に訪れた者達がいた。

この戦いに義勇軍として参加した彼女達を代表して、一人の少女が名乗りを挙げた。


——劉備玄徳、と。

















——劉備玄徳。

黄巾の乱が起こる前、彼女は乱れる世を憂う、一人の少女に過ぎなかった。

中山靖王の末裔ではあったが、その先祖である中山靖王の劉勝は、大変な色狂いであり、優に百人を超える子を成している。

更に劉家は途中三度断絶し、その度に養子を迎えるなどして複雑化している。

直系に限らず傍系も含めれば、中山靖王の末裔など何万人いてもおかしくなかった。

故に、その血筋は称すれば多少の箔はつく程度のものでしかなかった。

父を早くに亡くし、母と二人で暮らす彼女の生活はお世辞にも恵まれたものとは言えなかった。

だが、そんな彼女が自身のみならず世のことを考え、憂うことができたのはこの母親のおかげでもあった。

党錮の禁を受けて、野に下っていた魯植の元へ、彼女を遊学させたのである。

そこで得た経験が、彼女を形作った。

勉学な得意な方ではなかったが、魯植の教えによって彼女の視野は広がった。

知も武も秀でているとは言い難い彼女ではあったが、高潔な理想を持つに至った。


「弘毅寛厚にして、人を知り、士を侍す。蓋し高祖之風有り、英雄之器焉り。」


——高い見識と強い意志を持ち、且つ包容力の大きさを持ち、人物を良く見極め、相応しい待遇を与える様は、漢の高祖の風格があり、英雄の器である。


そう評される事になる彼女の資質は、この時にもその片鱗を見せていた。

そんな彼女は優れた成績ではなかったが、人望を集め、友誼を交わした者の中にはかの公孫讃までが含まれた。


(苦しんでいる人たちを救いたい……!この世の中を変えたい……!)


強い思いが募る玄徳であったが、この時点での彼女には何の力もない。

だがその彼女に天は救いの手を差し伸べた。

いや、あるいはこれも彼女の並外れた人徳によるものであろうか。

関羽雲長、張飛翼徳という両翼を得たのである。


義勇軍に志願しようとしていた二人と意気投合した彼女は、桃園にて義姉妹の契りを交わしたのだ。

更には、彼女の天佑はこれだけに留まらない。

張世平と蘇双、二人の大商人が彼女達に目をかけ、挙兵の為の資金を融通したのだ。

玄徳達は私兵を募り、簡単な調練を行うとすぐに出陣した。

こうも急いた理由は、玄徳が苦しむ人々の姿に我慢できなくなったことが一番であったが、彼女達なりの勝算はあった。


一つは、五百という兵数に見合わぬ程の、騎兵の多さである。

彼女達の挙兵を支援してくれた張世平と蘇双は、軍馬を扱う馬商人である。

高価な軍馬を全国に売り歩く大豪商である彼らは、玄徳達に武器や防具、兵糧のみならず大量の軍馬も提供したのだ。

兵数の一割程度が騎兵であったこの時代、彼らは半数近くを騎兵で構成する事に成功した。

五百という兵数でも、その数倍の働きを見せられる筈であった。


二つ目は、現在黄巾の乱の北部戦線において指揮をとる魯植に、伝手があった事。

彼女の教え子である玄徳を、そう無下にも扱うまい。

そういった計算もあった。

魯植の元で目立った戦働きを見せ、功を得る。

それが世を変えるための第一歩であると、彼女達は信じた。


だが、その第一歩は踏み出しの時点で躓く事になる。

そう、魯植の更迭である。

彼女達が軍勢を率いて広宗の戦場に辿りついた時には、既に魯植の姿はなかったのだ。

途方に暮れる玄徳達。

戦線は膠着し、彼女達が名を上げる機会も巡ってきそうにない。


そんな時に、玄徳に助言を与えた者がいた。

——諸葛亮孔明。

広州に向かう途上で彼女達に加わり、幼いながらもその類稀な知によって軍師の地位に座った彼女である。

その彼女が、策が在る、と。

そしてその為には、官軍を指揮する朱儁の協力を得る必要があると。


そうして彼女達は、朱儁との面会に臨む事となったのだった。

魯植の教え子であるということを理由にしたものの、実際に面会に成功したのは運が良かったとしか言いようがない。

そしてその幸運を彼女達は無駄にしなかった。

諸葛亮がその策を披露すると、膠着状況を打破したい朱儁はそれを採用した。


結果としてそれは成功した。完璧な迄に。


砦という狭い閉鎖空間に身動きする事も出来ぬ儘、外からの援軍の希望も無く、篭城を続けていた彼らの疲労を孔明は察していた。

そこで官軍はあえてこちらから軍門を閉め、兵達に休養をとらせた。とらせるふりをした。

勿論その機を利用して、黄巾軍の兵達もその身を休める事となった。

そしてその眠りが最も深くなる未明に、官軍は大攻勢を仕掛けた。

元々が農民である彼らは、一旦その緊張が崩れると非常に脆い。

これまでの堅牢さが嘘のように城門は突破された。

怒濤のように傾れ込む朱儁軍。

が、しかし。

黄巾軍、彼らの砦の中には兵達の妻子も居住している。

突破されれば亡くなるのは自分の命のみではない。

その事実が、彼らの奮起を促した。

次から次へと同胞が殺されても、怯まずに立ち向かい続ける。


広宗の戦いは、膠着状態は崩れたものの、泥沼の総力戦の態を晒し始めていた。



——だが、それすらも孔明は読んでいた。

玄徳達の義勇軍は一部の精鋭のみで、近くの森林へと向かっていた。

膠着状態の時に周囲をつぶさに調べさせ、張角達の逃亡経路を割り出していたのである。

そして彼らの網に3人の少女がかかった。

黄巾軍の指導者、張三姉妹である。


彼女達が捕縛された事が知れ渡るや否や、それまでの鬼気迫る戦が嘘だったかのように、黄巾軍は降伏した。
















「魯植殿の教え子——劉元徳と申したな?」


「——はい。」


「そしてその軍師諸葛孔明。見事なものよ。」



かっかと笑う朱儁。

しかしそれに対する玄徳の表情は固い。



「どうした、劉元徳よ。此の度の戦働きにおいて、最も功を挙げた者の表情ではないな」


「すみません、朱儁様。でも、私は悲しいんです」



訥々と話す玄徳。



「賊となってしまった彼らも、元は私達と同じ農民です。きっと、本当は戦なんてしたくなかった筈なんです。でも、生活が苦しくて、どうしようもなくて、それで、どうしても、蜂起しなきゃ、ならなくなって——」



途中から嗚咽が混じり、言葉が不自然に途切れていった。

朱儁は涙を流す少女に改めて視線を向けた。

——若い。いや、幼いと表した方が適切か。

甘い思想だ。敵兵の心を鑑みるなど、戦場に出るには不必要な、優し過ぎる情緒だ。



「——例え死んでも、守りたいものが、皆にはあったんだと思います。でもそれは、きっと、必ず戦わなければ守れないものなんかじゃ、なかった筈なのに。きっと、他の道もあった筈なのに」



だがその言葉が、不快ではない。

一つ一つの言葉が、そこにこもった心が、伝わってくるのだ。

優しさだけでは、このような伝心は起こり得ない。

これがあるいは、この少女の強さ、力なのかもしれない。



「その道を選べない、その理由が、今の世にあるなら——私は、それを、変えていきたいと——」



後は言葉にならなかった。

咽び泣く彼女を、隣の将——関羽雲長と名乗っていた——が黙って抱きしめた。

そしてその背中をさする少女——張飛翼徳。

貰い泣きしたのか、涙を流しながらそれを見つめる諸葛亮孔明。


なんと美しい光景か。


数瞬の間、見とれていた朱儁であったが、杯に残った酒を飲み干すと、口を開いた。



「お主のような思想に満ちれば、太平の世もいずれ訪れよう。——だが、劉元徳よ」



続けて諭すように言った。



「如何に崇高な理想を掲げようと、如何に美麗な言葉を並べようと——力が無くば、それは叶えられない。お主の理想を、掴みたいならば、力をつけよ」



力のある者の言葉が真実となる、それが今の世だ、と朱儁は締めくくった。

その朱儁の言葉に、玄徳は、未だ涙を流し続けながらも——確かに頷いた。

その様子を見て、朱儁の脳裏に唐突に一人の少女の姿が浮かんだ。


曹操孟徳である。


あるいは、目前の劉備玄徳や、曹操孟徳のような少女達が、次代を担っていくのかもしれぬ。

この世を導いてくれるのかもしれぬ。

窮地を救われた孟徳にも、この大勝利をもたらした玄徳にも、その器は感じられた。


——だが。


おそらくこの二人の思想は相容れぬものであろう、と朱儁は感じていた。

孟徳が掲げるものはおそらく覇道。

対して玄徳が掲げるものは人道といったところか。

どちらも優劣付け難く、そしてどちらも揺るがぬ決意があろう。

故に。


おそらくはこの二人は、いずれ不倶戴天の敵となるのであろう、と。


その予感を飲み干すように、注がれた酒に満ちた杯を、静かに傾けた。












第二回 「王佐の才と黄巾の乱」  終



第三回 「崩御、廃帝、魔王誕生」  続



ラスボス桃香ちゃんの登場です。この時点で孔明迎えてるってすごいアドバンテージですよね。ここは史実でも演義でもなく恋姫設定に合わせました。さて、次回は洛陽での話。まだ名前しか出てきていない董卓はどのような人物なのか?お楽しみに。

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