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恋姫†演義  作者: おまる
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第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-2

——新たな敵兵、現る!

それは休息を取っていた黄巾軍にとっては、寝耳に水の出来事であった。

しかし、その兵数が自分達に対し僅かであると知れると、次第に落ち着きを取り戻していた。



「兵数は三千程度。主力がそれでは、伏兵がいたとしても僅かであろう」


「そもそも、この草原に伏兵を配置できる場所はない。あれが全兵力と言って間違いあるまい」


「ならば恐れるに足らず」



とは言え、黄巾軍の現在の主敵は朱儁率いる篭城軍だ。

大きな戦力を割いて完全包囲を解くわけにはいかない。



「一万の兵を出す。まだ距離もあるから戦隊を組む時間は裕にある。不意を打たれたとは言え、発見が早かったのは行幸であった」


「念のために物見を配置しておいて正解でしたな。奴らはまだ、発見されている事に気付いていないかもしれぬ」


「うむ。だが油断は禁物だ。兵が疲労しているのは事実。悪戯に長引かせれば、綻びを生む事にもなりかねん。儂が出よう」



そう言って腰を上げたのは波才。

この地における黄巾軍を率いる、その人であった。


当時、戦場に進入する際には如何に横隊隊列を早く組めるか、ということが重要であった。

銃や砲が存在しない為、後列からの攻撃は弓矢しか手段がない。

よって、無駄な遊兵を作らない為にも、敵軍に対して完全に相対する形を作る事が重視されたのだ。

奇策を狙う際にはこの限りではなかったが、黄巾軍は奇策を狙わなかった。

これには大きな理由が二つあった。

一つ、彼らが兵数において相手を大きく上回る事。

奇策というのは、寡兵の側がその劣勢を挽回する為に用いられるのが普通である。

二つ、彼らの多くが職業軍人ではなく、農民であった事。

複雑な陣を組み、戦闘中に隊列を変更するような行軍行動について来られることができる者は少なかったのである。


故に王道。

相手を上回る戦力で、これを押し潰す。

波才はそう考えていた。


見れば、敵兵の右端は戦場に侵入しているものの、左端へ向かうにつれて遅れが出ている。

行軍速度に差があるのだから、敵兵の錬度もそう高いものではない。

計略を用意しているかもしれないが、どのみちあの兵数でできることはそう多くはない。

篭城軍と連携しなければ大きな事は起こせないであろう。

そしてその篭城軍に対しても充分な戦力を残している。

身動きすらとれまい。



「見よ、あの敵兵の数を。我らに比べ、なんとも慎ましいものではないか。朱儁を救援する部隊があの程度。最早朝廷にも余力がないのだ。これを破り、篭城群を殲滅し、もって洛陽へと向かう。——黄天の世は目の前ぞ!!」



鼓舞する声に兵達が応える。

準備は万端。

敵兵が陣を組み終わるのを待ってやる義理もない。



「突撃!」






戦端は開かれた。

突撃を開始した黄巾軍に対し、曹操軍は未だ横隊隊列を組み終わっていない。

正面からの圧力に、曹操軍は散り散りとなる——筈であった。


しかし、黄巾軍が思ったように近づけない。

その理由が、曹操軍が使う特殊な兵種にあった。



「波才様!奴ら、馬の上から弓を射ってきます!」


「ぬう……奴ら、騎馬民族か!?」



馬上で弓を射るなど、常識的にできるはずがない。

だが、曹操軍はどうか。

巧みに馬を操り、弓を射る。

局地的劣勢が生まれそうになればそこに素早く向かい、弓を降らせる。

戦場を自由に動いて援護する彼らの存在に、黄巾軍は手を焼いていた。



「未だ、あそこへ矢を集中させろ!」



指示し、自らも弓を射る。

放たれた矢が、敵の貴重な騎兵の頭部に命中した。


驚異的な弓の腕。

曹操軍の騎馬弓兵を率いる秋蘭、その人であった。



——この作戦の鍵は、貴方達騎馬弓兵です。


一刀に言われた言葉が蘇る。


——貴方達の援護があってこそ、正確な行軍が成るのです。


縦横無尽に戦場を駆けつつ、攻撃範囲も広い騎馬弓兵は確かに強力だ。


——敵兵の注意も惹き付けて下さい。冷静に戦場全体を見渡す目を、持たせてはなりません。


行軍の最後尾となる左端には、春蘭がいる。

彼女とその軍集団は、曹操軍の中で最も強力な一団である。

その彼らの奮戦もまた、一刀の策の肝となる要素であった。



「賊軍など相手になるものか!我らの精強さを示すのだ!!」



打ち合っては引き、打ち合っては引き。

春蘭率いる部隊は、巧みな戦術機動で翻弄する。



「ちっ、やっかいな武将がいるな。おそらくはあれが敵軍の主力部隊だ!援護を向かわせろ!!」



激戦をこなす左端部隊。

率いる春蘭の脳裏にも一刀の声が浮かぶ。


——そうして敵兵の注意が向かう中。彼らが気付いた時には、もう策が成っています。



「波才様!左端から迂回されています!!」


「何!?背後をとる気か?あるいは城へ合流……?」


「敵軍、旋回!側面展開されています!!」


「なんだと……!?」



黄巾軍の隊列側面に横対隊列を完成させた曹操軍。


「突撃いいいい!」


ここに局地的な圧倒的優勢状況が構築され、蹂躙が開始された。



「まずい!このままでは左端から戦線が崩壊する!すぐに全軍を旋回させろ!!」



慌てて対応する黄巾軍。

しかし、左端部から離れれば離れる程、旋回軸が長くなり行軍に時間がかかっていく。

更に右端には厄介な部隊がとりついている。

結果、左端部以外が遊兵となり——その左端部は既に、崩壊の態を晒し始めていた。





——斜行戦術。

この時代よりも遥か未来、プロイセン王国、その英雄。

かのフリードリヒ大王が用いた戦術のその模倣であるなど、誰が想像し得ようか。

数十倍にも及ぶ勢力を敵に回しながら、戦い抜いた彼の戦術。

研究され、対応策が成されるまでは勝利を欲しいままにした、卓越した戦術である。


曹操は、それを成した一刀に視線を送った。

このような鮮やかな策を編み出した、"天才軍師"に向かって。

しかし当の一刀は、安堵のような表情を浮かべていた。


(——うまくいったようだ、良かった)


何せ、この戦術はあくまで模倣であり、一刀が編み出したわけではないのだ。

元々、本好きが相まって雑学が豊富なだけの凡人である。

新戦術など生み出せるような天才ではない。


だが、彼には知識がある。

過去の時代の英雄が成してきたその足跡を既知としている。

後の時代においては広く知られた数々の戦術も、この時代においては全く新しいものに映る。

唯の"物知り"が、"天才"を演じる事ができる所以であった。


騎馬砲兵ではなく、騎馬弓兵。

囮部隊も、春蘭の部隊能力に頼った歪なもの。

それでも、どうにか成し得た。

この戦術の為に、ひたすらに行軍訓練を積み重ねてきたかいがあった。


行軍行動以外の調練が不足がちの兵達の武勇、農民兵にも劣る者がいるような程度である。

だが、個人の武勇の優劣など、圧倒的優勢状況の前には役に立たない。

あるいは、春蘭や、かの有名な呂布のような将がいればまた話は別になるのだろうが——

黄巾軍には、そんな将は存在しなかった。



「ぐっ……挽回は不可能か……」








「ほう、やるではないか。隙を作るから呼応せよ、などと連絡が来たときには、僅か三千の手兵で如何にするかと思っていたが——

曹操とやら、なかなか——」


戦局を見つめながら呟いたのは、篭城軍の主将、朱儁であった。



「出陣の準備は整っているな?」


「はっ!すぐにでも出られます!」


「包囲軍を注意深く観察しておけ。奴らが前線兵の撤退の援護の動きを見せたとき、これを急襲する」


「御意!」








「撤退だ!ひとまず戦域を離脱するぞ!!」


撤退の銅鑼を成らすように指示する波才。

ここで粘っても総崩れに成るだけだ。


——しかし、その銅鑼の音をかき消すような怒声が背後で揚がった。


朱儁軍が、篭城をやめ出陣してきたのである。

曹操軍との前線での戦いを目にし、動揺していた包囲軍の隙を突く形であった。

忽ち、戦場は大混乱となった。



朱儁率いる官軍は、やはりその錬度が高い。

兵士一人一人の質は遥かに黄巾軍を上回る。

混戦となれば、彼らが有利となるのは自明の理であった。


加えて、ここまで連戦連勝であった黄巾軍が味わう、初めての劣勢であった。

元々疲労がたまっていた彼らである。

一端士気が落ちると、まるで魔法が解けたかのように崩れていく。

逃亡する者も続々と現れる有様であった。



「無念……しかし、ここで全滅するわけにはいかぬ。洛陽を落とす為には……黄天の世を作る為には……!」



遂に黄巾軍は東へと撤退を始めた。

曹操軍と朱儁軍は、これに苛烈な追撃戦を仕掛けた。

黄巾軍の兵、数万がここで討ち取られることとなった。

そしてその首数の中には、波才のもの含まれていたのだった。






























「曹孟徳、この度の勝利はお主のおかげだ。助かった」


「過分なお言葉です」



戦の後、曹操軍と朱儁軍の間に戦勝の酒席が開かれた。

その中で、朱儁と向かい合う華琳は、与えられた言葉に頭を下げた。



「私兵三千で奴らを相手にし、これを討ち破ったのだ。誇っても良いぞ」


「いえ。彼らの大部分を討ち取ったのは、朱儁様の兵達です。我らはあくまで、そのきっかけを作ったに過ぎぬ事」


「ほう」



華琳の言葉は、謙遜しているようで、言い換えれば朱儁の勝利は自分達の働きがなければなかった、ということだった。



「くっくっ…言いよるわ。分かった。此度の働きは、私からも上奏しておく」


「有り難きお言葉」



再び頭を下げる華琳。

それを見ながら上機嫌に笑う朱儁。


「それにしても、あの天から地を見下ろすかの如き戦術は、見事であった。あれを考案したのはお主か、それとも軍師か?」


「軍師です。我が股肱之臣であります」


「ほう、名は?」


「司馬懿仲達」


「かの司馬家の鬼才か!……鬼神の如き活躍を見せた黒髪の将や、馬上から見事な弓を見せた将といい、人材に恵まれているな」


「はっ。その幸福をかみしめております」


「何、人材が集るのもお主があってこそ、だ。例えそれがもし運に過ぎなかったとしても、それは天佑だ。お主が天に愛されている事の証左となろう」



そう言って、再び杯をあおる朱儁。

華琳もそれに付き合い、杯を傾ける。


しばしの沈黙。


そして静かに、朱儁は言葉を紡いだ。



「我々はこの後東進するが——お前達はどうするのだ?もし我らと同道するのであれば、歓迎するが」


「流石に我らには、このまま東進する余裕はありません。一度領地に帰還し、再度体勢を整えたいと欲します」


「そうか、分かった。まぁ東の地、奴らの本拠地には廬椊殿が当たっている。文人としての評価が高い彼だが、武もそれにひけをとらぬ、今より悪い状況はなかろう」


「はい、私もそう思っております」



——が、しかし。

一夜明け、帰還した華琳達の耳に届いたのは、驚愕すべき情報であった。

黄巾軍をまさに後一歩のところまで追い詰めていた魯植。

その魯植が、宦官達の策略により指揮権を剥奪され、流刑となってしまったのだ。


廬椊に代わって広宗に派遣されたのは、東中郎将の董卓であった。


聞いたこともない人物である。

事実、董卓はこれといった功を挙げていない人物である。

宦官達の考えはどういったものなのか。


混迷を深めていく世において、華琳は、一刀は、何を思うか。

雄伏の刻を迎えた彼らは、その爪を研ぎながら、静かに機を待っていた。




そしてそんな彼らの元に向かう、一人の少女の姿があった。



「あんなに見事な戦は、見た事がないわ。やはり、この私の才を捧げるのは、曹操様しか有り得ないわ」























筆が乗るので勢いで書いてます。

とりあえず暫くはこんな感じでいかせて下さい。

描写の薄さはありますが、テンポ重視ということで。

それにしても、会戦を文章だけで説明するのって難しいですね。

状況が伝わっているかすごく不安です。

邁進しますので、ご指導お願いします。

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