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恋姫†演義  作者: おまる
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第二回 「王佐の才と黄巾の乱」-1

蒼天巳死そうてんすでにしし  黄天当立こうてんまさにたつべし  歳在甲子としはこうしにありて   天下大吉てんかはだいきちとならん


"三国志"において最も有名な一節のうちの一つ。

もちろん一刀も、この言葉の意味と影響を充分に知っている。


——黄巾の乱。


太平道の信徒達による武装蜂起である。

彼らが頭に黄色の巾を揃ってつけていたことから、こう呼ばれる。

"三国志"の中で、群雄割拠の時代の呼び水とされる重要事件である。

一刀は自分の知る情報を整理していた。





そもそも、何故彼らが黄色の巾を身につけていたのか。

その意味から思い出すとしよう。

彼らにとっての黄色が意味する所を知る為には、まず『五行相生説』から説明せねばなるまい。

『五行相生説』というのは、王朝が交替するという事象について解明しようとした理論のうち、当時主流だった一つである。

五行——即ち、"木"、"火"、"土"、"金"、"水"に各王朝を見立て、その推移を意味付けたものだった。

"木"が燃えて"火"を生み、これが燃え尽きると"土"となり、その中から"金"が生まれる。

"金"の中から"水"が湧き出し、それを吸い取ってまた"木"が生える……

そういった関係性を元に、徳を失った王朝が、新たに天命を受けた王朝へ禅譲するという考え方であった。


無論、この理論は誰が見ても強引なこじつけである印象を持つだろう。

また実際においては、王朝の交替は禅譲ではなく、戦によって既存の王朝を討ち滅ぼしたことで起こっていたこともある。

しかし、この理論は新たな為政者が、その正当性を強化する為の建前となっていた故に積極的に広められ、世に知られていた。


五行にはそれぞれを象徴する色がある。

"火"の徳を持つ王朝と見られていた現在の漢朝の象徴は赤色。

そして、黄色は"土"の象徴なのである。

つまり黄天立つべし、とは"火"の徳を持つ現王朝を打倒し、"土"の徳を持つ新王朝を樹立しよう、という意味なのである。

更には、"土"という字は農民の象徴と言える。

農民が主体であった太平道教の信者達に取っては、まさに黄色は自分達の色といって良かったのである。

それを身につける事で、彼らの意思と覚悟を示していたのだ。


そんな彼らを率いたのが鉅鹿の道師、張角である。

仙人から太平要術の書を貰い受けた彼は、その後の活動で数百万人にも及ぶ信徒を得る事になった。

この時代においては有り得ぬ程の巨大勢力である。

自分を慕う信徒達が生活に苦しみ、それを救おうとしない王朝に義憤を募らせた張角は、遂に武装蜂起を決意する。

これが後世において『黄巾の乱』と呼ばれた、その戦の流れであった。
















第二回 「王佐の才と黄巾の乱」














「ほう、今日もまた兵の調練を行っているのか」


「——えぇ。そろそろ出番がありそうですからね」


「それにしても"鐙"だったか、これは良いものだな」


「そう言って頂けると苦労したかいがあります」



春蘭と話しながら、一刀は思い返す。

この時代の騎兵が使う軍馬は、彼の想像していたものよりかなり小さかった。

体躯が小さいのだから、力もなく、故にその速度も知れたものである。

騎兵の本来の強みは何と言ってもその行軍速度。

だがこの馬達では、それが充分に生かされるとは思えない。


当然、小さい馬を使う事には理由があった。

鐙が用いられるのはこれより遥か先の時代、それを使わずに乗馬をする為には、馬の身体を両の足でしっかりと挟み込まねばならない。

そうでなければ振り落とされるし、ましてや馬上で槍を振るう事など論外。

そのように騎乗自体が非常に技量を要するものであったから、速過ぎる馬は戦場において扱う事ができなかったのである。

故に、華琳の元に馳せ参じ、一刀が成した初めての大きな功績が鐙の開発であった。

鐙が開発された事で、それまで騎乗ができなかった兵達の中にも馬を扱える者が増え、また"騎馬弓兵"という兵種も生まれた。

無論、依然として馬上で弓を射る事は困難なことであり、ましてや正確に狙いをつけるなど秋蘭のみにしか可能でなかったのだが。



「あんなものを考え出す一刀にしては、えらく地味な調練だな」


「……そうでしょうか」



一刀が行っているのは、行軍訓練がもっぱらであった。

如何に素早く行軍するか。如何に正確に指示に従えるか。

無論それは戦場において重要な要素ではあったが、見栄えは確かに地味である。

更には、私兵集団でしかない彼らの軍は精兵とは未だ言えず、よって個々の戦闘訓練の方が重要なのではないか、と春蘭は思うのだった。



「私は将としては、前線で自ら敵兵を打ち倒し自兵を鼓舞するというよりは、後方で指示して兵を動かすといった方が得意でしょうからね」


「まぁ、一刀が考えなしに行動するなんて私も思っていないさ」



春蘭はこれ迄の付き合いの中で、一刀の知謀を信頼できるものであると判断していた。

武に偏る彼女とは違い、政策の面でも華琳や秋蘭を助ける事ができる人間だ。

そんな彼が率いる軍は、また自分とは違った強さを持つ軍となるのだろう。

それくらいの信頼と期待は、既にあった。



「まぁ、楽しみにしておく。そろそろ戦も近かろうし…な」


「そうですね……」



黄巾党の武装蜂起の情報は、彼らの耳にも届いている。

——戦が始まる。そして、群雄割拠の時代へと突入しようとしているのだ。

期待と不安に胸を騒がせる一刀、春蘭。


華琳が臨時の招集をかけ、出陣の判断を下したのは、黄巾軍の蜂起から僅か一月程のことであった。





















黄巾党の主軍は、農民が中心とはいえ強力であった。

怒りに燃え、覚悟を決めた彼ら蜂起軍は、各地の官府を同時多発的に襲撃し、これを焼き払った。

州郡長官の殆んどは、黄巾軍の襲来を聞いただけで逃亡した有様であった。

蜂起から十日もすると、彼らの凱歌が知れ渡り、全国の信徒がこれに呼応して、遊撃戦を開始した。

この一斉蜂起は、太平道の信徒だけ留まらず、それまで圧政に苦しめられて来たありとあらゆる者達が行動を共にしていた。


これを受けた霊帝は、"党錮の禁"の解除や、"大将軍"の位を再設置するなどの手を打った。

しかし宦官の言うままに動き、その暗愚さが既に知れ渡っていた彼だ。

彼は、大将軍の地位に何皇后の外戚、何進を任命してしまったのだった。

軍事経験が全くない彼にこれが勤まる筈もなく。

各地の黄巾軍は連戦連勝を果たし、劉衛、趙謙、諸貢、郭勲など多くの将が散っていった。


次第に追い詰められていった漢朝を辛うじて支えていたのは魯植と朱儁の両武官である。

そしてその内、首都洛陽に近い潁川方面の防衛を任されたのが、朱儁である。

その彼が迎え撃つのは、波才が率いる二十万にも及ぶ黄巾軍。

その兵数に加え、これ迄の連戦連勝により勢いに乗っていた彼らである。

いかに朱儁とはいえ、四万の兵でこれを破るのは至難であった。

突撃を試みたものの、余裕をもって迎撃され、更には後方に回り込まれまさに包囲されようとしていた。


この包囲を辛うじて破り、長社の小城に逃げ込んだ朱儁。

無論黄巾軍がそのまま逃亡を許すはずもなく、これを完全包囲した。

官軍の、朱儁の命運はまさに尽きようとしていた。




——曹孟徳、彼女の私兵集団が辿り着いたのは、まさにそんな時であった。










「一刀、どう見る——?」


「そうですね……」



眼前の様子を伺う。

完全包囲された朱儁軍の命運は、まさに風前の灯。

対する黄巾軍はその余裕からか、草原の真ん中で野営し、その身を休めている。

蜂起以来の転戦連戦だ、無理もない。

兵糧の確保にも手間がかかるであろう。

とは言え、このまま何も手を打たずに時間が過ぎれば、彼らはその鋭気を取り戻し、瞬く間に小城を陥落させるであろう。


一刀にとって頭を悩ませる点が一つ。

彼の知る"歴史"であれば、ここには朱儁だけでなく皇甫嵩もいたはずだった。

それがどういうわけか、篭城しているのは朱儁軍二万のみ。

皇甫嵩の名をこれまで耳にした事もなかったから、もしかしたらこの世界においては存在していないか、未だ無名の身なのかもしれない。

——大きな誤算だ。

本来の歴史であれば、彼が火を用いた夜襲を行い、それに曹操が呼応して黄巾軍を破る筈だった。

その皇甫嵩がいない。

あるいは、"歴史の修正力"とやらを信じるならば、朱儁が代わりにその役割を担うのかもしれない。

だがそれを信じて待つのは賭けに過ぎない。

もし朱儁が行動を起こさなければ、官軍の全滅をみすみす見逃すことになってしまうからだ。


単独で夜襲。

これは愚かな選択だ。

夜に紛れれば僅か手勢三千に過ぎぬ兵を、万に思わせる事は可能であろう。

だが、時が経ち波才ら指揮官が冷静さを取り戻せば、その圧力のなさにこちらの兵数に気付くであろう。

そうなれば敗北は必至。

朱儁軍の行動を誘発する隙すら作れぬまま、一刀達は戦場に露と消えるであろう。


そう、彼らが何も黄巾軍を打ち破る必要はないのだ。

一時的に優勢な状態にもっていき、朱儁軍が行動できる隙を作れば良い。

正規の軍人ではなく、もとは農民である彼らだ。

一度崩れれば脆い。

三千の兵で、一時的優勢状態を作るには——




「華琳様。彼らの正面に布陣いたしましょう」


「探知されていない、という優位を崩して、敢えて姿を晒すのね?その理由は?」


「元々、黄巾軍のこの場での目的は朱儁率いる官軍の無力化です。彼らの最終的な目標は、洛陽ですから」


「私達にはそれ程の兵を裂かない、と見ているのね?」


「はい。長社城の包囲を解くことが出来ない彼らです。その上、こちらが寡兵であることを知れば、そう大きな数を布陣させはしないでしょう」


「我らが僅か三千である、ということを知っても、我らの数倍は兵を寄越してくるんじゃないかしら?」


「えぇ、少なく見積もっても一万は下らないでしょう。ですが、これを殲滅する必要はありません。一時的優勢状態を作り出し、彼らが浮き足立つ状況を作れれば——」


「朱儁軍が打って出てくる、そうなると勝ち目は少なくはないわね」



いや、一度崩れれば脆い農民軍だ。

もしそういった状況を作れれば、勝利はそう難しいものではないだろう。

一刀と話す中でそう感じた華琳は、続いて問いを発した。



「とはいえ、一万を超える兵を三千で相手しなければならぬことは変わりがないわ。こちらは精兵とは言い難い錬度。対する相手は農民とはいえ連戦連勝で勢いに乗っている。これを打ち破るのは並大抵ではないわ」


「その通りです。しかし、我らの兵達は彼らにはない強みがあります」



そう言って一刀は後方に視線をやる。

秋蘭率いる騎弓兵。

それを華琳は視界に収める。



「彼らを用いた策が一手」


「——面白そうね、言ってみなさい」



策を説明する一刀に相槌を打つ華琳。

その姿を黙って見つめる二人、春蘭と秋欄。

その間に耐えられなかったか、春蘭が妹に声をかけた。



「なぁ、秋蘭」


「なんだ姉者」


「私には難しい事は分からん。一刀の言っている事が半分も理解できん」


「ふふっ、姉者はそれでいいではないか。戦場に出れば、無双の活躍を見せるのだから」


「うむ。まぁな!……でもな、秋蘭」


「ん、なんだ姉者。不安でも?」


「いや、逆だ!!」



そう言って唐突に笑う春蘭。



「圧倒的に不利なのは私にもわかる。だが華琳様と一刀、あの二人のやり取りを見ているとな……我らが敗北するなど、想像すら出来ぬのだ!」


「うむ、そうだな」


私も同じだ姉者、と秋蘭は返す。



「元より、華琳様に敗北などない。一刀の知謀が加われば尚更だ。我らは我らに出来る事の準備をしようではないか、姉者」


「うむ!」



決意を新たにする二人。

そしてその直後、二人の耳に華琳の声が響いた。



「よろしい。一刀の策を採用するわ。……今思えば、貴方の調練はこの時のためにあったようなものね」


「本当に。備えあれば憂いなし、といったところです」


「ならばこの劣勢の戦も想定外ではない、ということ。ならば我らの勝ちは揺るぎない。すぐに布陣に取掛かるわよ、春蘭、秋蘭!」


「「御意!!」」




そしてここに、黄巾の乱における転換点を迎える。

この戦を、後の世は称する。

これは曹操という英傑が名乗りを上げる、その華麗な幕開けであった、と。

司馬懿という知将が類稀な才気を走らせる、そのための舞台であった、と。
















原作と史実と演義が混ざってごちゃごちゃになっています。

寛容な精神でお読み頂ければと思います。


それにしても、思っていたよりも筆が進みます。

これくらいの更新速度を保てれば理想なんですけどね……


さて、次回はvs黄巾軍です。

三国志の序章、幕開けと言えるこの戦い、鋭意執筆中ですので暫くお待ち下さい。

感想もお待ちしております!

宜しくお願いします。

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