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恋姫†演義  作者: おまる
2/8

第一回 「亂世之英雄訪れ一刀立つ」-2

それを目にした瞬間、電流が体内を走り抜けた。

比喩ではない、そう言える程の体感だった。

その容姿、その声、その雰囲気——彼女を構成する全てを無条件に肯定してしまいそうになる。

激情を内に留めながらも、一刀はそれを全く表情に出すことなく、微笑した。

精神年齢で言えば四十に迫る己だ。それ相応に、自制には長けている。



「お初にお目にかかります、曹孟徳殿。司馬仲達と申します。」



静かに頭を下げながら、心中で苦笑する。

前世と合わせ約三十六年。

一刀はその人生において、どうやら初めての"一目惚れ"をしたようだった。































「では戦争は攻撃側から引き起こされるものではなく、防御側から始まるというの?」


「えぇ、そうです。攻撃側はあくまで占領を目的としていて、戦闘が目的ではないのです。もし防御するものがいなければ、戦闘自体が起こりません」


「けどそれは、防御という行為がそもそも攻撃がなければ起こるものではない、ということを思慮の外に置いているわ」


「鶏が先か卵が先か——哲学の話になってしまいそうですね。しかしこの主張の要旨はそこではありません。防御側は占領を防ぐ直接の手段は戦闘しかありませんが、攻撃側は必ずしも戦闘行為が必要ではない、その選択肢の多さにあります」


「百戦百勝は善の善なる者にあらざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」


「然り。戦わず得られる勝利があるのならば、それに越したことはないということです」


「あるいは、防御側にも適用できそうね。攻撃側の兵を打ち倒すことが目的ではなく、占領を防ぐことが目的であるという前提を忘れなければ、戦闘行為を用いずに防衛の目的を果たせる」


「ご賢察、恐れ入ります」


「世辞は良いわ。ならこれはどう?孫子曰く、『勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは……」




楽しい。

何故自分がこのような問答を曹操としているのか。

そのような疑問を忘れる程に。


始まりはなんであったか。

お互いが相手の出方を伺うように、他愛のない会話に終始していたと思う。

それが、お互いの知を認め合ううちに熱くなってきて——

遂には兵法談義に花を咲かせていた。

流石は孫子略解を記した曹孟徳、兵法に対する造詣は深い。

この時代、この世界の人間で、クラウゼヴィッツの戦争論に理解を示す者がどれだけいよう。

そしてそれが己の想い人であるならば。

時間を忘れる程に談義に熱中する一刀を、気を利かせてこの場を辞している父が見たらなんと言うだろう。

あるいは、あの厳格な表情も驚きのそれへと崩れるかもしれぬ。



「……あら、話が弾み過ぎたわね。時間を忘れていたわ」


「あぁ、もうこのような時間ですか」



曹操との会話を始めてから、既に二刻が経過していた。

無論、単なる学徒と言って良い一刀には、この後に控える予定などない。

しかし、それと同じように彼女を見るのは酷であろう。

彼女にとって、時間はいくらあっても足りない筈だ。

いや、あるいは本題へと切り替える為の言葉、そういった意図もあるのだろうが。

彼女が発する次の言葉を予測した一刀は、そうと知れぬ程に僅かに身構えた。



「これまでの会話で確信したわ。その言葉に宿る知識見識。私を前に萎縮せぬ気勢。司馬家の奇才は、評判に違わぬ者である、と」


「……恐縮です」


「そうとなれば私から言うことは一つ。共に来なさい、司馬仲達。私と共に、この世を太平へと導くのよ」


「……」


「私にその力を、貸しなさい」



そう言って頭を下げた曹操。

言葉の外面こそは上から投げられたものであったが、そこに込められている意思は違った。

一刀は内心で焦りを覚えた。

未だ世に出ずいる一刀と比すれば、曹操は遥かに上の身分にある人間である。

そのような人物に頭を下げさせて良しとする、そういった教育は受けた覚えがなかった。



「私如きにそのような…頭をお上げ下さい、曹孟徳殿」


「如き、というのはやめなさい。貴方はその程度の人物ではないわ。その才を認め、欲し、何としても手に入れたい、そう私自身が思ったが故の行動よ」



頭を上げたままそう言った曹操に、一刀は己が非常に高く評価されたことを知った。

そのことに喜びを覚えぬことはない。

今すぐに了承の意を示し、彼女の元に馳せ参じることができたならば、どれほど良いか。

しかしそう思う一刀だからこそ、慎重にならざるを得ない。

"歴史"と違う行動をとって、不幸が降りかかる可能性があるのは己の身だけではない。

目の前の美しい少女——曹操の身にも起こることやもしれぬのだ。

蝶の羽ばたきバタフライ・エフェクトを甘く見るつもりは一刀にはない。

未来を知る異分子である自分の行動は、蝶のそれとは比較にならぬ程大きな影響を与えるだろう。


一刀は腹をくくった。

生半可な返事では固辞することは叶うまい。

当たり障りのない適当な返答をすることは、彼女の心を裏切ることにもなる。

己の矜持がそれを許さなかった。



「頭をお上げ下さい。……そうされたままでは、お返事をすることもできません」


「……そうね」



それで、返答は如何に?

視線で問うてくる曹操に、一刀は姿勢を正して口を開いた。



「この度のお誘い、誠に嬉しく思います。しかし……」


「——待って。何故なの?」



一刀の口調で返答を知った曹操は、言葉を遮って身を乗り出してくる。

射殺すような視線は、一刀のこれから述べる理由が生半可なものであれば真実となるだろう。

ごくり、と喉を鳴らす自分を幻視しながら一刀は曹操と視線を交差させた。



「私は、漢朝の命運が長いものと思って見ていません」


「!!……貴方……」



息を呑む曹操。

誰もがそう思っていても決して口に出せぬ禁忌。

盛り上がっていた二人の会話の中でも、敢えて触れぬようにしていたそれを。

迷いなく口にした一刀を、曹操は驚愕の目で見ている。



「故に、漢朝の重臣へと上り詰めていこうとする貴方に、今この時仕えることはできません。……ご容赦を」



そう言って平身低頭する一刀。

曹操はそれを見つめながら何も言葉を発しない。

動かぬ二人はまるで一枚の絵画のようであった。







如何程の時間が流れたか。

永久に続きかねぬと思わせる沈黙を破ったのは、曹操であった。



「……確かに、今の朝廷は長くはないでしょう。私も、そう見ているわ」


「孟徳殿!」



思わず声を荒げる一刀。



「貴方迄私に付き合う必要は……!」


「いいのよ。断る理由など、いくらでも答えようがある。それでもその本心を見せてくれたその誠意。それに応えずにいては、この私自身の誇りが許さないわ」



断言する曹操。

勝ち気な表情とその視線。物理的な力さえ籠っていそうなそれに、圧倒されるようなものを感じ、ただ黙していることしかできない。



「いずれ訪れる乱世。私は私の覇道をもって、それを統べてみせる。私のやり方で、太平の世を作ってみせる。官職など、不要となれば放り出しても良い。朝廷における地位など、私にとってその程度のものよ」



だから、司馬仲達。



「貴方の力を、私に貸して」



あぁ、なんだろうこの気持ちは。

自分がまるで、恐れを知らぬ少年かのように。

内から溢れ出す激情が、燃え盛る炎となって思考を焼いて。

震え出しそうになる体躯を懸命に押しとどめた。


そうだ、長く忘れていた。

自分は元来、"このようなもの"だ。

苛烈なまでの情を持ち、それに突き動かされる人間だ。

激情を内に押し込め、隠すことが上手くなっただけ。

父の教育によって、己の経験によって、鎖で縛っていたに過ぎない。

だから、この気炎こそが自分の本性で——それを満たすことに何の恐れがあろうか。


この地に、この世界に生まれついて十八年。

一刀は、真に己の姿を捉えた気がした。

熟慮した計画、未来図、その全てを——己の内に燃やし尽くして。

一刀はその一歩を踏み出した。



「——この司馬懿仲達。真名は一刀。曹孟徳殿の覇道にお使い下さいませ」


「ならば良し。我が名は曹操孟徳。真名は華琳。一刀、貴方はこの私が、私の覇道が引きうける。その力を存分に振るえ!」


「御意!」





























出仕が決まったとはいえ、すぐに一刀が曹操と共に行くわけではない。

見送りは不要と述べた華琳に、それならばこれからすぐに準備に入りますと言って一刀は去った。


屋敷を去る際、家主に挨拶をせねばなるまい。

一刀を召し抱えることが決まった際に感じた熱を冷まし、思考を整えた華琳は、一刀の父、司馬防の元に向かった。



「司馬防殿。お邪魔を致しました」


「いえ、とんでもございません。」


「……ですが一刀の当初の意思に反して、彼をもらい受けることとなります」


「……良いのです。私もあれが、我が子ながらいつまでもここで燻っているような器の人間ではないと見ておりました。今この時でも遅いくらいでしょう。一刀が躊躇っていたその一歩を踏み出せたのは曹孟徳殿、貴方のおかげです」



自分より遥かに年長でありながら、謙虚の姿勢を崩さない。

驕りの欠片も存在しないようなその厳格さに、華琳は一刀の起源を見た。

頷くしかない華琳に、司馬防は続ける。



「それに加えて申さば孟徳殿」


「……何かしら?」


「一刀が、家族以外に初めて真名を許した相手です。そのお方を信用せずにいる事などできませぬ」



これでも親でありますからな、とそこで初めて司馬防は笑みを浮かべた。



「一刀は幼少の頃から、童とは思えぬ程大人びた思考をしておりました。常に熟慮を忘れず、慎重さを崩さない。警戒心の強さも人一倍でした。そんな一刀が真名を預ける——果たしてそれはどのような感情故か」


「……」


「……これ以上は無粋ですな。曹孟徳殿。この私からもお願い申し上げる。司馬懿仲達を、我が子を、宜しくお願い致します」


「はい。我が名に、我が存在全てに誓って」




























固い話と宣言しといて、いきなり冒頭で恋愛風味を出してしまっています、すみません。

ですが、恋愛話は決して物語の中心とはなりませんし、それに話数を裂くことはしませんので、どうかご容赦を。

文章の長さとしてはどうでしょうか。

これくらいで良いのか、あるいは二つくっつけたくらいで丁度良いのか。

ご意見があれば宜しくお願いします。

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