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片割れと俺

暗くなります。注意。

「父さんを、消そう」


俺の片割れはそう言うと、そっと静かに目を閉じた。





父は俺らが物心つくころにはもう、優しい父ではなかった。

仕事はきっちりとこなし、近所付き合いもそつなくこなす。

「家族思いの優しい父親」として大きな猫をかぶっていたが、家では母に暴力をふるう毎日が続いていた。

仕事のストレスかしらね、と傷だらけになりながらも寂しげに笑う母は、俺らに父を嫌いにならないようにと何度も告げた。

母は昔の父の面影を探し続け、ここで暴力を受けることによっていつかは幸せだったころに戻れるのだと信じていた。

そのおかげなのか、父は、俺らには一切手を出さなかった。


何度も母に家を出ようと提案したが、父のダメなところを受け入れてあげられるのは私だけ、と頑なに逃げることを拒んだ。

そんな心優しい母が日に日にボロボロになっていく姿を見るのが嫌で、自分たちが家から出たことが何度もあった。

でも、未成年だった俺らは体裁を気にする父によって連れ戻されるのだ。

どうやら父の外面はとても良かったようで、俺らが話したことは誰にも受け入れてもらえなかった。


その間にも、母の傷は増えていた。


中学に上がり、この生活に限界を感じた。自ら命を絶ってしまえばこの現実を見なくて済むのではないか、とすら考えた事もある。


――そんな時、両親の知人だという人間が家に訪ねてきたのだ。

彼は自分のことを父と母の高校時代の同級生だと紹介し、俺らの頭をぐしゃぐしゃに撫ぜた。


男の人に優しくされた記憶がなかった俺らは、その温かさにほろりと涙を流して彼に全てを話してしまった。

けれどすぐに後悔した。この男は、父の友人である。

だから、優しい父を知っている人は、絶対にこんな話は信じないと。


そんな俺らの事を知ってか知らずか、神妙な顔をして彼は話を聴いてくれた。

嬉しかった。初めて俺らの話を馬鹿にせずに、笑わずに聞いてくれたことが。

そして気付いた。きっとこの人は父の深い友人であると。


彼はその顔のまま、くたびれたグレーの上着の懐から何かのチケットのようなものを2枚取り出す。

カラフルな色で、男の子と女の子が笑って手をつないでいる絵が描いてあり、真ん中には「タイムマシーン」と白抜きで大きく印字されている紙だった。

それを、俺らに手渡した。


「それは、タイムマシーンの試乗券だ。

 ついこの前、一般向けのタイムマシーンが出来上がったんだけど、知ってるかな?」


そのニュースなら見たことがあるし、駅前で号外も配っていた。

金持ち用のタイムマシーンの開発が始まって30年。実用化されてから8年。

微調整などの細かい作業が終わって、ようやく庶民向けの安価で乗れるタイムマシーンが完成したそうだ。

では、そのタイムマシーンの試乗券を何故この人が持っているんだろう。

きょとんとした二対の瞳に気付いたのだろう、彼は俺らに目線を合わせてゆっくりと話し始めた。


「実はおじさんはタイムマシーンを作っている会社に勤めてるんだ。

 ……本当は、君らのお父さんとお母さんに乗ってもらおうと思って来たんだが」


そこで言葉を切ると、少し迷ったように視線を漂わせる。

さっきの俺らの話を思い出しているんだろう。

が、心を決めたように俺らの目を見つめて小さな声で空気を震わせた。


「お父さんとお母さんに内緒で、タイムマシーンに乗ってみないか。

 優しい時のお父さんに会うこともできるし、全く違う時間軸に行くこともできる。

 ――ただし、これは試運転だから安全は保障できないし、何が起こるかもわからない。

 もし失敗した場合は……死んでしまう可能性もある。時間制限もあるし、行けたとしても帰ってこられるとは限らない。

 悪条件ばっかりで悪いと思う。それでもよければ、なんだが」


おじさんの言葉を反芻して、咀嚼し飲み込む。

――俺らがタイムマシーンに乗ることが出来る?

タイムマシーンに乗れば、優しかった父さんと幸せそうな母さんを見ることができる?

2人で目を合わせて意思の確認をする。多分、アイツだって俺と考えていることは一緒だ。

どんあに危険があったって、今の生活よりは良いに決まっている。

こんな魅力的な提案、蹴るわけにはいかない。

2人でおじさんのほつれたコートの裾を掴む。こんなチャンス、逃がしてたまるか。


「おじさん、タイムマシーンに乗らせてください」

「父さんと母さんが笑ってる姿が、見たい」


彼はそうか、と目元にシワを寄せて微笑むと、もう一度俺らの頭を撫でた。


「危険な提案しかしてやれなくて、ごめんな。

 ――試運転は3か月後だ。それまで、我慢できるか」


こくりと頷いた俺らは、これからのことに思いを馳せるのだった。




目の前が真っ白になった。

それからガクリガクリと上下に揺れて、シートベルトが腹に食い込み、椅子に叩きつけられる。

無理やり揺らされる頭とそれを支える首は限界まで曲がり、マブタはもう視界に何かを映すことをやめて瞳を覆った。

うえ、ちょっと気持ち悪い。遊園地のアトラクションだって、こんなに揺れないのに!

自分の片割れは大丈夫だろうか、と口を開こうとした瞬間。

先ほどよりも一段と大きく揺れた後に、身体が前に押し出され急停止した。

が、シートベルトの布が腹や肩を締め付けて俺を席へと固定する。

時空飛び越えるにも慣性の法則がかかるのか。なんて。無駄な発見をしつつ、目を開けた。

光が少し染みる……。


「おい、生きてる?」

「なんとか。タイムマシーンがこんなに不快なものだとは思わなかったよ」


無事に帰れたら、おじさんに文句言ってやろう。


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