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黒姫の奴隷勇者  作者: 分福茶釜
黒の王女と屋敷
7/21

籠室と勇者

 ぐしゃりと肉を切り裂くような音が聞こえた。しかし俺に痛みは無い。なぜなら俺と魔物との間に王女が割り込んできたからだ。


「おいっ!!何やってんだよ!?」


 鎌でつけられたのであろう。彼女の右腕にはパックリと開いた傷があり、そこから真っ赤な液体が流れ出て、腕のロンググローブを伝っている。とても見ていられるものではない。


「フライング・マンティスか……厄介だな」


 慌てる俺とは対照的に冷静に相手が一体何なのか突き止める彼女。腕から流れ出る鮮血はとうとう手から床まで滴り落ちている。

とても見てはいられない。俺は盛大に舌打ちすると王女の手をとって魔物から距離をとる。幸い魔物は追ってはこなかったのでそのまま台所を後にして、近くの部屋へと逃げ込んだ。鍵を閉めるのを忘れない。


「ったく……なんで、あんなことするんだよ!?」


 訳が分からない。なぜ下僕と蔑んでいる俺を助けたのか……どうせ俺など魔王の支配下にある地域の人間を懐柔させるために連れてこられただけの奴だ。魔王の娘でなおかつプライドの高そうなこの王女さまが俺を助けるなんてことは……


「質問の意図が分からんな」


「だから……何であんな真似したんだよ!?」


 彼女は俺が怒鳴ったことで眉尻を上げるが、静かに答える。


「ふむ、あのままだと貴様は確実に死んでいた……だから間に入ったまでだが?」


「それは理由にならないだろ!? 俺なんか助けるためにお前がわざわざ傷を作るなんて何のメリットがあるんだよ……」


「貴様何か勘違いしているようだが、私にメリットならあるぞ?」


「え?」


「魔王族の下僕になる者は、優れた戦闘力を持ち、知力に富んだ優秀な人材でなければならぬ。唯の凡人などには下僕など勤まらん。勇者が地下に囚われていると聞いて興味がわいてな……人間達から勇者と呼ばれた貴様の素性を調べ上げ、私の下僕にふさわしいと考えるに至ったわけだ」


「…………」


「私としては、魔力と剣術、体術にすぐれ、広い視野と柔軟な考えを持つ貴様を今ここで失うわけにはいかない」


 この状況でしかも魔王の娘に褒められても全く嬉しくないよ? いや……そりゃあ悪い気はしないけどさ……だけどもさ、……うん、一応相手は魔王な娘なわけだし。

 う~ん、いや実はちょっと嬉しいかもしれなくもない……いや、はっきり言おう、王女から高評価を受けていたことを知って、俺の顔がにやつきそうになっている。何だこの感情は……普通にうれしい!? いつも糞味噌に扱われていたところにもってこの言葉…………ギッタンギッタンに引き裂かれて、そのうえぐちゃぐちゃに踏みつけられた俺のプライドに清らかなる救いの光が差し込んだとでも言えばいいか?


「……と思っていたわけだが」


 ん? なんですか、まだ続きがあるんですか? 俺はいま非常に気分が良い。王女のこの偉そうな態度も今はぜんっぜん気にならない。


「いざ、連れて来てみれば、気は利かぬ上に、主である私への態度も悪い、それに魔物に対して無知な点が多く、楽観的、短絡的、役立たず、とんだ期待外れであった」


「…………」


 俺のプライドに差し込んだと思った光はレーザー光線だった。俺のプライドは呆気なく焼き尽くされてしまった。呆ける俺を無視して、彼女は自分の腕の傷にハンカチを応急手当のつもりなのか巻きつけている。


「あ、あのう……治癒魔法とか使わないんですか?」


 俺の問いに彼女は冷たい視線を俺に寄こす。そんな目で見ないでいただきたいです……


「私に魔法は効かぬぞ?」


「は? 魔法が効かないってどういうことだよ?」


「魔物とは魔法に対する耐性が他の種族に比べて著しく高いのだ。貴様も経験したことがあるのではないか? 人間ではひとたまりもない魔法攻撃を受けても魔物には少しの傷しか与えられなかったようなことが」


 確かに、いかに弱々しい魔物でも大規模な魔法ならいざ知らず通常の魔法使いや俺の使う魔法には何度か耐えることができていた。魔王と戦った時には魔法の発動すら満足にできなかったしな……


「私は魔王の娘だ。魔法に対する耐性は他の魔物に比べても高い。つまり私には治癒魔法も攻撃魔法も意味を成さぬ」


「それって、無敵なんじゃないか?」


 魔法が効かないとか……魔法使いが聞いたら泣きそうな言葉だな。

 しかし、俺の言葉に彼女はやれやれと言ったように部屋の隅に置いてあったイスに腰掛けると、面倒くさそうに口を開いた。


「貴様も見ていただろう? 私を殺すのは簡単だ。私の体を切り刻めばそれで済むのだからな。つまり、私を殺すのは魔法の使えない人間でもできると言うことだ。むしろ純粋に身体能力の高い者の方が、魔法に頼ることがない分厄介だな」


「でも、お前は魔法使えるんだから、それで身を守られたら物理攻撃もしにくいだろ?っていうかさっきの攻撃も魔法で防げなかったのかよ?お前の魔法ならあの魔物にも効くんじゃないか?」


 仮にも魔王の娘なら、魔物なんか目じゃないだろうに……


「……私の使う魔法はお前の使う魔法に比べても格段に力が弱い。先程のフライング・マンティスや、洗練された兵士に襲われればどうしようもない」


「は? お前の使う魔法が俺の魔法よりも劣る? 馬鹿言うな、無詠唱で影人間作ったり、剣作ったりするのは俺にはできないぞ?」


「……別に劣るとまでは言っておらぬが、…………戦に用いるならば貴様の者の方が格段に良いのだ。まぁ、それはおいおい説明するとして……」


 彼女は会話をいったん打ち切ると、イスから音もなく立ち上がる。唯それだけのことなのだが、彼女の品格の高さを感じさせる。


「フライング・マンティスは魔法に対する耐性が高く、魔法の扱いに長けておらぬゆえに攻撃は先程のような鎌を使っての攻撃…………」


「相性最悪ってことか」





 扉の向こうから、また何かが壊される音が響いた。

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