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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第壱部・壱章 先立旅発・なには ともあれ たびだちを
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第陸話 戦闘勃発・たたかいは いつも とつぜんに

 エサンの南門を見通せる高い建物の上で、彼は内心小躍りしていた。ホントは内心だけじゃなく全身で喜びを表現したいところだが、生憎足の下は見知らぬ民家だ。ガタガタやって、そこの住人にデカいネズミ退治をさせるのもなんだろう。

 よって彼の喜びはその視線に込められ、町に近づく黒いシルエットにぶつけられていた。

「やぁっと帰って来たなぁ…」

 そんなこと呟く怪しい青年、彼は“来訪者”だ。他と同じく、彼もあの国を目指している。…が、ここに来て路銀が底をついたのだ。

 こんな素性の怪しい旅の人間を雇ってくれる仕事場なんぞそうは無い。さてどうする、少しばっかりいかがわしい護衛の仕事にでも手を出すか、と考えていたとき、彼はそれを目撃したのだ。

 追いかけっこで遊ぶ子供たちがいた。その中の先頭を走る子供がメインストリートへと勢いよく飛び出したとき、運悪く乗り合いの魔動四輪が道を横切った。不幸な事故だな、と青年は思った。しかし、彼の予想は外れ、子供が四輪と衝突することはなかった。不自然にワンテンポ遅れてメインストリートへ飛び出した先頭の子供は、一瞬だけ不思議に他の子供と顔を見合わせ、そのまま遊びの世界へと帰って行く。

 …しかし彼は見ていた。その奥の路地で、子供たちに手をかざした黒マントを。今のは、動きを止める魔法。しかも呪文無し。あの黒マント、明らかに“来訪者”だ。

 これで、路銀が手に入る。“狩り”は初めてではない。この町に宿など一軒しかないのだから、泊まる場所だって割れている。

 喜び勇んで一晩経ち、この町唯一の宿屋に忍び込み、彼は黒マントがすでに出掛けた後だということを知った。

 一時の遠出か、別の町への出立か。青年は昨日の自分の“どうとでもなる”判断を後悔した。しかし他に選択肢は無い。彼は黒マントが町を出たという南門を張り込むことにした。3日経てば、別の行動を考える。

 そうやって張り込んだその2日目に彼は黒マントを発見し、初めへ戻るわけだ。

「待ぁってなぁ俺の路銀よぉ」

 静かに建物から飛び降り、ターゲットを追跡する。どこへ向かうつもりなのか、町の西部、比較的寂れた地域へと向かう黒マント。まあこちらにとっても一般人が居ないのは好都合だ。

 そのままいくつか角を曲がり、メインストリートの喧噪も聞こえなくなったあたりで、黒マントがくるりと後ろを振り向いた。背の高さから年齢はなんとなく予想できていたが、フードの下に見えたのが少女の顔であったことに少しばかり驚く。

「そこの…木箱の後ろ。…分かってるわよ」

 さらに驚くべきことに、こちらの尾行はバレていたらしい。無論彼だって追跡のプロなどではないが、それは向こうも同じ。一般人が一般人の気配に気づくのはそれなりに凄いことだろう。

「それじゃぁ何だ、俺ぇをここに誘ぃ込んだってぇわけかぁ?」

「…まあ、そうよ。…あと、その話し方…すごく、聞き取りづらいんだけど」

「生まれつきだぁ、ほっとけぇ」

 誰が好きでこんな喋り方するものか。それに、文字に起こすと読みづらそうだが、聞き取る分にはそれほど問題無いはずなのだ。ここで文句を言われる筋合いも無い。

「…で、何の用なの…? まさか、ストーカー…とか?」

「まぁそうとも言えるなぁ。…少々質はぁ悪いがぁな!」

 背中に隠した得物を、手前に構える。身長の半分ほどの金属棒。特別なものではない、今朝方町の廃材置き場から拾ってきたものだ。それでも十分凶器になる。

「目当ては…懸賞金、ね」

「分ぁかってんじゃぁなぃか」

 対して黒マントは手ぶら。恐らくは魔法オンリーで戦うタイプだろう。この手合いには、とにかく距離を詰めるに限る。

 両者間おおよそ10メートル。全力で走れば…

「…呪術・金縛り」

「おぉう!」

 ぴしっと、体が固まる感覚。相手によってはこれで終いだろう。…が、彼女が動きを止める魔法の使い手であることは知っている。体の固定を感じると同時、手首の動きで思い切り金属棒を投げつけた。

「…!」

 とっさに避ける黒マント。なかなかの反射速度だ。しっかり金属棒を視界に捉え、回避している。

 …作戦通り。

「閃光ぅ波!」

「っ!?」

 黒マントの顔すれすれを横切る金属棒が激しく光った。それに注目していた黒マントの目には、強烈な光が焼き付いたはずだ。これで、あちらの視覚はしばらく役に立たないだろう。

 こちらの位置把握ができなくなったためか、行動停止魔法も切れている。

 反射的に目を覆う黒マントに向かい、全力のダッシュ。同時に一言呟き、左手の指輪に宿る魔法を発動させておく。

「クシデヌライムチトラ、とぉ」

 パチという軽い音と共に、指輪が微かな光をまとう。魔法の道具がきちんと仕様通り作動したことを確認した上で、左手を握りしめる。そのまま黒マントの懐まで飛び込み…

「ちぃっと、寝とけぇ」

「! ぁ、ぐ…」

 勢いそのまま左拳を叩きつけた。とは言えまあ打撃に関しては素人の一撃なワケで、これに相手を気絶させる威力は無い。…一瞬遅れ、相手に押しつけられた指輪から放たれた魔法が黒マントを貫く。

 雷の魔法を封じた指輪、その名も“ビリビリの指輪”。触れた相手を麻痺させ、意識を奪うと同時に行動不能にする便利な代物だ。黒マントの体が一瞬固まり、次いでくたりと崩れ落ちる。

 この指輪、彼のような直接攻撃手段を持たない者には重宝する魔法道具だ。使用回数に12回と制限があるが、まあそれで特に困ることもない。記憶が確かなら、あと8、9回は使えたと思う。

「いっちょぉあがり、とぉ」

 まずは投げた金属棒を回収しておく。次いで、よっこらせ、と黒マントを肩に担いだ。見た目の体格通りの軽さである。

 あとはこのまま換金所まで連れて行き、自分が来訪者だとバレないように引き渡して…

「てえぇぇいっ!」

「のぶぉっ!?」

 突如わき腹に衝撃を受け、換金の算段はそこで中断されてしまう。思わず黒マントを取り落としてしまい焦るが、こちらはこの衝撃の張本人がしっかりキャッチしていた。

「カナちゃん、大丈夫っ!?」

 極々普通の旅装を纏った、髪の長い少年だ。ここまで全力疾走でもしてきたのか、肩で息をしながらぐったりとした黒マントに呼びかけている。

「安心しなぁ、そいつぁ寝てるだけだぁからなぁ」

「…そーなの? よかったー」

 初対面で口調にツッコまれなかったのは久しぶりである。この少年、なかなかのスルースキルを…

 …じゃなくて。

「しぃかし、そぃつに連れが居たぁとは予想外だなぁ」

「会ったばかりだもん」

「そぅかぃ。で、俺がぁそいつ連れてぇこうってぇ理由はぁ分かるなぁ?」

「…そりゃ、ね。僕も“来訪者”ってやつだから、さ」

 それも来たばかりの、だろう。この世界である程度生き永らえた来訪者ならば、そう簡単に自分の素性を漏らしたりはしない。

 どうも今日はツいている。来訪者をひとりしとめたと思えば、そこに現れたのが殻を背負った初心者だというのだから。…2人分の賞金があれば、このままベンフィード公国まで直行できるだろう。そうすれば、このろくでもないサバイバルともおさらばだ。

「なぁるほど、それぁつまりぁれかぃ、俺にぃ懸賞金2人ぃ分プレゼントってぇわけかぃ」

「さーねー」

 言いつつ、黒マントを地面に寝かせてこちらを向く少年。どうやらやり合うつもりらしい。これで、最も恐れていた逃げの一手も無くなったわけだ。

 自らの幸運に感謝しつつ、青年は再び金属棒を構えるのだった。


……


 不覚だった。そして予想外でもあった。投げつけられた金属棒が閃光弾代わりだったことも、攻撃用魔法道具を使ってきたことも、だ。

 金属棒については、まあ相手の作戦勝ちだとしよう。しかし、来訪者が通常の魔法道具を戦闘に用いるのは珍しい。そんなものより余程便利な魔法を各自持っているからだ。まさか、そちらを補助に使ってくるとは思わなかった。

「(…まだ、動けない…)」

 目の前では、双羽とあの青年が対峙している。青年の表情には余裕が伺えた。恐らくは、双羽がこの世界へ来たばかりだということがバレているのだろう。まあ、しょうがないか。

 …ちなみになぜ夕依が意識を失っていないのかというと、それには少しばかり理由がある。

 通常、あの雷魔法は麻痺効果と同時にショックによって相手を気絶させるものだ。そこで夕依はあの魔法を受ける瞬間、とっさに自分へと魔法を掛けた。“悪夢・火炙りの刑”。全身を火に包まれる、ような幻覚を見せる魔法だ。

 彼女の“悪夢”は五感全てを支配する。これにより、雷魔法のショックが夕依の脳を揺らすことはなかったのだ。まあ、麻痺が効いているため動けないことに変わりは無いのだが。彼女の魔法は、発動のために相手をしっかり目線で捉える必要がある。そのため金縛りなども使えず、意識だけは残したものの完全に行動不能と言ってよかった。

「クシデヌライムチトラ。よぅし」

 双羽相手には隠すつもりもないのか、青年は堂々と指輪の魔法を発動させた。大した自信だが、それも仕方の無いこと。相手は相当戦い慣れしているのに対し、双羽は素人もいいところだ。しかも彼は青年の戦法を知らない。勝負は見えている。

「(…なんで、逃げないの…)」

 つい昨日出会ったばかりの人間をいちいち助けていては、この世界を生き延びることはできない。

 情よりも、理を。ここで生き抜くための鉄則なのだ。

 今なら相手は夕依を置いていけないため、双羽は確実に逃げられる。あの箒魔法ならば、スピードで負けることはまず無いだろう。逃げてとにかくこの町から離れれば、危険も去るはずだ。

 …だが。

「(…声が、出ない…)」

 これらの事実を双羽に伝えることもできない。逃げてと、言えない。

「なーるほど、やっぱり電気なんだね。…思った通り」

 こちらの気も知らず、双羽は存分にやる気のようだ。小声でなにやら納得している。

 電気はどうでもいいから早く逃げて欲しい。

「どーやって確かめようかと思ってたけど、手間省けちゃったや」

 す、と箒を正眼に構える双羽。

 …なんだろう、この自信は。異世界という異常な状況に、まだ現実感が追いついていないのだろうか。

 無論そんなことに構わず、相手の青年は行動を開始する。

「まずぁこいつだぁ、そぃっ!」

「わわっ」

 ひゅん、と音を立てて投げつけられた金属棒を、双羽は器用に箒で弾いた。しかし、それではダメなのだ。その直後に、アレが…

「閃光ぅ波!」

 強烈な閃光が迸った。

 双羽は左手で目を覆っている。まともに受けてしまったらしい。だから言わんこっちゃない。

「は、残念だぁったなぁ」

 青年の左手が、双羽の無防備な脇腹に押し当てられる。とっさに双羽は箒を回し、青年にその柄を押し当てた。が、そんなもの関係無い。

「ちぃっと、寝とけぇ!」

 指輪より、青白い雷が発された。ぱちん、と乾いた音が響く。

「ぅあっ…!!」

 一瞬間を置き、双羽の体が崩れ落ちた。

「ぅ、ぐぉ…!?」

 そしてそれと同時、何故か青年までもが地に伏せる。両者、意識はあるようだが起きあがる気配は見えない。

「(…???)」

 一体今、何が起きたのか。見ていただけの彼女には何が何やらさっぱりだったが、そんな彼女にも分かることがひとつだけある。

 …この勝負、結果はまさかの引き分けであった。


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