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剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第弐部・壱章 闘競邂逅・きのうの てきは なんとやら
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第陸拾伍話 秘通密会・ぼーい みーつ おっさん

 最近にしては短め。初期はもっと短かったんですけどね。

 眼前に迫った剣先を、しかし慌てず騒がず最小限の動きで回避。具体的には首を傾げただけなのだが、耳をぎりぎり掠めない位置に剣閃が走る。ここで刃を返し首筋を狙うのは2流。そう見せかけて別の手を潜ませるのが1流だ。

 …が、残念ながら相手は3流以下だったようである。2の太刀に繋げるどころか、空を切った剣に体が引きずられ急所をさらす始末。これで誘いならなかなか豪胆な性格だけれども、とか思いつつそこに拳打を打ち込む。斬り上げなかっただけ優しいと思ってもらいたい。

「勝者、セネアック・ハザルト!」

 崩折れる対戦相手を特に確認もせず、石畳を立ち去る。

 …こう書くとまるで赤子の手を捻ったように見えるが、決してそんなことは無い。相手の小柄な女性は撹乱技能を戦闘技術にまで昇華させており、広域戦に付き合ってしまえば危なかった。単に、剣術勝負という得意の土俵へと持ち込んだセネアックが勝利を収めただけである。

 1回戦こそ出場者間の実力差が大きくあっという間の決着が多かったが、現在進行中の2回戦は泥沼試合も多い。本戦全試合の半分以上が1回戦として消化されたはずなのに、2回戦の実施時間は既に1回戦全戦を超えている。流石本戦とでも言うべきか、勝ち残った者の実力は総じて高い。

「こちらへどうぞ」

 係員の案内に従い石畳を離れた後、セネアックは観客席へと向かう。先程までいた席に着いた時、丁度アディルが席を発つところだった。

「俺っちもそろそろだからな。行ってくるぜ」

「了解。要らないところで負けないように」

「だーれに言ってんよ!」

 かっかっか笑いながら出場場所へと向かうアディルを見送り、セネアックも腰を下ろす。次の対戦者は二人とも頭までローブだが、戦闘方法が全く違うということは見知っている。片方は風魔法を用いた3次元高機動砲台。もう片方は小盾2つによる回避を主体とした長期戦型。なかなか面白い試合と相成りそうだ。始めの合図と同時、早速浮き上がった砲台と身構える小盾を見やりつつ、少しアディルのことを考える。

 セネアックが1戦目へと向かう直前、彼の様子が何やらおかしかった。結局セネアックが戻った頃にアディルはおらず、両者一戦終えての合流時には元の通りだったのだが。タイミングから考えて、あの箒の少年が要因ではないかとセネアックは考えている思われる。確証は無いのだが、どうも少年とアディルとは元からの知り合いらしい。彼らの間に、何らかのやり取りがあったのではないか。

「お、投げた」

 一時膠着していた試合模様だったが、スタミナ切れか砲台の連射が緩くなった瞬間、動いた。小盾使いが盾を投げつけたのだ。一瞬賭けに出たかと思ったが、その綺麗な軌跡から見て手札の一つ。高速回転により空中にありながらにして魔法をすら弾くそれを射線封じに使い、盾使いが急接近を試みる。

 対して砲台、一旦詠唱を空中機動のみに絞り高空へと離脱。流石にその高度を維持するためには攻撃魔法の詠唱まで手が回らないらしい。砲台は連続詠唱によりただただ高度を稼ぎ、対する盾使いは落ち着いた様子で地に待つ。均衡から、大きな溜め。双方次に終わらせる心づもりらしい。

 ある高さで砲台の上昇は止まり、緩やかな放物線を描いた後落下が始まるまでの間に詠唱を再開する。そのままいくつか空気の弾丸を発生させ、それらと共に落下を開始。待ち構える小盾と、魔法の補助無しで突っ込む砲台。

「なるほど…飛行魔法を落下軌道の調整のみに使うのか。魔法着弾の反動で自身は浮くつもりだろうな」

 先を予想する間に砲台の一撃は地へと突っ込む。無駄な回避を諦めた小盾と真正面から激突し、炸裂する爆風。一瞬土煙で視界が消えたが、セネアックはしっかり顛末を目で追っていた。

 視界が明瞭となった後、広がっていた光景はセネアックの予期通り。小盾の使い手が横たわる砲台を見下ろす構図だった。いくら威力があれど、回避主体の相手に直線突進は無謀の極み。強力な手札ではあったが、きるタイミングを間違えたということである。

「受け流しが主体の相手…戦うなら、威力より手数重視だな。距離はむしろ詰めるべきか」

 もし対戦相手となった時の対策を考える。まあセネアックがあの盾使いとやり合う状況とは即ちアディルの敗退を示すわけで、またそれはほぼあり得ない。アディルの方が数枚上手なのだ。大番狂わせを想定する意味も薄い。…それでも対策など考え重ねてしまうのは、もう一種の癖とか習性みたいなものだろう。一応剣で飯を得ようと画策している以上、職業病とも言える。

「…ん。早かったな」

 その後の試合は非常に素早く終了した。実力差というよりは、一発屋同士という組み合わせの関係だろう。大技のぶつかり合い一つで決着がついてしまったのだ。

 さて次は、と見る石畳の端に、何やら見知った人影。アディルである。どうやらセネアックが観客席へ戻る間に1試合終わっていたようだ。

「相手は…また変なのが出てきたな」

 右手に紐付き棒、腰に大量の革袋。歳の割にひょろっとした男である。いやまあ老け顔という可能性も否めないが。見覚えが無いということは、1回戦を見逃していたのだろう。

 武器に目を向ける。セネアックの記憶が正しければ、あの紐付き棒は投石器だ。熟練者が扱えばそれなりに連射も効くが、いかんせん威力に劣る。壁の多い屋内などでは威力を発揮するだろう武器であり、この広い試合会場に向いた得物とは言い難い。しかし、ここまで来た男が単なる雑魚とも考えづらいわけで…

 そんなセネアックの思考など関係無しに試合は始まる。真っ先に動いたのは投石器の男。思った通り素早い手つきで球を装填し、構え、振りかぶり。そして手を振りおろした瞬間、前方で轟音が発生する。目にもとまらぬ速度の球は盛大に石畳を穿っていた。というか何だあの直線軌道。

「…思い出した。始まった瞬間、似たような轟音で終わった試合があったな」

 あの時は手で投げていたはずなのだが、こちらが本気ということか。アディルはと見れば、何とか避けたらしいが体勢が崩れている。そんな彼に向け、第2射。…の寸前で、試合は終了した。突如投石機の男の足元が炸裂し、そのまま吹き飛んだのだ。アディルは片手を向けているが、恐らくあれは設置式の魔法。1回戦で仕掛けていたのだろう。なんだかせこい気もするが、バレてないなら文句も言うまい。

 結局その日はそこで本戦初日終了ということになった。まあ大体例年通りとのこと。二日目は3回戦から決勝までとなり、試合数こそ少ないが長引くのだそうだ。以上宿のおばちゃんに夕食がてら聞いた話である。

「案外詰まっているんだな。明日は出番が多くなりそうだ」

「あら、あんた達二人ともまだ勝ち残ってたの。人は見かけによらないわね」

「ザコっぽい雰囲気で悪かったなちくしょう。明日は祝勝会の準備して待ってな」

「あの程度相手に負ける気はしない」

「強気ねぇ、あんた達。ま、明日は落ち込む分今日騒いでいきなさいな」

「よっしゃ、んじゃあ俺っちはあの酒…」

「あ、私は明日に備えて寝るので」

「あんたは真面目ね」

 あまりバカに付き合いすぎると体調を崩すのだ。独りよくわからないこと騒いでるアディルを放置し、晩の分のお代を支払う。

 部屋に戻り、着替えと水浴びだけさっと済ませてすぐに寝る。そこまで勝ち進みたいと願っているわけではないが、“寝不足で負けました”など我慢のなる結果ではない。明日の試合を思い浮かべ、対策を練る内に、セネアックの意識は静かに閉じていった。


……


「…寝たかね」

 自身の気配を消さずしかしおさめつつ、アディルは壁向こうの様子を窺う。別に覗き見をしているとかいうわけでなく、これまた気配を読んでいるだけだ。呼吸のリズム、微小な動きを読み取り、寝静まったと判断したところで静かに起き出す。このタイミングでも部屋への侵入者などあればセネアックはすぐに目を覚ますだろう。しかし、隣室の窓から人一人抜け出した程度じゃ起きはしない。

 宿へ戻った時に仕掛けておいた風魔法を踏み台に無音で着地、そのまま石畳を駆ける。予め決めた番地までほとんど人とはすれ違わない。日が落ちてしばらくという時刻もあるが、それ以上にアディルは人通りを避けていた。別にそこまでお忍びの任務だとかそういうことは無い。一般の街人に見られたってどうということも無い用事だ。単に気分というか、心の持ちようの問題である。

「さーて、あいつらは…まだか?」

 しばらく走り、目的地の家屋へと到着。少し前から空き家であるそこに人の気配は無い。住人がいないのはまあ勿論として、待ち人もまだということだろうか。

 …そんな疑問と警戒のもと侵入したためだろう。扉を開けてすぐ、アディルは妙な気配に気づく。ある地点に、ぽっかりと空いた穴。誰もいない、しかし、あまりに空白過ぎる。

「…おいおい、隠れてお出迎えってのはちっと趣味悪くねーか?」

 半分以上は単なるカマ掛け。確信より違和感を根拠の問いかけだ。

「ありゃ、バレてる。カナちゃん、ちゃんと魔法掛かってた?」

「…やってたわよ」

「ほへー、すごいねー…えっと、アディルさん?」

「へいへい、お褒めに預かり光栄です、っと」

 今のも来訪者の魔法というわけか。つくづく規格外の化け物共である。殺気なんぞも込みで気配を消す魔法、世の暗殺者垂涎の逸品だ。

 とまあ気付いてすぐこそ不意打ちの可能性を考えたが、この二人から害意の類は感じられない。…ぶっちゃけ少年の方はそんなのあんまりアテにならないのだが、黒マントに物騒な気配が無いのなら今のところ問題無しだろう。彼女はそこまで腹芸の得意な性質でもなさそうである。

「で、急にこんなとこ呼び出して何の用かな? さっきの質問の答えとしては、“ついこの間敵だった人に呼び出されたら警戒もする”ってなるんだけどね」

「そりゃ悪かったな。だがこっちも事情というやつで、知り合いに見つかったまま放置ってわけにもいかんのよ」

 言葉に反応し、黒マントが警戒を強める。しかし少年の方は何やら納得し、逆に警戒を緩めた。

「ふーん? …隠れて行動中にまだ味方とは限らない相手に目撃されてさあ大変、ってとこかな。それなら僕たちに危害を加えるわけにもいかないよねー」

「どこで事情聞いてきやがったと問い質したいとこだが、まあ概ねそんな感じだ。目立つわけにもいかねーんでな、どんぱちやるって選択肢も無い」

「の割にあんな大会出てたけど?」

「…予戦で消える予定だったんよ、ほんとは」

 まあ確かに、目立つ云々というのは今さらな気もする。

「で、この状況何とかするために件の来訪者と接触してみました、ってのが今の状況なわけよ」

「つまりノープランってことだね」

「何言ってんのかよく分からんが」

「もちょっとよーするに、何も考えてませんでした、で正解?」

「詰まるとこそういうことだ」

「なるほど了解」

 この少年、話が早くて助かる。黒マントの方はさっきからほぼ口を開いていないが、交渉事は箒の方に任せると決めているのだろう。多分。こちらとしても、ばらばらに話すより余程やりやすい。

「なんでまずはだな。お前さんたちの立ち位置明確にしておきたいんよ。どーも前回俺っちとやり合った時とは状況が違うみたいだからな」

 アディルの記憶が確かなら、この一行は4人組だったはず。まあこれに関しては彼も多少情報を持っているのだが、じゃあなんでこの二人だけ別行動なのかはいまいち判然としない。そもそもこの街はあの船舶レースからゲィヌシンへの道筋としては不自然に過ぎる位置なのだ。仮に何らかの理由でこちらを通るはめになっていたとして、大会にまで出場する意味も無い。

 因みに、ベンフィードの一員として取り込まれてるという説はもっと無い。そうであれば、少なくともアディルのところへは連絡が来るはずなのだから。

「なるほどねー。…うん、確かにあれから色々あったよ。何から話そうかな?」

「さっきも言った通り、俺っちが気にしてんのはお前さんたちの立場とかそういうやつだ。そこんとこ軸にまとめてくれんかな」

「りょーかい。んじゃね、あの時いた4人のうち残りの2人だけど…」

 基本的には少年が話しつつ、偶に黒マントが補足を入れる。流石に説明は分かりやすく、アディルとしても欲しかった情報は大体手に入った。

 彼らは公国に属すること無く、しかし離脱することも無く、中途半端な立場で観光をしているのだそうな。しかし路銀が不足してきたために、恒常的な収入の確保を目的にこの街の大会へと参加したとのこと。

 本当に必要な事項のみを書き出せば、大体こんな感じだ。今ここに居ない二人は、アディルの受け取った連絡通り公国のもと働いているのだそうな。

「…つまり何だ。結局お前さんたちが敵でも味方でもない以上、俺っちの状況変わってねーんじゃね?」

「そーなるねー。ま、僕たち別に君のこと誰かに話す気無いけど」

「それ信用しろってか?」

「…そーなるよねー」

 正直なところ、彼らは信用に値すると思うのだ。今語られた話がまるきり嘘でないのは確かであり、そうである以上彼らがどこかに情報を流すメリットも無い。しかしながらこれは半分勘、頭から信じ込むわけにもいかないのである。

「ってことで、僕から一つ提案」

「んだ?」

「僕たちの目的も、君の目的も同時に達成できちゃう方法。ひとつだけ、思いついたんだよね」

「…気になるな。もったいぶらず教えてくれんかね」

「それはねー…」

 聞いた直後こそ、何言ってんだこいつと思ったものだ。しかしまあ考えてみればそれは妙案であり。そして後々考えるに、あれは何らかの導きとかそういうヤツだったのではないかと。まあ、アディルは思うわけである。

 しかしそれはもう少し先のこと。その前にまず語るべきは、次の日。大会準々決勝の話である。


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