第陸拾肆話 交差遭遇・にあみす
どうでもいいけど題名が難産でした。今後変える可能性有り。
メニェシネチク武闘競技大会の本戦は、そのバカ高い賞金量において有名だ。本戦出場時点で一般人が1月廻り暮らせる額が得られるが、トーナメント式の試合を勝ち進む度その額は倍となる。本戦参加者人数は多少増減することもあるものの、それでもおおよそ64人。単純に計算すれば、優勝者は64月廻り分もの生活費を得ることになる。しかも上位入賞者は運び屋としての免状も少しランクが高いのだ。参加人数の多さも納得の太っ腹賞品である。
「ついでに、賞金はゲイヌシン通貨のウウィでなくて共通通貨レエワでの支払いだと聞く」
「なるほどなぁ。ま、確かに運び屋免許目当ての旅人にゃそっちのが嬉しいわな。両替の手間が省けら」
以上、『賞金貰ったらパーっと使いきるか!』などとのたまったアディルに対しての金額説明である。初戦敗退したって一晩で使い切るには骨が折れるだろう。
「というか、あなたは賞金額もろくに知らずに出場したのか」
「予戦で消えるつもりだった、って言ってんだろうよ。本戦関係無けりゃ賞金も関係ねぇ」
「まあ、確かにそうだが」
なおこの情報、知る人ぞ知る、なんてことも無い競技大会要綱に記載された内容である。読み書きできるんならそのくらい読めと言いたい。
「…しっかし暇だな本戦ってのは。トーナメント、だったか? 自分以外がやってる間待たなくてもいいじゃないかね」
競技大会は本戦を迎え、というか既に第2試合が終了していた。今は第3試合のはずである。なおセネアックは第24、アディルに至っては31試合目だそうで、暇この上ない。
「外出は許可されていたはずだが?」
「自分の出番には戻ってねぇと失格負けだぞ? 予戦みたくこう…転送装置使って全員集合、とかできねぇもんか」
「あれは闘技場内限定の装置だったはず。街全体を対象範囲とする転送装置となると…まあ、現実味が無いか」
「賞金一晩で使い切れるじゃないの」
「下手すると優勝しても足りないが」
各選手毎に控室が用意されているのだが、快適な牢屋と言えば伝わる程度に殺風景である。暇を潰せる物など何も無い。本来なら精神集中などを想定しているのだろう。だが、暇過ぎて暇過ぎて無駄話なんかに興じている参加者も一定数いるはずだ。そんな手合いは何をしているのだろうか。
「…ああ、そうか」
「あん、なんだ?」
「いや、他の参加者はどうしているのかと思って。多分、試合観戦でもしているのではないかと」
「観戦券持ってねぇから、下手すりゃ立ち見だぞ?」
「…本戦出場者は、同時に観戦券購入と同じ扱いになっていたはず」
「…マジか。知らなんだ」
「要綱を読め」
どうやらこの超絶暇空間、誤解と先入観の仕業だったようである。このまま部屋に籠る意味は特に無いため、双方連れ立って観客席へと向かった。
馬鹿みたいに広い観客席だが、区画分けされた上で各区画の空席状況を知ることができる。まずは大会受付で空席のある区画を教えてもらい、場内転送装置とやらで闘技場の反対側へと跳ぶ。そこから階段を上り、係員に本戦出場者の証を見せて扉を潜る。…天井は無くなり、眼前には広大な観客席と本戦の戦闘場所ともなる中央の巨大石畳が広がった。すり鉢状の観客席、その中程の位置に顔を出したようだ。
「ほほー。なかなか壮観じゃないの、こいつは」
「私は予戦のときに一度こちらに出たけれど。まあ改めて見ると、確かにすごい光景だ」
見まわし、並んで空いていた席を適当に選び座る。通路を背にした端席だ。座席の前に設置された球に手を置けば、石畳のある部分を拡大した光景が眼前に浮かび上がった。この席は中央の石畳から非常に遠いため、遠見の魔法道具が設置されているのだ。視界を廻らせれば、石畳の上に限り見た方角の景色が拡大される。
「…しかしまたさらっと精密な魔法具置いてんな。いくらだこれ」
「初戦敗退では足りないと思う」
「だよなぁ。そんなもんを、一体いくつ置いてんだよ…」
高額賞金を苦も無くばら撒くその財力の一端を、ここでも垣間見ることができた。金持ち恐るべし、である。
「まあそれは今いいか。試合はどうなってんだ?」
「…丁度今しがた、3試合目が終わったそうだ。4試合目の準備をしているらしい」
「おい待て、その最新情報誰から聞いたんよ」
「今後ろを通りかかった移動販売員だ」
「何その情報収集能力」
話す内、第4試合の準備が完了したようだ。対戦者は長い槍を持った軽装の女性と、重装備とはいかないまでも鎧を身に付けた盾の戦士。鎧の方は顔まで覆っているため分かりにくいが、動きと体格からして恐らく女性。動きは悪くない。
「なあ、セネアック。どっちが勝つか賭けしねぇか?」
「賞品は?」
「んなもんあるか。んじゃ、俺っちは槍の方な」
「…なら、私は盾の方か」
改めて見る。で、思う。これでは賭けにならないのでは、と。
案の定、試合の決着は早かった。両者共に一定以上の手錬である。一瞬で、とはいかない。だが、試合の流れが変わることは終ぞ無かった。
盾を前面に長剣を構える鎧に対し、槍使いは遠心力を軸とした舞のような動きで攻め立てる。力の通し方が巧いのだろう、盾で受ける度微妙に体勢を崩される鎧は最後まで反撃に出る機会を得られず、僅かな隙を突いた槍使いの勝利と相成った。
「うし、俺っちの勝ちだぜ」
「待て、今のは余りに結果が見え透いていた。次は私が賭け対象を決める」
「よーし、どんとこいや」
次の勝負は魔法を主体とする者同士の激突だったが、試合開始を告げるコイントスが地面へと落下した瞬間にはセネアックの選んだ選手が勝利を収めていた。正直あれだけ魔法の錬度に差があると、勝敗予測を間違える方が難しいものである。
現状1対1だが、これで納得する彼らではない。自然とそのまま交互に賭け対象を決めることとなり、同時に勝利者も交互となる。未だ両者の実力に差のある組み合わせが多く、彼らの目を通せば勝負の途中経過までほぼ一目瞭然だった。しかしそこはそれ。別に勝って何があるということの無い賭けだが、彼らは両方結構な負けず嫌いである。お互い勝利者を的中させつつ大会は進み、第19試合が始まろうとしていた。片や巨大な斧を持ち、なおかつ魔法も扱えそうな巨漢の禿げ頭。もう片方は小柄な少年であり、銀色の奇妙な武器を持っていた。少年も本戦出場している以上只者ではないのだろうが、体の鍛え方が圧倒的に足りなさ過ぎる。魔法を使う者にしたって、あれでは最低限の敏捷性も確保できないだろう。
「…禿げ頭の方だ。あの奇妙な武器は気になるが、力と速度両方で少年に勝ち目が無い」
「ほっほう…なるほど? んじゃあ俺っちは喜んで少年に掛けさせて貰おうかね」
…妙だ。先に述べた通りゆえ、前の試合まで、賭け対象が決まった時点でもう片方は諦めの空気を纏っていた。ところがどうだろう。セネアックとしては迷う余地も無く決めたというのに、今回に限りアディルに余裕がある。つまり、ここにきて初めて意見が割れ、まともな賭け成立となったわけで。
「随分な自信だな」
「おうよ。…お前さんも、目ぇ離さん方がいいぜ? 多分面白いもん見れっから」
「そこまで言うならば…楽しみにさせてもらおう」
言葉を受け、真剣さ2割増しで今始まろうとする試合へと目を向ける。審判がいくつか合図を行い、次いで投げ上げられる硬貨。…そして、終わる試合。観客席を一瞬にして驚愕で彩り、勝者である少年は悠然と会場を去って行ったのだった。
……
人が集まれば、当然それだけ騒がしさも増す。軽く何千という人間を収容可能なこの闘技場もその例に漏れない。常時ならば喧騒の絶えないであろうこの場所は、今しがた常のざわめきを取り戻したところだった。
一時観客席ほぼ全域へと静寂を投げてよこした張本人は既に中央の石畳を去り、相対した巨漢も運び出されている。ついでにアディルの横で観戦していた若者の姿も無い。出番が近いということで一足先に会場へと戻ったのだった。因みに賭けはそこで終了し、アディルの勝ちという結果を残している。
そのセネアックも、第19試合終了直後には楽しい間抜け面を晒してくれた。ただし恐らく、驚愕の理由は他の大体数と全く異なる。巨漢を少年が倒し得たこと、そしてその途中経過を認識できなかったことが先の静寂の要因、その大部分だ。だがセネアックには、一瞬で背後へと回り込んだ上で急所を正確に一撃した後わざわざ初期地点まで戻ってきたあの一連の経過が全て見えたことだろう。あの肉体強度では決して成し得ず、なおかつ詠唱の欠片も認識できない超高速機動。それは即ち、“有り得ない現象”である。若者の混乱もまあ、致し方ない。アディル自身、知らなければ同じ反応を返したはずだ。
「…ま、知ってるってことでの面倒ってのもあるんだがね」
さて。そろそろ始まりそうな第20試合目に意識の1割程度割きつつ彼が悩むのは、突如任務の場に現れた顔見知りな来訪者の処遇についてである。一応隠密任務である以上接触は好ましくないのだが、残念ながら既に身を隠すタイミングを逸していた。そのまま出場すれば確実に箒少年の目に留まるだろう。出場せず雲隠れすれば大会運営に呼ばれてしまい、存在を気取られる可能性が濃厚。詰んでいる。
「つーかアレよな。本戦出場者一覧とかでもうバレてるってな可能性も有りか」
アディルは船舶レースでの戦闘時に名乗っている。月廻り一つは前の話だが、あれだけ衝撃的な出会いだ。忘れられているだろうという予測は望みとしても薄いに過ぎるだろう。
「どうすっべや」
つい妙な訛りが口をつく程度にアディルは悩んでいる。考えても考えても解決策が見当たらない。魔法の精密射撃とそれを捌く軽鎧を視界にだけは収めつつ、もう少し真面目に考え、案を練る。
状況が詰みかけてる場合にまずすべきは、最悪の想定。今回に関して言えば、向こうは気付いている上で反対勢力か何かに任務情報を横流しされている可能性。…ああいや、コレはもう終わってる。想定してもしょうがないやつだ。
「(箒少年は気付いていて、その上で何らかの理由で動いてない、ってのが次かね。気付いてないってんなら、最悪今から出場辞退しに行くという手もあるわけで)」
まあ、出場辞退についてはセネアックという障害を増やすことにも繋がるので最終手段だ。彼に納得させつつこの場から姿を消す方策は思い当たらない。なら、箒のが動いていない場合の対処は。その、“動いていない理由”に因る。では理由を知る最も手っ取り早い手段は?
「…直接聞く、だよなぁ」
盛大に遠回りしつつ得た結論にがっくりとうなだれる。状況がこうも詰んでいるならば、いっそこちらから接触を持った上での事態打開を目指そうかと。そう考えた時もあった若い頃を否定しようと悩んでいたら同じ結論に辿り着いたわけである。逃げ場を自前で潰したに等しい。
しかしまあ、結論が出ただけ良しとする。次は具体的にどう動くかだ。まずセネアックに勘付かれないよう、出場者として不自然なタイミングでは動かない。かつ必要以上に目立たず、接触を得る方法も何か…
…魔法にじわじわ削られる鎧を横目に、試合模様なんぞ忘れて計画もどきの構築に没頭するアディルであった。
……
メニェシネチク武闘競技大会の本戦も佳境を迎え、特徴の無い若者が卓越した剣捌きを披露していた丁度その頃。ゲイヌシンのとある宿に、3人の人物がいた。
構成としては青年2人に少女が1人。少女がベッドに腰掛け、青年のうち一人は戸の前に、もう一人は椅子へと腰を下ろしている。視線の向きなどを観察すれば、ベッドの少女と扉の青年がワンセットであることはすぐ分かるだろう。敵対するわけでもないが、全面的な信頼もまた遠い。彼ら2人と椅子の青年との関係は大体そんな感じだ。
「つまり簡潔に纏めるとだね。俺たちはそちらに今後しばらく情報提供する用意がある。特に今、君たちが必須とする重要な情報を握っている。で、欲しい物は特に無い。以上だよ」
「見返ぇりも求めずにぃ情ぅ報提供だぁ? そぉう信じられぇる話ぃじゃぁねぇなぁ」
「ま、そうだろうね。タダより安いモノは無い、って言うし」
言いつつ、椅子の青年、ことレイサンドは肩を竦めた。つい2年くらい前まで単なる高校生だった彼も、今では交渉事に動作のオプションなんて小技を追加するに至っている。相手には“くえない奴”なんて印象を与えたことだろう。そんなちょっとした印象が意味を持つかは未定だが、蒔くだけ徒労な種でもない。
「ただ、あれさ。俺たちとしては、外部に協力者がいるってだけで一つ利点なんだよね」
「…嘘ぁついちゃぁいねぇなぁ。だぁが、全部ぅも言っちゃぁいねぇ。せいぜぃ半分ってぇとこかぁ?」
「まあね。君も勘づいてはいるみたいだけど…そちらの蒼髪のお嬢さん。貴方が、もう半分だよ」
「ふぇ?」
部屋の人物3人目、綺麗な濃い蒼髪の少女に目を向ける。自分に話が向くとは思ってなかったのだろう。その眼には、疑問と訝しみのブレンド色が浮かんでいた。
が、残念ながらレイサンドの話し相手は間延び口調の不良青年だ。疑問の声を無視する形で、再び視線の向きを戻す。
「詳細は、まだ話せない。…というか、そちらのお嬢さんが俺たちより余程詳しく色々知っていると思う。彼女が話せない内は、俺たちもまた多くは語らないよ」
「なぁるほどぉ、こっちでぇ直ぇ接聞ぃき出せぇってぇわぁけかぁ?」
「へぅ!?」
じろりと向けられた視線に、先程とは質の違う短い声が上がる。一見すると少女と不良青年は従属関係か何かのようだ。しかし、これで彼らの間に一定の信頼関係が成り立っていることをレイサンドはよく知っている。彼女がいいと判断したとき、不良青年は真実を知ることになるだろう。
「まぁいい。こっちぁその条ぅ件でぇ問題ぃねぇなぁ。そぅもそも取りぃ決めだぁけ見ぃりゃ反対ぃすぅる理由ぅもねぇ」
「そりゃそうだよね。こちらも持ちかけた側だし、反対無し。じゃ、契約成立ってことでいいかな」
「まぁ口約ぅ束だぁがなぁ。…とぉころぉで、俺ぇたちにぃ必須ぅな情ぅ報ってぇのはぁ何だぁ? もう教ぇてもらってぇもぉいぃんじゃぁねぇか」
そう、その話だ。今回の本題である。
不良青年と蒼髪の少女、この二人と協力関係を結びたいというのは前からあった。そしてその思惑を計画として実行するに至らせたのが、今回得たこの情報なのである。
「いいよ。前置きは無しで、結論から言おう。…ベンフィード公国の上級兵士が、直接君たちの捕縛に乗り出した。この意味は分かるかい?」
元と言えばゲィヌシンで得た新たなパイプからもたらされたこの情報。所持如何でこの男女の行く末を左右するそれは、手土産として十分であり、また扱いを間違えれば即座に手を失う。言い換えればこれはレイサンド達にとって、絶好の機会であると共に後の無い状況でもあった。
「あぁん? ベンフィぃドってのぁあれだぁ、俺ぇたちをぉ呼んだぁとこだろぉ。今ぁまでぇの追手ぇと何かぁ違ぅのかぁよ」
「…違うね。そちらのお嬢さんは多少知っているみたいだけど」
経歴からして、蒼髪の少女が現状の危険度合いを知らぬということも無いだろう。逆に不良青年の方は、言ってしまえばただの来訪者だ。知るわけも無い、知らない方が自然ですらある。
…今までも彼らはベンフィード公国に追われており、公国の手配した追手を幾度か撒いているらしい。だがそれらは全て、あくまで雇われただけのゴロツキやら何やらだ。この街で蒼髪の少女を追っていた集団や、今ゲイヌシンの門を見張っている裏稼業の彼らもここに該当する。
対して、今レイサンドの伝えた“ベンフィード公国の上級兵士”。これは厳密にはゲィンナーデという軍事組織のエリートであり、以前友誼を結んだカークという男も立場としてはこれだ。
「で、まあ端的に言うとだね。この人たちは、とてつもなく強い。来訪者複数を一人で相手取る、と説明すればそのヤバさの一端は伝わるかな」
「…あぁ、よぉく分ぁかった。つぅまりぁ、ぶつぅかぁった時ぃ点でぇゲームぅオーバーってぇことだぁな」
即座に青年の顔色が変わる。何でも彼は他の来訪者に捕まったそうだし、そんな同類と複数対1を演じる困難さにはすぐ思い至れるのだろう。
「そゆこと。察しが良くて助かるよ。…で、そんなのが今一人、この街に入っている。これが、今伝えられる情報の全容だ」
「なぁるほどぉ…詰んじゃぁいねぇかぁ?」
「そこのところも協力は惜しまないよ。ま、貸しにはするけど」
「ちぃ。…まぁ、しょうがぁねぇかぁ」
「よし。じゃあ、とりあえずゲイヌシンからの脱出について計画を詰めよう。俺たちの仲間が既に何人か待機していて…」
持ち込んでいた魔道具も動員し、彼らを街から逃がす計画を練る。極力接触を控え、人目につかぬよう、そして行方の知れぬよう。
…またひとつの、すれ違い。ちょっとした出会いのはずが、ちょっとじゃない物語に。その発端の一つが、小さな宿屋にて始まった。
約1名超絶台詞の読みにくいのがいましたが、生まれつきだそうですので悪しからず。誰こいつって方は最初数話読み直してみてね。