表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣と魔法と世界と箒  作者: 久乃 銑泉
第弐部・壱章 闘競邂逅・きのうの てきは なんとやら
63/68

第陸拾弐話 緒戦開催・それぞれの よせん

 いわゆる“ファンタジーものにおける戦闘系大会”の定番からは少々ずれて進みます。一応、念のため。

 メニェシネチク武闘競技大会の予戦は、全出場者を2つに分けた遭遇戦として行われる。闘技場全域を舞台とした数百人もの猛者によるサバイバル戦闘は見応え抜群。各予選ほぼ丸一日の長丁場であるにも関わらず、毎度観戦券は売り切れ必至だそうだ。

「…そーいう情報ってやつは、とっとと言っておいて欲しいもんだよなぁ…」

 さて。そんな訳で、大会開催3日前にゲイヌシンへ到着した者が予戦を観戦するのは非常に困難である。それ即ち、観戦券売場でうなだれる彼にとって、予戦見物はほぼ絶望的という事実に等しい。

 本戦ならば闘技場の膨大な観客席の数だけ観客が動員されるとのことだが、残念ながら今回の目当ては予選出場者なのである。本戦そのものに興味はあるけど用事は無い。

「なあ、どうにかしてこう…あれだ、立ち見とかできね? チケット分金出すからさ」

「できませんね。立ち見込みでの観戦所収容人数です」

「そこんとこ何とか…」

「なりません」

 観戦券売り場の釣り目係員には素気無く振られ万策尽きる。癖になりそうな冷徹ぶりだ。

 ふと周りを見れば、別の窓口でも同様のやり取りが散見できた。手慣れた対応からして毎度の風物詩なのだろう。

「くっそ…どうすんべ。こりゃ忍び込むしか…?」

「係員の前で度胸ありますね」

「あ、いや、すんません」

「いえ。…どうしても、とおっしゃるのならば、今からでも予戦を見ることのできる方法がありますよ」

「え、マジで!?」

「マジです。お勧めはしませんが」

 落として上げる。この係員、釣り目のくせになかなかどうして人の扱いを心得ているではないか。

「で、んの方法ってのは」

「簡単です。貴方も予選に出場すればいいのですよ。無論敗退すれば即退場ですし、生き残りつつ観戦というのもかなりの無理難題…」

「うし、出場受付ってのはどっちよ」

「…即決しますね。大会出場受付は、あちらの階段を上ってすぐです」

「よっしゃ、んじゃ行ってくるわ。あんがとさん!」

 目から鱗というか、なるほど、大会に出場してしまえばいくらでも観戦できる。しかも格安。観戦券分の予算は上からおりているので、むしろ儲けが出るだろう。“出来るだけ目立たないように”との指令こそ受けたが、別に出場するなとは言われていない。適当なところで負ければ済むだけの話。

 教わった出場受付で用紙を貰い、必要事項を書き込む。出身地は記入自由とあるので空欄、でいいとして。

「名前、か…」

 流石に氏名は必須事項となっていた。が、少々後ろめたい事情があるため、名を明かすのは躊躇われる。かといって偽名は下手をすると余計目立つ上に色々面倒であるからして…

「まあ、いいか。…アディル・バクハリ、っと」

 悩んだ末、本名で登録することにした。まあ、そうそう知り合いなんぞに鉢合うことも無いだろう。それに、どうせ予戦で消える名だ。

 一通り記入し切った用紙を提出し、そのままアディルは受付を立ち去る。肩の荷も一つ降りたことだし、用事の無い場所に長居もすまい。そんな、特に何ということの無い、通常の判断。

 …しかし、これを原因としてとあるニアミスが発生する。無論、彼がそんなことを知る訳も無い。ゆえに、彼がこの時の行動を後悔するのは…もう少しばかり、先の話である。


……


 いきなりだが、セネアックは自身を“比較的不運な人間”と評している。昔から何かと小さな騒動やら事故やらに巻き込まれることが多い。この街へと来て早々、誘拐騒ぎなんぞに巻き込まれたのもその証左だ。

 …で、何が言いたいのかといえば。セネアックは今、言いしれぬ不安を抱いているのである。

 街に着いて5日間、さっぱり騒動事とは無縁だった。平穏こそ喜ばしい事だろう。だが、これまでの人生で3日以上騒乱から離れたことの無い身の上。静けさをそのまま不気味さとして捉える癖が付いている。

 ふと、“嵐の前の静けさ”なんて不吉な言葉が思考を過った。縁起でもない。

「…まあ、考えても仕方ないだろう」

 頭を振って不吉な思いつきを振り払う。今集中すべきはそろそろ始まるであろう大会予戦だ。手に持つ灰色の小球体に目を落とし、先程受けた説明を思い返す。

 何でもこの球は一種の空間転移装置であり、予選開始時刻に自動発動するのだそうだ。転移先は各装置毎に闘技場内の適当な箇所が登録されており、転移を開始の合図、転移先を初期位置としてそのまま戦闘開始とのこと。またこの装置は生存証明であり、同時に予戦の得失点表代わりでもある。紐を通して身に付けられるようになっており、一つも所持していなければ場外へ強制退場。即ち、予戦はこの球の奪い合いなのだ。予戦終了時点で保持球数の多い者から順に64名が本戦出場者となる。

 …にしても、一組売り払えば一般人が一年食い繋げるであろう転移装置を大判振る舞いとは。流石金持ち、考えることの規模が違う。まあ、贈与ではなく貸与なわけだが。

「そろそろ、か」

 闘技場最上階、個別の待合室から見える日の片割れは、次第に地平線を離れつつある。予選開始は二つ目の日が昇る頃と聞いた。セネアックの時間感覚が鈍ってさえいなければ、もう間も無くだろう。先ほど説明を受ける間にざっと眺めた内、ぶつかりたくない強者を思い浮かべ、各種状況への対応を軽く検討し…

「ん? …始まったか」

 ふと、軽い浮遊感の後、眼前の景色が瞬時にして塗り替えられた。転移装置なんぞ利用するのは初めてだが、なるほど、“転移酔い”なんて言葉があるのも頷ける。視覚情報の急変に軽く混乱する脳内を冷静に鎮め、身を低くするとともに周囲を窺った。

 どこぞの階段下、らしい。どうやらセネアックは闘技場の外周部分へと転送されたらしく、すぐ横手には中央へと入る扉、正面には屋外の見渡せる窓が並んでいる。緩やかにカーブを描くこの廊下が、闘技場をぐるりと一周しているのだろう。窓に見える他の屋根から4階あたりと見当をつけるが、正確な位置までは掴めない。地図こそ渡されてはいるものの、似たような構造を繰り返す闘技場においてそれがどれだけ有用であるかは疑問である。

 それに重要なのは絶対位置ではなく、他の参加者との相対位置だ。元からチームを組んでいる者たちなどは協力関係のまま乗り切ろうとすることもあるらしいが、セネアックのような独り者にとって他の参加者は全て敵。現在の闘技場内に一般人は立ち入れない以上、出会う者全てが敵であると言い換えることもできる。

「(階下に1人…上に3人…いや、4人か? 同じ階の付近にはいなさそうだが…)」

 階段下に身を隠したまま、音や人の気配から周囲の参加者を探る。参加人数は多いが、闘技場はそれに輪を掛けて広い。初期位置は極力等間隔に配置してあると聞いているため、セネアックのようにすぐ身を潜めた者が付近に潜んでいるとは考えづらい。つまり、近場の参加者は移動している上記の集団のみとの想定で問題無さそうだ。

 流石に複数人相手にしたくはないので、向かうとすれば下か。そう判断し、動く。相手を補足した利を崩さぬよう気配を潜め、階段の手摺を壁に階下を覗く。

「(男…まだ子供だな。得物はあの槍だろう)」

 身長ほどの槍を両手で抱えた少年が、きょろきょろと周囲を見渡しつつ廊下のど真ん中を歩いていた。正直、あれでは狩の獲物か何かだ。油断を狙う誘いかとも一瞬考えたが、それにしたって隙だらけ過ぎる。大会参加者は猛者揃いと聞いていたのだが…

「(…いや、そもそも参加に制限は無い。ならば、ああいった手合いも常から紛れてはいるのか)」

 ゲイヌシンに辿り着きさえできれば、この大会への参加資格なるものは特に無い。せいぜいが最低限の年齢制限だ。考えるに、今までの大会でもあまり強くない者がいたにはいたが、早々に退場と相成っていたのだろう。

 例えば、今静かに背後へと忍び寄ったセネアックのような狩人によって。

「グッ!?」

 鞘に入れたままの剣で軽く後頭部を殴打し、昏倒させる。生真面目に首へ掛けていた球を外すと、一瞬少年の姿がぶれたと思った瞬間かき消えた。場外へと転送されたのだろう。

 珍しい光景にほんの少し呆けたが、すぐ気を引き締める。決まり事に則っているとは言え、ここは一種の戦場だ。もし今しがた強者が付近に潜んでいれば、セネアックも槍の少年と同じ運命を辿ったことだろう。剣技に自信はあるが、油断を突かれて易々と生き残れるような実力とは過信していない。

 たった今飛び降りた階段の、その下側に空いたスペースへと一時身を隠す。ちょうど開始直後から1階下へと位置を移した形だ。そうして自身の気配をなるべく隠しながら、しかしなるだけ素早く移動を開始する。目的は、通り魔的な点数稼ぎ。途中偶にすれ違う参加者のうち、初めの少年のような明らかに能力の低い者を狙い撃つのだ。暗殺者か何かのようなセコさ満点のやり方だが、どうせもう少しもすれば嫌でも正面衝突が発生する。それまでに可能なだけ点数を稼いでおく算段である。

「っ!」

「ん、気付かれたか」

 通算4人目にして、初の奇襲失敗。相手は両の手を籠手に包んだ少女だ。一見格闘系にも見えるが…

「…し、シドラニヌスヲ!」

「おっと」

 この手のリーチに難点を持った手合いは、大抵魔法を主体にしている。むしろ懐に潜り込まれた場合対策の近接戦闘だろう。先程までの3人ほど温い相手ではなさそうだ。まあ、声の震え具合からしてせいぜい五十歩百歩の熟練度だが。

 とはいえ、ここでわざわざ魔法合戦に付き合うことも無ければ、格闘の間合いへ入ることも無い。放たれた旋風は最小限の動きで回避し、そのまま踏み込むと見せかけ半歩引く。魔法には近く、拳打の威力は届かない、そんな位置。絶妙な距離感に迷う少女の、その数秒は隙として十二分である。剣へと固定されていた視線に入らぬ真下からの蹴り上げ。衝撃は相手の顎を綺麗に捉え、これまた一撃での昏倒と相成った。

「4つ目、と」

 流石にもうかき消える少女の姿に驚くことも無く、すぐその場を離れる。開始直後は不気味なほど静かだったが、今はそこかしこから喧騒が聞こえ始めていた。周囲を移動する人間も数多く、こうなってしまうと正確な人数の感知は不可能だ。

「ここからが本番ってわけか」

 改めて気を引き締める。まずは、後方からこちらへ突撃してくる2人組だろう。逃げるか、迎え撃つか。判断力の問われる場面だ。

「…まあ基本的に、逃げという選択肢は選びたくないからな」

 振り向き、迎撃する。そう決め、セネアックはこの大会初めて抜剣した。

 …闘技場の各所で同様の様相が見られ、狩りに近かった開幕戦は戦いとして成り立つ中盤戦へと移り変わり始める。未だ、予戦は始まったばかりだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ